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虹のファンタズマゴリア~全属性チートは異世界で王の証~  作者: 神丘 善命
第一章:斯くて王は異世界に降臨す
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第31話「ハルト覚醒 ――斯くて王は異世界に降臨す―― その2」

「――ピュイィイイ!」


 ギレはヒナの鳴き声を無視し、倒れ伏したソフィーを縛り上げようか迷っていた。だが彼は今魔法を発動出来なくさせる特別な拘束具を持っていない。

 彼の上司だけの目的を考えるならここで首を落としてしまっても問題ないが、せっかくの上玉を一回も使わないで殺すのは惜しいように思われた。


 彼に死体愛好家の気はない。血まみれのなのは自分がしたことで楽しかったから良いが、首がないのはさすがにゴメンだ。

 そんな風に逡巡していると、突然ギレの身体が揺れる。


「おっと」


 ギレは一歩よろめいた足を踏みしめながら天井を仰ぎ見る。倉庫全体を揺らすように響いた衝撃は、そこから発生したように感じた。


「手間取っているのか」


 ギレは少し前から地上が戦闘に入っていることに気付いていた。

 ギレはソフィーをチラリと見て動かないのを確認すると、どうにかするのは後でも構わないと判断する。彼女を跨いで地上へと続く階段へと歩を進めた。


 扉まであと10mほどというところでギレは気づく。誰かが階段を降りてきている。剣士として戦場に身を置くギレの耳が、その足音は一人分だと告げてくる。


「…………」


 ギレは警戒心を強めた。

 部下には終わるまで入ってくるなと言ってある。つまり近づいてくる気配は敵である蓋然性が高い。


(この少女の仲間はあと二人だったはずだが)


 後ろにいるソフィーを首だけで振り返り、森でのことを思い出す。

 ドラゴンに乗って森から出てきたのは三人。今地面に寝ている女とあと男と女が一人ずつ。一人は部下に倒されたのか、双手に別れたのか、初めから一人に部下が全員倒れたのか。


 どれにしても嫌な想像しか浮かばなかった。相手の戦力を一番低く見積もっても、上で一人にてこずっているということか。

 ギレは溜息を漏らし、迎え撃つためにその場で剣を握りしめる。階段で上を取られたまま戦うのが嫌だったからだ。


 やがてギィという音を立て、扉から姿を表したのは男だった。

 男の容貌を見てギレは片眉をピクリと跳ね上げる。


 森で見かけた者ではない。顔まではよく見えなかったが黒髪と茶髪だったはずだ。

 だが今、ギレの目の前にいるのは真紅の髪をしている。


(まだ他にも仲間がいたのか)


 面倒と思うと同時に、己の中の何かが警鐘を鳴らしていた。

 男――少年と言って差し支えない年齢だ。少年はギレには一瞥もくれずに倒れているソフィーに目を向けている。


 しかしその顔に驚きは見い出せない。ただ事実を事実として受け入れただけで、何の感情も抱いてはいないようにギレには窺えた。仲間が傷つけられた者のする表情ではなく異様さを感じさせる。


 そして何より少年が纏っているオーラが尋常ではない。

 ギレは誰何も攻撃もできずに、思わず生唾を飲みんだ。


 発している魔力は確かに驚きだ。だがギレにとって魔力を垂れ流しているだけの相手は敵ではない。実際今まで己より魔力を多く持つ者を何人も屠ってきた。


 問題はそこではない。

 自分の半分しか生きていないであろう少年が纏う、覇者の雰囲気にギレは目を釘付けにされていた。


 彼に仕える主人がいなければ思わず跪きそうになるほどに、そこらの一般人がお遊びで纏える空気ではない。少年が醸し出す空気の中では羽織っている茶色の外套でさえ、王が肩にかける豪華なマントに錯覚させられる。


 そこでようやく少年がギレを視界に入れて口を開いた。


「お前がやったのか」


 ギレは思わず足の指に力を込めた。そうしないと後退りそうなほど、少年が発する言葉には他者を屈服させるような物理的な力が宿っている。


 生物として圧倒的上位者に遭遇した時のように喉がひりついて乾く。人間相手にこんな感覚に陥ったのは自分の上司に初めて会った時以来だ。


 ギレはその時のことを回顧しかけて少年に問いかけられていたのを思い出した。問われてまで黙るのは、少年の雰囲気に口籠ることしかできないようでギレのプライドが許さない。


「その通りだ。私が彼女をあのように痛めつけた」

「そうか」

「……何故怒らない? 私はあの少女を徐々に徐々に傷めつけて、何度も地面に転がし、体力を奪ってから切り刻んだのだよ?」


 あからさまなギレの挑発にもやはり少年は「そうか」と呟いただけだった。初めから知っていましたと言わんばかりの態度に眉を顰めたギレが陽斗を嘲弄する。


「私は弱い者を甚振るのが趣味でねえ。君を彼女と同じように傷めつけて命乞いに頭を地面に擦り付けたところで首を落としてやるのもいいが止めた。君は捕らえて彼女が盗賊たちに犯されるところを特等席でご覧に入れよう。

 ……そうだそれがいい。最後の最後で君にも順番を回してあげよう。それで彼女の穴の中に突っ込んでいるところで後ろから首を切り落とす」


 醜悪なモンスターのように引きつり嗤いを楽しげに披露し、想像を巡らせて股間にテントを作るギレ。

 しかし少年は逆上することなく、落ち着いた声音、けれど断言する口調で短く告げた。


「お前にはできないさ」

「ゲェヒッ……はっ?」


 間抜けな顔を晒すギレを少年が鼻で笑う。


「お前には出来ないと言ったんだ。ここで俺に殺されるお前にはな。断言してやろう。お前は今後一切その薄汚い趣味を楽しむことなく死ぬ」


 陽斗の挑発にギレの頭は一瞬で沸騰し、吠える。


「舐めるなクソガキィ!」

「化けの皮が剥がれてきたな」


 ギレは陽斗に向かって地を蹴った。自身の出せる最高速度で剣を振りかぶる。

 対して陽斗は動かない。いや動けないのだ――ギレはそう確信すると、やはり先ほどの威勢はハッタリだったかと内心で嘲笑する。

 刃が陽斗に迫る寸前、彼が呟く。


「……確かこうだったか」


 陽斗の腕がブレてギレの剣を容易く受けると、ありえざる速さで脚を地面から浮かせる。


「ごはっ――!」


 真紅竜のヒナに目覚めさせられた陽斗の〈身体強化〉は当然ながら炎属性の域。ヒナによって無理矢理に使わされているような状況だが、故に制御不能な力は桁違いだった。

 ギレはゴロゴロと転がり、勢い良く身体を壁に打ち付けられてようやく止まる。



   ■



 陽斗はギレには目もくれずソフィーの傍に歩み寄って行く。

 そしてボロボロになった服を隠すように、自分の肩にかけていた外套をソフィーに被せてやる。

 ソフィーは僅かに目を開け、霞む目で確かに真紅の髪と灼眼を見た。


「だ、誰……?」

「――――」


 紅髪の人物が口を開いた。

 何を言っているのかは薄れゆく意識の中で上手く聞き取れなかったが、不思議と身体に染み渡って安心感がこみ上げてくる。まるで絶対的強者の庇護下に置かれたような。そんな感覚を覚えた直後ソフィーの意識は糸が切れたようにぷっつりと途絶えた。



   ■



 ソフィーの傷は深いものではなく、単に体力切れで意識を失っただけのようだった。陽斗はゆっくりとソフィーを地面に横たええて、ギレを振り返る。

 ちょうどギレは動けるまでに蹴られた痛みが引いてきたようであった。

 ギレは血を吐きながら言う。


「ゴハッ……ハ……これだけのダメージ……喰らったのはいつ以来か」

「いつも弱い者を相手にしてなぶっていたから自分が強いと錯覚する」


 ギレは口を剥いて呻き、〈背を気にする男〉を取り出して陽斗に見せつけるように突き出した。


「もう油断はしない! 一撃で決めてやる!」

「同感だな。お前にこれ以上付き合っていると俺の部下に傷が残ってしまう」

「言っていろ! 首が落ちてから命乞いをしておけばと後悔しても遅いぞ!」


 〈背中を気にする男〉が緑の輝きを発すると、平素の暗く淡々とした声を出す余裕もないギレの姿がすぐさま消え失せる。

 陽斗はそれを見て、


「児戯だな」


 と断じた。




 姿を消して陽斗に迫るギレにもその言葉は聞こえていた。額を滝のような汗が伝う。陽斗が完全に気配を消したはずの自分に向けて言った気がしたのだ。


(いや、ありえない! 今だって彼は明後日の方向を向いている!)


 その時ふとギレはこのマジックアイテム――〈背を気にする男〉を上司から貸し与えられた時のことを思い出す。


『これは使えば使用者と対象者の姿と気配を隠す。それはドラゴンとて見破れるものではない。だが所詮はレプリカだ。発動中に魔法を使った場合はその限りではないから注意するんだな。……もっとも魔法を使ったときの気配だってドラゴンくらいにしか見破れんだろうがね』


 何故今自分はこんなことを思い出したのか。自分が今〈身体強化〉という魔法を発動中だからか。


(ドラゴンと同等?! そんな人間いるわけがない!)


 己の中に浮かんだ疑惑――不安――を押しつぶして、ギレは陽斗に剣を振った。狙うのは一撃の宣言通り陽斗の首。


(獲っ――)


――た! と思った瞬間。少年の剣を持たない方の腕が再び霞み、まばたきの後にはギレの剣を掴んでいた。


「バカなッ!?」


 受けた衝撃にギレは思わず悲鳴のような金切り声を上げた。

 陽斗は剣を鞘にしまうという行為でギレを嘲る。


「武器を使うまでもない」


 有りえないことに姿が見えないはずのギレと陽斗の視線が交錯する。

 ギレは陽斗の視線だけで相手を燃やし尽くすような、そんな燃え上がる真紅の瞳から発せられる威圧感に呑まれ足を震わせて股座を無様に濡らした。


「う……あっ……」

「俺の部下に高説垂れ流していたようだな。なら俺も教えてやる」


 陽斗はギレの剣を握力だけで握りつぶした。ソフィーを傷つけた(・・・・・・・・・)武器の残骸が一つ、また一つと地面に吸い込まれていく。

 陽斗はそれをグリグリと踏みにじった。


「スピードもパワーも勝る相手には絶対に勝てない……言っても無駄か。さて俺の部下を傷めつけてくれた礼だ。しっかり受け取れ」


 陽斗は拳を引き、未だ目には映らないギレの顔面あたりに狙いを付けて打ち放つ。

 ゴギャ!

 という悍ましい音を立ててギレが吹き飛ぶ。そのまま地に一度も足を着けることなく音速の如きスピードで部屋を縦断したギレは壁にクレーターを作った。

 陽斗は自分が作った壁の凹みを眺め、


「……やはり姿は見えんな。まあ見たくもないが」


 いつかアイテムの効果が切れて姿を見せるだろう。

 そう思ってギレへの砂粒ほどの興味を捨て、さっさとヒナをグラナの下まで返しに行くかと踵を返した。

 その時、唯一の扉を開けて澪が姿を見せた。陽斗の下まで来て膝をつく。


「上は片付いたのか?」

「はっ。片付いてございます」

「よくやった」

「ありがとうございます!」


 陽斗は光属性の治癒魔法を使える澪にソフィーの手当を頼むと、檻に囚われたドラゴンのヒナに近寄る。

 そして檻に手を掛け力任せにこじ開けた。


「ぴゅい~」


 ヒナはやっと出られたと言いたげに機嫌よくパタパタと飛んで陽斗の肩に乗った。


「お前もよくやった」

「ぴゅうい!」


 ヒナがえっへんと胸を張って、得意げな声を出す。

 背後で澪がソフィーから離れる足音を聞きながら、陽斗が撫でてやると気持ちよさそうに甘えた声で鳴いた。


「陽斗様」


 しばらくそうしていると澪がソフィーにとりあえずの処置を終えたことを伝えてくる。

 傷も残らないだろうということだった。


「よし。ならば帰るとしよう」

「はっ!」


 陽斗は颯爽と肩で風を切って、ソフィーを抱える澪の前を歩き出した。

 従者を連れ、ドラゴンをも肩に載せ従えるその姿を見れば誰もが理解するだろう。

 遥か昔に失われた王の帰還だと。

次回、エピローグです!

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