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虹のファンタズマゴリア~全属性チートは異世界で王の証~  作者: 神丘 善命
第一章:斯くて王は異世界に降臨す
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第23話「孵化 ――火と風―― その1」

「そうなんだよ。澪は昔からすげーんだよ」


 森の木々を抜けて朗らかな笑い声が木霊する。


『まさか私のブレスを完全に止めるなんて……人間にしておくのがもったいないくらいよ』

「小さい頃から学業優秀、運動神経抜群、眉目秀麗。ファンクラブなんてものまであったんだぜ。俺なんかの傍にいてくれるのが不思議なくらいでさ」

『そうは言うけどね。貴方とて大概よ。なにせ真紅竜の純血種たる私と、同等の火属性魔力を有しているんだから』


 フィールドの街の西にある森ウルフズフォレストに、つい先程までの緊迫感はない。

 人間とドラゴン。敵対していた者同士が座り込んで談笑している。

 とは言ってもその談笑が出来るものは限られており、一人と一匹から少し離れた木の根元に座り込む二人の少女らは、完全に蚊帳の外に置かれていた。


「……あれ、何してんの」

「……歓談っすかねぇ」

「……アタシにはハルトの声しか聞こえないんだけど。というかドラゴンが喋るなんて聞いたことないんだけど」

「……私にも陽斗様の声しか聞こえないっすね。まあ……なんかめちゃくちゃ褒められてるのは分かるっすけどね」


 好きな人に褒められて嬉しくない女はいない。澪は僅かに頬を染めて陽斗たちから視線を逸らす。会話が途切れたことで、逆にソフィーは陽斗とドラゴンを見た。

 ドラゴンはその巨体をスフィンクスのように伏せて、顔を陽斗に近づけている。知らぬものが見たら今まさに陽斗が食べられようとしている場面に視えるだろう。


 あの時――陽斗が決死の覚悟でドラゴンに向かって行った直後。

 陽斗の『な……んで――なんでモンスターが喋ってるんだ?!』という一言で、虐殺される未来しか無かった陽斗たちの運命はガラリと変わった。


 澪が放ったドラゴンの顔を狙った何らかの攻撃は前足を上げたドラゴンにあっさりと弾かれた。

 そのときの「小口径とはいえ、音速の金属の塊っすよ?!」という澪の驚愕の意味はソフィーには分からなった。


 陽斗が立ち止まってからは澪も攻撃を止め、呆然と陽斗を見ていた。ドラゴンの声は陽斗にしか聞こえなかったので、澪とてさすがに死を前にした陽斗がおかしくなったと思ったのかもしれない。

 しかし今、自分たちが生きているのは間違いなく陽斗のお陰だ。そして現在も陽斗は陽斗にしか聞こえない声と会話を続けている。




『……それにしてもごめんなさいね』


 陽斗の頭に妙齢の美女を思わせる優しい声音が響く。ドラゴンの姿とのギャップを激しく感じさせる、鈴の音のような美声だ。


「? 何がだ?」

『あなたたちを攻撃してしまったことよ。普段の私なら人間を見かけても見逃してあげるのだけど、卵がもうすぐ孵る時期で気が立っていたのよ……どうしたの? 急にあちらの仲間を見つめて』

「いや……何でもない。それより気にすんなよ。弱肉強食……俺だってモンスターを倒してきてるしな。その時に逆に殺される覚悟は決めてたさ。強い奴に殺されたって文句は言えないよ」

『達観しているわね……それとも枯れていると言った方がいいのかしら』


 ドラゴンのグラナは少し離れたところの木陰で、こちらを窺っている二人の少女を見遣った。

 自分が言うのもなんだが、普通はドラゴンとの会話より同じ人間のガールフレンドと生還を喜び合う場面ではないかとグラナは思う。


「どういう意味だよッ?! ……まあ礼を言うのはこっちだ。見逃してくれて……ありがとう」


 陽斗は今でこそ穏やかな気持でいられるが、先ほどまでは日本に帰ることを諦めなくてはならないのかと本気で悔しかった。

 それがグラナが(物理的にも性格的にも)話の分かるドラゴンだったおかげで、まだ澪を日本に帰してやれるチャンスを貰えた。頭を下げるくらい何でも無い。


『殺されそうになった相手に頭を下げるとはね……おかしな人間。だけどまあ嫌いじゃないわ、そういう命を大事にできる人間は。それにもしあのまま戦いが続いていたら、あっちの彼女の第一位階の魔法で周囲一体が氷の世界になってただろうし。そうなると私はともかく、卵の方は心配だったしね……だからお互い様よ』


 事実澪は銃撃をしながら、作戦通りに魔法の準備をしていた。第一位階魔法〈氷結砂漠〉(ワールド・オブ・アイスエイジ)という、彼女にとっての最大魔法を。


 それは澪がブレスを止めきったことにグラナが感嘆の声を上げ、陽斗が聞き、言葉が通じていることに気付いたグラナが休戦を求め、陽斗が澪に作戦中止を伝えなければ、あと十数秒で完成し発動していただろう。


 発動すれば効果範囲にあった卵は凍りついて雛は死んでいた。グラナにしても実はあの場面陽斗に助けられていたとも言えるのだ。

 だからいつまでも陽斗に頭を下げ続けられるのもむず痒い。そんな人間くさい思いでグラナは言葉を重ねる。


『ほら、こうして言葉を交わしたのだから、あなたは既に私の友よ。私をいつまでも友に頭を下げさせる竜にしたいの? そろそろ頭を上げて』


 陽斗は深々と下げていた頭を上げる。陽斗は歯を食いしばって目尻には涙が滲んでいた。


「グラナ……」

『女の子の前よ。男が泣いてはダメ』


 陽斗はゴシゴシと袖で浮かんできた涙を拭う。

 グラナの『友』という言葉に自分たちはもう大丈夫だという安心感が湧いてきたのだ。殺される覚悟などと言っておきながら、現金だとも思うが溢れてくる涙を止めることが出来なかった。


『ふふ……ほら心配して女の子達が寄ってきたわよ』


 顔を横に向けるとグラナの言う通り澪とソフィーが近くまで来ていた。


「陽斗様……」

「澪……」


 陽斗は二人によたよたと近寄ると、自身ですら痛いほどに澪を抱きしめた。その痛みが、感触が、澪の鼓動の音が、何よりも陽斗に生を実感させる。いつも傍にいた幼馴染。そこには陽斗の日常があった。


「あっ」

「はっはるひょしゃまっ?!」


 そして陽斗は声を上げて泣き始めた。

 陽斗に拠る不意打ちにカチンコチンに固まってしまった澪に変わって、グラナの母親のような微笑が陽斗の頭を撫でる。ソフィーはそんな光景をただ見つめていた。



   ■



「いいか! 絶対に忘れろ! 俺が泣いたとかそんなことあるわけないんだからな! 特に澪! 母さんには絶対に言うなよ!」


 赤く目を腫らした一五歳の少年が、赤気混じりに叫ぶ。

 そんな陽斗の様子に美少女二人は顔を見合わせた。


((こんな面白いネタ忘れられるわけがない!))


 陽斗一人の精神的怪我の功名……犠牲により、パーティメンバー同士の絆がさらに深まった瞬間だった。


「あっ! 何笑ってんだ?! 絶対の絶対に誰にも言うんじゃないぞ!」


 陽斗は自身の母にバラされた時のことを想像して歯噛みする。

 あの息子のことを軽い調子でバカだアホだと笑う放蕩母親のことだ。絶対に大ウケして一生のからかいのネタにされるに決まっている。


 これはもう100%に起こりうる未来と言ってもよかった。

 ああ、鬱だと膝をついて嘆く陽斗。

 それを美少女とドラゴンが笑う。

 陽斗はこんなに恥ずかしいことはないと、自身に黒歴史ができたことを直感するのだった。

 


――しかし陽斗は知らない。遠くない将来。さらに恥ずかしい未来が待ち受けていることを。




『ハルト』


 陽斗が何回二人に念押ししても柳に風と感じ始めていたところ、グラナが話しかけてくる。陽斗は振り返り、身を屈めてもらってなお高い位置にあるグラナの視線を見上げながら応答した。


「何だ?」

『私が人間と話したのもこれが初めてのこと』


 ドラゴンと人間が会話をするには人間側が同属性で同純度の魔力を持つことが条件だ。

 しかし魔力の化身。属性そのものと言われるドラゴンと同質の魔力を持つものなど稀を通り越してもはやいないと言っても良いだろう。


 ましてやグラナは真紅竜という火属性ドラゴンの頂点。ドラゴンの中でもとりわけ高純度の火属性魔力を備えている。彼女がこれまで人間と話したことがないというのも無理からぬ話だ。


『つまりあなたがが私にとって初の人間の友ということ。それでね実はもうすぐ卵が孵りそうなの。良かったら私の子どもに一目会っていかない?』

「いいのか?!」

『もちろん。今夜あたりが山だと思うの』

「おー……」

「……陽斗様?」


 陽斗はそれが偶然なのか、王族としてなのか、それとも全属性持ち故か、異世界でも最高峰の火属性の魔力を持っていたが、そんな人間都合よく何人もいない。グラナの言葉は澪とソフィーには届かない。

 澪が陽斗に通訳を求めた。


 懇願の言葉に導かれて陽斗は二人の少女に視線を送る。

 澪は既に平素の雰囲気を取り戻している感じだが、ソフィーには若干だがまだグラナに対しての怯えの色があるようだった。


 ソフィーは異世界の住人な分、ドラゴンの様々な逸話を知っている。

 その大半が街を滅ぼしただの、人間は食料だのといった人間にとって恐怖を覚えさせるものだ。しかしそういった逸話は、人間の間で語られるものだけあって人間に都合のいいように描写されている。

 ドラゴンの素材や雛の価値に目が眩んで、人間側が先に手を出したという事実が隠されて伝わっているのだ。


 実際のドラゴンは穏やかな種族だと言える。

 そもそも人間の近くにドラゴンは赴かないし、人間は骨ばっかりで効率が悪いというのがドラゴンたちの共通見解である。


 陽斗たちはドラゴンという種族をグラナで判断しているが、ソフィーはそういった逸話のイメージが先行してなかなか緊張が解けないのだ。

 しかしそのギャップもグラナの言葉を伝えれば埋まるだろうと、陽斗は口を開く。


「グラナがもうすぐ卵が孵るから、子どもに一目会っていかないかって」

「えっ?! ……というかグラナ……さん?」


 ソフィーが見上げ、グラナと目が合う。その体がビクリと震えた。


『グラナと呼んでくれると嬉しいわ。人間の友が増えるのは歓迎よ』


 グラナが陽斗にだけ聞こえる声で言う。どうやら澪とソフィーにグラナの言葉は伝わらなくとも、グラナには彼女らの言葉が理解できるようだった。


「呼び捨てでいいってさ」

「よろしくっす~グラナ」


 澪が持ち前のフレンドリーさで片手を上げて挨拶する。

 その馴れ馴れしい態度にソフィーがぎょっとなる。それでもやがてビクビクというよりはおずおずといった感じで、


「ソフィーよ……よろしくグラナ」

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