第17話「2週間後 ――新たなクエスト――」
三人がチームを組み、二週間が過ぎた。
ソフィーに与えた陽斗と澪の関係についての誤解も解け、初めこそギクシャクしたが今では良好な関係を築けている。
ソフィーの実力は申し分なく、澪には当然及ばないものの現時点で陽斗よりは強い。さらに澪が「磨けば光るものがありそうっす」と、陽斗を鍛えた時のような瞳で言ったので、まだまだ成長の余地も残しているのだろう。
三人は討伐クエストを主に受けて、時折採取などで陽斗らの未熟な異世界知識を増やしていった。
今までウルフ、ゴブリン、コボルトやラットマンなど、ランクEまでのモンスターを相手にしてきた。もう少しで陽斗たちのランクがFからEに上がるだろうと、ギルドのクララからも太鼓判を押されている。
数だけはこなしてきたので、陽斗の動きからも硬さが取れてきた。
シンシュデトックに向かって移動しても澪さえいれば、モンスターに遅れを取ることはないという程度には成長したと言える。
そろそろ陽斗と澪がフィールドの街を出て、移動を考え始めていた時のことである。
ソフィーがある一つの依頼を受けないかと提案してきた。
「調査クエスト?」
「そう。あんた達は依頼の難易度ってどうやって決めるか知ってる?」
「討伐系だったら目的のモンスターの強さっすよね?」
「そうね。それで討伐クエストの依頼ってこんな感じよね? 『南の草原にオークが現れた! 至急討伐せよ!』ってね」
ソフィーは立てた指をクルンと回して教師のように言う。
オークとは豚が二足歩行したようなモンスターだ。2mくらいの体躯で顔は豚そのもの。短足で腹が出ている。討伐難易度は冒険者ランクDが適正と言われている。
陽斗たちはまだ戦ったことはない。遠目に一度見たことがあるくらいだ。
「それよ!」
「それ? それってどれだ?」
「適性難易度のことよ。オークを倒すには冒険者ランクDがあれば十分だわ。難易度には安全マージンがとられるから、Eランクでもギリギリ倒せるってところかしらね」
澪がぽんと手を打つ。
「ああ、なるほどっす」
「え? 澪は今ので分かったのか? 俺には何が言いたいのかさっぱり」
「もう! 察しが悪いわね! じゃあこれでどう? 場所やオークの情報はどこから出てきたの?」
ソフィーの出すヒントで、陽斗もようやく彼女の言わんとしていることが理解できた。
「なるほど。Dランクレベルの依頼に、Aランクの冒険者を出すわけにはいかないのか」
「そういうこと」
我が意を得たりと頷くソフィー。
つまりソフィーはこう言いたいのだろう。
まず南の草原に向かった人が帰ってこなかったとする。
するとまず疑うのは南の草原に、モンスターもしくは盗賊が現れたということだ。ソフィーの例がオークだったので今回はモンスターということにしておく。
すぐに討伐クエストを発行して冒険者に依頼を掛けたいところだが、目撃者がいない為にどのようなモンスターが現れたか分からない。
Dランクで倒せるオークかもしれないし、Aランクでないと倒せないグリフォンかもしれない。
Aランクを差し向ければ確実だが、Aランクの冒険者を動かすには実力に見合った報酬が必要だ。とてもオーク数匹分とは吊り合わない額が。
結果的にDランクのモンスターだったからと報酬を値切ることは出来るが、Aランクの者は納得しないだろう。
オークを狩る時間を使って、もっと実力に見合った効率のいいクエストを受けることだって出来たのだから。
報酬の値切りは高ランク冒険者を街から手放すことにも繋がる。そういうことをするギルドは、今後も同じ手を使ってくるかもしれないからだ。
そこで調査クエストだ。どんなモンスターが現れたのか偵察だけして帰ってくる。そして持ち帰った情報から、難易度や報酬を決めるのだ。
もちろん始めに襲われた段階で生き残りがいたり、そもそも遠くから見ただけだった場合は必要のない依頼だ。
「それって俺たちがやる必要あるのか?」
陽斗の疑問はそれだった。
前述の理由から調査クエストにあまりお金は掛けられない。この街付近ではCランク以上のモンスターが出ない比較的平和な土地になっているため、調査クエストはFランクという最低ランクの冒険者の仕事だ。
確かに陽斗たちもそのFランクだが、ボリュームゾーンとまでは言わないが他にもごまんといる。何も討伐クエストをこなしてきた陽斗たちが受ける必要はない。
陽斗の男の部分も不要なものとまでは言わないが、面白くなさそうと言っている。
「それがね……なんか最近、西のウルフズフォレストからウルフが大量に溢れだして来てるらしいのよ」
「そういえば私たちが一番最初に受けた依頼もそれの討伐だったっすね」
「ああ、あのときの五〇匹位討伐したやつか」
「五〇匹って……それを不思議に思わなかったの? 多すぎって」
「いんや」
「それが普通だと思ってたっす」
声を揃えて言う異世界初心者主従コンビに、ソフィーがガクッと肩を落とす。
「あ、あのね……あんたたちの故郷がどんな物騒なところか知らないけどね、その数は異常よ」
「そうなのか?」
「そうよ。ウルフズフォレストはウルフの上位種であるフォレストキングウルフっていうDランクのモンスターを頂点にしているわ。そのフォレストキングウルフの群れからはぐれたのが、たまに森の外に出てきていたのを私たち冒険者が狩っていたの」
「森の中に入って掃討はしないんすか?」
「あの森は結構深くて、人間の住めるような場所に変えるには相当なお金が掛かかるわ。だから下手にフォレストウルフを掃討してから放置して、別のもっと強いモンスターが住処にするくらいならって、あの森に入ってフォレストウルフを狩るのは禁止されていたの。放っといても滅多に森から出てこないことは分かってるから」
ちなみにフォレストウルフが森から出ると、名前が変わって単なるウルフになる。
よく分からない文化だと陽斗は思った。
「それでね。今まで一週間に数匹くらいしか溢れてこなかったウルフがここ最近、かなりの数が確認されてるってことで、一度森の中に入って原因を調査しておこうってなったわけ」
「フォレストキングウルフ以上の別のモンスターが居れば、それの調査が今回のクエストって訳か」
「それでFランクの中でも、最上位である私たちにお鉢が回ってきたってわけっすね」
ソフィーが頷いて黙る。もう説明することはないようだ。
これはソフィーも知らされていないことだが今回のクエストが回ってきた理由には、もちろん陽斗たちが現在Fランクの中をEランクに向かって爆走しているのもあるが、澪とリバルディウスの一件も上げられる。
あの事件により澪の実力の一端を垣間見たギルドが、澪ならば任せても大丈夫だろうと判断したのだ。
「どうする?」
陽斗が澪に訊ねる。陽斗としては頼られるのは嬉しいし、ギルドのクララには良くしてもらっているので、受けてもいいかなという考えに傾いている。
「そうっすね……ソフィー?」
「なに?」
「さっき森は結構深いって言ってたっすけど、実際にはどのくらいの大きさなんすか? 私たちだけで全てを探索することは可能なんすか?」
「あっそのことね。ギルドからはフォレストキングウルフの寝床にしてるところだけ、確認してきてくれればいいからって言われたわ」
以前にも調査隊が編成されており、そのときにフォレストキングウルフが普段ねぐらにしているところが確認されていた。
「なるほどっす……ではその寝床までは一日で行って帰ってこれる距離なんすか?」
「無理ね」
ソフィーは指折り数える。
「森まで二時間でしょ……寝床までがだいたい四時間ってところだから、往復だけでも十二時間は掛かる計算よ。森の中は暗くなるのも早いしね。とても一日ではこなせないクエストね。最低でも一泊はする必要があるわね」
それを謹聴していた澪は考えこむように押し黙る。
きっとこのクエストを受けて、陽斗の安全を確保できるかどうかを考えているのだろう。
しばしの時間が経過して、澪が俯かせていた顔を上げた。
「受けようっす」
「いいのか?」
「そうっすね、いろいろ理由はあるっすけど。一番は陽斗様が一度は、野営を体験しておいた方がいいってことっすね」
「外で寝るくらい平気だぞ? たぶん」
陽斗はこの歳になるまでキャンプなどはしたことがない。しかしやれと言われれば、いつでもする覚悟はある。
「いえ……固い地面の上で寝るのは案外慣れが必要っす……しまったっす……こんなことになるなら、修行期間にしておくべきだったっす」
後半は声を抑えた呟きだったので、隣りに座る陽斗にしか聞こえなかった。
修行期間というのは、転移してきたログハウスにいた時のことを指して言っているのだろう。
あのログハウスの周辺は森の中にありながら、隠蔽と遮断の結界が張られていた為、モンスターの侵入を許すことはなかった。
安全なあそこで慣らしておくべきだったと、澪は後悔したのだ。
「それに陽斗様には申し訳ないっすけど、夜番の練習もしておいてもらいたいんす。シンシュデトックに向かう途中でも野営をすることがあるはずっすし、私もさすがに到着までずっと起きていることは出来ないっすから……」
「そんなことで謝る必要はねーよ。むしろ夜番をずっと澪に任せて自分だけぐーすか寝てるって、どんな鬼畜だよ」
陽斗はもっと頼ってくれるとありがたいくらいだ。このまま澪におんぶに抱っこでは矜持的にも自分を許せないし、帰ったときに知られれば陽子からの鉄拳制裁が待っていることは確実だ。
陽斗と澪の話の推移を見守っていたソフィーが嬉しそうに声を出した。
「じゃあ決まりね。私はさっそくギルドに受注することを伝えてくるから、二人は先に準備を始めてて。出発は明後日の早朝よ」
そう言ってソフィーは立ち上がり、お茶の代金を置いて駆けていった。その後ろ姿には、緑の髪と剣の鞘先が揺れている。
パーティを結成してからソフィーは街中でフードを被らなくなった。
『アタシがあんたたちと一緒にいれば、チームに入ったことは一目瞭然よ。そうすれば変な勧誘も減るでしょうしね。それに顔を隠すのも、後ろめたいことがあるみたいでずっと嫌だったし』
とのことらしい。
そのせいで美少女二人を侍らす陽斗に対する嫉妬の視線が増えたが、まさかそんなことでソフィーにフードを被れとも言えない。
「嬉しそうだったっすね、ソフィー」
「ああ、一泊が必要ともなれば絶対に仲間が必要なクエストだしな。それに冒険者としてギルドからの名指しの依頼だし、頼られてると思ったんだろ」
「陽斗様は嬉しくないんすか?」
「俺か? 俺はまあ……悪くないなって感じだ」
陽斗は抜けるような夏の青空を見上げる。日本では今頃梅雨の時期だろうが、異世界の初夏は日本のようにジメジメとした湿気がなくて過ごしやすい。こうして外でたむろしていてもあまり不快な汗をかかない。暑いことは暑いのだが。
異世界に来て一ヶ月と二週間。
特に冒険者になってからは時間の経過が早く感じた気がする。
最初は夢のない仕事だと思いもしたが、陽斗は冒険者というのも案外悪くない仕事だと思い直すようになった。
冒険者ギルドから出てくるのを街の住民に見られていたりすると、ときどきだが礼を言われることがあった。
モンスター退治をして、街を守ってくれてありがとうと言われたのだ。街の子どもから、キラキラとした目を向けられることもあった。
日本にいたころの自分と比べて――なんてことは無意味だが、やりがいのある仕事ではあると陽斗は思う。
そして陽斗は本心からの呟きを漏らす。
「もし……俺たちが探している世界転移の魔法が、日本と異世界を自由に行き来できるような魔法だったら、時々はこっちに遊びに来てもいいかもな……」
そして今度こそ本当の冒険に繰り出すのだ。
あるかどうかは分からないが、上に向かって落ちる滝やドラゴンなど。異世界ならではの景色を探しに行く姿を陽斗は想像する。
異世界に来た当初は早く帰りたい気持ちで一杯だったが、異世界での暮らしに慣れてくるに連れ、最近そんな風に思うことが増えてきた。
陽斗の言葉は気恥ずかしさから小さな音だったが、澪は聞き逃さなかったらしい。
顔の美しい花を綻ばせる。
「その時はお供します」




