第16話「ソフィーのお願い ――そしてご主人様とメイド――」
その後三人で共闘などもして、無事にゴブリン討伐クエストのノルマを達成した一行は街に帰還していた。
今はギルドに報告を済ませ、一昨日に三人が長時間居座った飲食店に来ている。陽斗は出迎えた店員の笑顔に僅かにヒビが入ったのを見逃さなかった。
「それで? 俺たちをこんなところに連れて来てまでしたいって話はなんだよ?」
この集まりはソフィーが話があると言ってもたれたものだった。
その彼女は今は再びフードを被って陽斗たちと向い合って座っている。
ソフィーは言い辛そうに、言葉を濁しながら、
「うん、そのことなんだけどね……」
パンとソフィーは勢い良く手を合わせる。
「お願い! アタシをあなた達のパーティに入れ欲しいの!」
最初は何を言ってるのか理解できなかった陽斗と澪も、次第に言葉の意味が掴めてくる。思っても見なかったソフィーの申し出に、彼等はお互いに顔を見合わせた。
「「え? ……えええっ!」」
「お願い! アタシならあなた達のチームにいないミドルレンジで戦えるし、役に立つと思うの」
「……ソフィーはチームを組むのを嫌がっていたんじゃなかったのか?」
「そういうわけじゃないわ。男所帯に入るのが嫌だっただけ」
ソフィーは若干声を沈ませる。
「アタシも一人で冒険者を続けるのに限界を感じてたの。でも冒険者は男ばっかりでその中に入るのは嫌だし、できるなら同い年くらいの女の子とパーティを組みたいってずっと思ってたの!」
「俺はいいのかよ」
「女の子の数が多くなるならいいかなって」
「…………」
澪は再び「お願いっ」と頭を下げるソフィーを黙って見つめる。
同じ女としてソフィーの気持ちは痛いほどよく分かる。相手にその気がなくとも男に囲まれれば本能的に恐怖を覚えるものだ。
実力があって正面からなら撃退できても、内に入って策を使われればひとたまりもないと考えても全く不思議ではない。
澪はベールに隠されたソフィーの素顔を思い出す。
あの美貌だ。襲われる訳はないと楽観視することもできない。
澪は陽斗のことを抜きにしても、彼女をこのまま見捨てるのは忍びないと思えるくらいには接してしまっていた。
(でも私たちは……)
陽斗が日本に帰ることを望んでいる。それだけで澪の中ではそれは決定事項。何としても叶えてあげたいものだった。
自分たちはいずれこの世界を離れる。
近い将来、必ず別れると分かっているのに今ここで仲間を増やすことは出来ない。
澪は主人が何かを言おうとしているのを感じ取って、ちらりと陽斗を盗み見る。
「……ソフィー、一つだけ答えてくれ」
「陽斗様?」
「セブリアントの初代国王には仲間がいたのか?」
「えっ?」
何を聞かれるか内心で凄くビクビクしていたソフィーは、あまりに予想外の質問に間抜けな声を漏らす。
しかしこれは言わばパーティに入るための面接試験だ。意味は分からずとも、知っているからには答えない訳にはいかないだろう。
「確かに初代様は冒険者だった時代があるわ。それをハルトが知っていたのは驚きだけど」
「えっ、そうなのか? 俺は単に国王として仲間がいたのかって聞いただけなんだが」
「……まあいいわ。初代様にももちろん仲間はいたわ。後の守護者と呼ばれる六属性のエキスパートたちね。そしてそれは彼が冒険者時代に集めた仲間だと言われているわ」
ソフィーの答えを聞いた陽斗は己の直感に従って答える。
「ソフィー――」
■
夜――宿屋で寝準備を整える陽斗に、澪がずっと疑問に思っていたことを訊ねた。
「よかったんすか? ソフィーを仲間に入れてしまって」
夕方、三人が集まった飲食店でソフィーからのパーティ入り(実質パーティ結成)を、陽斗が条件付きで承諾したのだ。
『ソフィー――俺たちは近いうちにセブリアントの首都に行く予定だ。そしていつか故郷に帰る。それは一月後かもしれないし、一年後かもしれないし十年後かもしれない……理由は悪いが説明できない。それでもいいというのなら一緒にパーティを組もう』
陽斗はソフィーにそう言った。そのときのソフィーの反応は、
『そうね……アタシも……分かったわ! その条件でやっていきましょう! パーティの脱退は自由。まあ考えてみれば当たり前のことよね。あっでもクエストを途中で放り出したりしたら許さないんだからね!』
と少し考える素振りを見せるも陽斗の条件をあっさりと呑み、パーティ結成と相成った。
「ん? 澪はもしかして反対だったのか? ソフィーを見る目が見捨てられないって言ってる感じだっと思ったが……」
「それはそうっすけど……」
陽斗が自分の心情を正確に読み取ってくれていることに嬉しくなりつつも、ソフィーと行動を共にするのはマズいのではないかという思いが澪の顔を曇らせる。
「まあ俺も同情だけが理由じゃねーよ」
「それは?」
「勘だな!」
「へっ?」
あまりにあまりな答えに素っ頓狂な声が出てしまった。それと共に邪推してしまう。
「陽斗様……もしかしてソフィーに惚れたんじゃないっすか?」
「バッ! 違う違う! 変な意味にとんなよ!」
陽斗は手をブンブン顔の前で振って否定する。
「……本当の本当に勘としか言えねえんだよ。なんというかあの時ソフィーを仲間にしておいた方がいいって気がしたんだよ」
「……それだけ……っすか?」
「んーまあそれは七割くらいかな。一割はアイツの言い分――中距離が必要ってのももっともかなって。そして一割は同情」
「……残りの一割は?」
「俺たちセブリアントの首都に行くだろ? そん時に付いてきてくれれば、アイツのセブリアントフリークな知識は役に立つかもしれないって思ってな」
陽斗は親に伺いを立てる子どものような、不安げな表情で澪を見る。
「……ダメか?」
ここで色々な理由をつけてダメといえば陽斗なら納得してくれるかもしれない。
とはいえ、もし反対するならあの場で――ソフィーがいる時に――言うべきだっただろう。結局は澪も納得しているのだ。
陽斗の言った理由の内、勘以外の部分――陽斗の戦闘における詰めの甘さのフォロー、同情、セブリアントの知識は自分も考えていたことでもある。
「ダメじゃないっすよ。陽斗様の言ったことは私も考えていたっすし」
澪はニッコリと笑って陽斗を安心させる。
しかし内心はちょっと複雑だった。
陽斗はソフィーを仲間にしたことに、恋愛感情はないと言っている。
(う~~~! それでもなんかモヤモヤするっす~~~~~~!)
恋する乙女は利害だけで納得出来ない事もある。
澪はそれからベッドに入っても悶々とし続け、明け方近くまで眠ることが出来なかった。
■
翌朝。
「どうしたんだ澪? なんか眠そうだな」
「いえ……なんでもないっす」
「具合悪いようだったら休んでてもいいぞ? 俺もソフィーと二人でクエスト行くなんて、無茶なこと言わないからさ」
異世界に来てからというもの、陽斗は身の回りの世話を澪に任せっぱなしだった。
水の魔法を真っ先に覚えようとするも、謎の無属性魔力のせいで魔法は覚えられず終まい。料理も洗濯も全部澪に任せるしかなかった。
もっとも澪が『私無しじゃ生きられない作戦』(陽斗はもちろん知らない)の一環で、陽斗の「手伝う」という言葉を却下し続けていたのもあるが。
純粋に澪を心配した言葉だったが、澪は陽斗の言葉に喚起され、その逞しい想像力を働かせてしまう。
(陽斗様とソフィーが二人っきり? ……いやいやまさか。あんなぽっと出の女に陽斗様が……ああでも!)
明け方近くまで寝れなかった澪が何をしていたかというと、陽斗と澪のこれからを妄想していたのだ。そこにソフィーはもちろんいない。
陽斗が戦闘の猛りを自分の身体を使って鎮める……できちゃった結婚……子連れで里帰り……籍を入れる……経営者の集まるパーティでお披露目……あの女に自慢しまくる……そして二人目……とそんなことを延々老後まで考えていた。
そんな妄想の陽斗と澪の内、澪のところがソフィーに置き換わる。
ブンブンブンブン。陽斗がハチでもいるかと勘違いしてぎょっと振り向くほどに激しく想像を霧散させる。
「お、おい……ホントに大丈夫か? 考えてみれば今までずっと休み無しだったんだから、ここらで休息をとって、多少帰るのが遅くなっても咲さんも藤弥さんも怒らないって」
陽斗の心配そうな声。二人で休日を過ごせるのなら、それもいいかもと澪が思い始めたところ、
「俺はソフィーに頼んで街を案内してもらってさ。なんか元気の出るもの買ってきてやるからさ」
ピシッと澪の笑みに亀裂が走る。陽斗とソフィーが仲睦まじく街を歩く姿が澪の脳裏を過ったのだ。
「ダ……ダメー!」
「み、澪……?」
陽斗が澪の気迫に呑まれていると、ハッと我に返った澪が慌てて誤魔化した。
「わ、すいませんっす。違うんす。えっと私は本当に大丈夫っすから気にしないで欲しいっす!」
「そうか……? 無理はするなよ?」
納得の言っていない雰囲気を醸し出している陽斗だが、陽斗は善意であってもそれを押し付けて我を通すタイプではない。
陽斗がまだ心配してくれていることが分かるからこそ、澪は辛かった。
(ごめんなさい陽斗様……ご主人様に自分のことで心配を掛けるなんてメイド失格っす……でもソフィーと二人きりにする訳にはいかないんす)
たった今ソフィーは澪に恋のライバル認定をされた。例え本人にその気がなくともである。女とはそういうものだ。
澪は陽斗のメイドだが、だからって身を引くつもりなど微塵も持ちあわせていない。
陽斗がソフィーに限らず誰かを好きに――なる前になんとかしたいところだが――なったとしても邪魔、間女、略奪婚上等だった。最終的に勝てればそれでいいと。
(ふふふ……負けないっすよ!)
静かに気炎を上げる澪を眺めて陽斗は思う。
(なんかよく分からないが、いつもの澪に戻った?)
良かったと安心しつつ、いつものように澪に背中を向けて着替えようと服を脱ぐ。
その時ガチャガチャとドアノブを捻る音が、扉の外から鳴る。次いで扉で遮られてくぐもった声が聞こえてきた。
「あれ? 開かないわね」
当然だ。宿のドアには個人認証魔導で鍵がかかっている。開けられるのは登録してある陽斗か澪。それと宿の従業員だけだろう。
「おーいミオ。来たわよー起きてる?」
声の主はソフィーだ。パーティを結成したということでお互いの住処を明かしていた。
だが昨日の時点で、明日ギルドでという待ち合わせはしたが、ここに来ることは聞いていない。
しかし陽斗は昨日のソフィーの態度を思い出してさもありなんと合点する。
昨日、パーティに入れたソフィーは嬉しそうだった。きっと一緒にクエストを受けるのが楽しみでここまで来てしまったのだろう。
子どもだなと内心で苦笑しつつ、「今着替えているから待ってくれ」とドアの外に声をかけようとした。
しかしするりと陽斗の横を抜けてドアの前に澪が立った。陽斗は一瞬だけ見えた澪の横顔に、唇の端を見る。
そして澪がドアノブに手をかけた。
「ちょっまっ! 俺まだ」
着替え中! と続けるより早く澪がドアを開けてしまった。
「おはよう! 待ちきれなくて来ちゃった! さっそく一緒に……クエ……」
尻すぼみになるソフィーの言葉。視線の先にいるのは上半身裸の陽斗。
よく見れば、澪のメイド服の胸のボタンがとれて肌蹴ている。さらに心なしか澪の息が荒い。
ボフンッ! と赤くなるソフィーが何を考えたかは、火を見るより明らかだ。
(顔から火を噴いてるだけに――っていやいや何をバカなことを考えているんだ。早く誤解を解かないと!)
「ソフィー? 何を勘違いしているかは知らないがこれは……」
陽斗の言葉を遮って澪が割り込む。
「ソフィー? まだ約束まで時間があったと思ったんすけど……だから私たちもまだゆっくり……ねえ陽斗様?」
――何故そこでこちらに振る。ちゃんと最後まで言え。俺たちはゆっくり朝の支度をしていただけだろ?
という陽斗の言葉は声にならなかった。その前にソフィーが全くもって誤解であり、する必要のない謝罪を口にしたからだ。
「ご、ごめんなさい。邪魔をするつもりはなかったの」
――邪魔ってなんだ。邪魔って。
「そうよね……主とメイドって言っていたものね。そういうこともあるわよね」
――あるか! なんだその物分りの良さは。まるで実際に近くにいたメイドが手籠めにされた実例を知ってるようじゃないか。今そんな物分りの良さはいらないんだ。否定してくれ。
陽斗の頭はかつてないほどのスピードで言葉を紡ぎ出していたが、気が動転しそれが音になることは無かった。
ソフィーが顔を赤らめて顔を左右に揺らし、時折陽斗を見ては、瞳が上下左右へと迷子になっている。
「だから……その……でも折角パーティを組んだばかりだから、子どもが出来ちゃうのはまずいと思うの……」
陽斗はまさしく正論であると、ソフィーの言葉を心中で肯定する。
「あっゴメン……二人の仲に口を出したい訳じゃないの……その……し、下の食堂で待ってるから……ごゆっくりー!」
ソフィーはバタンと扉を締めてドタドタと音を響かせながら走り去っていってしまった。
「…………」
ソフィーは陽斗が何か言葉を発する間もなく、勝手に一人で勘違いして出て行った。
ジトっと半眼で陽斗は勘違いの元凶を睨む。犯人は口と腹を抑えて、それでも堪えきれずに「ぷくくくっ」と音を漏らしていた。
「……澪。からかうにしてもやり過ぎだろう。完全に誤解してたじゃないか」
「あっははは……はぁー。いやあんなに効くとは思わなくて……ぷくく」
一度は鳴りを潜めた笑いが、再びこみ上げてきたようだった。
「はぁー」陽斗はボリボリと頭をかく。「あの誤解を解くのは骨が折れるぞ……」
面倒くさそうにボヤく陽斗。
一方そんな陽斗の嘆きを耳ざとく聞きつけた澪の笑みが、コロコロとした明るいものから妖艶なものに変わる。
「じゃあ……」澪はスカートを摘んで持ち上げた。「誤解を誤解じゃなくする方が簡単かもしれないっすよ?」
澪、渾身の一撃。
……しかしそんなことで陽斗が落とせるのなら、とっくに落とせるくらいにこの手の技は使ってきていた。
今回も当然のように、澪の冗談だと思った陽斗が溜息を吐く。
「次は俺かよ」
からかいの標的がソフィーから自分に回ってきただけ。本気で陽斗がそう考えているので、始末に負えない。
(やはり陽斗様には効かないっすね。まあでもソフィーの方には、ボディーブローくらいの威力はありそうだったっすね。ぷくく)
例え陽斗が誤解を解いたとしても疑いは残るはず。けど――。
(普通の女の子なら、これで私が陽斗様を好きだって分かるはずなんすけど……どうもソフィーはそこのところ、陽斗様と同じ匂いがするっす……)
メイドだから仕方なく陽斗の相手をしていると考えそうな気がする。
まだまだ油断は出来ないと思う澪だった。




