逃れられない世界
初投稿です。よろしくお願いします。
プロローグは伏線だけなので、読み飛ばしてもらってもかまいません。
実感することはあまりないかもしれないが、万物は何かに内包されている。やはり、それを多くの人は知らない。知っていても、知らないふりをする人が大勢である。
空を見るとすぐに、「無限に広がる世界だ」などと現を抜かすが、無限などない。言いかえれば万物は有限だ。いずれ大きな壁にぶちあたり、それから先を視ることはできない。
壁の構成材質に、宇宙もしくは大気、密室、会社のしがらみまで挙げる者もいるだろう。やはりそれらは、『出られない』という共通項でくくられる。
例えば、見る者を魅了する万華鏡のビーズ。
誰しもが万華鏡の中で煌めく星々を眺め、「綺麗だ」だと言って、それを回す。星々によって描かれた模様は、万華鏡を回すことによって変異を重ねてゆく。だが、表れる模様には種類の限りがあった。つまるところ、神秘にも限界は存在するのだ。
とはいえ、永遠を求めたことで、限界に到達するとすぐに原点へと回帰する世界――万華鏡――に閉じ込められたら、歓喜するものは皆無、やがて自分がそこに在ることに堪り兼ねるであろう。そこに居続けるのは無理だ。
それは、幻想的で、残酷な世界だ。
目まぐるしく変わる景色に吐き気を覚え、四方の壁に一切の間隙が無いことに絶望するのだ。
俺は今、この絶望を目にしている。俺は、ここに閉じ込められている。ここにいる時点でビーズも俺もさほど差異はない。俺から発する邪気が万華鏡に湛えるのとは裏腹に、俺の心はがらんどうになっていた。
俺の目が捉える景色に綻びが生じはじめた。否、正気を失い、幻視を起こしていたのだ。いつものことだ。
眼前に広がったのはひとつのリビング。先ほどの幻想的かつ閉塞的な雰囲気はまるでない。ひとつの家族が住む、リビングだ。少年と、その母と、その父が見える。その母は肩のあたりから流れる血を見せ倒れている。その父はその母に寄り添うように、訴えるようにして泣いている。
「ごめん。本当にごめん。全部俺が悪いんだ。償いきれない」
涙ぐんだその父の声は、聞き取りにくかった。その少年はその光景を直視しながら、柱のように立ち竦んでいる。そんな少年を見たその父は言った。
「全部父さんが悪いんだ。逃げなさい。事実から。まだ今は、それができる」
少年はその言葉を聞くと振り返って玄関に向かって走り出した。走ると言ってもリビングから玄関までは10メートルもない。
――――だが、少年はその足を止めることはなかった。動かし続けた。
なぜ?
答えは簡単だ。そこで行き止まりだったんだ。
いつまでたっても、少年はそのドアノブに手を掛けることはできなかった。もどかしいだろう。歯がゆいだろう。あんなに必死なのに、少年は逃げられないのだ。そのうち、少年の目からは光が無くなっていた。とうに、魂などなかったのかもしれない。
今も少年は、走り続けている。