私にできること
ネタ的短編。途中で力尽きました。すみません。
今日のご飯は麻婆豆腐。
ニンニク、ショウガ、長ネギをみじん切りにして、ごま油で炒める。
香りがたってきたらひき肉を入れて更に炒める。
豆板醤と豆鼓醤を入れていくがいれる量は少なめ。
うちの家族は辛さの好みが違う。
夫は辛めが好きだけど、高校生の娘はちょい辛くらい。小学生の息子はまだまだ甘め。
一緒に作っては辛さが統一できないけれど、別々で作るほど時間は無いし、辛さの調整はそれぞれに豆板醤を後で足してもらう事で補っている。
だから一番甘めの好みの息子に合わせることとなる。
豆板醤は少なめ。豆鼓醤は気持ち多め。
全体に調味料が行き渡ったら鶏がらスープを入れてひと煮立ち。
電子レンジで簡単に水切りをしておいた豆腐を入れて崩さないように混ぜ合わせる。
全体が混ざったらもうひと煮立ちしてコショウで味を調えたら片栗粉でとろみをつけてできあがり。
付け合せの春雨サラダは冷蔵庫で冷やしてあるし、昼間に作ったミルク寒天も固まっている。
「ごはんできたからゲームやめなさい。」
「はーい。」
リビングでゲームをしていた息子に声をかける。
娘は部活から帰ってきて部屋に戻ってから一度も顔を出していない。
そういえばいつもならすぐにお風呂へ向かっているのに。
部屋で何かしているのかもしれない。
ごはんよりお風呂が先かしらね。なんて思っていたら、リビングのドアが開いた。
「おかあ…さん?」
まるで自分が夢を見ているかのように娘は呆然とこちらを見ていた。
しかも着ている服が見たことない服装だ。
流行好きな娘が買わないようなお淑やかなフレアスカートのワンピース。
お小遣いを前借りしてないのにどこからお金を出したのやら。
いや、案外娘に甘い夫が買い与えたのかもしれない。
「どうしたの?もう、そんな服いつの間に買ったのよ。」
不思議に思って声をかけたら、今度はボロボロと大粒の涙を流し始めた。
溢れる涙をぬぐおうともしない娘に慌てて駆け寄る。
「ちょっ、どうしたのよ?!もしかして学校でなにかあったの?」
「ちがう…ちがうの…」
弱弱しく首を振る娘。
それでも涙は止まらない。
「違うって…そんな風に泣くなんて、なにかあったのでしょう?」
「うん、色々あった…なぁ…。でもね、良いこともあったんだよ。」
今度は笑って泣いている。本当に分からない。
「それよりお母さん。お腹すいたな。」
「…そう。じゃあまずは顔を洗ってらっしゃい。泣きながら食べるつもり?」
「ねーちゃん変なかおー」
何事もなかったように振る舞う娘の姿勢を尊重して、今は問い詰めるのはやめた。
娘の事で同じように吃驚していた息子も私につられるようにちゃかしてきた。
二人とも良い子に育ってるなぁなんてちょっとじんわりきてしまう。
「あんたはそうやってすぐちゃかすんだから。さっ、ごはん食べましょ。今日は麻婆豆腐よ。」
顔を洗ってからご飯を食べてる間もどこか娘は涙ぐんでいた。
でもその涙は悔しいとか悲しいとかじゃなくて嬉しい涙のように見える。
本当に何があったのだろう。
◆
「何かはあったんでしょうけど、何も話してくれないのよね…。」
「高校生だからなぁ。あれくらいの年にはいろいろあるんだろ。」
「そう……よね。」
なら、この不安はなんだろう。
遅くに帰ってきた夫に今日の事を話しながら考える。
娘のあの涙は触れてはいけないような気がしたのだ。
ついさっきまで子どもだ子どもだと思っていたのに、まるで一変したように大人びた。
今日の娘はそんな風に感じた。
子どもの成長は早いって思うことは沢山あるけれど、今日のは今までの比ではない。
それがどこか不安なのかもしれない。
「お母さん、お父さん。」
「あら、まだ起きてたの?」
噂をすれば何とやらで娘がリビングへ入ってきた。
「いくら夏休みに入ったからって夜更かしはあまりしないようにね。」
「うん。わかってる。」
「わかってるなら良いのよ。眠れないの?」
「あのね、聞いてほしい事があって。」
思わず夫を見る。
夫は私をみてから娘へ視線を戻し、笑った。
「立ち話ですることじゃないんだろ。座りなさい。コーヒーでも飲みながら話そう。」
「じゃあ、コーヒーいれてくるわね。」
コーヒーを飲みながら聞いた娘の話は、ぶっ飛んでいた。
部屋に戻ったらいきなり知らない場所にいたこと。
御子とか呼ばれて、世界を救ってほしいと言われたこと。
訳が分からず、帰りたいと泣いたこと。
平和になれば帰れると言われたこと。
だから努力して、旅をして、役目を果たしたこと。
旅の仲間に恋をしたこと。
役目を果たしたのに、すんなりと帰してもらえなかったこと。
友人に協力してもらい、隙を見て帰還したこと。
夢を見ていたのだと一言で片づけるのは簡単だ。
だが、話をしている娘はそんな一言で片づけることが出来ないほどに真剣だった。
震える声。
力強く握りしめた手。
私たちの反応を見たくないとばかりに俯いた顔。
最後まで話を終えてからもギュッと閉じられた瞼。
そんな娘に「夢だ」なんて言えなかった。
椅子から立ち上がり、未だ震える娘を抱きしめた。
「おかえり」
夢であろうが現であろうが娘は帰ってきたのだ。
ならば母親として言う事はこれであろう。
「た、ただい、ま。」
娘はまた泣き出した。
今日は泣き虫ねぇなんて言いながら頭を撫でる。
夫も苦笑しながら頷いていた。
きっと夫も信じきれてないのだろう。
でも、娘は帰ってきたのだ。
それからの話をしよう。
娘は勉強なんて忘れたよ!と嘆きながら夏休みを勉学に費やした。
夏休みが終わってから学校に行きはじめると何だか違和感があるようだったが、それなりに楽しく過ごしていたと思う。
高校を卒業し、大学へ進学。
外国に興味があるとボランティア留学で海外に行くと、なんと外国人の彼氏が出来てしまった。
まさかそのまま結婚してしまうとはびっくりしたが。
モデル顔負けの綺麗な恋人…いや、婿殿は聞いたことのないような小さな国の人で娘は年に一度もこちらには帰ってこないようになった。
でも、定期的に連絡はしてくれており孫の写真も送られてくる。
たまには日本のモノも恋しかろうと何か送ろうとするのだが、娘は関門が厳しいからと受け取ってくれない。
私はこの時、うっすら気が付いていた。
娘はきっと、もう一度向こうへ行ったのだろうと。
そして彼が向こうに行った時の”いいこと”なんだろうと。
娘が幸せならそれでいい。
私は母親だから。
娘や婿殿、孫が帰ってきたらこういうだけだ。
「おかえり」
◆
私の人生は最後まで穏やかだった。
夫に出会い、子供に恵まれ、孫も生まれた。
良い人生だったと胸を張っていえる。
「なのにどうしてこうなった?」
自分の小さな手を見つめる。
ナディア・フォン・ライトナー
それが私の名前。
先日王子様に会ったら記憶が戻っちゃいましたよどうしましょう。
しかもどう考えても娘が話してた世界なんだけどどうしましょう。
会ったら王子様が「なちこ」とか言ってたけどもしかしなくとも夫ですねどうしましょう。
ていうか夫が王子とか笑えてくるんですけどどうしましょう。
ライトナーって娘の婿殿の苗字ですよどうしましょう。
娘の生きてた時代は300年以上前で、娘が頑張ったらしく召喚の術は禁止になっているのに、国の利益のためとか言って御子様召喚とかしようとしてるらしいんですけどどうしましょう。
娘が残したのかライトナー家の書庫に帰還の術があるのを見つけたのですが王家は認識してませんどうしましょう。
「どうしましょう。」
「じゃあ、叩き直す?まだいけると思うよ?」
「貴方が言うと出来そうな気がしちゃう。」
「もちろん、協力してくれるよね?奥さん。」
「それはもちろん。旦那様。」
齢8歳と10歳がする会話ではないのは重々承知である。
こうして私、ナディア・フォン・ライトナーと第3王子、サディアス・フォン・ゲリンデルのゲリンデル国叩き直しが始まった。
結局叩き直す前にされてしまった召喚で呼び出されたのは息子の娘の息子の娘だったり(すぐに帰還の術で帰した)、叩き直すだけのはずがサディアス殿下が次期王に祭り上げられそうになったり(丁重にお断りしてサディアス殿下は第一王子の右腕になりました)、私が魔法鍛えすぎて魔法使い筆頭になったり(娘の日記見つけたら色々できちゃっただけなんだけど)するんだけど、結局私にできるのは…
「おかえりなさい。」
そう、今日も今日とて旦那と子供たちを迎えることだけ。
読んでいただいてありがとうございます。
夫婦無双が書いてみたかった。
無双する前に力尽きた。
これ以上書いたら連載になる。