研究対象
「ヒカリさん」
かけられた声に、瞬時に身体が反応し、手に持っていた本を落としそうになる。
「ア、アルフォンス・・・っ?」
振り返れば、いつものように穏やかに私に声をかけた彼がいます。
けれど私の心は穏やかとはいきません。おかしいのです。彼の声を聞いただけで、どうしてこうも心臓の音が早くなるのでしょう。逃げたくなるのでしょう。優秀な私にも理解不能です。
たくさんの書物を読んできました。
優秀になるにはやはり情報収集が一番ですから。
そして、私は優秀だと自負しています。
けれども。
じりじりと彼から距離を取る私がいます。
彼が困ったように笑いました。
「ヒカリさん、なぜ逃げているのですか」
「にに、逃げてないですよアルフォンス! 私は強いんですからっ!」
持っていた本・・・攻撃魔法の本を抱え直す。
いつでも戦えますともっ!
ああ、いつもは穏やかな風貌の彼がとても困っている事が分かります。
けれど、彼が困っている理由がよくわからない自分が悔しいです。どうして私はいつも彼を困らせているのでしょう。
「ええと、僕は攻撃対象なんでしょうか」
「なぜ私がアルフォンスを攻撃対象にしなくてはいけないのですか」
最近、彼の言葉の意味がよくわかりません。
長い年月彼の事は観察してきたつもりだったのですが。どんな魔物や生物よりも、人間の思考が一番奥が深いようです。特に、彼の思考はやはり観察に値するのではないでしょうか。
「ヒカリさん?」
「・・・っ・・・・!」
視線を上げれば、先ほどまで離れていた彼が目の前にいました。
「いつのまにっっ」
「えと、ヒカリさんが考え事をしてただけだと思うんですが」
くすりと彼が笑います。
なぜか、彼の顔をまじまじと観察してしまいます。
ますます早鐘を打つ自分の鼓動が、理解不能です。
「・・・・ヒカリさん、無防備すぎです」
そう彼は言って。その意味を理解しようと・・・・・・彼の腕の中に収まっている私がいました。
「-------!!?」
なぜか、声が出ません。顔も熱い。これは病気ですか!
傍に来られると、触れられると、自分がおかしくなる病気ですか!
「嫌だったら、ちゃんと言ってくださいね?」
頭上から、彼の声が聞こえてきます。少しくぐもっていました。私の髪に吐息がかかっているようです。
「まあ、嫌だと言われても、今の僕は離しそうにないですけど」
「・・・嫌では、ない、です」
嫌ではないです。ないですが。
「良かった」
ほっと吐かれる息。
なぜ、嬉しいと私は思うのか。彼は思うのか。
「アルフォンス、私新しい研究対象が出来ました」
「え?」
「私とアルフォンスとの関係です。どうしてこんなに落ち着かなくなるのか、研究してみる価値がありそうです」
きっと解明してみせますとも。ぐっと決意をし、顔を上げると、それはそれはとても楽しそうに笑う彼。
「お手柔らかにお願いしますね、ヒカリさん」
そして「研究の第一歩ですね」と呟いて、彼の顔が近づいて、そっと私の唇に優しいキスを落とした。