七
昼。
宿の食堂で、昼食を取りに来た幾人かの村人たちがちらちらと視線を送る中、六人は料理の並んだ円卓を囲んでいた。
「コンスタンスよ、塩を取ってくれぬか」
「はい、どうぞ、シャル。――あら、このお肉おいしいわ、食べてみなさい」
「どれ……むう、これはなかなか」
「ランディ殿、どうなされた?」
「ああいや、王位……例のあれを巡って対立してる割には仲良いんだなと」
「シャルロット様もコンスタンス様も普段とても仲はおよろしいですよー」
「だいたい対立している訳ではない。より良い結果を得ようとしているだけじゃ」
「ヴィンセントさんも同じことをお考えですかー?」
「いんや、あの喋り方は王家の芸風かと思ってたんだがそういう訳じゃねえんだなと」
「これはわらわのものじゃ。誰にもやらぬ」
「何だそりゃ」
「そちらの水差しを取って頂けますか、ラン様――失礼、ランディ様」
「ああ、はい」
「有り難うございます――あの、ラン様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「へっ? 何です?」
「コンスタンス様は親しい相手は名を縮めてお呼びになる」
「はあ、まあお好きなように」
「ヴィンセント様は、もう少し親しくなってからですわね」
「いらねえよ別に」
「本当はジャネットのことももっと親しみを込めて呼びたいのですが、そのまま縮めてもどうにも語呂が悪いのですのよね」
「……ああ、なる程」
「申し訳ありませんー」
「どうにか工夫が出来ると良いのですが。時々お会いする騎士の方でリチャード様という方がいらっしゃるのですがやはり縮めて呼び辛くて」
「え? その人ってひょっとして……」
「検討の結果『リッちゃん様』とお呼びしていますわ」
「ぶふっ」
「おいおい何吹き出してんだよ汚えな」
「すみません……何か拭くもの……」
「ほらよ。ああ、ところでお前……ええと、ランディ、お前これからどうするつもりだ?」
「どうって……追い掛けてる賞金首がいるんで手掛かりを探しにもう少し大きな町かどこかへ……ああ、例のあれの方先に済ませちゃいます? って、そんな片手間にチョチョイと片付けて良いものでもないですね」
「俺はそれでも構わねえと思うが」
「出来ればそれなりに厳粛な気持でもって臨んでもらいたいところじゃな」
「そうかい。じゃなくてだな、俺の方はこの村で取り込み中な訳なんだが、お前ちょっと手伝って行かね?」
「オーガ討伐ですか……報酬の取り分は?」
「……二対八」
「四対六」
「ぬぬぬぬぬ」
「ぬぬぬぬぬ」
「……三対七で手を打たれれば良ろしいのでは」
「うっせ、外野が口出しすんな」
「あのー、外野と言えば何だか外が騒がしくありませんか?」
「冒険者殿! 冒険者殿!」
「村長? どうしたんすか」
「ばっ、化け物が!」
「! オーガが現れたのか?!」
「いえ、あの、それもですが、それと一緒に何体もの化け物が一緒に!」
「何だと……?!」
「ええい、とにかく外に出てみるのじゃ!」
●
「ふははははははは!」
哄笑が響き渡った。
森を背に村との境界で腕を組んで仁王立ちしているのは、痩せた壮年の男。黒い法衣のようなものを羽織り、乱れた髪の下、目だけが爛々と輝いている。
その後ろには巨大な人型の生き物が控えるようにして立っている。身長約二メートル半。灰色の肌に岩のような筋肉。頭部に生えた数本の角と唇の両端から覗く長大な牙。その右腕は肘の下辺りで断ち斬られ、左目も閉じられている。
さらには身長一五〇センチ程の土塊で出来た人形のようなものが数十体、村に入り込んで来ていた。村の若い男たちが何人か手にした農具を槍のように構えて立ち向かっているが、明らかに腰が引けている。
「適当に歩いてみたら村に着いたのはやはりワードゥスの導きに違いない! この村は全能の神ワードゥスの名に於いてこの私が占拠する! 迷える者共よ、ワードゥスに帰依するか、生贄となるかを撰ぶが良い!」
男が言う。
そしてそれに続くように、怪物が咆哮を上げた。
宿から出た六人が目にしたのは、そんな光景だった。
「なあ、あれって、あれだよな」
「そっちこそ、あれがその、あれなんすよね?」
各々兜と鉢金を被りながら半眼で言葉を交わすヴィンセントとランディ。
「何がどうしてあんなことになってやがんだ」
しばし、両者の間に考え込むような沈黙が流れ、やがて、
「こっちの報酬とそっちの賞金と合わせて等分、ってどうよ?」
ヴィンセントが言い、
「……そっすね」
ランディが答えた。
そして、どちらからともなく剣を抜いた。
●
街道を、森を右手に見ながら北から南の方角へ向かう一団があった。
騎馬が十騎ほど。乗り手たちは皆金属製の兜を被り、甲冑の上からマントを羽織っている。
後ろには四頭立ての馬車が続いている。荷馬車などではなく人を、それも貴人を乗せるための座席を備えた、立派な造りのものだ。
その中には一人だけ、甲冑姿ではない者の姿があった。と言っても貴人という訳でもない、質素な服装をした村人風の若者だ。柔らかな座席で、居心地悪そうにしている。
と、
「――っ」
若者がはっとしたように顔を上げた。窓から身を乗り出し、進行方向を見る。
若者が聞いたのと同じものを、騎馬の乗り手たちも聞いたらしい。顔を上げ、同じように行く先を見る。
先頭の男が口を開いた。
「今のは……獣の咆哮、か?」
それから後ろを振り返り、大声を上げた。
「急ぐぞ! 目的の村まではあと少しだ! 怪物が現れている可能性もある、各自気を抜くな!」
「「「応!」」」
と他の騎馬が返事をし、彼らは街道を駆け出した。




