四
「双子?」
「そうですわ、ランディ様」
ランディが問い、少女が答えた。
塔の外、すぐ側だ。夜空の下、焚き火を囲んで三人が腰を下ろしていた。
ランディと、黒髪の少女と、明るい髪の女性。
「君と」
「コンスタンスですわ」
「……コンスタンスと、その、シャルロットって人が?」
「はいですの」
「で、二人はこの国の王女様だ、と?」
「はいですの」
「…………」
黙る。
と、
「信じておられませぬか、ランディ殿」
女性が口を開いた。どことなく据わった目付きをした女だった。干し肉を串に刺して焚き火であぶっている。
「信じてないっていうかですね、エヴァドニさん」
「うむ」
「割とどうでも良いって言うか。俺、ベルムの出身なんで」
エヴァドニと呼ばれた女が肩をコケさせ、
「ああ、あちらの方は割とそういう傾向があると聞きますわね。フィリウス市の方が王都よりずっと近いですから」
コンスタンスは軽い口調で相槌を打った。
「わたくしとシャルは双子です。王女の立場で双子というのは一つ重大な問題がありますの。お判りですか?」
コンスタンスの言葉にランディはしばし考え、やがて口を開いた。
「……王位継承権?」
「ご明察ですわ、ランディ様」
笑みを浮かべ、胸元で手を叩き合わせるコンスタンス。
「双子だからどっちが姉も妹もない、ってことか? 良くは知らないけど、便宜上決めておくものじゃないの?」
「決められておりませんわ。あまり知られていないようですが、ラファール王国の法律では双子の兄や姉或いは弟や妹というのは区別されません。相続なども等分に分割されますの」
「そうなんだ? でも、分割って言っても」
コンスタンスはこくりと頷き、
「ええ、まさか国を分割する訳にも行きません。お父様はまだまだお元気ですが、もしいずれわたくしたちが国を継ぐことを考える時が来るならば……その時までにわたくしとシャルのどちらがその責を担うかを決めておく必要がありますわ」
「ふーん……」
ランディは気のない様子で相槌を打ち、そこでエヴァドニから焼けた干し肉を渡され、「あ、ども」と受け取る。
それを齧りながら、
「ええと、それで?」
「はい。これまで、わたくしとシャルはどちらが王位継承者に相応しいか、様々な形で互いを比べあって来ました。ですが、わたくしたちはあらゆる分野に於いて能力がほぼ互角でしたの。勉学でも、運動でも、詩文や音楽でも」
「へぇ」
エヴァドニが別の串を取り上げ、コンスタンスに手渡した。
受け取ったコンスタンスが、一度ランディに小さく会釈をしてから干し肉を齧った。咀嚼し、飲み込む。
それを待ってから、
「……んで?」
「はい。わたくしたちは考えました。自分たちの能力が互角であるならば、他に何をもって王位継承権を決めるべきか。……そして至った結論が、各々代理人を選び、その方々に勝負をして頂いて決める、ということでしたの」
ランディは眉をしかめ、
「……何で?」
「必要な時に必要な人材を得られる運命力も、王たる者に必要な能力ですわ」
きっぱりと答えるコンスタンス。ランディは腕を組んで宙を見上げ、
「理屈になってるようななってないような……まあどうでも良いか」
そう言ってから、はっと気付く。
「あれ、どうでも良くなくないか? その代理人って」
「ええ、ランディ様にお頼みしようと思いますわ」
「……ちなみに勝負って具体的にどういう? どっちかが死ぬまで斬り合うとか」
「さすがにそこまでは。勝負の方法は話し合って決めるつもりですが、例えば相手の方も冒険者であるなら木剣での模擬試合であるとか、そういう方向で考えておりますわ」
「まあ、それなら……決闘の代理ってのも冒険者の仕事としては稀によくある方だし……でも王都にならもっとそういうのに相応しい立派な騎士とかいくらでもいるんじゃないの?」
「もちろん王都在住の方は今回は対象外ですわ。わたくし自身が王都の外まで旅をして出会い、この方はと思った方でないと」
「それで攫われてちゃ世話無いと思う」
「それはコンスタンス様の侍女である私の不徳の致すところ、全く面目ありませぬ」
言って、頭を深く下げるエヴァドニ。
ランディは、まあまあ、とそれを制し、
「攫われたのは、どこでだって言ってましたっけ?」
「ケンドール方面へ向かう街道沿いの宿場であります」
「ケンドール……魔術学院で有名な町すね。やっぱり魔術師に声をかけるつもりで?」
「いいえ、一度行ってみたかったからですわ。険しい山の中腹に建てられた魔術学院の荘厳な佇まいは一見の価値ありと聞いておりますの」
横から答えるコンスタンス。
それから表情を少し引き締め、
「その日、宿場に着いたのはすっかり暗くなってからでした。距離と時間配分を少々読み違えてしまいましたの。
宿へ入ろうとした直前、あの男は暗がりからふいに現れました。『丁度良い、お前たちをワードゥスへの生贄に捧げてくれよう。我が身の不幸を呪うが良い』とかそんなことを一方的に言って……」
「君が王女であることを知っていて身代金目当てで、って訳じゃあなくて?」
ランディが口を挟む。
コンスタンスはかぶりを振り、
「そのような様子は見られませんでしたの。それで、懐から瓶のようなものを取り出して、それをこちらに向けたら、その……瓶の中に吸い込まれましたの」
「瓶、ね。塔で戦ったときも色々な瓶を使っていたけど、そういう魔術ってことなんだろうな」
「あの男は魔術師なのでありますか? 自らはワードゥスの司祭と名乗っておりましたが……」
小首を傾げて問うエヴァドニ。コンスタンスも口元に手を当てて、
「ワードゥス……いったいどのような神なのでしょう」
対しランディは気軽な口調で、
「さてね。多分、四〇〇神の神じゃあないと思う」
「あら、ランディ様は神学にも詳しくていらっしゃる?」
「そうでもないけど、『全能の神』とか言ってたし。神が全能って何の冗談なんだか。そういう教義の異教の神か、へたしたらあの男の創作だったりするんじゃないかな。正直まともそうじゃなかったし」
そう言って嫌そうな表情を浮かべてから、
「あの男、エルバートは、もとは海洋神の寺院の助祭だったんだけど、ある時そこの司祭を何人か殺害して逃亡したんだ。半年ばかり逃げ続けて、とうとう〈聖都〉からラファール王国を含めた周辺諸国に広域の賞金が掛けられたのが三ヶ月ぐらい前。俺はいくつかの偶然からあの男の足取りを掴むことが出来てね、一ヶ月掛けて追い続けて、とうとうあの古い塔が拠点の一つであることをつきとめたんだけど――」
「逃げられましたな」
「うう」
エヴァドニの言葉に項垂れるランディ。
「……まあそういう訳で仕事を一つ抱えている状態だから、別件を引き受けてる余裕は――いや、でも何か面倒くさくなってきたし諦めちゃおうかな」
そう言うと、
「いけませんわ、ランディ様!」
コンスタンスが声を上げた。
「……えっ?」
「あのような者を放っておいては、またどこでどのような悪事を働くか判りません。わたくしたちの事情もありますが、急ぎではありませんわ」
「はあ……」
真剣な表情のコンスタンスに、ランディは曖昧に頷いた。
●
やがて夜も更けてきた。
「予備の毛布が一枚あるから二人で使ってよ」
言ってランディはザックから毛布を引っ張りだすと、エヴァドニに手渡す。
「かたじけのうございます。我らの荷は攫われた時に殆ど手放してしまいましたが故に」
「そこら辺もどうにかしないとなあ」
次にランディは羊皮紙の束を取り出した。
それは、
「……ラファール王国の地図ですわね」
「それも随分と詳細な品であるようですな」
「フィリウス市の有名な地図職人の作でね、だからまあ割とあっち方面に偏ってはいるけど……えーと、これかな」
開いたのは王国全土図が描かれた頁。
「王都がここで、ケンドールはだいたい真っ直ぐ西の方、と」
「我々が攫われたのは街道沿いの……この辺りの宿場でありました」
「一方で現在地なんだけど……ここら辺りかな」
「王都から殆ど真南ですわね。随分遠くまで連れて来られたようで」
「瓶の中に閉じ込められている間、時間の感覚などもぼんやりとしておりました」
「なるほどね。で、ここからだいたいこっちへ四半日ぐらいかな、歩くとこの森に沿った街道に当たって、そこから少し北へ向かえば、小さな村があるはず」
「村ですか。そこで我らの旅の荷を揃えることは出来ましょうか」
「どうだろうね。でもまあ食料ぐらいは手に入るだろ」
ランディは地図を閉じ、ザックに放り込んだ。
それから脇の塔を見上げる。
「明日の朝、明るくなったらやつの行く先についての手掛かりが無いかどうかもう一度この塔を調べて、それから村へ向かおう。その後は、まあその時に考えるってことで」




