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 森のすぐ側を通る街道に沿ってしばらく南下すると、やがて村が見えてくる。

 小さな村だ。建物はいずれも木造で、寺院を中心に無秩序に散らばっている。

 既に陽は落ち、辺りは夕闇に包まれている。が、それに抗うように、村のそこここには炎の明かりがあった。

 篝火だ。

 街道と森に挟まれた村の、特に森に向いた面を中心に、いくつもの篝火が焚かれている。


「随分と物々しいのう。戦かや?」

 シャルロットが言った。

 篝火の周辺には、村の若い男たちが何人か、緊張した面持ちで歩きまわっていた。誰もが鋤や鍬といった長い農具を担いでいる。

「まあ、こんな村にとっては充分に戦争だろうな」

「先程の巨人ですか……?」

 ジャネットの問いにヴィンセントは僅かに小首を傾げた後、

「……ああ、あれは巨人じゃねえよ。オーガだ。巨人とは違う。確かに巨大な人型の生き物に違いは無えがな」

「む、そうなのか?」と、シャルロット。

「巨人ってのは〈北の大陸〉に住む立派な知的種族だ。〈東の大陸(こっち)〉で会うことはまず無い。……まあ、それを言ったらオーガだってそうそう人里まで出てくるモンでもねえけどな、さっきのあいつは何を迷ったのか、半月ほど前から姿を見せるようになったんだそうだ」

「……人の被害が?」

「今のところはまだ無いそうだが、とりあえず牛が何頭か喰われてる」

「お主はそれを退治するためにやって来たという訳か」

 シャルロットの言葉にヴィンセントはかぶりを振り、

「退治するために来た、ってのはちっと違うな。三日前、旅の途中でたまたま通りがかったところを依頼されたんだ。何故だかこのテの飛び込みの仕事に縁があるんだよなあ俺」

 三人は今、村に入ったところだった。

 ヴィンセントは鞘に収めた大剣を肩に担ぎ、片手からは布の包を下げている。シャルロットとジャネットもそれぞれに自分の荷物を抱えている。シャルロットの右の足首は包帯で固定され、やや歩きにくそうにしている。

 村の入り口に立つ、見張りであろう男に片手をあげて挨拶し、村の中心に向かって歩く。

「では、その大剣は? そんなものを抱えて旅をしている訳ではありませんよね?」

「この村にあったものだ。何年もろくに手入れもされないまま放って置かれていたらしいが、大物相手なんで使えるかと思ってな、借りてみた。つっても使い慣れない武器だし森の中で振り回すようなもんでもないから、どんなもんかと思って見回りを兼ねて森に入ってみたんだが、そこであんたらが襲われているところに出くわしたって訳さ」

「そうだったんですかー」

「正直あの段階で中途半端に手を出したくはなかったんだが、放っておく訳にもいかなかったしな」

「え? それはどういう……」

 と、

「冒険者殿」

 向かう先、寺院のすぐ側の家から出て来る者があった。


 声を掛けてきたのは小柄な老人だった。

 それと彼に付き従うように、髭面の男と若い男が一人ずつ。

「村長」

 ヴィンセントが会釈をする。

「戻られましたか。……そちらのお二人は?」

「旅人です。オーガに襲われているところを助けました」

「なんと、戦われたのですか?!」

 ヴィンセントは手に下げていた布包を地面に置き、開いた。

 見ていた三人の男が呻き声を漏らす。

 中身は、斬り落とされたオーガの右腕だった。

「怪物の腕……ですか? やっつけたんですか……?!」

 若い男が興奮気味に問うた。

「いんや、仕留め切れなかった。右腕と、たぶん左目。そこまでで逃げられた」

「そうですか……でも、深手を負わせたってことでしょう? だったらもう現れないんじゃ……」

「どうだろうな。オーガの生命力は高い。トロルなんかみたく再生するわけでもないが、あの程度じゃあ怒らせただけかもな」

「それは……」髭面の男が口を開いた。シャルロットとジャネットの二人を不審げに見ながら、「つまり、そこのお嬢さん方がこんな時期に森に入ったお陰で、怪物に中途半端に手を出す羽目になったという訳かね?」

 村長と若い男も二人を見る。

 ジャネットは目を逸らしたが、シャルロットは正面から彼らを睨み返した。何か言おうとするのを、ヴィンセントがさり気なく制し、

「なら放っておけば良かったと? 見ず知らずの旅人なんぞオーガに喰われるに任せて」

「いや、そこまでは言わんが……」

 髭面の男はもごもごと口ごもる。

「こんな時期も何もあの森は別に立入禁止って訳でもないし、彼女らが入ったのは不可抗力だし、助けたのは俺の判断です。そして俺は仕事はきちんとこなしますよ」

「…………」

 男が黙り込んだのを見て、村長が口を開いた。

「それで、どうされますかな?」

「どうも何も」肩をすくめながら、ヴィンセント。「こういうことがありましたよと報告しただけで、何も問題はありません。オーガは近日中に仕留めます」

「ふむ」

 頷く老人。

「ああ、それと」ヴィンセントは軽い口調で、「彼女らの身柄なんですが俺の預かりってことで良いすか」

 その言葉に髭面の男が、

「村長……」

 何かを言い掛けるが、村長はそれを手で制し、

「まあ、その方が良いかな。宿に部屋を用意しよう」

「どうも」

 ヴィンセントはどこか不満げな表情のシャルロットとジャネットを促し、宿の方へ向かった。

 立ち去る彼らを見送ると、村長は家の中へ戻り、やはり不満げな表情の壮年の男は篝火の一つの方へ歩いて行った。

 そして、

「……この腕はどうすれば良いんだろう」

 若い男が途方に暮れたように呟いた。


        ●


「正直に言うと全く問題無い訳でもないんだよな」

 円卓に料理を並べ終えた宿の店主が厨房に引っ込んでいくのを確認してから、ヴィンセントは言った。

「む?」

 早速麦粥の皿に匙を突っ込んでいたシャルロットが疑問符を浮かべ、

「あの、先程のお話ですかー? 我々のせいでオーガに中途半端に手を出す羽目になったとかの」

 ジャネットが言った。

 宿は村の外れにあった。二階建てで、一階が食堂兼酒場、二階が客室という、良くある造りをしている。

 その食堂の片隅で、三人は円卓を囲んでいた。

 ヴィンセントは鎧を脱ぎ、剣だけを腰に下げた格好。シャルロットとジャネットもマントは羽織っておらず、綿製の質素だがしっかりした造りの旅着姿で、靴は旅用の頑丈なものから柔らかい室内履きに履き替えている。

 他に客の姿は無く、厨房の奥から店主が洗い物を始めたらしい音だけが聞こえる。

「あんたらのせい、と言うつもりは無いさ。さっきも言った通り不可抗力だ。ただまあ人間理屈だけで物事判断出来るでもなし、ああ言っておかねえとあの髭のおっさん辺りあんたらに何するか判らなかったんでな。オーガが現れたのはあんたらのせいだとかそれぐらい言い出しかねない」

「いくらなんでもそんな……」

「判んねえぞ。こういう田舎でずっと定住してる人間てのはまともに見えても結構奇妙な考え方に凝り固まってることが多い。土地々々で特徴あるから観察してると意外と面白かったりもするけどな」

 シャルロットはふん、と鼻を鳴らし、

「預かりとはそういう意味か。わらわたちを庇った訳か?」

「恩に着せるつもりは無えよ。ただでさえ厄介な状況だってのに余計に面倒くさくなるのが嫌だっただけなんでね」

 ヴィンセントは一つ嘆息をつき、それから上を見上げた。客室のある二階を。

「あの剣も思った以上に使えねえし」

「騎士や兵士や傭兵が戦場で使う剣じゃな。見た目に反して意外と軽いと聞くが」

「あれはそんな上品な代物じゃねえよ。見たまんまくそ重い鉄の塊だ。そのぶん当たれば威力はあるけどな」


「さて、俺の話はこれぐらいで、次はあんたらだ」

 ヴィンセントは居住まいを正した。厨房の方に視線を向けて店主がまだ戻らないのを確認してから、

「さっき森で言ってたことは本気か?」

「騎士の件かや? ああは言ったものの流石にわらわの一存で叙勲まで確約とは行かぬが、まあお主の出自や経歴に問題が無ければ……」

「そこじゃねえ。その前だ」

 そこまで言い、それから少し迷ってから、問う。

「シャルロット・アレクシア・ラ=ファール……王女殿下?」

「うむ」

 頷くシャルロット。

「この国の、王女様?」

「うむ」

「……証拠は?」

「無いな。まあ、信じぬならそれはそれで構わぬ」

「…………」

 ヴィンセントは黙り込んだ。それから沈黙がしばらく続き、やがておもむろに口を開いた。

「……ランドルフ翁は健在か」

 どこか平坦な口調の言葉に、シャルロットとジャネットははっとした顔をした。

 僅かな間の後、ジャネットが応じた。似たような口調で、

「……復帰は近いと聞いております」

「アレックス師は?」

「流浪が望み」

「蛮王の剣は」

「ザカライアの元に」

「今はまだ、と」

 奇妙な遣り取りを終え、ヴィンセントは一息つき、それから呻くように言った。

「……本物かよ」

「お主こそ何者じゃ。今の符牒は王族の身分を確認するためのものじゃ。知っている者は限られる。何故、知っておる?」

 眉をひそめた表情でシャルロットが問う。

「何だって良いじゃねえか、あんたを王女だと認めるってんだからよ。

 ……認めた以上は口調も改めるべきか? でも何か今更って感じが……」

「構わぬ。一応お忍びというやつじゃ」

「お忍びね。こんな田舎まで、たった二人で。オーガにまで襲われて。何の用事だ?」

 シャルロットはジャネットと顔を見合わせ、考え込むようにしばし黙った。

 それから、口を開く。

「まあ、良かろう。ヴィンセントよ、お主、わらわについてどれだけのことを知っておる?」

「まあ、通り一遍は」

「ふむ。ならばコンスタンスのことも知っておるな?」

「ああ。コンスタンス・アナスタシア・ラ=ファール王女殿下……あんたの双子の姉妹だな」

「うむ」頷くシャルロット。「その、双子というのが問題なのじゃ」


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