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幻のペア

作者: 相原由紀

当作品は翔愛学園、翔愛祭2014に文芸部の会誌として出稿したものです

また、リトライからのスピンアウト作品です


【幻のペア】


                      作 一年二十六組 相原由紀


 彼らペアを最後に見たのは、六年以上前のことだった。高校を卒業し、地元で就職したあたしは、早速足として必需品となる軽自動車を購入し、通勤に、日々の生活にと機動力を得て、嬉しさのあまり島内を走り回っていたのだった。

 なにぶん田舎ではあるけど、最近は大きなショッピングモールも島内に多数出来、都会の近くの郊外のような雰囲気になった感じがする。

 本土とは、海峡に世界一のつり橋が既に架かり、通行料金を無視すれば、通勤や通学も可能なほどで、利便性が益々高くなってきたのを感じる。けど、田舎の良さはそのままいたるところにあり、海の潮風、田園のツンと透き通った植物の匂いが特に好きだった。

 しかし間もなく会社の都合で都会の本社勤務になり、田舎を出て行ったのだった。そして、一年目にして、田舎の法事の為春先に帰省した時の事だった。


 その日は、たしか土曜日だったと思う。早朝家を出て、親戚のところへ近くの漁港で収穫が始まった海産物のお裾分けを届けに行く為、海岸線の道路を走っていた。

 二車線の舗装道路は時間もまだ早く、すれ違う車もほぼ無かった。時折海から打ち上げる波の飛沫が、フロントガラスに降りかかる。

 そこは集落と集落の中間地点で、海岸脇の道がただ延々と続く所だった。片側は山の断崖、片方は防波堤となっていて、この春先ならまだ肌寒い時期のはず。

 軽快に走る車の前を一組のペアが同じ方向に背を向けて仲良く並んで歩いている。だんだん近づくにつれ、片方は女子で、あたしの卒業した母校の制服を着ているのが判った。

 そして更に接近して、追い越すあたりになると、その女の子は、びっこを引いているのが判った。

 あっと思うも、そのペアは、高校の時仲良しグループの長尾君とその彼女の璃菜であることも判った。もう卒業から一年、懐かしさを覚えたけど、その時は、そのまま通過際にクラクションを軽く二度鳴らして通り過ぎたのだった。

 バックミラーで確認すると、彼らも手を上げ笑顔で合図しているのが判った。田舎の事なので、知り合いが乗っている車とかは、自然と記憶するのであった。

 相変わらず仲良く手を繋いで、足の悪い彼女を庇いながら歩いているのが、微笑ましかった。たぶん、長尾君の家は手前の集落で、次の集落は璃菜の家があるので、送って行っているのだろうと思った。

 その姿は、年月が経過した今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。


 高校三年の春のこと。新入生も入学し、落ち着いたころ、あたしら仲良しグループは昼食時食堂でいつものようにランチを食べていた。

 わりと混雑していて、空いている席は、所々に一つ二つと言う感じだった。そこへトレーを持った璃菜が空いている席を探す姿があった。

『璃菜ちゃん、こっち、こっち』

 璃菜と、あたしは既に知り合いだった。図書委員として図書室を管理するあたしに、クラスの図書係りとなった璃菜は、カウンター業務の為、度々手伝いに来ていたのだった。新入生と言うこともあって、積極的に手順を覚えようとする璃菜は、とても真剣だった。そんなことからすぐ仲良くなっていった。

 璃菜はくるりと丸くて大きな目で、にっこり笑う笑顔が最高に似合う子で、その明るさは、足が悪いこと等なんのマイナスとも捉えて無く、返ってこっちが勇気をもらうほどだった。


 璃菜はゆっくりこっちへ向かってきた。しかし、直前になって他の男子と接触して、トレーもろともひっくり返ってしまった。食器が床に落ちる音とともに、皿に盛られていたランチ定食が飛んで長尾君を直撃した。

「何すんだよー」

 長尾君は、突然発生した災難に驚いてさけんだ。

「璃菜ちゃんだいじょうぶ?ケガはない?」

 あたしは抱きかかえ助けようとした。

「ごめんなさい。あたしの不注意です。すいません」

「長尾君、不可抗力よ。それと運がちょっと無かっただけだから」

 璃菜は、ハンカチを出して長尾君の学生服に着いた汚れを拭き取ろうとする。

「えー俺の運のせいかよ」

 長尾君はちょっとふてくされている。みんなで食堂のおばさんからモップや雑巾を借りて後片付けを手伝った。

「あのー制服洗って返します。全部落ちてないし」

「別にいいよ、けど、もっと注意して歩けよな」

 長尾君は、まだ少し怒っているみたいだった。全部片付いた後、あたしは台無しになったランチの代わりを取りに行くべく璃菜とカウンターへ行った。

 そして、カレーのトレーをあたしが持ち、璃菜は後を付いてくる。

「さっ、気をとりなおして、食べて」

「早苗さん、ありがとうございます。長尾さん。本当にごめんなさい」

 璃菜は食べる前にもう一度謝ってからスプーンを持った。

「すまん。俺、そう言う意味で言ったんじゃないから、言いすぎた」

 長尾君は、璃菜の足が悪いのを知らなかったのだ。璃菜がびっこをひきながら歩く姿を見て、今度は、あわてて何度も頭を下げてあやまった。

「そんなーミスったのは、あたしですから。この足のことは関係ないですから気にしないでください」

 気分を切り替えて、回りに心配させないよう明るく言う璃菜の笑顔は長尾君には、どう写ったのだろうか。


 数日後、雨の日、運動系クラブは軒並み屋内練習や中止となっていた。あたしと璃菜は、いつものように図書準備室で書籍整理の作業を行っていた。

 璃菜は準備室の整理用ラックへ入荷した本や修繕の必要な本を帳簿に書き込む為、奥に入っていた。あたしは作業机の上で入荷本に所蔵印を押す作業を行っていた。

 すると長尾君が突然やって来た。サッカー部も雨で練習が中止なのだろう。作業机の前の椅子に座ると、いきなり聞いてきた。

「早苗さー、この前の璃菜って子と仲いいんだよな」

「そりゃ、同じここの係りなんだから。どうかしたの?」

(薄々何かは判っていたけど・・・)

「どおなんだ?」

「どおって、璃菜ちゃんは・・・そうよねぇ、けっこうなガンバリ屋さんかな。自分の足が不自由なのに、一生懸命やっている」

 あたしは、奥の璃菜に聞こえるように少し大きな声で言った。

「いや、そうじゃなくって、彼氏がいるとか、いないとか」

「あーそう言うことかぁ、たぶんいないはずだと思うけど、はっきりとは判らないかも」

「じゃぁ、お前聞いてくれないか」

「自分で聞きゃいいじゃないの、もう知らない仲でもないんだから」

 今まで、多少は本を整理する音が聞こえていたけど、奥はしんと静まりかえっていた。

「それが、できないから頼んでるんじゃないか。で、ついでに、俺みたいなの、どうかって何気なく、自然に聞いてくれたら助かるんだが」

「つまり、そう言うことか。・・・タダじゃーダメよ」

「何したらいいんだ、なんなら現金でもいいぞ」

「そうだなぁ、カレー三回分で、どーお?」

「あーそのくらいなら、いいぞ。頼めるか」

「あーわかったわよ、やってあげる。長尾君が璃菜ちゃんのこと好きだから。付き合ってもらえないかって、言やいいんでしょ」

「おいおい、もう少し小さい声で言えよ。それから、そんなに露骨でなくって、オブラートに包むように頼むよ」

 奥は、あいかわらず静かだ、たぶん璃菜は耳を立てているのだろう。

「ねー、璃菜ちゃんって、足悪いでしょ、カッコ悪いとかは思わない?どうなん」

「全然そんなことはない、車椅子だっていいくらいだ。あの子の笑顔が気に入ったんだ」

「そっかぁ、でも自然なサポートも必要よ、できる?」

「もちろんだ、何でもやるよ」

「じゃぁ、もう一つ重要な条件よ。先のことは判らないけど、もし璃菜ちゃんに何かあって、過酷な未来になったとしても、彼女を大切に、心から愛しつづけることができる?長尾君も苦悩に耐えれる自信がある?」

「ああ、そのくらいの覚悟がないと彼女を守れないのも判ってる。あの子の前向きなのを見てて、俺もそんなふうにやりたいと思うんだ」

 この時、二人は付き合うことになるのかなーと思いつつも、これ事態は自然な流れであって、何の違和感も無いものだった。

「うん、わかった。一肌脱ぎましょ」

「おーそうか、頼むよ、サンキュー」

 あたしは更に大きな声で奥に向かって言った。

「ねぇー璃菜ちゃん、彼氏いてないよねぇー」

 顔を真っ赤にした璃菜が出てきた。あたしはおもわず笑った。

「うん。いないですよ」

「そうー言うことだ、そーです。で、どうなん?璃菜ちゃんは」

「なぜ、そこに居る・・・」

 長尾君は驚いて椅子から落ちて、叫んだ。

「どおって・・・足のことで、特別なことをしない、普通に接してくれるならオーケーだけど」

 璃菜は真剣に長尾君へ訴えた。

「あ、ああ。そのようにする。自然にだな」

 長尾君は、まだ驚きから抜け出せないようで、引きつった仕草で答えた。あたしは二人の手を取って握らせた。

「璃菜ちゃん。よかったね。長尾君もおめでとう」

 二人は見つめ合うようにしてから、一緒ににっこり笑った。璃菜の笑顔は長尾君の言うとおり、最高の表情だった。長尾君はテレて、恥ずかしさが混ざっていたけど。

「では、そう言うことで、お祝いにカレーでも食べに行きましょーか、あたしの奢りだから。お金は長尾君が払うけどね」

 その時、同じく仲好し仲間で写真部の羽鳥君がいつものように、カメラを首に掛けてやってきた。

「あっ丁度いい、羽鳥君、記念写真を一つ撮って」

「何の記念なんだ。だれか地獄にでも落ちたのか?」

「いえ、天国並に舞い上がっているのが二人ほどいてる。ペア誕生記念ね」

 羽鳥君も祝福し、二人だけの写真と、セルフタイマーで全員合わせた四人の写真も撮った。グーで腕を前へ伸ばしているポーズだった。

「ねぇ長尾君、カレーもう一人分追加ね」

「えーまっいいか」

 この分だと十人くらいになっても長尾君は不満を言わないだろう。早速食堂でカレーをみんなで食べた。長尾君は璃菜の分もトレーを持ってテーブルまで持っていったのは言うまでもない。

 それから、璃菜のカバンも持って、手を引きながら歩く二人の姿を何度となく見かけたのであった。あの海岸線の道路と同じように。


 あたしが、その後の彼らを知ったのはごく最近の事だった。このお正月帰省したおり、高校の同窓会での事だった。あたしは都会に居た為まったく以後の情報が入って来てなかった。

 同窓会は当時の半分ほどの集まりだった。けど当時の仲良しグループは、長尾君以外は全員来ており、懐かしい顔ぶれに話題は事かかなかった。

『長尾君来てないねぇ』

『早苗、知らないのか?』

『知らないって、何が?なんかあったの?』

『長尾なぁ、亡くなったよ。もうかなりになる』

 あたしは、一瞬頭の中が真っ白になった。いえ、その後、あの最後に見た二人が手を振っている笑顔の姿がフェードするようにオーバーラップしていった。

 詳しい事情を知っている友人によると、璃菜がまず初めに亡くなった。そして長尾君と続いたようだ。

 つづいて羽鳥君が、思い出すように話はじめた。

『長尾なぁ、彼女が亡くなって、しばらくしてから来たんよ。で、ほら、初めの時写した写真無いかって言うから。もちろんネガあるし、焼き増ししてやったけどな』

『どうだった?様子は』

『そりゃ沈んでいたわなー、あいつら、あんなに仲良かっただろ。抜け殻やったなー』

 それから、何人かに聞くと更に詳しく判った。璃菜はあたしらが卒業した冬に交通事故で亡くなった事。長尾君は、地元で営業の仕事をしていたらしいけど、時々、車を止めて、海をただ眺める姿が何度も見かけられたと。

 そして、酒に溺れ、身体を悪くして、最後は急性アルコール中毒で発見された時は、二人で写った写真を胸に抱き、よく一緒にデートしていた海岸の岸壁で冷たくなっていたとの事だった。

 この数年、彼らの事を知らずに過ごしてきたことに、とっても悲しくなった。何もしてあげられなかった事も。ただ悔やむことしか出来なかった。


 春のあの時と同じ季節、あたしは帰省して、長尾君の家を訪ねた。仏壇には、二人の位牌と、二人で写った初めの時の写真が飾ってあった。

 少し緊張した長尾君の顔、そして満面の笑顔の璃菜。幸せそうな二人のままだった。家族の話によると、両家の合意の下、二人とも長尾のお墓に入っているとのこと。

『二人とも結婚して、少し遠い海外に移住したと思うようにしています』

 と、言うお母さんの言葉が滲みるように聞こえた。

 ペアの二人は、片方が崩れると、こんなに脆いものなのか。あたしは自分に照らし合わせて考える。長尾君は、寂しさと戦ったのだと思う。けど諦めたのだと。耐えられるかどおかなんて、あたしにも判らないし、自信なんてない。

 よく前だけ見て、先の事に希望をとか言うけど、想像を絶する悲しみに耐えるには、どれほど沢山の涙や心の叫びを必要とするのか。強い絆で結ばれているペアほどそうなった時の苦悩は大きいものだと思った。


 今、あたしの部屋には、四人の図書室で写した写真がある。それを見ながら思う。あの最後に二人を見たのは春だったはず。既に璃菜は亡くなっていた時期なのは、間違い無い。

 幽霊とか、幻覚とか、どうでもいい。あれが璃菜や長尾君なりの、あたしへのさよならだったのかなーと思う。

 今でもあたしの脳裏には、この写真のように鮮明な二人で仲良く手を振る二人の姿がある。これから、何年経っても薄れること等無く・・・

『璃菜ちゃん、長尾君、ずっと幸せにね』

 二人の笑顔が一瞬増したように思えた。



二人で仲睦まじく、ゆっくり歩んでいた三浦ペアの冥福を祈ります。

(私は彼らの姿を忘れません)


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