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帰り道と楠木さん - 1

 

 




 Seen : 放課後



「くそお……」


 本日最後の授業が終わり、帰宅の途につく生徒たちの中に混じり下駄箱を目指せば「帰り、どこ行こっか」「じゃあ、隣町の……」なんて会話がちらほらと聞こえてくるようになる。

 部活にしろ、遊びに行くにしろ気だるげな登校時とは打って変わった妙な焦りと興奮の入り混じった雰囲気を共有し盛り上がっていくわけだが――

 そんな中俺は一人ヘコんでいた。


「それにしてもひどい目にあったぜ」


 だってさ、結局体育の授業の始業まで全力で走ったものの、ギリギリアウトだった……ってのもヘコむけど。それそのものより、迫田の責め苦。あれはひどい。あれはひどい!


「自業自得じゃない」 

「うぅ」


 するどすぎる杉水さんの突っ込みが俺のプリミティブな部分にクリティカルヒットする。

 効果は抜群だ!


「懲りたら、遅刻しないことね」

「……」


 ちなみにあの後俺は、さすがに女の子を跳ね飛ばしたから遅刻したってことは伏せていた。

 言ったところで「あれさえなければ」なんてもってのほかだし、言おうものなら――

 横を歩く杉水さんのいかにもヤレヤレと言いたげな目を見て、思わずブルっと震えが……


「なに?」

「い、いや。ははは、はは、」


 汗が吹き出る。

 杉水さんのジト目に怒りの火が灯る様子が脳裏にチラついたためだ。

   


 あまりに厳しいパラレルワールド。無双するにはどうしようもないほどにレベルが低すぎた俺は、アワアワと目線の逃げ道を探して……砂漠でオアシスを求めるラクダがごとく、つい、杉水さんを挟んだ向こう側を歩く楠木さんへと目を向けてしまう。

 そしたら――


「っ!?」


 そしたらなんと楠木さんもまたフッとこちらを見あげたことで、目が合った! なんたる偶然! 小さな幸せ!

 ドキリとして―少し、ほんの少しだけ運命を感じた―固まってしまった俺に楠木さんは、

 

「ぼ、――オレ、……ボク? ――うん。ボクはさ、アキはてっきりなにか別の用事でもあるのかと思ってたから、焦ったよ」 


「堂々と曲がっていくもんだからさ」ごめんごめんと片目を瞑り謝罪の意を示している。運命違った。 

 それとどうやら決着ついたらしい。


「よかったそっちか……じゃなくて! い、いやいやいや! あれは俺が悪いって! ホントにさっ! だから楠木さんは悪くなくて、その!」

 

 条件反射的に、必要以上に必死になって誤解を解こうと身振り手振り動いてしまう。よほど激しい動きだったのか別のクラスの女の子が視界の端でクスクス笑ってんのが見えた。死にたい。

 


「……でも、みぃ」

「ん?」

「謝るわりには体育、すごい楽しそうだったじゃない?」


 俺に向けたときとはまったく違う優しげな目で杉水さんが、ほんの少しだけいじわるそうに言う。


「えー、そんなこと……」

「だって、体育館に1番乗りだったでしょう?」


 核心をついたぞって顔。対して楠木さんは「……」一呼吸、崖に追い詰められた犯人よろしくややオーバーに考え込むと――ハニかみ、


「バレた?」

「ふふ。それに、元気がいつのも二倍以上だった」

「でへへー。なんか皆入り口の前ですごい入念に準備運動してるからさ! テンションあがっちゃって」

「――えぇ、そうね。そうだったわね……」 


 くるくると変わる表情。

 体の自由をようやく取り戻しした俺はこの間に「んっ、んっ」と小さく咳をし、何もなかったんだとネクタイをほんの少しだけ修正。

 そう、何もなかった。俺は笑われてない。

 一瞬だけ目をつぶり自己暗示を完結させ顔を引き締める。


「そんなわけだから、さ」


 目を開き、よしこれならと会話に参加すべくとりあえず「まじかよー」の「ま」を言いかけたところで(おっ、と?)楠木さんが杉水さんから視線を俺に移していたことに気づく。

 すると彼女もまた俺の視線を確認したのだろう「うん」と、再びくるりと表情を変え――今度は少しいたずらっ子めいて笑うなり少し先に立ち、止まり翻ると、


「おたがいさまってことで、ここはひとつ」


 テヘと笑う楠木さん。俺は、

「…………あ。はい」

 目をそらし、どもる。目線の先でヤレヤレと頭を振る杉水さんが見えたのはきっと気のせいだ。

 ……


「あはは、解決解決。それにしても――青色青春だっけ。なんだろうね、あれ」

「くっ」


 やはり聴こえてたか。

 屈辱が2乗される。

 ドッジボールに集中してるもんだから、ひょっとして聞こえてないかなーなんて思ったが……。

 

(ぐあああ、迫田ァァ! ) 

 

 頭をかきむしりたい衝動に駆られるがグッとこらえられたのは、楠木さんの目に同情を見たから――ではない。むしろ逆。


「でもさ、なんか青春って感じ、わかるよ。ボクも今度やってみよっかな――なんて」

「「えー……」」

 

 わかるんかい。

 俺と杉水さんのリアクションがシンクロする。

  


 ――楠木さんについて、近頃格段に気をつけなければいけないことが出来た。 

 それはズバリ、「青春」というワードに弱いと言うこと。


 今思えばだけど。男であると告白したあの日までに、たしかにそうした傾向がなかったわけじゃない。というかあった。

 ゲーセンでやたらパンチングマシーンに興味を示したり、シューティングゲームで振り向きざま、妙に神妙な顔で『シィー……あそこだ、あの木の向こうにいる。見えるか? 俺には見える――』なんて不安になることを言ってた気もする。

 ただその時は――俺はどうすればこの人とキスできるのかしか考えてなかったがこれは仕方ない。

 うん、仕方ない。

 

 事実として、これまではそれらすべて”ボーイッシュ”で済んできたという背景もある。

 今となっては済ませてきた、と言うべきなんだろうけど。

 

 そのツケと言うべきか。

 近頃なんとなく、明日に向かってダッシュか的なものを目指しているのか、先のような発言をなにかとポツポツするようになったのだ。

 となればわかろうもの。そうです迫田です。 

  

(楠木さんが――)


 青春の炎に燃え、太陽に叫びかける楠木さんを想像する。

 うんかわいい。

 でも次第に画は横にスライドして行き、「(げげ)」肩を組む迫田の顔が見えたところで顔をしかめ――ゲッソリとし現実に帰る。


(……あそこをゴールにするのだけは勘弁です。楠木さん)


 切に願う。

 しかし青春に固執する者同士、波長が合ってしまう可能性は、大。

 これは注意しないといけないと思うと同時、犠牲者が増えそうな予感にまたも体を震わす。


 ブツブツと「あおいろあおいな~」呟く楠木さん。ヤレヤレと頭を振る杉水さん。黙りこむ俺と三者三様に、下駄箱へと向かう。



 --


 ところで、今更だけど。なぜ俺が杉水さんと肩を揃え帰宅の途についているかといえば、

 帰ろうとしたらば珍しく、というか初めて楠木さんに呼び止められ――なんと、用があるから一緒に帰ろうと誘われてしまい断る理由なんぞあるわけもなく。


(いつもは、お互いが一人のとき放課後なんかにちょっと話すか、ゲーセンで会うだけだったから)


 ちょっと待ってと言ってそばを離れた楠木さんは――杉水さんを連れ戻り先の場面に戻る。

 周囲にいた奴ら(男女ともに)の目が脳裏から離れない。

 

「私も一緒だけど」


 その際。ボソリと「残念でしたね」

 杉水さんにすべてを見透かすような目で一言いただいたのも実に印象的だ。

 だもんで俺、杉水さん、楠木さんという並びで下校している格好です。


(両手に花とはこのことか! 俺真ん中にいないけど!)

「……なに?」

「イ、イエ」


 動揺していることを悟られまいとするも、声を裏返してしまう自分が憎い。

 杉水さんと楠木さんの横に俺がいる。好奇の目が痛い。

 なぜかこういうとき男友達なんかは「お?」しか言わない。その続きをぜひ聞かせてくれ。

 

(それにしても)


 杉水さんをチラリと見る。

 さっき見せた楠木さんへの表情。あんな表情、出来るんだな。

 すごいギャップがあって、あの表情を使いこなしたらすごいモテそうだなーなんて大きすぎるお世話を焼いてみたりする。

 

 ――もちろん心の中でのみで。

 どうもよく思われてなさげな俺が、んなこと言った日にゃあ……鬼軍曹っぽい格好の杉水さんにひたすら怒られる画が浮かぶ。


「……だから、なに?」 

「イ、イエ! ははは、はは」

 

 嫌われるようなことしたかなー……


 

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