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部屋とYシャツと楠木さん

なにがなにやら。

好きな子と一緒に着替えることになってしまった九良くんが悶えるお話。





 Seen:空き教室


 

 それでさー。

 だよなー。

 でさー。


 楽しそうに話しかけてくる楠木さんと、目のやりどころにひたすら困る俺。


 うららかなる日差し。

 閑散とした空き教室――。


 そう。ここは3階の(1学年は3階)クラスが並ぶ通路の隅にある”教室だった”空室であり、かつての賑わいの名残をそこかしこに残している青春の残滓のたまり場。


 そんなどこか切なくも不思議と寂しさだけでない何か印象を与えてくれる場所にて、楠木さんと、楠木さんに半ば強引に連れられて来た俺が一緒に着替えることになったわけだが……。


「クラクラする」


 

 そりゃそうさ。

 考えてみるまでも無い。この状況。

 なんだこれ。

 

 ――付き合ってもいない……というかつい三日前。付き合うことが永久に叶わなくなってしまった、好きな子が目の前で着替えているって。 

 一体どんな星のもとに生まれたらこうなるのか。


「(ヘンテコだ)」


 きわめてヘンテコだ。

 美術の授業で見たキュビズムなんて目じゃあない。 


 う~ん。


「(クライシス)」

 


 一応、

 今のところ思春期男子特有の”※紳士スキル”を駆使することでなんとかなってはいるけれど――。 


 しかし。 

 しかしであるヨ。


『――光あるところに、闇もまたある』

 これぞ真理。


 言っちゃなんだが、若干、健全”すぎる”男子校生を地で行く俺。

 いっくら、彼女自身の口から、

「実はボク、男なんだ」

 って、天地のひっくり返るような話を聞かされようとも。


 いや。むしろ聞かされたからこそ、

 たまらない。


 実際俺にとっちゃいまだに女の子なわけで。

 好きだし。

 うん。


 ……。

 ともかくそんなわけだから、こんな、ふたりっきりの密室で着替えるなんてぇこたぁ。

 事件であるわけで。

 紳士スキルのうらっかわで、俺は切に願うわけ。


「(あぁ、勇気がほしい)」


 いや、マジで。


 

 ――あんまりにも切実なため。

 ほんの一瞬だけ。

 わりかし柔軟な発想で通ってる俺は、

 女の子として好きだなんだというのは一旦横に置いといて、


”男同士なんだし、堂々と見たって、よくね?”

 

 とかなんとか。

 濁った目で都合よく、オトコ扱いしてみようと試みもしたのはご愛嬌。


 結局、そこは(自分で言うのもなんだけど)繊細な思春期。次の瞬間にはもう罪悪感を抱き、ますます見るに見れない状況に陥っただけだったし。

 

 父さん、母さん。

 アホですみません。



 ……まぁ? 

 仮に「見る」と決意したところで、ね。

 着替えが始まってまもなく、別の障壁じゃまがあることに気付いてしまった以上。堂々と見るなんて真似。できっこなかったりするわけだが……


 どういうことかってーと。

 それはもう実に簡単な理由がありまして。


「なんで……」

「……なんであの人ら、ここにいるのだろうね」


 そっと、

 ほんの少しだけ振り返り、”なぜか”閉めたはずのドアが十数センチ開いている隙間を見てみれば。

 そこには、



 びっくぅ!!



 ガコン。ガラガラ。

「「「あわわわわ!」」」


 ……なんとわかりやすい反応だろう。

 おまえらはマンガか。

 

 俺と目が合ったとたん、隠れた? 倒れた? ソレは、 

『目』であって。

 

 はっきりと突き刺さるクラスメイト(じょし)の視線かんし。彼女らが、しっかりと、俺が不正しないよう見てくださっているため、

 できっこないのである。



 ……はぁ。

 ビックリしたのはこっちだっつうの。

 

 己との戦いが3Rほど進んだ頃、

 ふと、ドアの隙間に気付いて、振り向けば『つらなる目』とか……

 ホラーでしょ、これ。


 しかも妙に情熱的で。

 なぜか獣の気配すら感じたし……。

 

 あやうく叫びかけた俺は、

 かわりに3滴ほど、”涙”を流すことで事なきを得た……のだが、

 これが果たして助かったと言えるのかはわからない。



 そんな事とはつゆ知らず。

 見ようによっては変声期を迎える前の小学生男子のように”キャッキャッ”と、

 なんだかとても楽しそうにしている楠木さんを改めて眺めてみる。

 すると、


 だろ~?


「……うん」

 あそこのミントアイス。おいしいよね。

 俺も好き。

 スっとする。


 でさ~?


「……うん」

 あのゲーム、俺も得意。 

 俺も好き。

 スッとする。


「……。うん」

 まるで気付いてないし気付く気配もない。

 楽しそうで何よりです。


 ま。気付いたところで、どうせなんともならんだろうし。

 だったら気づいてくれないほうが、この時間だけでも俺は特別になれるってもんで、


「(いっか)」


 なんつって。

 ――なんだかあまりに後ろ向きかもしれないけれど。

 そうして俺は納得する。



 それに。

 おかげで、こうして素敵な笑顔に気付けた――なぁんて。


 なんて、ね。

 若干、どころかだいぶこっぱずかしい事を考えてしまったりなんか……して……。


 ……。

「うぅ」

 (頭の中でとはいえ)言ってて落ち込む。 


 だってさ、

 いくら好きといったところで。思い出すまでもなく俺の恋は、


 約束された失恋。

 繰り返される、失恋。


 ――なのだから。 



「あぁ、もう」

 かぶりを振る。


 でも、わかってても、好きは止まらず。


 願わくば、永遠にその時が来ませんように……。

 なんて、女々しいのかな。

 でも、そう思わずにはいられない。

 天井を再び仰ぎ見て、切に願う。


 ええい、

 誰でもいい。


 俺の明日あすはどっちでしょうか!


 教えてください!!

 



 ※


 -それからいくばくか経ったころ-


「もしもーし」

「……」

「もしもぉーし」

「……」

「もしもぉ~~し」

「……」


 誰かが、俺を呼ぶ、声がするような。

 そんな気がするけど。

 でも、なんだか――気のせいかな。体がふわふわとして現実味がない。


「……」

「……」

「……オキロ」

「……」


 そういやあ、この前楠木さんといったケーキバイキング。

 おいしかったなぁ。

 そうだ。きっとその味、そのときの楠木さんの笑顔が今こうして利いているのかもしれない。

 

 しかしなんかああいうのって男一人じゃ行きづらいからマジ助かった――。

 なんであーいうとこって男一人で行くと白い目で見られるんだろう。

 なんで店員さんは半笑いなんだろう。


「オキロヨ」

「……」


 男子高校生なんてイイ金づるだと思うんだけどな。

 でもあれか。

 店の想定する量超えて食われちゃあ困るし……。

 

「オキロッテ」

「……」


 ラグビー部のやつらなんて、

 ついでにナンパして帰ろうとするしな。

 あいつらマジ迷惑。


 でもやっぱり……。


「オキナイノカ?」

「……」


 ……やっぱりだ。

 さっきっからやたらとしつこく、誰かが俺を呼ぶような……。

 声が聞こえるような……。

 気がしなくもない。

 

 いや、でも、まさかね。

 だって、俺は、今ここで……。

 ここで……。


 ここで……あれ?

 オレ、ここでいったいな――「おっきろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「&$@#&%!!?」


 張り裂ける(イメージです)鼓膜。

 震える教室(以下略)

 衝撃が俺の意識を貫いた。 


「(ななな!?)」


 な、

 なにごと???


 そりゃあもう、

 文字通り飛び上がるほど驚いた俺の耳には続けざま、


「授業!」

 

 などと。

 意味不明な、

 ボケる頭になじまない言葉を唱え続ける声。


「もう、授業!はじまるぞ!」

 


 ――ジュギョウ。

 ジュギョウか。


 しかし、

 しかし”ジュギョウ”って……。

 なんだっけ。

 儒教?

 

 もはや俺の意識は完全にLost child。

 つまり迷子。

 

 だけどそんなものは案外時間が解決してくれるものでして。

 ジュギョウ。

 じゅぎょう。

 そうして悩み続けるうちに。


「授業……」

「……」

「……あ!」


 授業!

 体育の!!

  

 蘇る意識と記憶。

 そういえば。よくよく見るまでもなくいつの間にやら、目の前の彼女はとうに着替えを終えているし、

「あら~……」

 時計もずいぶんと見違える顔つきになっているじゃないか。

 俺はいつしか現実を飛び出し夢の世界にて散策をしていたらしい。

  


 そんな俺だ。

「まったく」しょうがねぇなと、聞こえる苦笑いには返す言葉なんてあろうはずもなく。


「すんません……」

 の、ただ一言だ。

 いやまったく。

 しかも都合の悪いことに今日の体育。


「(そういや、迫田(さこた)だっけ……)」


 今、唐突に思い出す体育の教師。

 迫田。

 あの人、

 怖いわけじゃあない……ないんだけど、そこそこメンドくさいんだよな。

 人間的に。


 どうメンドくさいかは時間がないから省略。ともかく、とてもメンドくさいのだ。

 だからこそ余計に急がねばならず。


「き、着替えないと!」


 そりゃもうかぶさる勢いで、机の上においてあるカバンから体操着とジャージをババッと取り出し、まずは今着ているシャツの袖から腕を引っこ抜かんとするのだが。


「むむ?」

 しかし世の中、焦れば焦るほどうまくいかないもんでして。

 んな時に限って、袖がやたらと引っかかったりするもんだから憎たらしい。


「! くそっ。服め!」

 反抗しよって!


 お約束かってくらいにもたつくてしまうのだからイヤになる。



「っ!」

 こげな姿。

 楠木さんにだけは見られとーないのに!


「っ! っっ!」

 ないのに!


「!!!!!!」

 なのに!!

 でも!!!

 う、

 うぅ。


「(うがあああああああ!)」

 


 心のうちで叫ぶのは、まるで魂の咆哮。

 天をも衝こうとせんばかりに――。


「まったく、着替えさせてもらいたいよ!」

 なんて、

 叫べたらどんなにいいか。

 愚痴りたいほどに――。

 

 なんでって?

 そりゃムリに決まってるからさ。ガキじゃあるまいし。


「じゃあさ」


 うん?

   

「じゃあ、着替えさせてやろうか?」


 ほらね?

 ほら、



「……え?」

「……?」


 ん?

 首をかしげて、早くしろよ?とばかりに目をぱちくりさせる楠木さん。

 うん。

 やっぱりかわいいなぁ。


「……」

「……」 

「(……じゃなくて)」

 

 俺、

 叫んでたのね――。

 

 アァ……っ。

 うなだれていられる時間と場所があったなら。

 俺はすぐさまそこへと駆け込みうなだれつくしたことでしょう。

 


 けれども今。

 そんな時間もなければ場所もなければ。 


「おら、袖んとこ。貸してみろって」

 さっさとしろ。

 楠木さんの目が訴えてくるもんだから。


 仕方なし――。

 というには、どこか浮かれる心に気付きつつ、舌の根も乾かぬうちに……前言撤回。 

 


「……はい」

 俺、まだまだガキです。




 ※


 廊下に出たとき、すでに誰もいないにも関わらず、

 なぜか刺さる視線の中。

(それはもう殺気すら感じるように)


 大きな恥ずかしさと、少しの誇らしさをない交ぜに。

 瞬間、彼女がオトコであることを完全に忘れて。

 彼女と、楠木さんと空き教室を後にしながら俺は思う。


「一緒で、よかったな」


 はは、現金なもんだ。

 しかし若者の悩みなど、案外こんなもん。


 そうだろ?

 俺は誰にともなく問いかける。

 それから、


「ん?」


 ふと振り返れば――空き教室は、再び静寂に包まれている。

 けれど、どこかざわめいて感じるのは。まだ少し早い新たな季節の到来を予感してか。


 きっとまた、にぎやかになることだろう。

 新たなページと、

 新たな……。



 冷たいのに。

 なんとはなし、どこかほんの少しだけ暖かななぬくもりがあるように感じるカバンをそっと撫でながら俺たちは校庭へと向かう。




※ 紳士スキル : 楠木さんに対して体を斜に構え、天井隅のシミの数を数えつつ、なおかつ牛乳に浸した雑巾をひたすら思い浮かべることで3秒に一回浮かぶ邪心をかき消している。

 思春期真っ盛りな青年男子の特色。

 極めていじらしい。



若干散らばってる部分は薄目でお願いします。

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