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九良くんと楠木さん

 



 Seen:教室



『楠木さんショック』


 我がクラスでのみ通じる大事件から3日間。

 表面的ではあるけれどクラスのみんなが楠木さんショックから立ち直り、思い思いの”心の置き所”を見出し始めた頃。


 やっぱり俺は、一見、代わり映えのしない3日間を……。

 一見、代わり映えのしない友情の中でヌルヌルと。悩ましい時をウジウジと過ごしていた。


 それもこれも、

 楠木さんの行動がいちいち純粋で、かわいくて――。

 

 それじゃあいけないってわかってはいる。

 わかってはいるけど、

「(そうはいってもなぁ)」

 なんか楽しそうに女友達と話している楠木さんが視界に入る。


「……かわいいんだよなあ」


 はたして。

 来るのだろうか。

 俺が、俺だけの”新たな一歩”を踏み出せるその日が。

 



 ※


『物語と言うものは、過程があって結果がある。

 時として結果が先にくることがあったとしても、それもまた結果に続く過程でしかない』


 ずいぶんと前に、楠木さんから借りた小説の中にあった一文。なぜだか、頭の端っこに張り付いて剥がれず、この頃たびたび思い出す――。




「ねぇ」


 4時限目。

 国語の教師が風邪を引き、自習となったこの時間。


 「そういえばさ」と言いながらも若干言いよどむ”彼女”に、楠木さんが首をかしげて聞き返す。


「? なーに?」

「……ちょっと、聞いてもいい?」


 たいしたことじゃないけど。

 そう前置きをして聞くのは――。



 ――彼女。

 杉水すぎのみずさん。見事な「三白眼さんぱくがんの彼女」の女の子。


 楠木さんとは特に仲良しで、

 宣言後も「なにかあったの?」とばかりに変わらなかったのは楠木さんですら驚き、喜んでいたのは記憶に新しい。 


「(普段はぶっきらぼうなんだけどね)」


 かといって、評判悪いかといえば、

 むしろ男子にも比較的優しくて(なんとも思われないだけかもしれないけど)、おおむね評判はいい方だ。


 某男子が語るには、

『身長は楠木さんよりかはやや大きい(150真ん中くらいかな)けれど、それでもクラスの中では前から数えたほうが早いくらいでキュート。

 三白眼もアクセントとしてイイ感じ』


 らしい。 


 うん。

 俺もかわいいとは思う。

 ちょっとだけ雰囲気近寄りがたいけど。



 そんな彼女が楠木さんと顔を突き合わせ、いつものように会話に花を咲かせていたときの事。


「そういえばさ」


 人差し指を天にむけ、くるくる。

「この3日間は、まぁ普通にスルーしてたけどさ」と片目を細める。

 少し冗談めかして、


「ミィって(みぃとは楠木さんのことだ)男の子なんだよね?」


 うん。

 楠木さんは素直に首を縦に振る。


「……で、次体育なわけじゃない?」

「うんうん」

「で、どうする?」

「ん?」

「うん」

「うん?」

「着替え」

「……」

「……」

「……………………あ」



 ざわ!



 楠木さんの「あ」をきっかけに、瞬時にざわつく教室。

 どうやら会話が偶然にも”聞こえてしまっていた”のは俺だけではなかったようでして……。


 全員が全員先日とは少し状況が違うけれど、

 今再び楠木さんに注目することにこうして相成ったわけである。

 

 特に女の子はあからさまで、

『ついに言った』と顔に書いてある。

 それはもう切実な顔つきで……。

 もしかしたら誰が先に言うかけん制しあってる最中さなかだったのかもしれない。

 というか”だったのだ”ろう。


 この、あまりに唐突で、 

 あまりに迂闊な注目のされ方に、楠木さんは頭をポリポリ、

 苦笑いをしてごまかしている。

 ――まるでごまかせちゃあいないけど。


「あはは」

「わたしは……、かまわないんだけどね。別に、もう馴れたし」


 言いつつも、よくよく見れば少しだけ顔の赤い杉水さんに気づけたはずだろう。

 ちなみに俺は気づけなかった。

 あとで聞いてわかった話だ。



 そりゃあ。

 宣言した今となっては、楠木さんは見ようによってはとってもかわいい男の子に見えなくもないし。


 女の子の中には(今となっては現実なわけだけど)楠木さんを男の子に見立てて妄想を楽しむ子もいたとかいないとか……だけど。

 

「い、いや、ボクは男だし!」

 

 そういうわけにもいかないよ、と。

 手の平を前に突き出し扇風機のごとく振り回す楠木さん。

 どうも考えてこなかったと言うより、頭になかったのかもしれない。

 慣れっこで。


 これまでずーーーっと女の子と着替えてきていたんだから。

 これは仕方のないことだと思う。

 それでも改まって言われてみれば、意識するわけで。

 杉水さんよりもずっと”まっかっか”で茹蛸ゆでだこみたいになっている楠木さんであった。

 

 起こるべくして起こった宣言の余波。

 かわいそうだなと思う一方で、こういっちゃ何だけど。

 この時点では第3者でしかなかった俺はそんなカレの姿を見て、

 ひとり思春期をこじらせ胸を焦がしていたに過ぎない。

 

 


 ※


 そのあとの展開は思いのほか早く。


「私もいいよ、楠木さんなら!」

「いつも外見てたのなんでかな~って思ってたし」

「そういえばそうね」


 などなど声が上がるあたりに人望の高さが窺える。

 あるいはよっぽど男と着替えさせたくないか。

 実際、


「ほかの男子とは違うわ」とのお言葉もあったりもして。


 それには怒れる男子諸氏が「偏見だー!」と声を上げるも、

 キッ! とひと睨みされたら沈黙してしまう。

 弱い。

 弱すぎる。



 それでも、やはり自分のことで議論が巻き起こっていることに申し訳なく感じるのだろう。


「いいって、いいって」


 なら一人で着替えるし。

 楠木さんは言う。


「でもそんなのって」


 ちょっとかわいそう。

 まるで楠木さん一人が悪者みたいだ。

 どこで着替えるかは知らないが、仮に空き部屋を使うとして、特に事情を知らないほかのクラスの子が見られたりなんかしたら、妙な誤解を受けてしまいそうだし……。

 そんな考え込むクラスメイトに向かって、


「ありがとう」


 微笑む楠木さん。

 ドキッとする聴衆。と、俺。


「う~~~ん」


 どうしたものか。

 楠木さんは考え込むように大きく伸びをすると何気なく顔を動かし、


「……ん?」

「……え?」

 

 目が合う。

 そうしてニカリ。

 小さく笑ってみせると、

 なにやら妙案でも思いついたのだろうか。一度正面を向くと改めてゆったりと、こちらを見るなり――。


「そうだ!」


 ポン、と手を打ちこう言った。

 いいや、俺的には”言ってしまった”と言うべきか――。



「じゃあさ、アキがいっしょに来てくれればイイよ」



 ――うん。

 それも満面の笑みで。

 やはりこちらを見ながら。

 クラス中の「え?」と俺の「お」が同時に脳裏を駆け巡ったように感じる。


「……おれ? 俺!?」


 もしかしたら、このクラスがもっとも意識を共有出来た瞬間はこの時この瞬かもしれない。

 なぜか俺を中心に。


 自らに対し残念でならないのは。

 俺はただただキョドるのみであり。クラスの絆を深める余裕なんてどこにもありゃあせんことで「なにが「じゃあ」なのか意味がわからない」と、突っ込むことすら出来なんだ。


「(だって!)」 


 こんなに注目されたのなんて、小学校の学芸会で盛大にこけて以来なもんで。

 脂汗だって出てしまう。


「な? いいだろ?」

「え!? あ!?」

 

 いつの間に俺の横に立つ楠木さんは俺の肩に手を置くと、

「名案だろ?」と言わんばかりにニッコニコ。


 そしてその笑顔があまりにもかわいい――もとい、いや、かわいいけど。

 無防備すぎたもんだから、

 もう俺としては、キョドっている姿をごまかすのすら忘れて、

 つい、促されるままに――。


「は、はい」


 勢いで了承してしまったわけであるからして。


 ・


 ・


 ・

 

 ちなみにその後に。

 なんだか教室の空気がおかしくなっている中で、   

 杉水さんが俺をジト目で一瞥するなり、

「あ~、九良くらくん、ね」 

 一言、ポソリと呟くと、


「ふ~ん」


 なんだか意味深な声を漏らすなり、


「ま、ミィがそれで良いなら私としては言うことないけど、ね」


 うっすら。

 笑いながら釘を刺してきた時の杉水さんの目を、俺は生涯忘れることはないだろう。

 でも。

 おかげで話がまとまって、助け舟だったのかと思えば、やっぱりこの人は優しい人なんだな、と偉く単純に思う俺なのであった。




 

 

くどい部分をなだらかにしてみました。

こんなもんかなって感ですがどうでしょう。


27/12/6

タイトルかえてみた

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