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ハート・ビート   作者: 藤浜吉和
天災科学者との遭遇
5/7

リマインド

目を覚ますとそこは天国だった。


 なんてオチはなくて、気付いたときはベッドの上。意識が戻ってくるにしたがって肩の、榎本に貫かれた肩の傷の痛みが私を再び襲う。

 痛いけど身体が自由に動かない。動かせない。かろうじて動く首から上で周囲の状況を確認する。

 広い寝室みたい。大き目の、私が寝てもたっぷりと余裕のあるベッドは真ん中に、壁には五人組で髪を伸ばしてギターやベース、ドラムスティックを持っている人たちのポスターが所狭しと貼られている。部屋の四隅にはかなりの大きさのスピーカーが置かれていた。

 なんだかこの部屋、甘い香りがする。そう、この香りって確かどこかで・・・。


「目が覚めたのね。てっきり死んだのかと思ってたのよ」


 そこには、その部屋には私以外の女性がいた。より正確にその姿を描写するとするなら長い髪を後ろでまとめる、所謂ポニーテールにして髪をまとめている。顔はかなりの美人で整っているけれど、凶悪なまでの鋭さの眼光と常に何かに対して不満そうにしているのがありありと分かる口元が人を寄せ付けない。私の上司、嘉倶圭一(かぐけいいち)の友人、八束橋姫(やつかみきょうき)その人だった。顔もプロポーションも抜群なんだけど、性格が全てをマイナスにしている、と。この証言は私ではなく嘉倶さんだけど。


「今、凄くアタシに対してマイナスなイメージを持たなかった?」

「えっ」


 エスパーか、エスパーなのか、この人は。全然そんなことは声に出していないのに。


「あんた、顔に出てる。分かりやすいね」


 表情から読み取られた。恐るべし、八束さん。それとも私が判りやすいだけかな?

 それにしてもまだ肩が痛むし、上手く話せそうにも無い。身体もだるくて動かしにくいし。


「あの・・・ここは、どこ?」

「ここ?ここは圭一の部屋さ。あいつったら壁にポスター貼りまくちゃって。アンタも趣味悪いと思わない?」

「え、でも・・・私、ビルで・・・倒れて」

「ああ、無理に喋ろうとしない。順番に説明するから」


 ここって嘉倶さんの部屋だったの?今まで入ったことがないから分からなかったけど、確かに趣味が・・・って今はそんな事を考えてる暇無い。私はたしか榎本って奴に殺されかけて・・・それで。

 だんだんと記憶を辿っていくにつれて痛みが、苦しみがまた激しくなってきた。痛すぎて胃の中のものを戻しそうになる。

 嗚咽が続くけど胃の中は空っぽみたいでただ苦いものがこみ上げてくるだけだった。


「落ち着いて。ゆっくり呼吸して。そう、ゆっくり。大丈夫、ゆっくりと吸って。吐いて」


 私の表情もよっぽど悪いみたい。ゆっくりと呼吸。頭では分かってる。落ち着けと頭の中で警鐘が鳴り響く。けれどもそれをも遮り、押しつぶすように恐怖という感情が私を支配してゆく。

 あの時見たのは自分の血。肩からあふれてくる血。もう血は出ていないはずなのに今も出ているかのように生暖かい血液の事が鮮やかに脳内再生される。


「あ、ああ・・・血・・・私の・・・血が・・・ああっ!はぁ、はぁ・・・」


 私が初めて見た神器、〈無駄なしの(アッキヌフォート)〉。その冷たい金属が私の肩に食い込む。鋭い痛みが継続的に私を襲う。でもどうすることも出来ない。抵抗できない、身体は動かない、動かせない。赤い弓が更に赤く染まってゆくのを見ることしか出来ない。許されない。

 傷口が広がり、筋肉が一本一本千切れる音が頭に響く。この痛みは幻でも夢でもなんでもなくて実際に私が体験した恐怖。

 迫る〈死〉に足掻くことも出来ない。性質の悪い死刑宣告。

 

「あ、ああ、ああああああああああああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」

「大丈夫。血なんて出ていない。安心して。血なんてものはここには見えない」

「ああああぁぁっ、…はぁっ・・・ああぁぁ。血、ち、は・・・」

「出ていない。安心して。血はでてない。誰も、何とも、ない」

「はっ・・・はぁっ・・・血が。血がでて・・・ない」

「そう。血は出てない。大丈夫。安心して」


 八束さんは優しく、やさしく声を掛け続けてくれる。何度も、何度も。根気良く声を掛けてくれるのが伝わる。頭でなく心に伝わる。

 やがて私の中に響く嫌な音。嫌なものはだんだんと潜めてゆく。やかましいほど鳴り響いていた警鐘もおとなしくなる。

十分ほどした、いえ、もしかしたらもっと時間が経ってるのかもしれないけど暫くすると落ち着くことが出来た。


「そろそろ落ち着いた?」

「・・・はい・・・」

「そう。ならこれ」


 八束さんの手にあったのは小さい試験管に入った青色の液体。なんだか見た目的にもかなり怪しさ大爆発。

 一体それをどうしろというんだろう。声に出して聞こうにもさっき叫びすぎたのか殆ど声が出ない。出そうとしても枯れている。私が試験管を睨んでると八束さんは試験管の蓋を開けてゆっくりと自分の口元に近づける。


「これね。〈治癒促進剤(ちゆそくしんざい)〉って言ってね。ちっと苦しいかもしれないけど効くから。というかアンタはこれを飲む以外に道はないね」

「・・・・・・」

「そんな顔しなくてもいいわよ。毒とかじゃあないんだから」


 安心だと私に言い聞かせながら八束さんは手にしている試験管の液体、〈治癒促進剤〉を自らの口に含んだ。

 そしてそのままゆっくりと私の顔に八束さんの顔が近づいて・・・ってええ?

 首を捻って避けようとするけど両手で顔を押さえられる。予想以上の力にまったく動かない。落ち着いてきて何とか動かせるようになってきた右手や両足も何時の間にか組み伏せられてまったく動かせないし動かない。

 私の唇と八束さんの唇が触れ合う。やわらかい、ってそうじゃなくて。し、舌が、八束さんの舌が私の口の中に入り込んでくる。

 ねっとりと何度も何度も舌と舌が絡み合う。絡み合うたびに八束さんの口から液体、〈治癒促進剤〉が流し込まれてくるのが分かる。

 っていうかし、舌が。なんてなめかわしい動きっ。


「んん・・・!んんんっ・・・」


 抵抗なんて無意味。同じ女性でも力がまったく違うし、今は組み伏せられてるし。い、息が・・・!

 結局八束さんは〈治癒促進剤〉を流し終えた後も暫くの間、私の舌と口腔内の感触を存分に楽しんでから唇を離した。


「がはっ!な、何をいきなりするんですか?!」

「まぁまぁ。それよりもどう?調子は」

「どうって聞かれても、私は八束さんに変態的行為を無断でされた事に対しての調子を答えればいいんですか?それだと答えは既に決まってますけど」

「あら。是非ともその答えを聞かせてもらいたいわね。次の参考にするから」

「次って、またするつもりですか?全力でお断りを入れたいところなんですけど」

「それは残念。それより声の調子は?変な感じもない?」

「声の調子ですか?それなら別に・・・え?」


 言われて気がついた。さっきまで声を出すのもしんどかったのに、声が出なかったのに。今は全然まったくそんなことは無くて声も出る。

 それに身体がしんどいのも何だか軽くなった気がする。たった一本で少しの量なのに凄い効果だ。びっくり。

 

「あの・・・一体これは?」

「<治癒促進剤>っていってね。直接傷を治すんじゃないんだけど人の持ってる自然治癒能力を高める、いわゆるリジェネレーションってやつなんだけど。聞きすぎるからこんな時じゃないと使い道無いのよね」

「はぁ。・・・でもそんなものを一体何処で?」

「何処でって、能力者ならこれくらい持ってて当然よ。支給もされるし・・・って圭一から聞かなかったの?」

「それが・・・嘉倶さんは出かけるって手紙に・・・」


 私の言葉を聞き大きなため息をする八束さん。ため息ひとつで幸せ一つ逃げていきますよ。とは言わなかった。


「まったくあの馬鹿は・・・帰ってきたら説教三時間ね。ついでに私の仕事も回してやろうかな」

「それは止めてください。とばっちりが私に回ってきます」


 嘉倶さん、仕事は嫌々言いながらこなすんだけど本当に嫌な時は何かに理由を付けて私に仕事を回す癖がある。こっちはいい迷惑なんだけど。

 前だって飼い猫二十匹探すのをさせられたし。

 そもそも飼い猫二十匹って飼い過ぎな気がするんだけど。その凄くめんどくさい依頼の割には報酬はパッとしなかった。


「あら、アンタも大変なのね。それはそうとアンタはもう少し休んでおきなさい。まだまだ身体は万全じゃあないんだから」

「えっ・・・でも、まだ調査が・・・」

「こういう仕事は身体が資本だから。そんな怪我した状態で歩き回ったらそれこそ治る怪我も治らなくなるよ。それに調査も進まないだろうし」


 起き上がろうとする私を八束さんが抑える。抑えるだけならまだしもそのまま肩に乗せた右手を肩からどんどん下のほうへと・・・。

 左手は顔のほうに近づいてくる。目が、目がかなり怖い!


「ちょ、ちょっと八束さん?あの・・・手が・・・」

「ん?手がどうしたって?今はそれより休むって言う大切な仕事があるでしょう?」

「いえ、それはそうですけども・・・八束さんの手が気になって寝るに眠れません」

「なんだ、そんな事。気にしなくてもいいわよ。アタシは感触を確かめるだけだから」

「何の感触・・・って何処触ってるんですか!?八束さん?!」


 結局私が眠ったのはそれから暫く、八束さんにさんざんいたずらをされた後だった。最後、八束さんは鼻息荒くも恍惚とした表情をしていたとしか言えない。


 再び私が目を覚ますと眠りに落ちる前に見た部屋と何処も変わっていなかった。壁には海外のバンドのポスターが所狭しと張られている。 

 私も自分では音楽は結構詳しいほうだと自負しているんだけど壁に貼ってあるポスターの顔にはまったく見覚えが無い。そもそも聞くジャンルが違うだからだろう。私は日本のロックやポップス、嘉倶さんは海外のロックを聴く、と前に本人から聞いてどっちの音楽が素晴らしいかを二人で議論した事もある。

 もちろんそのときは私が五時間という長い戦闘の末に勝利を勝ち取ったんだけど。

 そんな心温まる上司と部下のやり取りの回想は一旦置いといて、私の目の前、つまりはこの大きなキングサイズのベッドの足元に腰掛けている白髪の少年の事のほうが今は大事だ。


「あの・・・何時からそこに?巌咲刃華莉(いわさきはかり)君?」

「一時間くらい前から」

「そ、そう・・・何で居るの?」

「あんたが何時までたっても現れないから。こっちから来たんだけど」


 良く場所が分かったな・・・って私が嘉倶さんの弟子(怪しいけど)だからこっちに来たのか。それにしても前は私のことをかなり嫌ってたのに。

 ここで会話が途切れて気まずい雰囲気が流れる。やばい、何か話すべきか?それともこのまま沈黙を守ろうか。

 ってか話すにしても一体何を話せばいいの?巌咲くんは前回あったときと変わらず全身黒の服装で白髪と胸元のネックレスが目立っている。


「巌咲くん。私がここにいるって良く分かったね」

「・・・マスターと〈影の守り(シャドウダンサー)〉に絡まれたんだよ。あんたとこ、いけって」

「〈影の守り刀〉?って誰?」


 かなり嫌な記憶があるのかつらそうに話す巌咲くん。うん、分かるよ。私もあのマスターだったら泣いちゃうもん。

 それより〈影の守り刀〉が気になる。そんな人私の周りには居ないはず・・・


「美佳、起きた?むふふ・・・早速だけどどう?この悩殺衣装は?」


 あ、居た。一人居た。目の前で服や下着を全部どこか遠くに置き忘れてきてなぜかピンクのエプロンだけを身につけたプロポーション抜群の人が。

 変態だった。ちょっと、なんでこっちに寄ってくるんですか?巌咲くんは・・・あ、顔真っ赤で俯いて思考停止状態。

 ああ、あそこからなら全部見え・・・っと何を言ってるんだ私は。今すぐにでもこの変態を撃退せねば。

 

「私の煩悩は百八まであります。その程度では悩殺されませんよ」


 うん。私の言葉も十分変だった。悔しいけどそれは認めよう。


「ふふ。アタシがこの程度で終わると思ったら大間違いよ。まだまだアタシには隠された奥儀がっ!」


 これ以上は泥沼化しそうなので近くにあった電気スタンドを片手に変態目掛けてぶつける。綺麗な放物線を描いて命中。

 八束さんこと変態はなにやらぶつぶつ呟きながらその場に倒れこんだ。



 一度気絶した八束さんを起こし、説教をして再び服を着てもらう。あの人は大人の〈常識〉というとても大事なステータスをどこかに置き去りにしているに違いない。

 怒られた八束さんは服を着替えて色落ちの所謂ダメージジーンズを穿き黒いTシャツに赤いジャケットを羽織っていた。


「さて、美佳。アンタも大分回復してきた頃でもう少しゆっくりして欲しいんだけど」

「大丈夫です八束さん。私のこの怪我の事ですよね」

「・・・大丈夫かい?無理はしなくて良い。また話せるようになってからでも」


 私が初めに目覚めたときのパニックを思い出したのだろうか、八束さんの言葉は控えめだ。八束さんが心配してくれてとてもうれしかった。

 だからこそ。


「私は大丈夫です。八束さん。私は〈炎王(ロードオブプロミネスト)〉の弟子なんですよ。これくらいでへこたれる訳にはいきません」


 私は八束さんの目を見て、力強く答える。私の言葉に八束さんも「無理はしないで」と声を掛けてくれる。


「話もまとまったところで、こちらのはなしをしても良い?」

「ええ、どうぞ」


 私たちのやり取りの一部を見ていても巌咲くんは事務的に進める。やはりこの少年侮れない。


「あんたも分かってると思うけど今回の騒ぎただの能力者と神器所有者の戦い、というわけにもいかない。奴らはわざわざここの縄張りの実質的な管理者〈炎王〉の居ないときに、能力者であるあんたを殺そうとした。不可侵権を無視した行為だ。それを証明するためにもあんたの・・・」

「ちょ、ちょっと待ってもらっていい、ですか?」


 つい敬語になっちゃった。でもさっきから知らない単語がどんどん出てくるんだけど。

縄張りって何?不可侵権って美味しいの?


「・・・そんな事も知らないの?」


 あからさまに呆れた顔の巌咲くん。きっと彼の中では私なんて最低ランク、虫とかそんなのと一緒くらいに違いない。

 自暴自棄になりかけたとき八束さんが助け舟を出してくれる。


「この子は能力者でもなったばかりだからね。まだ良く知らないのさ」

「〈影の守り刀〉。例えそうだとしてもこれくらいの最低限の事は説明する義務はあると考えます」

「悪いね。〈炎王〉の方針だからね」


 〈炎王〉。嘉倶さんの名前を出して巌咲くんを無理やり納得させにかかる八束さん。方針とは言わずとも確かに教えてもらってないので、嘉倶さんにも責任はあると思うと今更ながら考えてみる。

 巌咲くんは八束さんの答えに一瞬迷ったようだけど結局は〈炎王〉の方針という事に落ち着いたみたい。


「しかし、〈影の守り刀〉。いくら方針といえどもここまで自体は大きくなっています」

「それは分かってる。だから今から説明するんだよ。そうしないと何も始まらないし、誰も動かせない」

「・・・・・・」


 八束さんの言葉に再び黙る巌咲くん。その沈黙を肯定と受け取ったのか、八束さんは私のほうを向くと満面の笑みで


「さあて。これから第二ラウンド。みっちり身体で教えてあげるから!」

「いいですって!その手は何なんですか?!」

「いいって。遠慮しないで。大丈夫、痛くも痒くも無いから」

「そんな説明も要りません!い、巌咲くんっ!たす・・・」

「僕、あっちに居るから。馬鹿なことしてないでこっちに来てよね」


 裏切った。裏切りやがりましたね!だめだ。予期せぬ危機に言葉も変になってる。

 これか。これが嘉倶さんがかつて言っていた八束さんの全てをマイナスにする要素か!

 結局私が巌咲くんの居る隣の部屋までいけたのはそれから約一時間後だった。この一時間は闇の歴史として墓の中まで持っていくと決めた。



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