アウトロー
「僕、あんたに興味ないから」
私の全身を品定めするように確認した後巌咲刃華莉くん、長いから巌咲くんはそう言った。その言葉は私に心の致命傷を与えるには十二分すぎるほどの口撃だった。
自分でも分ってる。たしかに胸が・・・胸がアレだけれども!だけどそれは考えてはいけないことだと必死に思いを私の中で押しとどめていたのに。ただの幻想ならばよかった・・・その幻想をこの優男は・・・
「む、刃華莉。そんな態度は無いだろ。すまんな、こいつは強い奴意外は興味がなくてな」
「そ、そうだったんですか」
それを聞いて一安心すると共に深い悲しみが私を襲う。大丈夫、悲しみを知る事で強くなる事もあるはず。
思いを押し殺して再び相手、巌咲くんの顔を確認する。おお、なかなかの美男子。整った眉毛にきりっとした目と細い鼻筋、きっと女装も似合うはず、と心のどこかで思う。
「こいつは経験が無いのが多少ネックだがセンスは折り紙つきだ」
「そ、そうなんですか。すごいですね、巌咲くん。一体どんな能力なんですか?」
「教えない、教えたくない。教えるはず無い」
嫌な三段活用で嫌な事を無表情で言ってきた。なんで?私は教えたのに。巌咲くんは言う事は済んだ、と言う風に元の席に戻っていく。
「すまないな。普通能力者といえども信頼する者意外には簡単に能力を教えたりしないもんだ」
「ど、どうしてですか?教えると弱くなるとか、ですか?」
魔術みたいなもの、〈秘密こそが強さ〉的なことかと思ったけど私の言葉を霧島さんは否定する
「いや、違うな。能力者の中にも敵が要るとは限らないからな。俺らは散々神器を持った奴らとやりあってるが中には神器の持つ力、欲望に負けて相手側に堕ちる奴もいるんだ」
「能力者で神器使う人もいるんですか?!」
嘉倶さんからは使う人なんていない、みたいな感じで教えてもらったんだけど、単に嘉倶さんが知らないだけなのかな?
そう考えていると霧島さんは首を振って答えてくれた。
「そんな事をする奴は一番信頼ならないからな。除名だ。仲間からも名前を呼ばれず、裏切り者として仲間だった能力者から追われ一生を過ごす事になる。大抵は五年持つかどうかだが」
霧島さんはそういった人を何人も知っているといった様子で話してた。目はなんだか遠くを見る目だった。
巌咲くんは相変わらず無表情のままで話を聞いているのか聞いてないのか分らない。けれどこちらの様子を伺っているように見える、気がする。
「何にも知らないんだな、あんた」
「う・・・そ、それはそうと巌咲くんはいくつなんですか?」
さっきから巌咲くんの私に対する風当たりが強い気がする。嫌われる事なんてしてないのに。
そんな空気を変えようと私は至って普通の質問をする。というか能力者関係の質問は余計に巌咲くんに馬鹿にされる危険があったから。
「十三。あんたは」
「・・・十七」
「ふうん、そう。それで?」
馬鹿にされた。それに年下に、年下にあんたって・・・。私は年上なのに、この子礼儀を知らないの?常識を知らないの?
怒りが篭った目で黙って反撃してみる。だけど。
「あんた、なにしてるの?」
軽く一蹴、いや、一周廻ってそもそも相手にもされてない感じ。こんな子とどうやってやってくの?
なんだか自身失くしちゃうな、考えたくない事を考えそうになった時、霧島さんが掌を私たちに見えるように突き出す。
「今日はここまでだ。組むんなら明日の朝、此処に来てくれ」
助かった。渡りに舟とはまさしくこのことだね、と安堵のため息をついた。
軽く挨拶を済ませて店を出る。巌咲くんはこちらを見向きもしなかった。舐められっぱなしだな、私。
事務所に帰って一息つく。確かに入道雲に行けば情報は集まったし頼りになる仲間、巌咲くんも見つかった。本格的に調査を開始するのは明日からと言う事だろう。気はあまり進まないけど。
「はぁ、何だかな。上手くいくのかな?この先」
初めての能力者としての仕事を前に嬉々としていたけれど蓋を開けてみればなかなかどうして、目標の巣守天一や神器記憶の書についてはまったく持って手がかりも無い状態。それに加えて頼りになる?嘉倶さんは出かけていて暫く帰ってこない。
時刻はいつの間にか昼を過ぎていた。結構な時間をあの喫茶店で過ごしたということになる。私はため息も程ほどに財布にお札を一枚忍ばせる。いくら嘉倶さんが自由に使え、と沢山の現金を置いて行っても正直圧倒されるばかりで使い道はすぐには思い浮かばない。なのでまずは少々贅沢な昼にレストランで食事をしようと決めた。
親の仕送りも無い、学生の一人暮らしでは到底手が出せないレストランでの食事。
「そうと決まれば・・・なにを食べようか、な?と」
近くのレストランをチェックして、今一度お金を確認する。そして帽子立てにかけてあるホルスターとその中に収めてある拳銃を手に取り右の大腿部に装着する。
S&WM36。能力者としての私の武器。実際に弾は込めないけれど私は弾の変わりにさまざまなものを込めて使う事が出来る。今までは外に出かけるとき持って行かなかったんだけど本格的に能力者として活動するなら護身用の武器の一つや二つを身につけなくちゃやっていけない。特に私の能力は単体では大した攻撃も出来ないのでこういうものが必然と必要になってくる。
「でもこれって・・・不審者じゃない?」
ワンピースの丈が長いとはいえ大腿部にガンベルト巻いた女子高生って絶対不審者扱いされる。仕方なく拳銃は持っていた肩掛けバッグにしまう。事務所の鍵が閉まっているのかを確認して、靴を履き誰もいないけれど「行ってきます」を言って出かける。
目当てのレストランまではおよそ歩いて十分。商店街の更に先にあるオフィスビルが立ち並ぶ場所にある。
その場所までは特に何事も無く歩いていける、はずだった。
しかし私は今商店街の裏路地を全力で駆けている。息も上がってきている。
髪が乱れて汗が額から流れ落ちてくるけどそんな事に構っていられない。建物と建物の間の陰になっている部分を駆けながら考える。
今、私は一般人天辻美佳として何者かにおわれてるのか、それとも能力者天辻美佳としてなのか、と。
だけど今の状況を考えるに答えが出るのは容易い。こんな事をしてくるのは、霧島さんが言うような能力者の裏切りか、神器を持った人が襲ってきたと言う事だ。
仮に神器を持った人が襲ってきているとしてなぜ私が能力者だと判ったのだろう?
しかしそんな事を考える余裕も無く次の攻撃が私に向けて放たれる。
ガンッ!と何度目かの音を立てて私の頭すぐ上に刺さったのは昔の戦いでよく出てくる矢、そのものだった。
チラッと周りを見るもその矢を放った人物の姿は見えない。私はスピードを落とすことはせずに走り続ける。
もう一度風を切る音がする。
瞬間、私の足元に先ほどと同じ矢が刺さっていた。
「はぁ・・・なんで!・・・いきなりこんな事に・・・!」
疑問を投げかけても誰も答えてくれる人はいない。判っていながらも言わずには居られなかった。
すでに商店街は抜けてそろそろオフィス街にたどり着こうかという所で建物が何も無い交差点へと出た。
「やばっ!ここからだと狙われる!?」
辺りを見回してもスーツ姿の人や、配達業者が居るだけで、矢を撃てるようなものを持っている人はいない。
信号は赤。暫くは進めそうにも無い。
「・・・やるしかない、かな」
肩にかけていたバッグから小型のリボルバー拳銃を取り出す。拳銃のボディには黒い塗装と金木犀の意匠が施されてる。 それの銃身、丁度弾倉の辺りで開く。ブレイクオープンと言われるものらしいけど私には良く分からない。
弾倉は空だけど問題ない。私は左手を弾倉にかざす。能力を使い空の弾倉には〈空気〉を装填した。
さすがに本物と比べれば威力は落ちてしまうけれどそれでも、直撃すれば骨の一本は折る自信がある。
「どこからでも・・・こいっ!」
意気込んでみたものの私一人での実践は初めてだ。緊張で握っている拳銃が震えてくる。周りのスーツ姿の人からは「変な人」と思われてると思うけど、そんな事命が懸かってると思えば気にならない。初め私を凝視してた男の人もすぐに興味をなくしたように手元の携帯に再び意識を集中する。
息を整え、周りに耳を傾け、集中する。
ずしり、と腕に拳銃の重みが圧し掛かる。握りなおして回りに目を向ける。
居るのはスーツ姿の男女のみ。信号はまだ赤。動いている人はいない。
「・・・・・・」
信号が赤から、青へ変わった。
信号前で待機していた人がいっせいに動き出す。
交差点の中央、人々が行きかう中心。二種類の粉が混じって入ったガラス瓶が置いてあった。
いつの間に?一体誰が?
考える暇なんて無かった。足は既に動き出してる。間に合わないのではという意識が頭の中を支配するけど振り払ってひたすら全力で走り続ける。
行きかう人々はそんなビンに興味が無いのか見向きもしなければ注意もしない。いつ誰かの足がビンに接触するかも分からない。
人波を掻き分け前に、前に進む。中央へと進む。右手に構えている拳銃にも握る力がよりいっそう入る。
「間に合えぇぇ!」
交差点の中央に無造作に置かれたビンを手に取ると体を半回転、勢いをつけたままでビンを上空に向けて投げる。
高く上がったビンを手にした拳銃で狙い、引き金を引く。
私の能力で固められた空気は打ち出され、空中で舞っているビンに的確に三発、命中する。
直後、耳を劈く(つんざく)様な大音量と共に爆発の炎と衝撃が私と通行人を襲う。
「な、なんだぁ!?」
「いきなり爆発がっ!きゅ、救急車か!?」
「おい!あそこに倒れてる人がいるぞ!」
次々と上がる怒号と悲鳴を聞きながら私は自分でも驚くほど冷静に今の状態を確認する。
あの爆発の近くにいた為か衝撃波で吹き飛ばされたらしい。場所はさっきの交差点を渡った先の雑居ビル。
本能か何かは分からないけど丸まって頭を守っていたので頭は無事らしい。
幸いにも体はどこも骨折は見られない。よし、かなり冷や汗かいたけど何とか大丈夫。
その時、視界の端に一人の人物を捕らえた。
私が今背中を預けている雑居ビルから道路沿いに進んだ先の並んで三つ建っているビルの中央、その屋上にその人物は居た。燃えるような赤い髪をしていた。
そしてその人物の右手には大きな、端から見てもわかるような大きな弓が握られていた。
ビルの屋上の人物は握っていた弓を前に出し左手も伸ばして構えを取った。
「・・・来るッ!」
対応するように私は拳銃を構える。残る弾は三発。意識をビルの屋上に集中させる。
喧騒の中風を切る音が聞こえた、気がしたと思った。
空中を一本の矢が風を切り一直線に私に向かって飛んでくる。
私は迷わずに引き金を引く。空気の塊が鏃にぶつかり弾き飛ばす、はずだった。
「・・・え?」
矢は弾き飛ばされずに軌道を自ら修正して何事も無かったかのように飛んで来る。
続けて二回、引き金を引くもどれも矢を落とすことは無い。
弾を補充しようにも今からではとても間に合わない。
咄嗟に私は腕を交差させ体を守る。足も閉じて出来るだけ小さくしようとした。
矢は、直撃しなかった。飛んできた矢は私の右側ぎりぎりに刺さった。
「・・・これって・・・」
手を抜かれてる、いや。あえて外してこちらを遊んでいる。つまり相手は何時でも私を殺せるという事。
その事実に鳥肌が立つけど、これは逆にチャンスかもしれない。絶対的優位に立っている相手は油断している可能性がある。その隙を突けば・・・でもどうやって?
疑問は解決しないけど、まずは移動しなけば。ここに居ては良い的になってしまう。
相手にいい様にされてる気分だけど意を決して先ほどの人物がいた真ん中のビルへと足を進める。
ビルは五階建てで中には何処かのアパレル業者だろうか、一階や二階ではいたるところで開封されていない洋服を見かけた。三階は事務所のようだった。先ほどの爆発の影響か分からないけど人の姿はない。代わりにパソコンが十台ほど並んでおり未だに電源が付いたままだった。成る程、避難命令でも出たのかもしれない。
一通り中を見た後、階段を上って四階へと進む。
「よう、待ちくたびれたぜ」
四階に上がったとき、その声を聞いた。どうやら四階の一番奥にその人物が居るようだった。
私は扉を開けたままで様子を伺う。ここには商品が入っていると思われる箱や試着室と思えるものがいくつかあった。その一番奥、ダンボールの山に赤い髪の人は腰をかけていた。
「おいおいおい。なに呆けちゃってるの?俺のとっておきの挨拶を聞いただろ?挨拶には挨拶で返さないと。大事だぜ?挨拶の魔法」
「あなたは・・・一体誰なんですか?」
「挨拶無しかよ。だから最近の若者はって言われるんだぜ。それと、名前を聞きたいときはまず自分から名乗るもんだろ?」
相手にはまだまだ余裕というものが感じられる。それにこちらを見下してるような感じだ。やな感じ。
「天辻美佳・・・です」
「へぇ、天辻美佳っていうの?ま、知ってたけど」
「知ってたって・・・どういうことですか」
私は目の前のこの赤い髪の人物の知り合いなんていない。たぶん嘉倶さんにも。
「ん?、これは話してもいいのか?・・・俺は榎本火乃江、あんたの事は随分前から色々と探ってたんだぜ」
「探ってた・・・?」
「ああ、あんたはあの〈炎王〉の弟子だろ?〈炎王〉は俺達の間じゃちょっとした脅威だ。しかもその〈炎王〉に弟子、と来たもんだ。そういう危険分子は早めに摘んでおかないとな」
榎本の言葉が俄かには信じられない。何時から探られてたのだろう。嘉倶さん所にアルバイトに行ってから?
でもぜんぜん嘉倶さんからはそんな話は聞かなかったし。
「しかし俺も幸運だぜ。他の奴らがまったく近づけさせてくれなったお前だが、その原因の〈炎王〉が居ないって話じゃねえか。お陰でこうして楽に仕事ができるってもんだ」
榎本は近くにおいてあった弓を手に取る。それは金属で出来ているようで全体が赤く塗装されていた。そして不思議な事に弦が張っていなかった。ただの金属の棒にしか見えなかった。
「ん?神器を見るのは初めてか?いいぜ。俺のとっておきのクールな神器を紹介してやるよ。こいつは〈無駄なしの弓〉、どうだ?しびれる名前だろ」
あれが神器。私たち能力者ではなく能力を持たない一般人のために作られた戦闘兵器。
そんな兵器を構えて榎本はニヤリと口の端を持ち上げて嫌な笑みを浮かべる。
「痛みは一瞬だ。なに、俺に虐める趣味なんてねぇから」
背中の筒から矢を取り出して金属の棒としか思えない弓にセットして後ろに引っ張る。
すると、金属の棒が徐々に曲がっていく、さながら弦が張っているかのように、大きくしなる。
セットされた矢が妖しく光を反射する。
「何か・・・何かしないと」
必死で周りを探すも特に役に立つようなものは無さそう。あるのは在庫の洋服が山と積まれたダンボールのみ。
目的を決めて勢い良く走り出す。右手には弾を込め直した拳銃が握られてる。
「俺の〈無駄なしの弓〉から逃げれると思ってんの?」
視界の片隅で榎本が矢を放つのが見えた。私もそれに合わせて拳銃を二発、発砲する。狙いは適当だけど時間稼ぎにでもなればいい。偶然にも一発当たって矢は軌道が変わるけど直ぐに持ち直してこっちに来るはず。
その一瞬があれば良かった。残りの弾を目の前のダンボールの山の一番下に向けて放つ。至近距離からの連続発砲にさすがにダンボールでも衝撃が吸収できずに山が崩れ始め、ダンボールの間に隙間が出来る。
「いっけえぇぇ!」
走る力を得て私は崩れゆくダンボールの山に頭から突っ込んみ、本格的にダンボールが崩れる。中に入っていた洋服や小さく切った発泡スチロールがそこらじゅうに散らばる。私の視界はブラックアウト、手や足にダンボールが当たって痛い。
上からはとてつもない重さが体に圧し掛かる。
そして榎本の放った矢が突き刺さる。ただし私ではなくダンボールに。どうやら普通の矢とは違うらしく、ただでは止まらないらしい。その証拠にビリビリ、となにやら破く音が後ろから聞こえてくる。
どうやら一時は凌げるものの、完全に防御とはいかないみたい。
でも榎本を吃驚させることは出来た感じ。姿は見えないけど大声で叫んでる。
「はぁ?!何?意味わかんねぇし!普通避けるかよ!死んどけよ!あぁ?!」
何とかもがいて視界が広がってきた。とりあえず反撃を試みる。
「残念だけど私、まだ死ぬわけにはいかないから!」
反撃は口だけしか出来ないけど。拳銃に弾を込め直す。さて、一応はバリケードは完成している。このまま様子を窺いながら反撃に転じたいところだけど。
「・・・マジでむかついたぜ」
・・・おかしい。次の矢が飛んでこない。もしかして何か次の手を考えてるの?てことは凄く、ヤバイ?!
「普通はよぅ、一撃でやられるのがセオリーってもんだろ・・・ああ、ムカついた、本当はこんな事ややこしいからしたくないんだけどなぁ、仕方ねぇよなぁ」
ガチャンという音が聞こえる。何の音だろう?
「一つお前に質問だ。何、簡単な事だ。オゾンって知ってるよな?ああ、記号とか番号とかそんな当たり前のくそみたいなアホらしい回答には期待してないから。俺が聞きたいのは、オゾンの効果だ。もちろん戦闘においてのだが」
オゾン?効果?一体何のことを・・・。
考えるより現象が起こるほうが早かった。先ほどの交差点で聞いたような爆発音がしたかと思ったら何時の間にか私は吹き飛ばされて壁に背中をぶつけていた。床に置いていたダンボールが天井に引っ付いてる。いや、これは私の方が逆さまなのか。急いで体制を立て直す。勿論拳銃は未だ握り続けている。
視線の先には薄ら笑いを浮かべてる榎本の姿がある。左手には透明な小さいガラス瓶を何本か持っている。
「ちっ。ったく、余計な仕事を増やしてくれるぜ、全く。俺が証拠隠滅にどれだけ気を使ってんのか知ってやってるのか。これ以上手間かけさせるんじゃねぇよ」
榎本は私のことを何とも、路傍の石くらいにか思っていないし殺す事に関しても抵抗が無い。それに私に明確な抵抗手段がないと思ってる。
実際そのとおりだけども。私の能力じゃあいつの〈無駄なしの弓〉には勝てないかも。
でも私だってただやられるわけにはいかない。私が選んだこの道をむざむざ潰されてたまるものか!
再び私は体制を整え背中を預けていた壁とは反対方向のダンボール目掛けて走り出す。
「無駄だって事くらい理解しろぉ!」
後ろから矢が飛んで来て私の目の前にある壁に刺さる。矢には二つのガラス瓶が括り付けられていた。そしてもう一本。ガラス瓶を矢が突き破り二つの液体と気体が混ざり合う。
「ヤバッ!」
咄嗟に体をかばう様に腕を交差させるけどそれくらいじゃ爆発は防げない。再び爆風で飛ばされる。かなり痛い、けど何処も折れてない。
「無駄なんだよ、無駄無駄。お前が俺の神器に勝とう足掻くなんて無駄だぜ」
榎本が弓を引く。金属の棒が大きくしなる。放たれた矢は空気を切り裂き私に向かってくる。
「くっ・・・!!い、痛い!?・・・痛い痛い!!」
何が起きたか分からない。自分の肩を見る、赤い液体が服をぬらしている、痛い。どろりとした感触、痛い。鼻に付く独特の匂い、痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛みがこみ上げてくる。
痛くて何も考えれない、出来ない、動かせない。
「うう・・・痛い・・・痛いよぉ」
「それくらいで喚くんじゃねぇ。負け犬が」
私の脳内を支配したのは敗北、痛み、屈辱。
このまま私は負けてしまう。肩の傷が疼く。血は止まる事を知らず流れ続ける。
たぶん次の一撃で私の命は終わる。金属の弓がしなり私の胸を矢が貫く。それで私の人生の幕が下りる。
「あの世で神に許しを請うんだな。能力者で生まれてごめんなさい、ってな。能力者じゃなけりゃこんな事にもならなかったのにな。ま、神なんてもんが居ればの話、だけど」
矢が放たれた。