サーチ・リサーチ
翌日、学校は休みなので普段よりも少し遅めの朝食を作ることに。
セールス品の卵を焼いて食パンの上に乗せる。簡単ながらもどこか贅沢な一品だと感じれる。
朝食を食べながらテレビのニュースに目を通す。特段変わりなくニュースは各地の天気から芸能人のゴシップ情報を丁寧な解説付きで放送している。
休日と言っても事務所の仕事がある日以外は特に用事も無い。課題を済ましてしまえば何もすることがなくなってしまう。
友達はいない、と言うわけでもない。目と目が合えば友達、ラブアンドピースが私の信条。 学校でもそこそこ他生徒と話はするし、宿題を見せてあげたり食堂で女子グループがトークに花を咲かせているのをすぐ隣で楽しく聞いたり・・・いや、これ以上は止めよう。自己嫌悪に陥りそう。
朝食を済ませて身だしなみを整える。寝巻から動きやすいショートパンツとTシャツ(後ろに色即是空と書いてある)、その上から幾何学模様が入ったワンピースを着用する。暑い暑いと世間は騒がしいけどまだまだ四月、上に一枚羽織ったほうが私には丁度いいくらい。
玄関の鍵を閉めたのを確認してから事務所に向けて歩き出す。今のところ何の当ても無いので事務所で一服しながら考えようと言う算段。
「おはようございます・・・って嘉倶さん?」
事務所の鍵は開いていた。でも中に入っても誰もいなかった。事務所の一番大きい桜の机の上には先ほど淹れたばかりのコーヒーが甘い香りと湯気を揺らしながら置かれていた。
「いないんですか・・・では失礼して私も一杯」
奥のキッチンに向かいながら今日は何を飲もうか考えていると応接間の机の上に一枚の上を見つけた。
「えっと・・・急な用事でしばらく空けることになった。事務所はその間閉めておいてくれ。
それと俺の部屋のものは自由に使ってくれていい。少ないが贈り物も用意した。有効に使ってくれ。 あなたの街の嘉倶圭一 PS情報は入道雲で集めろ」
どこの通販ですか、あなたは。と突っ込みもいれた所で机の上の紙のそばにあるものに目がいく。
1つは鍵。おそらくここの事務所の鍵だと思う。もう1つはずっしりと重みのある茶封筒。
「随分重いね・・・ってお、お金?!」
驚いた。まさかこの目で札束が拝める日が来るとは。ゲンナマですよ、ゲンナマ。
しかも束は一つじゃない、二つ三つはある。かなりの太っ腹じゃない。ま、暫く留守にするしその代わりなのかな?
現金を確認したところで手紙の最後にあった追伸について考えてみる。
「入道雲って・・・何のこと?」
まったく分らないし想像も出来ない。しかし私の中に思い当たるものが一つあった。
「入道雲ってあれよね。商店街のカフェの名前よね」
私のいる事務所から北へ少し行くと普段通っている高校。そして遠くの人でも安心して通える汽車に商店街が並んでいるこの町一番の華やかなところ。そしてそこの商店街に一軒喫茶入道雲と言う店があるのを私は記憶していた。実際には入ったことは無いのだが店主の入れるコーヒーと自作のパンがおいしいらしい事も噂で知っていた。
その入道雲に何かあるのか分らないけどおいしいコーヒーは味わいたいと私の美味しいもの探検センサーが発動してしまったので早速向かう事にする。
「いらっしゃい」
初めに喫茶店と聞いて思い浮かべるのはどんなイメージだろうか。エプロン姿のきれいな女の人?それとも少し疲れたような顔をした男の人?
残念ながらその予想は全て外れた。
「あんたみたいな客は珍しい。何にする?」
そもそも喫茶店の人がこんな淡々としゃべるだろうか?もう少し愛想があってもいいように思えるんだけど。
「えっと・・・コーヒーで」
ようやく搾り出すようにして私は目の前の身長二メートルはあろうかという禿頭-つまりハゲている男の人に注文をする。
「わかった・・・ところで禿頭はハゲとはまったく関係ないからな」
びっくりして見つめていたから言われちゃった。というかその目が怖い。
時間も朝を通り越して昼が近づいているからなのか店の中はあまり客の姿が見えない。奥のほうに白髪の青年が一人いるだけだった。
店は全体的に落ち着いた黒や茶色の家具で統一されていてカウンター席の椅子の座り心地も柔らかい。コーヒーが出てくるまでの間が一瞬に感じられた。
「またせたな」
店主と思われる禿頭の人は何処かの英雄が言ってそうな渋い声と共に私にコーヒーを出してくれた。
うん。美味しい。凄く美味しいけど大男が私を見つめると言うより睨んでくるのでその美味しさも半分も味わえていない。
「お、おいしいです。これって店主が入れられたんですか?」
「そうだ。ちなみに俺の名前は霧島卿戯。お嬢さんの名前は」
「天辻、天辻美佳です」
私の名前を聞いたとき店主の霧島さんの顔が変わりさっきよりも殺気を放っている。
やばい、コーヒー飲みながら死ぬとか冗談抜きにして笑えない。
「ひょっとしてお嬢さん、いや天辻と呼ばせてもらうが。天辻はあの嘉倶さんと知り合いかい?」
「知り合いと言うか・・・上司というか、何と言うか」
顔を近づけてこないで、凄く怖いです。そんな私の恐怖なんて露とも知らずに霧島さんは更に質問を続けてくる。
「上司ってことは天辻さん。当然あんたは知ってるんだろ?能力の事を」
「え?ま、まぁそれなりには」
実際見たり体験したのは嘉倶さんと出会ってすぐの間だけ。それ以降はそういった事件や依頼とも無縁で書類整理や接客が主だった。お陰でスキルは向上したけど。
「そうか、ついに・・・ついに嘉具の野郎も目が覚めたんだな。俺は・・・俺はうれしいぜ・・・」
「えっと・・・霧島さん、話が見えないんですけど?」
「む、すまないな。つい俺だけ舞い上がってたぜ」
どうやらこの店主、霧島さんは素でこの感じらしい。どこまでも渋い人なんだな、と感心した。
「ところでその嘉倶はどこにいるんだ?あいつも顔を出すんだと思ったんだが」
「いえ、嘉倶さんは用事が出来たとかで出かけています」
「む、・・・俺としては嘉倶がやる気になってくれただけでありがたいんだが」
顎に手を当てて考え込む様子の霧島さん。私の頭の中には嘉倶さんってそんなに有名人だったんだという疑問が浮かんで占領している。
「あの・・・嘉倶さんってそんなに有名なんですか?」
「ん?あんた知らないのか。ま、無理も無い。嘉倶は自分のことをえらく低く評価してるから」
「そうなんですか」
あの激甘党にそんな謙虚な面があったなんて知らなかった!
でもああ見えても一応は大人。私には出来ない二面性というか顔を使い分ける事くらい出来るのだろう。出来ると信じたい。
「あいつはな俺達の間で〈炎王〉なんて呼ばれる能力者だ。因みに、強い能力を持ってそれなりの実績を示せば嘉具の〈炎王〉のように異名を与えられる」
「へぇ、異名なんてあるんですね。嘉倶さんはどれくらい強いんですか?」
「む?そうだな・・・能力者十本のうちには入るんじゃねぇか?勿論単純には決めれないけどな。ここ数年はまったく姿を見せないからどうしたのかと心配したんだが」
嘉倶さんってそんなに強かったのか。正直普段があんなんだからイメージが全然湧かないけど。そして数年前というとちょうど事務所を構えたとき位だろう。偶然見つけた事務所の資料に載ってあったし。
「ま、嘉倶の話はこれくらいにして、あんたの話を聞こうじゃないか。なにか訳アリで此処に来たんだろ?そうじゃなきゃ普段は気付かれない様にしてるからな」
「そうなんですか?別段普通の喫茶店に見えるんですけど」
だからこんなに人が少ないのかな?でもそれはそれで収入とかどうしてるんだろう。そしてさっきから私のことを〈天辻〉って呼ぶって言ってたのに殆どあんた、じゃない。別にいいけど。
「ここには能力者と細工を見破るような神器を持った奴以外には看板も無いただのぼろい一軒家にしか見えないぜ。木を隠すなら森の中ってな」
「そういうもんなんですか?」
「そうだ。ここは一応情報家としても顔があるからな。一般人にやすやすと聞かれちゃ困る話もするしそれが神器をもった奴なら尚更だ。論外だな」
ふうん、やっぱり神器ってやつはかなり危険視されてるみたい。まだまだ全然実感が湧かないけど。
おっと、依頼のにあった巣守天一と神器の話を聞かなくちゃ。
「実はその神器について調べているんです」
「ほう、さすがは〈炎王〉の弟子と言ったところか。で、どんな情報がいるんだ?」
「えっと。巣守天一という人の情報と神器記憶の書についてです」
私の言葉を最後まで聞かずに霧島さんは頭を抱えて大声で
「なんばそかな!」と叫んでいた。 いやいや、古いよ。
「正気か?!いくらあの嘉倶だってあの巣守はいくらなんでも荷が重いんじゃ・・・」
「巣守の担当は私ですけど?」
「あぁ?!」
怒鳴られた。声が響いて頭が痛い。一体私が何をしたって言うの?ただ仕事の話をしただけじゃないの?
大体巣守天一って奴見た目もうおじいさんなのに。まさかあのおじいさんってそんなに強いの?
「あいつの別名を知ってるのか?〈朽ちた聖者〉だぞ。あいつは神器の研究者としては他に並ぶ者がいないが、その研究方法が異常すぎて神器を使う連中からも敬遠されてる」
「た、例えば?」
「聞いた話だが生きてる能力者の腹を割いて体内を調べただ、とか神器の能力測定の為に殺し合いをさせるとか。そんな非人道的な事を平然とする男だ。それにかなり強いらしい。いくら嘉倶の弟子だからってあんたの能力じゃ・・・因みにあんたの能力は?」
「掴む能力です」
私の能力は説明が難しいので実際にやってみたほうが分り易い。ということで実践。席を立ち飲みかけていたコーヒーの上に手をかざす。そしてそのまま手を少し丸めて上に持っていく。すると私の軽く丸めた手の中にコーヒーが丸い形で浮いている。
「・・・ほう」
「私の能力は水や空気といった掴めないものを掴む能力です。大きくても私の手の大きさほどですけど」
能力を解除してコーヒーをカップの中に戻す。
私はそれほど背も高くないし手も大きくない。全国平均に行くかいかないか、その瀬戸際の戦いを続けている。因みに胸は・・・おっとこれ以上は話さないでおこう。蛇足はこれくらいで本題に戻らないと。
「・・・それだけか?」
「えっと・・・そうですね。最大で掴めるのは六つまでですね。攻撃するときは拳銃に弾の変わりに込めて使います」
数が多くなるとその分大きさも小さくなってしまうけど。ついでにある程度なら圧縮や伸ばして形を変えることも出来る。我ながら実に便利な能力だと思ってる。嘉倶さんの能力には足元にも及ばないけど。
「残念だがその能力じゃ教えてやるわけにはいかないな」
「ええ?!何でだめなんですか?」
「遠足でも研修でもねえんだ。もしかしたら殺し合いになるかも知れん。そんな中に強いとは言えないあんたを放り出すのはこちらとしても気が引けるしな」
霧島さんはそういうけれど私だってタダで引くわけには行かない。私はもう以前までの天辻美佳とは違うんだから。
「そうかもしれませんけど、私だって一能力者です。みんなの役に立ちたいんです」
私は昔のように役立たずとは、要らない子とは言われたくない。
話を聞いてる限り確かに私の手には負えないだろう。でもここではいそうですか、と引いてしまえばそれは以前の私に戻る事となってしまうだろう。
それだけは、嫌だ。
一般人天辻美佳でも能力者天辻美佳でも役立たずと言われるなら私はどこに行けばいいのだろう。
違う、私はどこへも行かないために能力者になったはず。天辻美佳として存在する為に能力者への道を選んだはず。
こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
と、私の必死の想いが通じたのか暫くすると霧島さんはため息をつき、
「分かった。分かった。ただし俺としてもあんたのような人を見殺しには出来ないからな」
霧島さんはそういうと店の奥にいる白髪の青年を呼び寄せた。
青年はすらっとしているけど身長は私と同じくらい。男にしては少し低い気がする。
髪はそれほど伸びていないようで遊ばせていた。服装は全身黒でまとめていて有一胸元のホワイトゴールドの十字架のネックレスがアクセントになっていた。
「そいつは巌咲刃華莉。頼りになる能力者だ。自己紹介は自分達で済ませろよ」