6
その様子を写し鏡で見ていた一人の男がいた。
「哉惟め、私の忠告を無視しおって……親子揃って私に楯つこうとするのか。だが、こんなこともあろうかと策はある」
不気味に笑う流はその部屋の壁についている一つのランプを動かした。
すると、流が立つ、目の前の壁が開き、下へ向かう階段が現れた。怪しい笑みを浮かべ、階段を下り、暗闇の中へ消えた。
*
屋敷についた哉惟たちは少し休んでから仕事へ行くことにした。さっそく哉惟は久しぶりの書庫へ向かう。
「ここにいたか」
「モラン、なに用」
「仕事だ。場所はここから少し遠い。南の集落を越えたさらに南にある小さい集落だ。ここ数日、妖怪が暴れているらしい。なにが起きるかわからん。用心しておけ」
哉惟は手にしていた本を片付け、自室に置いていた武器を持ち、ジャックたちと共に屋敷を出た。
「急いだほうがいいのなら俺だな」
すでに巨大化していたジャックの背に哉惟は乗り、妖怪が暴れているという集落へ急いで向かった。
*
屋敷を出てから四十分ほど経過した。南の集落を通りすぎ、モランが言っていた小さな集落の近くの雑木林の中をジャックは走っていた。雑木林に入る直前、アーサーは先に上空から集落の様子を見てくると言って、別れた。何かあれば、知らせにくるだろうと思い哉惟は集落にいる妖怪の妖気を探っていた。
「妖気がここから少し離れた場所で確認できる」
「そうだね。でも、気になる気配を複数感じる」
「あぁ……。それと、側近の流から、若干だが、この前、俺たちが追いかけた妖怪と似た匂いがした」
「そうか……。確証はないけど、裏で繋がってるなら、なんとしてでも、あぶり出すしかないね。もしそうだったら囮やってくれない? さっさと妖怪のほうを倒さないとここの住人に迷惑かけるから」
「あぁ……。そろそろ出るぞ!」
雑木林を抜けた先にある集落に出たジャックはいきなり止まった。近くに下りてきたアーサーが側を飛んでいた。
「ねぇ……なにこの集落……」
哉惟たちが見た集落は屋敷、畑、なにも壊されておらず、妖怪が暴れたという気配は全く感じられなかった。
その代わり、道という道に黒ずんだなにかが転々とあった。
ジャックがいつもより低い声で血だ……と言った。
「誰か怪我したのか。すでに妖怪に命を奪われてしまったのか。どちらにしろあまり考えたくないね」
「とにかく捜しに行くしかないだろ。ただ、気になるのはこの先に妖気が感じられるのとこの集落を囲むように何者かの気配が感じられる。それが妖怪か人間かそこまではわからない」
「とにかく、誰かいないか捜しに行くぞ」
「でも、どうするんだ?」
「しょうがない。別々に捜すしかない。見つけたら呼んで」
「わかった。行くか」
哉惟は一人、どこへ行こうか悩んでいた。住人捜しはジャックたちに任せ、妖怪を捜しに行くことにした。一人、歩いていると近くから自分の後をついて来る気配を感じていた。
「かなり手馴れた感じはするが、気配は隠す気ないのか」
右腰のホルスターの中から雷神を取り出した。
「モランに修理頼んで使うのは久しぶりだな。久しぶりの威力を見せてもらうよ。雷神」
雷神を右袖に隠し、集落中を見回った。集落はとくに荒らされたところはない。あるとすれば、人が一人もいない。神隠しにでもあったのか。哉惟はそう思った。調べなければと哉惟は周囲を警戒しつつなにかないか探していた。哉惟が少し動くたびに周囲の気配も少し動く。ジャックたちがいない今、一人で相手をするのは少々大骨が折れると思いながら、近くにあった一軒の屋敷の中へ入った。屋敷の中に入った哉惟が誰かいませんか? と声をかけた。屋敷の中からはなんの物音も聞こえず、静かだった。
どうしようかと悩み、屋敷を出ようとした瞬間、屋敷の外にいくつもの妖気を感じた。扉を閉め、雷神をホルスターに片付け、左のホルスターから銃を取り出し、外の様子を隙間から伺っていた。
「予想より多いな……」
扉の隙間から外を見ると、ジャックより一回り小さいくらいの妖怪が数匹いた。哉惟が妖気を探ると屋敷の周囲を囲むように何十匹の妖怪がいるようだ。迂闊(うかつ)に動くとこちらが危険だと判断した哉惟は屋敷の扉付近にしゃがんでいた。再び、外の様子を見ると妖怪たちが少しずつ屋敷に近づいている。
「これは少し危ないな」
手に持っている銃を持ち直し、隙間から狙いを定めていた。
「もしもの時は正面突破で逃げるか」
一人、納得し、哉惟がそろそろ撃とうかと思った時、ジャックとアーサーの妖気を遠くから感じた。その近くから別の妖気を感じた。
「あいつら、足止めされているのか。あきらめよう」
あきらめて哉惟は銃で扉の隙間から狙いを定め、次々と妖怪を倒していった。
「数、多いなぁ」
妖怪だけでなく、隠れているが武装した人間が何人かいる。半数の妖怪が扉に集まり、扉を壊そうと次々と矢が飛んでくる。銃を左手に持ち直し、腰帯にさしてある刀の灯龍を鞘から抜き、扉を斬った。次々と飛んでくる矢をかわし、襲いかかってくる妖怪を次々と倒す。気づいたときに哉惟の周囲は妖怪の死体と矢が散らばっていた。
「あいつら……時間かかりすぎ……」
哉惟はいらいらしている。ジャックたちはなかなか来ない。手持ちの薬きょうなくなったので、銃はその辺に落ちている。
今、手にしているのは右に鎌鼬、左に灯龍。
「いつまでも隠れているつもりか……」
先ほどからずっと避けながら攻撃をしていたので、哉惟の体は傷だらけになって、服はボロボロになっていた。哉惟は両手に持っていた鎌鼬と灯龍を片付け、落ちている銃を拾い、ホルスターに片付け、雷神を出した。
「さすがに多勢を相手にするのは疲れるな。一気に終わらせるか」
武装集団がいると思われる場所を哉惟は次々と攻め、気絶させた。最後の一人が矢を射る。哉惟は避けきれず、左頬に傷がついた。隙を突いて足をはらい、胸元を掴んで押し倒し、雷神を首筋に当てた。
「一体、誰の指図だ」
いつもより低い声で哉惟は武装した男に聞いた。男は哉惟の質問に答える気はないようだ。哉惟は男の首筋に当てている雷神を押し付けた。男の首筋から一筋の血が流れた。男は気にすることなく、抵抗すらしない。
男が哉惟を嘲るように笑った。
「何がおかしい」
「お前たちにあの方の邪魔をさせない。ここで俺たちがどうなろうともほかの連中が、お前たちを狙い続ける」
「お前の言うあの方というのは側近の流殿のことか」
「さて、なんのことだ」
「まぁ、いい。それより、ここの住人はどこへやった」
「場所は俺も知らない。どこかに閉じ込めたかもしれんなっ!」
哉惟が油断した隙に男は右腕につけている防具の下に隠していた仕込み刀で、哉惟を狙った。哉惟の左腕からは血が流れている。白衣の左腕から下へ少し血が染み付いている。
「よく見るとお前の装束はこの妖国ではみたことがないな」
「そうだろ。俺たちはこの国の人間じゃない。ほかの国から雇われた」
「雇われ武装兵か」
哉惟は灯龍を持ち直し、構えた。男も脇差しを構えた。
男が先に動いた。男の動きは素早く、一瞬、哉惟は驚いたが、すぐに意識を集中させ、男の動きを探っていた。男の動きを見切ることができ、灯龍を振った。刃が当たる音が聞こえ、目の前に男が立っている。
「俺の動きを見切るとはな」
「伊達に妖怪討伐の仕事はしていない」
男と哉惟は同時に後ろに下がって、間合いを取った。
「他国からこれほどまで強い人間が来ると思わなかった」
「俺は男だろうが、女だろが、強い相手と戦えるって聞いたたらどこへだって行く」
哉惟が周囲の気配に気づき、少し警戒をした。先ほど、気絶させた武装兵の何人かが意識を取り戻し、草むらから哉惟と男の様子を隠れて見ている。もしかしたらと思っていたが、やはり自分は狙われているんだと確信した。哉惟の視界に入る草むらの隙間から光るものが見えた。武器を壊して置けばよかったと今更ながら後悔したが、本当に今更だなと自分に呆れていた。
とにかく今は目の前に立つ男をどうするかが先だと思った。
「あいつらには俺があんたと戦っている最中に手出ししたら問答無用で、殺すと言ってあるから安心しろ」
哉惟の心のうちを読み取ったかのように男はそう言った。
「それなら安心して戦える。もしそれが嘘なら、そこに転がっている妖怪の死体の上にお前たちの死体が増えるだけだ」
「それは約束しよう。俺は相手が不利になるような戦いに興味はない。強い奴と一対一(サシ)で戦うことにしか興味はない。それが俺のやり方だ」
男は不気味な笑いを浮かべ、一気に間合いを詰めた。次から次へと攻撃してくる男に少々押され気味の哉惟はただ強いだけでなく、脇差しが男の体の一部となって、動くから、今の自分はこのままでは危ないと感じていた。
たとえ、この男から逃げられたとしてもジャックたちはすぐにこちらに来られない。だから、逃げきれるのは難しいと結論に至った。
事実、今日は仕事に復帰したばかりで、まだ体が鈍っている。つい、昨日まで鍛錬をしていない身にとって、いきなりの復帰はまだ早かったと思っていた。哉惟が考え事をしている途中、左腕から痛みを感じ、左腕を見た。
先ほど切られたところより少し上、肩よりのところに刃物で切れた装束とその下から血が流れ出ている。前を見ると男の脇差しは哉惟の血で濡れており、男は脇差しをふった。
「もう少し骨のある女だと思っていたが、俺の思い違いか?」
「最近、仕事をしていないから体が鈍っていてね。まともに鍛錬をやっていなかったというのもあるかな」
「確か、屋敷を半壊だったな」
「おかげで、私の仕事は増え、仕事をやる時間が減った」
哉惟はいら立ちを感じる口調で男に言った。
「俺たちを恨んでいるのか?」
「屋敷を半壊したこと、屋敷の修理のために仕事を休んだことに対してなら恨んでいる」
「だったら、ケリをつけるか?」
「それもそうだな」
哉惟は灯龍を持ち直し、構えた。それを見た男はニヤリと笑い、脇差しを構えなかった。
「なぜ構えない」
「自分の腕に自信がないわけじゃない。相手に少しくらい有利な状況にするというのも面白いと思ってな」
そうか。哉惟はそうつぶやき、改めて、灯龍を構えなおした。自分を狙う者たちの存在のことを完全に忘れている。灯龍に全神経を集中させ、男の隙をうかがっていた。
先に哉惟が動き、男めがけ、灯龍を振り下ろした。男は寸前のところで、避けた。やはり、簡単に男の動きを止めるのは無理があると思った哉惟は灯龍を鞘に収めた。
「どうした? もう降参か?」
「そうじゃない。お前は素手で戦ったことはあるか?」
「あぁ、素手で戦うことが望みならできる」
「それなら、武器の使用を禁止して、素手で戦う」
「もちろんいいだろう」
男は脇差をその辺に投げ置いた。哉惟も持っている武器すべてを近くに置いた。
「隠し武器も禁止ということも忘れるな」
「使わない。俺としてはあんただけが武器を使うと言うことでも構わないが」
「私は一度決めたやり方は変えたくない。それにあいつらが来ない間、ここでお前と戦っていても状況が変わるわけでもない。結果がどうなろうが、私はお前と戦う」
「そういう答えか。まぁ、いいだろう。どちらかが後悔するだけだからな」
哉惟は勝つ自身がある男を睨み付け、構えた。男が構えた。
両者は同時に動いた。草むらから隠れてみている男たちには二人の動きについていけていなかった。二人はほぼ同じタイミングで技を繰り出している。攻防の繰り返し。哉惟は一瞬防ぐことができず、隙ができてしまった。男はそれを見逃さず、すかさず、哉惟に攻撃をした。哉惟は避けきれず、左腕で、受け止めたが、腕に痛みを感じたのと同時に体制を崩してしまった。急いで体制を立て直そうとしたら、哉惟の喉元に男の手があった。
「私の負けだ」
男は哉惟から離れ、脇差を元の左腰帯につけ、隠れていた男たちを連れて、引き上げようとしていた。
「なぜ、私を殺さない」
「怪我したあんたを殺しても面白くない」
男はそれだけ言って、部下を連れて行った。哉惟は起き上がろうとしたが、左腕に痛みを感じ、完全に疲れきってしまい、その場に倒れた。
*
それから数分後、ジャックとアーサーが来た。
「あいつら一体なんだったんだよ」
「それは知らん。でも、早く行かないと哉惟が怒るだろうな」
「あぁ、急ぐか」
二匹は急いで哉惟のいる場所へ向かった。
「なぁ、あそこで倒れているのって哉惟じゃないか?」
「あぁ……」
心配になり二匹は急いで哉惟のところへ行った。
「哉惟!!」
「大丈夫だ、生きてる……。にしてもすごい怪我だ」
「急いで屋敷に戻ろう」
ジャックが巨大化したアーサーの背中に哉惟を乗せて、急いで屋敷へ戻った。
「哉惟……」
「もうすぐ、屋敷に着く」
屋敷に着く直前、丁度、屋敷に入ろうとしたモランを見つけ、ジャックが叫んだ。
「モラン! 丁度いいところに」
「どうした。哉惟! なんでこんなにボロボロなんだ!」
「俺たちが知るか! 別行動していたから理由は知らない」
モランが哉惟を部屋に運んでいる間、ジャックは薬が入った箱をくわえて、哉惟の部屋へ入った。
「モラン、薬、持ってきたぞ」
「悪いな」
「哉惟は大丈夫なのか?」
「あぁ、見たところ、怪我は少ないようだ。左腕に二ヶ所怪我をしているだけだ。後、もう一ヶ所、怪我をしている」
「あ? もう一ヶ所?」
「あぁ、左腕の骨にひびが入っているみたいだ。後は俺がやる。その辺から哉惟の新しい装束を取ってくれ」
ジャックは哉惟の衣類が入っている唐櫃から、新しい装束を出した。
「しばらく、休業だな」
「またか。骨にひびが入っているからどうしようもないな」
「後でアーサーに城へ行ってもらう。こいつにはお前らと会う前になにがあったのか聞かなければな」
いや、お前の聞きたいことは違うだろうと思ったジャックはモランに言いそうになったが、やめた。久しぶりにモランが本気で怒っている。モランはさっさと手当てをやり、哉惟が着ていた装束を新しい装束に着替えさせた。
「ジャック、こいつを見張っていろ」
「もちろんだ」
モランは部屋を出て、ジャックは哉惟が起きるまで、じっと哉惟を見ていた。何かに気づいて反応した。
「アーサーは城へ向かったのか……。報告がまだだもんな」
ジャックはその場で、体を休ませた。早く起きてくれよぉと小さい声でつぶやいた。
*
それから四時間が経過したが、哉惟は一向に起きない。途中、モランが何度か様子を見に来た。起きるのを待っていたがいつまで経っても哉惟は起きない。夕餉の時間になり、莱がちょうどきたので、哉惟を見ているよう頼み、夕餉を食べに行った。
「莱、どうだ」
「モランか。まだ、起きた気配がない。久しぶりの仕事で、疲れたのではと俺は思うんだが……」
「それもあるが、左腕の骨にひびが入っているようだ」
「!?……それじゃいつまで経っても哉惟は仕事を再開できないな」
「どうしようもないだろう。まさか、こいつもこんなことになると思っていない。今は今で、ゆっくり休んでほしいもんだ」
それは無理だという声が聞こえ、部屋の襖が開いた。左腕を固定された哉惟が立っていた。
「哉惟、起きたか。ほかに痛むところはないか?」
「ない。それより、左腕の骨にひびが入っているというのは本当?」
「あぁ。お前は癖でよく左腕で受身を取ることが多いからな。多分、今回もそのせいでひびが入ったんだろう。ところで、一体なにがあった。ジャックから聞いた話しでは、お前たち別々に集落の住人たちを探していたと言っていたが……」
「……流殿が黒幕なのは確定した。ほかの国から来たという武装した一人の男が私の質問に答えた。なにをしているのかまでは聞けなかった」
「そうか……。後は俺たちも手伝う。だからお前はあまり無理をするなよ」
「わかっている。その男から再戦を申し込まれている」
「なんだと!! それはどういう意味だ」
「そのままの意味。寝る」
哉惟はモランが文句を言っているのを無視して、とっとと部屋に戻った。モランはため息をつき、戻った。
戻って早々、ジャックに近所迷惑と言われてしまった。
「誰もお前に言われたくない」
「ところで哉惟は起きたのか?」
「起きたがもう寝た」
「明日のことは、あいつが起きたら考えよう」
「今日は遅い。俺は朝一で、城へ行く。多分またあいつが来るだろうな」
「今日、哉惟に稽古を見てもらえないと落ち込んでいたあいつか」
「そうだ。今回はわからんな」
「もしかしたら、部屋で休んでいる哉惟のところまで行くかもしれない。それに、しぶとい奴は何をしてもしぶとい。忘れた頃にくることもあり得るからな」
「……そうだな」
「お前たちもそろそろ休めよ」
ジャックたちは寝床に戻り、モランは片付けをしていた。外から呼ばれ、声の主を捜すことなく、モランは返事をした。
「なんだ」
「明日から大変だな」
「哉惟を大人しくさせなければならんし、側近について調べなければならん」
「側近の方は俺も手伝う」
「頼んだ。俺はもう寝る」
「お休み」
*
翌朝、モランはいつも通り起きてきた。
「おぉ、哉惟。もう、起きていたのか」
囲炉裏の前には哉惟が座っていた。
「あの後、なかなか寝付けなくってね」
「そうか。お前、今日から仕事禁止」
「わかってる。確かに起きようとして間違えて、左で体を支えようとしたから少し、痛い。でも、気をつけるからそう、睨まないでほしいよ……。結局昨日は朝餉を食べた後なにも食べていないから空腹なんだ。少し、食べるものがほしい」
「わかった。水でも飲むか?」
「お願い」
モランは哉惟の湯のみに水を入れて、哉惟に渡し、簡単な食事を準備し始めた。哉惟は待っている間、水を飲みながら、読書をしていた。
「先日、買った本か?」
「そう」
「少し、買いすぎだ。ほら、できたぞ」
哉惟の前に出されたのは野菜の漬物が乗せられた皿。
「ありがとう」
本を側に置き、食事を始めた。左腕はひびが入っているため、しっかり固定され、包帯が巻かれている。そのせいか、動かしにくそうに食事をしている。
「私がここまで怪我したことってあまりなかったよね」
「そう……だな。怪我したといっても、擦り傷が多い。よっぽどその男の一撃が強かったんだろう。だから骨にひびが入ってしまったと俺は思う」
「あぁ。戦いに自信があるみたいな言い方だったよ。モランだったら、避けるのが精一杯な感じがした」
「そうか」
「しかし、左腕が使えないというのは厳しいよ。固定されているから簡単に動かせない。着替えがしにくい、食事もしにくい、仕事できない。日常生活に必要なところで支障が起きる。思っていた以上に大変だよ」
「半分は自業自得だな」
物音がした。後ろを見ると、アーサーがいらついた表情でこちらを見ていた。
「おはよう」




