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死後を問う女の子  作者: 鳥無し
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第一話『人は死んだら何処へ行くの?』

 薄暗い森の中に、青年が一人岩に腰かけて休んでいた。

 時間的にはまだ夕方なのだが、森の中ではそんな弱々しい太陽の光がまともに届くはずもなく、数メートル先さえ、木々の影に隠れて見えなくなっている。

 

 季節は夏。青年は、長期休みを利用し、長い間憧れていた自然に囲まれた生活を堪能するべく、とある田舎村にやってきていた。

 この田舎村では、格安で村の民家に宿泊し、村での生活を体験することができる旅行イベントが開かれていたのだ。

 

 昼までの間は、村が企画したイベントに参加し、村人と一緒に村での仕事などを体験する。そして昼からは自由行動で村の中を歩くことができる。

 青年は身近に自然を感じてみたくなり、森の中に入ったのだが、カメラのシャッターを夢中で切っているうちに、道から外れてしまい。こうして森の中で迷ってしまっている。

 

 多分、このままここにじっとして待っていて、村の人の助けを待つのが正解なのだろう。だが当たり前の話だが、その場合は村人たちにこっぴどく叱られることになるだろう。もしかしたら、森への立ち入りを禁止されることすらありうる。

 まだ夕方なのだ。なんとか自力で森を抜け、何食わぬ顔で宿泊している建物に戻れば、森で迷ったことなど誰も分からない。だが、下手をすれば、さらに森の中に迷い込んで、見つけてもらえることすらできなくなるかもしれない。

 少しだけ考えた後、青年は叱られることを選ぶことにした。

 

 その時、青年は茂みが揺れる音を聞いた。

 まさか野犬か? もしそうなら、おかしな病気を持っているかもしれないし、それでなくても、噛みつかれただけでひどい怪我をする。それが野犬が群れだったなら、命の危険すら……。

 

「あ……」

 だが、ひょこりと顔を出したのは、犬などではなく、可愛らしい女の子だった。女の子は、青年を見つけると、茂みの中から出て、軽く葉っぱを落としたあとこちらに歩いてくる。恥ずかしがっているのか、手は後ろに回している。

 

 青年は内心安堵していた。音の正体が獰猛な動物ではなかったことにも安心したが、子供とは言え……いや、子供の村人と会えたのがありがたかった。

 ここは村からそうはなれた場所ではないのだ。この女の子に道案内をしてもらおう。相手は子供なのだから、村でお菓子を買ってあげれば、ここで迷っていたことは内緒にしてもらえるに違いない。

 誤魔化しようによっては、ここで迷っていたということすら煙に巻いて道案内をしてもらえるかもしれない。その場合でも、飴玉くらいは買ってあげるつもりだが。

 女の子はどんどん近付いてきて、青年のすぐ近くまでやってきた。

 

「ねえ、人は死んだら何処へ行くの?」

「え……?」

 女の子は青年を見上げると同時にそう言った。てっきり「ここで何をしているのか?」とでも質問されると考えていた青年は、その問いかけに驚いてしまう。

 

 いや、こんな状況でなかったとしても、子供がこんな問いかけをしてくること自体がおかしい。

(いや……でも……)

 だが、そんなにおかしいことではないのかもしれないと思いなおした。

 子供だからこそ、脈絡もなく唐突なことを言い出すことだってあるはずだ。自分はもう成長してしまったから忘れがちだが、子供たちだって日々いろんなことを考えて生活している。

 

 生きるとは何かなんて考えるのは少し早いかもしれないが、自分も小学生のころ、道徳の時間に「なぜ人は生きるのか?」なんてテーマで話し合ったことがあったじゃないか。

 あの時、一時的に周りの大人にこの質問をするのがひそかにブームになっていたことを思い出す。質問の内容に答えて欲しいと言うよりは、大人ですら即答できないこの問いをして、大人たちが驚くのを見るのを楽しんでいた気がする。そう、今まさにこの女の子がしているように……。

 

 青年は緊張を説き、クスクスと笑いながら女の子を見おろす。暗いせいで表情が分かりづらいが、多分女の子は青年が慌てたのを見て満足して笑っているだろう。

 真面目に自分の死生観を答える必要もあるまい。女の子には年相応の可愛らしい答えを返しておく。

 

「天国に行くんだよ」

 

 その言葉を口にした時、女の子の表情が変わった気がした。

 女の子はにっこりと笑ったのだ。納得がいったという笑顔ではない。馬鹿にしているのかと呆れる笑顔でもない。

 目的の物を見つけたような……獲物を見つけて喜ぶ狩人のような、そんな不気味な笑顔だった。

 

「ッ! ……ん」

 青年は首を振ってその思考を消す。

 そんなはずはない。こんな子供が、怪しげな表情を浮かべる訳がない。こんなに暗いのだ。相手の顔などまともに見えるものか。

「ねぇ……」

「な、なにかな?」

 自分の声が思った以上に怯えていて驚いた。しっかりしろ、相手は子供じゃないか。

「それじゃあ行ってきて」

「ど、どこにだい?」

 青年のその問いに、女の子は間違いなく微笑んだ。今度は青年も勘違いなどとは思わなかった。

だが、それに怯えている暇などなかった。女の子が後ろにまわしていた手を前に出したからだ。女の子の手には……。

 

「天国に」

 大きな刃物が握りしめられていた。

「わ、わぁ!」

 女の子は、迷うことなく刃物を振りかざす。辺りは暗いはずなのに、その刃物は間違いなくギラリと耀いた。

 女の子は迷うことなく刃物を振り上げる。なぜそんなことを? 考えるまでもない。獲物を至近距離にまで追い詰めた動物が、わざわざ距離をとって逃がすはずがない。

 

「わぁあああっ!」

 青年は反射的に、女の子を突き飛ばした。女の子はあっけなく飛ばされ、地面に転がる。

 

 地面に転がった女の子を見て、青年は駆け寄るべきだと思った。だが、足が動くことはなかった。なぜなら女の子は青年が駆け寄るより早く立ち上がり、また刃物をもってむかってきたからだ。

 

 恐怖から突き飛ばしたのだ、加減があったはずがない。普通の子供ならば大声をあげて泣き出しているところだ。なのに女の子は泣かなかった。泣くどころか、女の子は笑っている。およそ子供が浮かべるとは思えないような、口を大きく歪めた気持ちの悪い笑顔だった。

 青年はそれをわざわざ待って、女の子に怪我がないか確かめたりするだろうか? そんなはずはない。 青年は逃げた。女の子から……得たいの知れない化け物から逃げた。

 

「あはははは! 逃げるんだ? 私みたいな子供からにげるんだ? ねえねえ待ってよお兄さん。死んだら天国に行くと言うなら、なにも怖いことなどないでしょう? だって、天国は素晴らしいところなのだから、ぜひぜひ行ってきてみてよ。私にどんなところか教えてちょうだい?」

 歌うように言葉をつぐむ子供から、青年は必死に逃げた。前も後ろもわからないまま、とにかくあの声から離れようと、必至で足を動かし続ける。

 

 それなのに、声はいっこうに小さくならない。そんな馬鹿な。大人と子供で走っているのだから、距離が開くことはあっても、縮まることなどあってはならないのだ。

 それなのに、ちょっと足をとられて転んだ瞬間に、すぐ耳元で女の子の声がした。

 

「天国へ行って来てよお兄さん。私のために……」

 慌てて立ち上がろうとする青年に、女の子は馬乗りになって地面に押さえつける。地面に縫い止められた青年は、首を動かして女の子を振りかえるしかなかった。

 女の子は再び刃物を振り上げていた。森の隙間から見える狭い空を、女の子の刃物が二つに割る。それはまるで切り裂いたかのように分かれていた。

 そして、この角度で降り下ろされれば、空を切り裂いた刃物は、青年の顔を切り裂くだろう。綺麗に二分することはできずとも、その一閃は青年の命を確実に奪う。目の前の化物がそれを扱うと言うのなら、なおのことだ。

 そして刃物は弧をえがきはじめる。青年の顔にめがけて、一寸のためらいすらなく……。

 

「こ、このォ!」

 青年は力一杯地面を弾き、その反動で女の子の拘束を緩めると、即座に女の子を横に弾き飛ばした。

体が軽い女の子は、その力で簡単に転ばされた。

 

 青年はもう女の子が怪我をしなかったかを気にすることもなく逃げ出した。

 さっきは驚いて弾き飛ばしたが、今度は攻撃の意思を持って弾き飛ばしたのだ。怪我がないかを気にするはずがない。

 

 追ってくる足音は聞こえない。それでも青年は振り返らなかった。逃げるのが遅くなるのが嫌だったというより、振り返ったときすぐ後ろに女の子の顔があって、あの気持ち悪い笑顔を浮かべているんじゃないかと思ったら、怖くて後ろを確認することはできなかった。

 

 *    *    *

 

 森を抜けるまでのことはよく覚えていない。無茶苦茶に走ったつもりだったが、運よく森を抜けることができた。それも、宿泊している村のすぐそばだ。本当に幸運だった。

 しかし、その幸運に感謝している余裕はなかった。

 村への道を歩きながら、恐怖心を振り払おうとしていた。

 

 殺されかけた。ほんの小さな女の子にだ。青年は恐怖と共に不気味さも感じていた。

 あの女の子は一体なんだったのだろう? 普通の女の子だと言われて納得できるはずがない。ただの子供が刃物を振り回しながら、死んでくれと言いながら人を追い回すものか。

 

 ……あの子は突き飛ばされても涙ひとつこぼさず、不気味な笑みを浮かべていた。

 その上、青年が走って逃げていると言うのに、その後ろを音もなくぴったりと張り付いて走っていたのだ。そうでなければ、転んだひょうしに馬乗りにのられるなどありえない。

 あれは、本当にただの女の子だったのだろうか?

 

「……幽霊」

 青年は霊の存在を信じてなどいない。だが、ついさっきの存在を説明するにはそれが一番しっくりくる。口に出して言ってみれば馬鹿馬鹿しくなって忘れられるかとも思ったが、体がすくんで不気味さもが増しただけだった。

 

 そのあとは、ふらふらと村までの道を歩いた。

 森で迷ったわりには、帰宅時間に少し遅れただけですんだのは運がよかった。それでも少し叱られたが、頭には入らなかった。

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