第5話
三年が経った。年齢は17となっていた。馬に乗り風を受けながら俺は今までのことを振り返る。
あれから孫家は袁家の傘下に収められたが、兵については袁家預かりのものとなり、更には人質として蓮華が袁術の本拠地である寿春から、地方都市である歴陽へ送られることとなった。幸い小蓮は袁術に降る前に、俺や蓮華の学問の師であった張昭さんの所へ預けられたため人質とならずに済んだが、俺は蓮華の親衛隊として一緒に歴陽へと行くことになり、孫家の面々は散り散りになってしまった。
袁術自体はまだ幼く甘やかされて育ったのか、かなりのわがまま娘という印象だった。しかし、周りの張勲を初めとした面々は悪知恵を働くのに長けている連中らしく、様々な嫌がらせを孫家へと行っている。
その嫌がらせの中の一つである賊討伐へと俺は向かっている所だった。
「蒼殿。3里ほど先に賊軍を発見しました。」
隣にいた副官が伝える。彼女の名は甘寧。雪蓮が江賊退治に向かった先で登用した者だった。
「相手の数は?」
「2000とのこと!」
こちらは総勢800。敵の数は倍以上。だがこちらの兵は母である葵さんが率いた百戦錬磨の朱治隊と、甘寧を頭首とし数々の修羅場を抜けてきた兵の混成部隊だ。この兵たちなら賊が倍、3倍でも勝てる実力がある。
「陣形を整え戦闘態勢を取るように伝えろ。」
「はっ!」
しばらくすると黄色い布を体に巻いた連中が見えてくる。黄巾党と呼ばれる賊だ。最近この黄巾党が各地で暴れているという話を聞く。ゲームの知識でも知っている黄巾の乱がいよいよ本格化してきたのだ。
「思春は精鋭200を連れ敵側面から戦場を駆けよ!」
甘寧の真名を呼び、指示を伝える。
「御意」
「他の者はこのまま敵へと突っ込み相手を蹴散らしてやれ!突撃!!」
俺の号令で兵たちが突っ込んでいく。前線の兵が敵を蹴散らし道を作り、その道を後続の兵が押し広げていた。思春の隊が戦場をかき乱すことにより賊たちは慌てふためいている。 賊は次々と討たれていった。自らも剣を取り賊を討つ。形勢不利と感じた賊たちは背を向けて逃げ出そうとするが、その背中へと剣を突き刺す。雪蓮のように高揚したりはしない。その代わり心が冷えていくのを感じる。人を切ることにもう迷いはなくなっていた。
「お見事でした。」
戦後処理のため戦場を周っていると思春に声をかけられる。
「お疲れ様。流石は義賊で知られた錦帆賊の頭領と言ったところかな?」
「いえ。全ては蒼殿の指示のおかげです。」
大将首を挙げる大活躍をした彼女だが、それを自慢することはない。寡黙だが義を重んじ忠を尽くす姿には好感がもてた。
「でも大将首を取ったんだからちゃんと蓮華に報告して褒美を貰わなきゃね。」
「賊を討ったぐらいでは褒美はいただけません。」
そう仏頂面で話す彼女だったが内心は喜んでいるように見える。蓮華の器の大きさに心酔している彼女が褒められて嬉しくないはずがない。
「黄巾党でしたか?この黄色い布を持つ連中が最近多いですな。」
思春が話を変えるように敵の骸を見ながら話す。
「あぁ。冀州では万を超す大群がでたらしい。」
「世が乱れているということなのでしょうね……」
「それだけ多くの賊が暴れていたら官軍だけではどうしようもなくなる、きっと近いうちに周辺諸国の有力者たちを集めることになるだろうな。」
「私達にも召集の命が来ると?」
「俺たちと言うよりは袁術だろうね。でもまた雪蓮や冥琳たちと集まれるかもかもしれない。」
おそらくそうなる。そしてこの乱をきっかけに、この大陸が戦乱へと向かうことはもう止められないだろう。
戦場の後を見るとまだ死体の処理が終わっていない。多くの死骸と血が大地を覆っている。このような光景が各地で見られるほど世は乱れてしまったのだ。
「おかえりなさい。無事でよかったわ蒼、思春。」
城へと戻ると蓮華と明命が迎えてくれた。
「ただいま。この通り無事だよ。そっちは変わったこととかあった?」
「はい!蓮華様は時より『蒼…大丈夫かしら…』と空を見上げ心配しておられました!」
「ちょっと!明命!!」
明命の発言に蓮華は慌てふためいている。
「そうではない!明命!!蒼殿は蓮華様が危険に晒されることは無かったかと聞いているんだ!!」
「それはありません!」
元気のいい返事をした明命こと周泰は思春と同様に雪蓮が登用した者で、二人共蓮華の護衛にと此方へ送られてきた。
蓮華は人質として預けられているため基本的には城から出られない、賊討伐の命は自ずと俺一人で行うことになっていた。賊討伐に出ている間は蓮華の周りに親衛隊50しかいないことにも不安があった所に二人が来たことはとても助かった。
「それはよかったよ。あと蓮華も心配してくれてありがとう。」
「あ…当たり前でしょう!親衛隊長のあなたがいなくなるのは困るわ!それに…約束だって守ってもらわなければ困るもの…」
後半部分は俯いてしまい何を言っているかわからなかったが、その仕草はとても可愛らしいものに見えた。
「簡単に死んだりしないよ。約束したしな。蓮華の隣にいるって。」
手を頭に乗せ撫でてやると顔を真っ赤にさせる。子供扱いしないで!と言ってきたが構わず撫で続けると諦めたのかされるがままとなった。
赤子の時から知っている蓮華だがこうしてやるといつも大人しくなった。まだまだ子どもだと内心でほくそ笑んだ。
「そろそろ中へと入りましょう。報告もせねばなりません。」
オホンと咳払いをした思春に急かされてしまった。どうやら蓮華に構いすぎたようだ。
「あぁ。すまん。行こうか。」
現在俺達がいる歴陽は袁術の従兄である袁胤が治める土地であり、近くには楚の項羽が最後を迎えた場所である鳥江がある。そんな歴史ある場所であるため人口も多い。しかし袁胤の政治があまり良くないため民に活気は少なかった。改善策を提案しようにも自分の事しか考えが及ばない連中に何を言っても無駄だった。自分の無力さに嘆いたが、今は自分のできることを精一杯することしか出来ない。
「領内に出現した賊2000討ち取って参りました。」
袁胤へと賊討伐の報告をする。
「うむ。」
褒美の言葉すら無い。それが当然と言わんばかりの態度だった。
「では次の命をだす。朝廷から袁術様に最近各地で暴れている黄巾党の討伐命令が出された。孫家の軍勢はそれに従軍するため貴様らも一週間後に寿春へと赴き合流せよ。詳しい合流の場所は追って指示をだす。下がれ。」
「はっ!!」
どうやら思っていたより早いと考えながらも一礼をし、その場を後にする。
まずはみんなに報告だ。
「そう…官軍の力はそれほどまでに弱っている。ということなのかしら。」
蓮華の部屋で先ほどの事を3人へ報告すると蓮華が考えるように言った。
「先の冀州に現れた数万の賊に危機を感じたんだろう、それに応じて各地で賊が発生しているしな。」
「また数万の規模の賊が現れると?」
「だろうな。荊州や豫州にもその動きがあると聞いた。冀州の方も壊滅できたわけでは無かったようだし、各地で一斉発起したら大変なことになるだろう。」
思春の問いに答えると皆黙りこくってしまった。
元は民であるはずの人間が賊へと身を落としてこの国を脅かしている現状は、それだけ民の行き場がなく政治がうまくいっていない証拠だ。この先に未来があるのかと不安になるのは仕方がない事だろう。
「今はいかにしてこの乱を早く沈めるかが重要だ。平和を取り戻すためには俺達が頑張らないとな。」
「そうですね!早く平和な世の中になるように頑張りましょう!」
その明命の元気な答えに皆は少し明るさを取り戻した。
「その通りね。今は私達ができる事をしましょう。」
数日後最悪の予想が当たり、荊州、豫州、冀州での大規模な黄巾党の発生が報じられた。敵の規模は3万~5万と大規模だった。更に官軍が敗走するという事態も起こり、朝廷は諸侯の討伐を急がせたのだった。それにより俺たちも予定を早め寿春へと急いだ。
「緊張してるのか?」
先程から表情が優れない蓮華に問う。
「ええ…でも無様な姿は見せられないわ。孫家の姫として。江東の虎と呼ばれた孫文台の娘として。」
蓮華にとってこれが初陣となる。緊張しないわけがない。言葉とは裏腹に表情はまだ硬いままだった。
「俺も初陣の時は今の蓮華と同じように緊張してたよ。」
「そうなの?」
「あぁ。敵が襲ってきたらどうしようとか、もしかしたら殺されるんじゃないかって考えてた。でもその時に雪蓮が言ってくれたよ。『大丈夫、心配しないで。いざとなったらみんなが守ってくれる』って。その言葉でだいぶ楽になった気がするよ。自分だけじゃない、周りに頼りになる人がこんなにいるんだって。だから蓮華。俺も君に言うよ。蓮華は一人なんかじゃない。俺達が君を守る。」
「蓮華様には指一本触れさせません!」
「だから安心してくださいね!蓮華様!」
思春と明命も俺の言葉に続いた。
「ありがとう。みんな。」
笑顔で彼女はそう言った。