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第4話

 蒼たちと別れて数週間が経つ。私たちは予定通り夏口へとたどり着いた。

「ようこそ孫文台様。この度はこちらの都合でお呼び立てしまい申し訳ありません。」

「いえ。全ては民のためです。賊などすぐに蹴散らしてみせましょう。」

 文台様と向かい合う男は黄祖という名だ。劉表側がよこした言わば私達の監視者だ。

「おぉ!それは頼もしい!流石は江東の虎と呼ばれるだけあって勇猛果敢なお方だ。」

 わざとらしい態度で褒め称えるその姿はどうも気に食わない。汚い歯見せながらニヤニヤと笑っている。すぐに私は気に入らないと感じた。


 あいさつもそこそこに私たちはすぐに軍議へと入った。

「ここらか10里ほどの山に賊の本拠地があります。」

 黄祖は地図を持ち出し私達に説明する。

「しかしこの山への道は両側に崖がそびえ立ち、道幅も狭く攻めるのは容易では無いでしょう。」

「しかも伏兵の存在もあるか……」

 文台様が言ったようにこのような地形の場合、崖の上からの奇襲は効果的だ。道幅が狭いとなると逃げ場所もない。敵は必ず奇襲を狙ってくるはずだ。

「他に道は?」

「残念ながら兵を率いての行軍となるとこの道しかありませぬな。」

 挑発して平野におびき寄せた後撃破することも考えたが、いくら賊でも地の利を捨てることは到底無いだろう。

「ここは別働隊で崖の上の敵を一掃するのが上策かと。」

「……。それしかなさそうね。」

 私の言葉にしばし考えた後、文台様が結論を出す。

「では祭は別働隊を率いて崖の上の敵を一掃。その後は逆に相手への伏兵として崖の上から攻撃しろ。」

「では私も微力ながら別働隊に入りましょう。」

 すべての手柄を孫家に与えることになると、この地での劉表への不審につながる。本陣で大人しくして欲しかったが、あくまでも私たちは援軍なので黄祖の発言には異を唱えることは出来ない。

「……ではそのように。」

 


 策はすべて決まり賊は混乱に満ちていた。崖の上には予想通り奇襲部隊がいたがコレを祭と黄祖の隊が撃破、地の利が無くなり焦る所を文台様と私率いる本隊が敵を殲滅していく。

「思っていたより早く片付きそうですね。」

「えぇ。でもうまく行き過ぎてる感じがあるわ。警戒しなさい。」

「黄祖ですか?」

「やつが仕掛けてくるなら今のはずなんだけどね。」

 ちらりと黄祖がいるはずの崖の上を見た。特に不審な動きは無い。

「黄祖に率いさせた兵には孫家の者もおります。下手な行動は出来ないのでは?」

「そのはずなんだけどね……どうも嫌な予感するのよ。」

 文台様の勘は外れた試しがない、そのおかげで幾つもの死線を超えてくることができた。私は改めて気を引き締め直した。


「伝令!!黄祖様の隊が敵の奇襲を受け敗走!!」

「なんだと!?」

 先ほどまで黄祖隊がいたはずの崖を見ると賊兵の姿があり、今にも攻撃を仕掛けてくる所だった。

「総員突撃!!このまま山の頂上まで駆け抜けろ!!」

 すぐに文台様が指示を出す。

 乱戦になってしまうが、その分敵味方が入り乱れるために崖の上からの攻撃は弱まるはずだった。

 しかし次の瞬間轟音とともに賊兵側の崖から大岩が落ちてきた。





「孫堅様戦死」

 沈黙があたりを包む中最後に現れた蓮華は激高しながら玉座の間へと入ってきた。

「お姉様!!コレは本当のことなのですか!?」

「まずは落ち着きなさい蓮華。」

「落ち着いてなどいられません!!」

「蓮華!!」

 一喝。

「いい蓮華?まだ全然情報が足りていないの。本当に母さまが死んだというのも劉表側の伝令がやってきただけなのよ。それに入ってきたのは母さんが死んだというう情報のみ。葵さんや祭の情報は何もわかってないわ。」

「まずい状況だ。本当でも嘘でもこの報告が各地に知られたら最近大人しかった賊や山越たちが騒ぎ出すぞ。良くも悪くもこの土地は文台様の影響力はすごいものがあるからな。」

 冥琳は冷静に現状を整理し起こりうる最悪の状況を予想する。

「とりあず私達が今できることは新しい情報を待ちながら街の治安を維持することよ。」


 その後入ってくる情報は気分を重くするものばかりだった。孫堅様は敵の策により岩の下敷きになり死亡。葵さんも重症を負い、祭さんも敵の追撃を受け敗走。更には賊の出現、山越も戦の準備を整えているらしい。

 玉座の間は静まり返っていた。誰もが絶望に染まっている。末娘の小蓮などは先程からずっと泣いている。

「黄蓋様ご帰還!!」

 伝令の声に全員が反応する。

「玉座の間へと通してちょうだい。」

 しばらくするとボロボロの出で立ちで祭さんが現れる。

「申し訳御座らん!」

 雪蓮の前に跪き頭を垂れた。

 祭さんの話によれば、別働隊であった黄祖は敵の奇襲を受け敗走というのは嘘で、突然孫家の兵に斬りかかり、賊の衣装へと着替え予め用意されてあった岩を落としていったらしい。崖の反対側にいた祭さんは異変に気づくもどうすることも出来なかったらしい。その事実も黄祖の隊に配属され運良く生き残ったものから聞いたとのことだ。

 文台様は岩の下敷きになり亡くなり、葵さんは足を岩に挟まれ動きがとれなくなるが、自ら足を切り落とし脱出した。しかし、その傷が元で体内に毒が入ったようでかなり苦しんでいるという。

「祭さん。母さんは?」

「うむ。入城するとすぐ医療室に運ばれた。」

 その話を聞いて俺はすぐに立ち上がり医療室へとかけ出した。

「蒼!」

「いや。行かせてやってくれ。葵殿様態はかなり良くないじゃろう。儂らも付いて行った方がいいかもしれん。」

 俺の背中で何か話していたが全く耳に入らなかった。




「母さん!」

 寝台に寝かされた葵さんの体を見ると左足がないことに気づく。

 葵さん苦痛に顔を歪め、痛みを堪えている。

「そ…蒼?」

 俺の存在に気がついたのか無理やり作った笑顔をこちらに向けてくる。

「ごめんなさい。こんな格好で。」

「母さん……」

「どうやら毒が体に回っちゃったらしいのよ。」

 毒というよりもコレは破傷風だ。岩に挟まった際自ら足を切り落としたと聞いたが、きっとその時に菌が入ったのだろう。ワクチンや予防接種がないこの時代破傷風はかなり高い致死率がある。戦場の兵も多くがこの症状で死ぬ。長い時を戦場で過ごした葵さんが自分の今の状態を分からないはずがない。

「そんな悲しい顔を見せないで頂戴。体がどうあれあなたの元へ帰って来れたのはうれしいわ。」

「うん。」

 すると突然葵さんの体が暴れだし、ビクビクと痙攣を始め弓なりに体を反らす。

「母さん!?」

 それを止めようと必死に俺は体を抑えつける。

「葵さん!?」

 どうやら雪蓮たちも葵さんの様子を見に来たようだったがこの光景を見てみな驚く。

 ようやく痙攣が収まるが、様態はかなりまずい。

「雪蓮ちゃん、蓮華ちゃん、小蓮ちゃん。ごめんなさい。私、文台様を守れなかったわ…」

 力ない声で謝罪する葵さん対し三人はそれぞれ涙ながらに答えた。

「いいえ!葵さんが悪いわけではありません!!黄祖のやつが!!」

「そうよ。母さんはいつもあなたに感謝していたわ。それにあたし達だって……」

「あおいさん…」

 三人の顔をしばし見つめた後、覚悟を決めた表情で告げる。

「雪蓮ちゃん。文台様が亡くなった事が知れ渡ったらきっと多くの反乱が起こるわ。それにこの地には他の太守が京から派遣されてくるはずよ。豪族として力を持ちすぎた孫家は必ず危険視されるでしょう。」

「そんな!?あたしたちはどうすればいいのよ?」

「袁家を頼りなさい。袁逢様は孫家とは有効的だったわ。」

「けど袁逢は確か数年前亡くなったはずだけど?」

「えぇ。今は確か娘の袁術ちゃんが主らしいわね。けれど孫家の事を知っている人間はまだ多いはずよ。立場上苦しいものになるかもしれないけど、今はそうすることしかできないわ。」

「……わかったわ。」

 今の自分では孫家を守れないとそう言われたのと同じだった。雪蓮の手はきつく握られ血が流れていた。

「蒼?」

「なんだい母さん?」

 なるべく普段通りに返事をした。

「こんな母親でごめんなさいね。私はあなたに母親らしいことしてあげられなかった。」

 そんなことは無い。初めてこの地で会い、そのまま俺を育ててくれたのは葵さんだ。慣れないながらもオムツを替え、俺が熱を出した時など街中を駆けまわり医者を探してくれた。初陣を終え眠れない日々が続いた日だって心配してくれた。あの言葉がなければ俺の心は壊れていただろう。彼女がいたからこそ俺はこうやってこの世界で生きていけている。

「何言ってるんだよ。俺の自慢の母親だよ。」

 先ほどまでの苦痛に歪んだ表情は無い。とても優しい顔をした葵さんの手を握る。

「あなたは孫家を支える立派な将になれるわ。皆で力を合わせこの世の中を変えていってちょうだい。」

「あぁ。もちろんだよ。立派な将になって見せるさ!」

 途中から涙が溢れて顔は既にぐしゃぐしゃだ。その様子を見て母さんが俺の頭を抱き寄せる。

初陣の日のことを思い出した。俺はまた葵さんの腕の中で泣いている。

「あの時よりあなたは強くなったわ。これからも孫家の行く末とともにあなたの成長をずっと見守り続けるわ。ありがとう。そしてごめんね。」

 急に葵さんの力が抜け落ちたのを感じた。

 認めたく無かった。まだ話してないこともたくさんあった。俺が前の世界の記憶を持つことも。この国が三国になることも。もっと頼っていたかった。もっと抱きしめて欲しかった……

 皆が泣いていた。主君とそれを支える宿将が死んだのだ。それだけではない、文台様と葵さんはみんなの親だった。

 俺は葵さんから離れ、泣いている皆に聞こえるようはっきりと言った。

「袁術の元へ行こう。そして力を蓄えこの地を取り戻し、黄祖を討つ!!」

 

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