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マイホーム  作者: 伝次郎
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第二章

 外観は小さく見えても、中に入ってみると意外と広く感じるものだ。

 二世帯住宅に囲まれているから余計にそう見えるのかもしれないが、二階建てになっているその家は、予想外に部屋数も多いようだ。

 玄関からまっすぐに伸びている廊下を歩いていると、左手にはガラスサッシを隔てて縁側があり、その先には小さな庭がある。サッシはいっぱいに開け広げられて、爽やかな空気が二人の身体を通り過ぎているようだ。

「明るくて気持ちいいじゃない。新しい畳の匂いがするわ」

 亜紀子はそう言って深呼吸した。

「これなら俺たちが住んでも恥ずかしくないよ。充分に住み応えあるんじゃないか。しかもあの値段だからな」

「ほんとね。でも……」

 亜紀子は何か言おうとしてためらった。

「どうしたんだよ」

「なんだか気になって。さっきの案内人さんの言葉……。人を飲み込むって、どういうことかしら」

「あんなの嘘っぱちに決まってるじゃないか。そんなことあるわけないだろ」

「でも……」

「売れないからあんなこと言って、気を引こうとしてるんだよ。馬鹿らしい」

 と、伸介は笑い飛ばした。

「――そうね、そうよね。それに私たちって、充分幸せだもんね」

 亜紀子はふふっと笑って、伸介の腕を取った。

 右手には割りと広い和室が二部屋つながっている。障子を開けてみて、

「結構広いわね! これならお客さんが来たって大丈夫だわ」

 亜紀子は至って冷静に見学している。

「一昔前だったら、豪邸のうちに入るんだろうね。外からじゃ分からないよな」

 伸介はスリッパを脱いで畳の部屋へ入った。

「本当に懐かしいわよね。私も子供のころ、客間に友達をたくさん呼んで遊ぶのが好きだったもの。私たちが結婚しても、大勢友達が集まるような部屋が欲しいわ」

「でもあまり集まると大変だぞ。付き合いは外でしないとな」

「あら、だって誰も来ない家なんておもしろくないわ。みんなに喜んでもらえるような家庭にしたいんだもん」

 亜紀子の願望だ。

「人のために家を建てるんじゃないぞ。いかに俺たちが暮らしやすいか、満足な生活ができるかということが大事じゃないのか」

 伸介の表情が、少し硬くなったようだ。

「でも、自分たちだけで暮らしていくわけじゃないと思うわ。友達だってたくさんいるんだから。それに子供ができたら……」

「あのな! 俺は――」

 カチッ……。

 突然、どこからか物音がした。乾いた金属音のようにも聞こえる。

 伸介は辺りを見回してみたが、誰か家の中にいるわけではない。この建物の中には伸介と亜紀子だけしかいないはずだ。

「――何か、音がしなかった?」

 亜紀子が不安げに言った。

「うん……。いや、気のせいだろ」

「そうかしら。――そうね、メーターか何かの音かもね」

 肯きあった二人は、気にする風でもなく、奥の部屋へと足を進めた。

 和室の奥に入っていくと、キッチン、というより炊事場と言った方がピッタリの古風な台所。今でいうシステムキッチンと違って、簡単な流しと食器棚が置いてあるだけだ。

「電子レンジとか置く場所あるの?」

「ちょっと狭いかなあ」

 伸介が台所を見回しながらそう言った。建物が大きい割には少し狭いようだ。

 確かに昔の家は、ダイニングルームと呼ばれる場所なんてなかったように思える。食事のときは、台所で作った料理を居間に運んで家族で語り合いながら食べたものだ。もちろん兄弟げんかのおまけつきで……。

「ちょっと見てよ。ほら、冷蔵庫があるわ」

 モデル住宅だ。最低限の家具や調度品は置いてある。

「今どきワンドアの冷蔵庫なんて滅多にないぞ。中の冷凍庫もこんなに小さいんじゃ、食料のストックもできないよ」

「冷凍庫は絶対に必要よね。レトルト食品に電子レンジ、これからの家庭の必需品よ」

 亜紀子は料理が嫌いというわけではない。もちろん自慢の料理だって数多くあるが、世の中のレトルトブーム、これを見逃す手はない。子供が産まれたら料理に集中できないかもしれない。それに家庭が落ち着けば、いつか自分も仕事を……と思っているのである。

「俺は亜紀子の手料理じゃないと食わないぞ。レンジでチン! そんな飯が食えるか!」

 つい怒鳴ってしまった伸介だが、まだ亜紀子の作った料理を食べたことはあまりなかったのだ。

「何をそんなに怒ってるのよ」

「怒ってなんかないだろ」

「怒ってるわよ! その言い方……」

「これから俺たちは新しい生活を始めようとしてるんだぞ。言いたいことがあったら最初っから言った方がいいだろ。――それだけだ」

 カチッ……。

 また音が聞こえて、二人の視線が重なった。さっきの乾いた金属音のようにも聞こえるが、今度は少し鈍い音だし、場所も違うようだ。

 しばらく二人は沈黙していた。

「案内人の奴、誰も中に入れないなんて言っといて、嘘ばっかりじゃないか」

 伸介がぼやいた。

「仕方ないわよ。他にもお客さん、たくさんいるんだから」

 亜紀子としては別に案内人を庇うわけではないが、この家に入ってからの険悪なムードと、案内人が言っていた非現実的な話しが気になりだしていたのである。

 ここ数年お付き合いをしている伸介は、他愛もないことで怒るようなことなんてなかったのだ。

 いつもの伸介と違う。この家に入ってからおかしい。

 亜紀子は底知れぬ不安を抱き始めていた。

「二階に上がってみるか」

 伸介は話題を変えようという思いがあってのことか、ポツリと小さい声で言った。

 二階に上がるための階段は、玄関のすぐ横にある。二人は台所から、最初に入った和室を抜けて、廊下に出た。

 伸介が階段に向かって歩こうとすると、

「ちょっと待って!」

 と、亜紀子が呼び止めた。

「どうしたんだよ。トイレか? 確か、台所の横に――」

「そうじゃなくて……。ほら、廊下のサッシが閉まってるわ。さっきまで開いていたのに」

 亜紀子は立ち止まったまま、ガラスの向こうを凝視していた。

 小さな庭になっているその場所には、人がいる気配は全くない。そういえば玄関前からロープが張られ、受付を通らないと入ることができないようになっていたはずだ。

 案内人が言っていたように誰も入らないとなれば、この庭にも入ってくることはできない。

「閉まっていてもおかしくはないだろ。外には人がたくさんいるんだから」

「どうして閉めなくちゃいけないのよ。そんな必要ないじゃない」

「俺たちに関係ないよ。持ち主が閉めたかっただけなんだろ。勝手にさせとけ。ここは俺たちの家じゃないんだぞ」

 つい怒鳴ってしまった伸介だが、内心不安を感じていたのは事実だ。サッシが開いていたのは、伸介の肌がよく憶えている。部屋の障子は開け放してあるし、台所から和室を通して廊下のサッシも見えていたはずなのだ。しかし、人がいた気配など、微塵も感じていなかった。

「――ねえ、おかしいと思わない? この家に入ってから、伸介さん、なんだか怒りっぽくなってるし、私も何となく変な感じがするの」

 亜紀子はそう言って、サッシを開けた。

 さっきまで爽やかにそよいでいた風は、今はもう止んでいた。

 止まっている。風が、いや、何かが止まっている……。亜紀子はなぜか、そんなことを考えていた。

「ごめん、そんなつもりじゃないんだけど」

 伸介の声はなんだか小さく聞こえる。

「もしかしたら、誰かが閉めたんじゃないのかもしれない」

「――と言うと?」

「この家が……。だって案内人さんが言ってたじゃない。家が人を飲み込むって……」

 真剣な亜紀子の言葉を聞いていた伸介は、突然笑い出した。

「ばかじゃねえか! まだ信じてたのかよ、そんなこと。家が自分勝手に動いたとでも言うのか? 未来の家じゃないんだ。昔の家なんだよ。叩いても動かないようなね」

「だって……」

 何か言おうとした亜紀子だが、このままではまた言い合いになってしまうのは目に見えている。

 伸介は背中を向けると、玄関の横にある階段に足を伸ばしていた。慌てて亜紀子が追いかける。

「待ってよ!」

 狭い階段をゆっくりと上って行く二人の耳に、また何かが聞こえていた。

 カチッ……。

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