第6話 「くじ引きの当たり」
その日、路地はいつもより少しだけ騒がしかった。
原因は、ひとつしかない。
「当たりが出たらしいぞ」
誰かがそう言った瞬間、空気が変わった。
「どこで」
「駄菓子屋だよ」
「ほんとかよ」
「ほんとだって」
話はあっという間に広がる。
誰が引いたのか、何が当たったのかは、まだはっきりしない。
けれど“当たりが出た”という事実だけで、みんなの足は自然と同じ方向を向く。
翔も、気がつけば走っていた。
駄菓子屋の前には、すでに人だかりができている。
「ほんとに当たったのか?」
「見せろよ!」
「ずるいぞ!」
口々に言う声の真ん中で、一人の男の子が、少し困った顔で立っていた。
手には、小さな紙切れ。
「これ……」
震える声で差し出す。
店のおばちゃんが、それをひょいと受け取って、じっと見る。
「……ああ」
一拍置いてから、大きな声で言った。
「当たりだねぇ」
「うわあああ!」
一斉に歓声が上がる。
まるで大事件だ。
「何がもらえるの!?」
「どれでも一つだよ」
ガラスケースの中を指さす。
色とりどりの菓子やおもちゃが並んでいる。
「どれでも!?」
「どれでも」
男の子は、しばらく固まっていた。
選べないのだ。
「早くしろよ」
「迷うだろ普通!」
周りがやいのやいの言う。
結局、その子は一番大きな箱を選んだ。
中には、色のついたガラス玉がたくさん入っている。
「おお……」
みんなが、思わず声を漏らす。
それは、ただのビー玉だった。
けれど、その量と輝きは、普段のものとは少し違って見えた。
「いいなぁ」
「一個くれよ」
「だめだって」
当然、そうなる。
男の子は必死に箱を抱えた。
「だめ!」
その必死さが、逆に面白い。
誰かが笑い、つられてまた笑いが広がる。
騒ぎはしばらく続いた。
翔は、その様子を少し離れたところから見ていた。
「やる?」
隣に来た健二が言う。
「くじ」
木の箱の上に、小さな穴があいている。
そこに手を入れて、紙を引く仕組みだ。
「当たるかな」
「当たんねぇよ」
「なんで」
「そんなもんだからだよ」
妙に現実的なことを言う。
それでも、翔はやってみたくなった。
小銭を出して、箱に入れる。
手を入れると、中はひんやりしていた。紙が何枚も重なっている感触。
一枚つまんで、引き抜く。
開く。
「……はずれ」
「ほらな」
健二が笑う。
翔は、少しだけ悔しくなった。
「もう一回やる」
「やめとけって」
「やる」
もう一度、手を入れる。
同じ感触。
同じように引く。
開く。
「……はずれ」
「だから言ったろ」
健二は楽しそうだった。
翔は、口を尖らせる。
そのときだった。
店の奥から、おばちゃんの声が飛ぶ。
「あんたたち、そんなに騒いでると——」
その続きを言う前に、別の音がした。
カチ、カチ、と乾いた音。
電気のスイッチだ。
そして——暗くなった。
「うわっ」
「えっ」
店の中が、一瞬で暗くなる。
外の明るさだけが、ぼんやりと差し込む。
「停電かいね」
おばちゃんが、落ち着いた声で言う。
誰かが外を見て叫ぶ。
「こっちの通りだけだ!」
路地の一角だけ、電気が消えていた。
さっきまで賑やかだった場所が、急に静かになる。
少しだけ、不安な空気。
そのとき、店の奥から、かすかな光が揺れた。
「ちょっと待ってな」
おばちゃんが、何かを持って出てくる。
それは、小さなランプだった。
ガラスの中で、火が揺れている。
部屋の中が、やわらかく照らされる。
「ほら、見えるだろ」
その光は、明るくはない。
けれど、不思議と落ち着く。
「すげぇ……」
誰かがつぶやく。
さっきまでの騒ぎとは違う、静かなざわめき。
翔は、その光を見つめた。
ゆらゆらと揺れて、影が動く。
ガラス玉も、その光を受けて、違う色に見えた。
「当たりより、こっちの方がすごいな」
健二が、ぽつりと言う。
翔は、うなずいた。
確かにそうかもしれない。
しばらくして、電気は戻った。
ぱっと明るくなる。
「お、ついた」
「なんだよ、もう終わりか」
少しだけ残念そうな声。
さっきのランプは、もう消されていた。
いつもの店に戻る。
けれど、何かが少しだけ違って見える。
翔は、さっき引いたくじの紙をもう一度見た。
はずれ、と書いてある。
でも、そんなに悪い気はしなかった。
路地に出ると、またいつもの音が戻っていた。
誰かの声、どこかの匂い。
遠くで、工場の音が続いている。
当たりも、はずれも、全部まとめて、この町の中にある。
そんな気がした。




