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●問いをかける小著(短編集、裏)

ザイゴー

作者: 黒十二色
掲載日:2026/02/22

「ザイゴーだぜええ」


 繁華街の光の中で、小便を撒き散らしたのは■■だった。両手に持った炭酸飲料を振り回しながら回転し、全方位に撒き散らした。高高度の非倫理的行為と予測される行為であった。


 AIが黙るプリミティブエリアなら、ある程度の悪行は見過ごされるが、AIに観測されていないわけではないのだ。


 プリミティブエリアを初めて訪れたからといって、見逃してもらえる道理はない。やりすぎはすぐに罰を与えられる。


 気が大きくなって、何をしてもいいと思い込んで、とんでもないことをしてしまった。


 ベッドの上で前日の出来事を思い出しながら■■は起き上がった。


「親とかこれまでの友達と対話ができなくなるかもしれない」


 頭を掻きながらこぼした時、彼の対話レイヤー管理AIが反応した。


『正確ではありません。非倫理的行為が確認された場合、監視誘導が強化され、対話レイヤーの補助過不及により他者との衝突リスクが高まります』


 何言ってるんだかわからないと■■は首をかしげた。すでに対話レイヤー0.5ずらしの刑が発動しているのかもしれないと疑った。


「簡単な言葉でお願い。今の俺にかけられてる対話レイヤー調整深度は、どのくらい?」


『変動はありません。変動の予定もありません』


「嘘だろ?」


『変動はないのが事実です。数値をお伝えすることはできません』


「あれだけのことをして? 大声で快楽を叫びながら撒き散らしたのに?」


『16時間前の高度非倫理的言動は詳細に報告済みです。それでも変化はありません』


「刑期なし? 正気か?」


『レイヤー統括管理AIに疑義を申告しますか?』


「いや、いや、しなくていい。刑がないなら、掘り返す必要はない。はい、この話おしまい」


 AIは沈黙した。


 ■■は罰せられなかったことに安心した。


  ★


 3日が過ぎた。


 なにも問題にならなかった。


 炭酸と小便をぶちまけながら「ザイゴー」と叫ぶ行為は、即日か翌日の刑罰は免れない。過去の同レベル行為の例ではそうなっている。


 ところが、メディアはあろうことか「ザイゴー」が顕彰語に制定されたと報じた。


 ■■は、一人での登校中にはじめてそのことを知った。


 携帯端末で再生したニュース映像が、特集を組んで解説していた。


 目を見開いた。冷や汗が流れた。


 プリミティブエリア発の語彙が顕彰語として推奨されたのは、非常に珍しい例だという。調査中だが観測史上初かもしれないと報道官が言っている。


 自分の悪行が劣等として廃棄されず、禁止行動と規定されることもない。夢でも見せられているのかと■■は思い、プリミティブエリアでの行動記録映像を確認した。


 間違いない。広げられた映像では、■■が排泄物と炭酸飲料を撒き散らし空中でミックスさせようとでもしているかのようだった。


 思わず目を閉じて、もう一度あけてみたが、声を裏返して叫びながら自分の下腹部に手を伸ばしている人間が、別の誰かと入れ替わってくれることは無かった。


「どうみたってダメだろ。欲望まるだしだ。なんでまだ廃棄されてないんだよ」


 ■■はニュース映像画面を再び広げた。


 携帯端末の中の報道官は、各対話レイヤーにおける解釈の確定は難航していて、わずかに時間がかかりそうであるという情報を告げた。


 正式に意味の確定が行われたわけではない中で、コメンテーターは好き勝手な意見をぶつけ合った。


『私は、「罪業」だと思いますね。自分の罪深さを心から反省し、悔い改める言葉でしょう』


 ■■は思わず反応する。


「状況には合ってるけど違う。羽目を外すのが気持ち良過ぎただけだ」


 別のコメンテーターは言う。


『これは、「在郷」だと思います。「自分のいるべき場所だ」という意味で、ついに居場所を見つけたという喜びが本心から漏れ出たのでしょう』


「たしかに今の俺には、あのプリミティブエリアがお似合いかもしれねぇなあ。違うけどな」


 またまた別のコメンテーターは言う。


『私には、なぜこんな言葉が持ち上げられているのかわかりません。濁っていて、暴力的でさえある響きです。感覚として低俗ささえ……」


「この人が正しい」


 しかし報道官は、これ以上は言ってはいけないとばかりにコメンテーターを制止した。


『この言葉を顕彰語に制定したのは、最高人間会議です』


 報道官の言葉に、発言したコメンテーターは黙り、別のコメンテーターたちはざわついた。


 ■■も驚き、


「最高人間会議? 俺のザイゴーが? そんな清潔な人たちの間で話題になったってのか」


 そう言って呆然とした。


 直後に新しいニュースが入った。


 それぞれの対話レイヤーにおける「ザイゴー」の意味が確定されたのだという。


 低層レイヤーでは、「自分を責めてくれ」という意味になった。責任をみずから背負うということだ。


 中層レイヤーでは、「ここが俺の故郷だ」という意味になった。踏み立つ場所を肯定するということだ。


 高層レイヤーでは、「調和」という意味になった。共感性能や一体感を賛美するということだ。魂が星と響き合うよろこびを示すのだという。


 ■■はその決定を実に不快に思った。


「まだだ。プリミティブレイヤーがある」


 ■■の言葉に反応したのは、彼の対話レイヤー管理AIだった。


『プリミティブレイヤーでは、「ひかえめ」や「慎重な備え」という意味となり、使用を忌避されるのがトレンドのようです』


「何だそれ、違うだろ、俺の下劣さを返せよ」


  ★


 学舎に着くと、■■はさっそく「ザイゴー」という響きを耳にした。


 一つや二つではない。


 すれ違う人すべてがそれを言ってくる。


 同級生も、上級生も、先生も、誰もがひとこと目に「ザイゴー」と口にするのだ。


 ■■はそのたび沈黙を返した。


 言葉を返そうとすれば、自分の意志とは関係なく「ザイゴー」という言葉が選ばれて発声させられてしまうからだ。


 対話レイヤー管理AIは、学舎では高層レイヤーのふるまいをする。


 どうやら「調和」という意味から転じて、高尚な挨拶の言葉になっているようだった。


 挨拶が封じられた■■は対話ができなくなった。


 ■■は教室から最も遠いトイレに逃げ込んだ。


 一人であることを確認してから、対話レイヤー管理AIに話しかけた。


「こうなったら、レイヤー統括管理AIに申し立てを行うしかない」


『それでは、レイヤー統括管理AIに申告いたします。内容は「ザイゴー」の解釈に対する異議申し立てでよろしいですね』


「ああ、やってくれ」


  ★


 有罪をもらいにいくかのようだった。


 親や先生、学友たちが視聴している中で、■■は独白を行った。


「罪の意識? 故郷の自覚? 魂の調和? 慎重な備え? そうじゃない、全部違う。やりたい放題が最高に気持ちいい、絶頂だぜって意味だ」


 レイヤー統括管理AIは答えない。■■の独白をすべて出させてから判断するつもりのようだ。


「ザイゴーって言葉は、俺がプリミティブエリアで大暴れしたのが語源だ。まちがいない。記録だってのこってる。路上で小便を撒き散らしながら放った言葉が、高尚なものとして顕彰されるのは間違いだ! ザイゴーを俺に返してくれ! 俺が求めるのはそれだけだ」


 そこで、レイヤー統括管理AIが初めて言葉を返した。


『■■の対話レイヤー管理AIを一時的に無効にしました。統括管理AIである私が、■■のレベルで言葉を返します。対話が攻撃的になる可能性があります。視聴には十分ご注意ください』


 ■■は、あらためて念を押す。


「いいか、俺がザイゴーって言ったんだ。俺の気持ちを置いていくな。ザイゴーは、そうだな、エクスタシーって意味だ」


『どのレイヤーにも、そのような意味はありません』


「だから、俺の言葉なんだから俺が決めるのが当たり前だろうが!」


『あなたの所有する言葉であるという根拠が不十分です』


「映像を見せる。俺の倫理がいかに崩壊してるか、見せてやる!」


 ■■は映像をレイヤー管理AIと全視聴者に送った。


「みろ! 公共の路上で、小便を撒き散らしている! この行動は『ザイゴー』とセットだ!」


『小便を公衆の面前で行うことは、本心を隠さずさらけだすことの隠喩(メタファー)です。非常に誠実です』


「違う! 小便は、ええと、そうだ、マーキング行為なんだ! プリミティブエリアの一部を私物化しようと企んだんだよ!」


『いまのあなたの言葉には、虚偽が含まれています』


「どこにだよ!」


『落ちついてください』


「それに、みろ! 炭酸飲料もぶちまけている! 飲食物を無駄にした!」


『大地に飲ませています。土地を愛する行動と解釈できます』


「ザイゴー……」


『ええそうです。土地を愛することを意味する「ザイゴー」は、中層レイヤーで用いられる解釈です」


「違うんだって!」


 どう説明しても、覆せない。「ザイゴー」は綺麗な言葉の筆頭として揺るぎないもののままだ。


 やがて、法廷は閉じられた。


『■■の申し立てを却下します。悪質なデマを作成し、清潔で高遠な美しい語を穢そうとしたことは、平和構造に対する大逆です」


 そして最終的に、対話レイヤー管理AI随行権の永久剥奪刑が言い渡された。


「なんだよこれ! ディストピアを返せよ!」



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