表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/12

第8話 カーミル視点──“理解できない兄”

庭園の影に身を潜めながら、

俺は遠くにいる二人を見つめていた。


レイアス兄上と――母上。


兄上は、まるで壊れたように震えていた。

肩が上下し、喉から必死の呼吸が漏れる。


あの兄上が?


あの“無傷の王子”が?


“血酒の香りを嗅いだだけで”

倒れそうになり、

母上にしがみついて泣いている?


(……なんだよ、それ)


思考がうまく回らなかった。


兄上は完璧で、

強くて、

優雅で、

誰よりも期待される存在で――


なのに。


その兄上が、

俺の知らない場所で“泣いていた”。


母上の腕の中で。


しかも、母上の表情は……

俺には向けられたことのないほど深い悲しみに満ちていた。


(なんでだよ……)


胸の奥が、

ぎゅっと痛んだ。


兄上が泣いている理由なんて知らない。

血を見たくない? 匂いがきつい?

そんな馬鹿な。吸血鬼だぞ。


俺には理解できない。


でも。


理解できなくても――

母上が“必死に抱きしめる価値がある何か”が

兄上にあることだけは、分かった。


それが胸を刺す。


(……また兄上だ。

 母上は……兄上にばかり……)


母上はいつも優しい。

俺にだって優しい。


だけど今の温度は、違った。


兄上だけを包み込むように、

誰にも触れさせないように、

“守るもの”を見る目だった。


母上の、その顔を見た瞬間――


胸の奥で、

黒い感情が渦巻いた。


(……兄上なんて……)


憎い。


羨ましい。


ずるい。


ムカつく。


どう言葉にすればいいか分からない。


ただ、胸が苦しくて、呼吸がしづらかった。


兄上が《零冠》を使ったことも、

その力が何なのかも、

俺には分からない。


ただ、

“自分には絶対届かない場所にいる”

という感覚だけが残っている。


それが怖い。


(兄上……お前はいったい……何者なんだよ)


兄上の苦しさも、

弱さも、

焦燥も、

俺には分からない。


分かりたくもない。

でも――知りたい。


知りたいのに、

近づけば、

きっとまた“置いていかれる”。


それが嫌だった。


(兄上は……昔からそうだ)


努力しても追いつけない。

隣に立てると思ったら、

次の瞬間にはまた遠くにいる。


今日なんて、

“血を消した”とかいう意味不明の現象を起こした。


それを見た瞬間、

俺は本気で震えた。


恐怖か、

嫉妬か、

尊敬か、

もう自分でも分からない。


(俺たち兄弟の中で――

 一番強いのは兄上なんだ)


悔しい。


なら、せめて母上だけは……

母上の“愛”だけは――

並びたいと思っていた。


なのに。


月光の下で抱きしめられるのは、

いつだって兄上だった。


(……なんで……兄上ばっかりなんだ)


言葉にならない声が喉に詰まる。


兄上が泣いている理由は理解できない。


血を恐れる理由も知らない。


母上が涙を流す理由も分からない。


分からないから――

余計に、苦しい。


(兄上……

 お前なんか……嫌いだ)


そう思った。


そう思った瞬間、

胸がひどく痛んだ。


嫌いなのに、

嫌いになりきれないのが、

もっと腹立たしい。


レイアス兄上は完璧なのに、

なんでこんなに壊れそうなんだ。


母上があんな顔をするほど、

なにを抱えているんだ。


何も分からない。

知りたくないのに、気になってしまう。


兄上はそういう存在だ。


(……俺も……いつか……)


言葉はそこで途切れた。


兄上に追いつきたいのか、

兄上を超えたいのか、

兄上を壊したいのかすら分からない。


ただ一つだけはっきりしている。


今の俺は――兄上を正しく“憎んでいられない”。


それがいちばん苦しい。


兄上は母の腕の中で静かに息を整えていた。


その姿に、また胸がうずいた。


何もわからない、

何も理解できない、

ただ苦しい。


この夜――

俺は生まれて初めて、

自分が“兄という存在に飲まれつつある”ことを自覚した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ