表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/12

第6話 カーミル視点──“兄の背中が遠すぎる”

レイアス兄上が倒れかけたあの瞬間、

俺は――

息をするのも、忘れた。


兄の紅い瞳に力がなく、

額には汗が滲み、

呼吸は荒く、

まるで病人のようにふらついていた。


(――また、倒れるのか)


“また”。


その単語が、無意識に浮かんだ。


兄上は昔から“弱かった”。

いや、弱く見えた。


俺たちの前では平然としているが、

食事の匂いにさえ青ざめ、

剣の訓練では目を逸らし、

血を見るだけで膝をつく。


それでも、兄上は努力を怠らなかった。


それが、

俺はずっと――羨ましかった。


努力する姿が。


痛みに耐える姿が。


立ち上がる姿が。

立ち向かう姿が。


俺には、

その“立ち向かう勇気”がなかった。


ずるい、と思っていた。


でも本当は――

ただ負けていた。


負けている自分から、目を逸らしていただけだ。


そんな兄上が、

今、目の前で“血の香りだけで”倒れかけている。


(やっぱり……おかしい。兄上は……変だ)


美しくて、優雅で、

誰よりも強いはずなのに、

“血”だけが弱点。


王族にとって血は祝福だ。

誇りだ。

力の源だ。


なのに兄上は、その血を怖がる。


これは――

“弱さ”ではなく、

“異常”だ。


俺は本能でそう感じていた。


だからこそ、

兄上が血の香りで倒れれば、

王家全体の恥になると恐れていた。


王族としての誇りが、

兄上を拒絶していた。


兄上の弱さを見て、

心がざわついた。


それは嫌悪ではなく――

焦りだった。


(兄上……頼むから、倒れないでくれ……)


そんな願いが、

胸のどこかで渦巻いていた。


そのとき――

銀の壺が傾いた。


赤い光を帯びた“血酒”が空中へ浮き上がる。


時間が、ゆっくり流れた。


血の滴が弧を描き、

床へ落ちようとする――


その刹那。


――すべてが“消えた”。


視界から、

音から、

空気から。


血の滴が。

“結果”そのものが。


ぬるりと、現実から剝ぎ取られたように。


「な……」


声が、喉に張り付いた。


兄上の目が、

血の滴が消えた空間を見つめていた。


震えていた。


恐怖で。

困惑で。

そして――

何かに“触れた”者の表情で。


(兄上……お前……何をした……?)


兄上の身体から、

“空気”が変わった。


凍てつく静寂。

王の気配。

神性に近い何か。


俺が、生まれて初めて感じる、

“格の違う存在の息づかい”。


父王でさえ、

今の兄上ほど“異質”ではない。


空間が兄上を中心に“沈んだ”ように見えた。


重い。

苦しい。

揺らいでいる。


(まるで……世界が兄上を中心に傾いたみたいだ……)


王妃が震える声でつぶやく。


「……未来を……断った……」


零冠。


古い王家の文献に、

たった一行だけ記されていた言葉。


《血の未来を断つ王、冠なき王が来たる》


まさか。


まさか、兄上が。


(兄上……お前……

 本当に“王になる者”だったのか)


喉が焼けるように熱くなる。


俺がどれだけ剣を磨いても、

どれだけ努力しても、

一歩も届かない“王の権威”。


兄上は、努力でも才能でもなく――

“存在そのものが王”だった。


心が掻きむしられた。


嫉妬か。

恐怖か。

絶望か。


全部だ。


(兄上……俺は、勝てないのか?

 一度も?

 一生、勝てないのか?)


兄上は顔色を悪くし、

苦しそうに胸を押さえていた。


あれだけの力を振るった代償。

吸血衝動の暴れ。


それでも――

兄上は美しかった。


無傷で。

優雅で。

儚くて。


“王の器”。


俺にはないものすべてを持っている。


父王が歩み寄ったとき、

兄上の姿が揺れ、

倒れそうになるのが見えた。


王妃が駆け寄る。


ルーミエルが泣きそうな顔で名を呼ぶ。


セリカが手を伸ばす。


ミリナは震えて王妃の背に隠れる。


俺は――

動けなかった。


兄上が倒れれば、

誰よりも傷つくのは兄上自身。


それでも。


俺は動けなかった。


(俺は……兄上が怖いんだ)


弱くて、強くて、

脆くて、誰よりも美しい兄上が。


“王族の姿”をしたまま、

“人間のまま”強くなろうとする兄上が。


俺は――

兄上に追いつきたいと願いながら、

兄上を恐れ続けていた。


兄上が立ち去る背を見ながら、

胸がきつく締めつけられた。


「兄上……その力は……ずるい……」


嫉妬が零れた。


でも、

誰にも聞こえないほど小さな声で続けた。


「……でも……

 兄上が……死ぬほど苦しんでいるのは……

 俺は……嫌なんだよ……」


初めて、

自分が何を抱えていたのか気づいた。


俺は兄上に勝ちたい。

でも兄上に死んでほしくない。


そんな矛盾した気持ちを抱えたまま、

俺はただ――

兄の背中を見つめていた。


“王の力”を得た兄の背中は、

前よりもずっと遠く、

手が届かないほど光を帯びていた。


それでも――

俺はその背を追い続ける。


たとえ一生届かないとしても。


それが、

俺の生き方だから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ