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魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


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第4話 吸血鬼なのに、血が飲めない

大広間でのお披露目式が終わり、

侍女に案内されて王室食堂へ向かった。


赤い絨毯が敷かれた長い廊下は、

壁一面に先祖の肖像画が飾られている。

そのどれもが真紅の瞳を持ち、

どこか俺を“品定め”するような視線をしていた。


(……吸血鬼の圧が強すぎる)


前世の俺は、血の匂いがする病院ですら倒れていたのに、

今は血でできたみたいな城の中を普通に歩いている。


いや、普通ではない。

足は震えそうだし、胸はずっと重い。

でも――。


(倒れてないだけマシか)


お披露目式で倒れでもしたら大騒ぎだっただろう。


そう思っていると、

隣を歩く侍女――最初の侍女が、ちらりと俺を見た。


「殿下、本当に……よく、持たれましたね」


「ん……?」


意味深だった。

まるで“あなたは昔はもっと倒れていた”と言っているような。


聞き返す前に、

侍女が立ち止まって扉を押し開いた。


「こちらが王室食堂にございます」


広い。

そしてやっぱり赤い。


長いテーブルには黒布が敷かれ、

その上には銀食器が整然と並んでいる。

壁には血の紋章《紅環》が輝き、

天井のシャンデリアには赤い水晶が光っていた。


家族がすでに揃っていた。


父王、王妃、

弟カーミル、

弟ルーミエル、

妹セリカ、

そして小さなミリナ。


皆、俺が来るのを静かに待っていた。


(……家族みんなで食事、って初めてだ)


前世では母と二人きりがほとんどだった。

義父が加わって三人、

それが“家族”だった。


今は七人。

この光景だけで、胸が少しだけ熱くなる。


だが食堂の中央に置かれた巨大な銀の壺を見て――

その感情は一瞬で吹き飛んだ。


壺の蓋に刻まれる文字。


《聖血酒》


(……またか。赤い罠か?)


侍女が背後で小声で言った。


「ご安心ください、聖血酒は主に大人向けで……

 本日は殿下専用のお食事を用意しております」


ほっと息をつく。


だが父王が最初に声をかけてきた。


「レイアス、こちらへ」


父王の隣には王妃。

その向かい側に席が用意されていた。


座ると、父王がこちらを見て微笑んだ。


「緊張せずともよい。家族だけの食卓だ」


(いや、血の壺がある時点で緊張するだろ……)


王妃も優しく言う。


「レイアス、顔色……ほんの少し、良くなりましたね」


覚醒直後は青ざめていたらしい。

今も気分は良くないが。


そこへ料理が運ばれてきた。


銀の蓋が開かれる。


――黒いスープ。

――赤い香り。

――そして、何かの肉。


(……これ絶対、前世の俺が食べたことないやつだ)


俺の前に置かれた皿には、

黒いスープに浸った“赤い肉片”が数切れ。

血は滴っていないが、

色が完全にアウト。


心臓がきゅっと縮まる。


カーミルが横目で俺を見る。


「兄上。今日は“特別献立”でございますよ。

 十六歳の生誕祝いの日ですから」


言い方に棘があった。


セリカが口を尖らせる。


「カーミル兄さま、いじわるを言わないでくださいまし!」


「いじわるではありませんよ。

 兄上は……その……昔から、お食事が……」


カーミルの言葉が濁る。


(“お食事が”? どういう意味だ?)


ルーミエルが助けるように挟んだ。


「兄上は……体質が少し、繊細なんです。

 食べられるものが、限られていて……」


ああ、なるほど。


“血が怖い吸血鬼”という致命的設定を隠すために、

王家は“繊細な体質”で誤魔化してきたのか。


ルーミエルが続ける。


「それでも今日の献立は、兄上用に、

 できるだけ“刺激を抑えた”ものだと……」


刺激……抑えた……?


(いやこれ、完全に血っぽいんだが)


黒スープの湯気の向こうで、

カーミルが薄く笑った。


「兄上の“限界”は、我々みんなが知っていますから」


(……こいつ、絶対俺の弱点知ってるだろ)


王妃が小さく咳払いした。


「レイアス。無理に食べなくても大丈夫ですよ。

 あなたの“体質”は、皆理解していますから」


優しい。

だけど――みんながこっちを気にして見ている。


(……これ、食べないと空気が重くなるやつだ)


王妃の優しさ、

ルーミエルの心配、

セリカの期待、

カーミルの探るような視線。


深呼吸をして、

スプーンを手に取る。


震えそうになる指をなんとか抑えて、

黒いスープをすくって口に入れた。


――瞬間、

舌の上に“金属の味”が広がった。


(うっ……!)


喉の奥がぎゅっと締まる。

吐き気がせり上がる。

視界が少し揺れる。


だけど――。


(……まだいける。前よりは、耐えられる)


前世なら、この匂いと味だけで倒れていた。


今は、ぎりぎりだが“耐えられている”。


ルーミエルがほっとしたように笑った。


「兄上……よかった……!」


セリカもぱあっと顔を輝かせた。


「レイアス兄さま、かっこいいですわ!」


カーミルはと言うと――

じっと、俺の手の震えを見ていた。


「兄上……やはり、まだ……」


その声には、

心配と失望と、理解不能な何かが混ざっていた。


血紋院の視線が遠くから突き刺さる。


(……食事だけでこの緊張感、嫌すぎる)


スープをなんとか数口だけ飲んだとき、

侍女が静かに耳元で囁いた。


「殿下。無理をなさらず……

 もうすぐ“聖血酒の儀礼”が始まります」


――聖血酒の儀礼?


(え、俺これから“血を使う儀式”見るの?

 やめてくれ……)


だが、父王の声がすぐに響いた。


「レイアス。

 まだ王子の務めに触れぬと思うが……

 本日、軽い儀礼がある。

 “血環”ではない。安心せよ」


いや安心できない。

血って言ったよな今。

儀礼って言ったよな今。


父王は続ける。


「王子として、血の“象徴”を見るだけだ」


見るだけでも倒れるんだが?


俺の絶望をよそに、

王室食堂の奥の扉が開かれた。


赤いローブをまとった神官たちが現れる。

手には銀の壺――

あの“聖血酒”が入っている壺を持って。


心臓が跳ねる。


(やばいやばいやばい……!)


侍女が小声で言う。


「殿下……どうか気を強くお持ちください。

 もし倒れられそうになったら、私が……」


そこで侍女は言葉を止めた。

俺の表情を見て、

哀しそうに目を伏せた。


「……本当に、辛いのでしょうね」


優しさに、

胸が少し――痛くなった。


血が怖い吸血鬼王子。

血を見るだけで倒れる王族。

無傷だからこそ正体が隠されてきた青年。


そんな俺が、

これから“血の儀礼”を目の前で見せつけられる。


(俺、これ……ほんとに生き残れるのか?)


王室食堂の空気が張りつめる中で、

赤ローブの神官がゆっくりと壺を掲げた。


そして、

“血の香り”が――

ふわりと空気に混ざった。


(……来た――)


俺の視界が、

ゆっくりと白んでいく。

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