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魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


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第3話 王宮大広間、深紅の光の中で

大広間へ続く扉の前に立った瞬間、

胸がぎゅっと縮んだ。


扉は巨大で、深紅の木材に黒い鉄の装飾が施されている。

左右には近衛騎士が二人、槍を構えて直立していた。

全身黒鎧。兜の奥で、紅い瞳が光る。


(こわ……)


吸血鬼としての威厳なのかもしれないが、

前世の俺からすると、

警備の圧が強すぎて普通にビビるレベルだ。


侍女が小さく囁く。


「殿下、どうか……胸を張って」


できれば帰りたい。

だが、ここで逃げたら本当に“血環の誓約”が待ち構えている明日以降が終わる。


息を吸う。

扉がゆっくりと開いていく。


赤と黒が渦巻く光景が、一気に視界に広がった。


大広間は、言葉を失うほど壮麗だった。


天井は夜空のような漆黒で、

無数の赤い宝石が星座のように散りばめられている。

壁には巨大な血の紋章――王家の象徴である《紅環》が刻まれ、

光に照らされて淡く脈動していた。


床の大理石は黒曜石のように艶やかで、

歩くたびに足音が低く響く。

その全てが“血”と“夜”の世界を形作っていた。


そして――

その中心に立つのは、吸血鬼王ヴァルゼル。


銀髪に紅眼、背筋は真っすぐで、

圧倒的な気配を放っていた。

その隣には王妃リオネスが控えている。


長い白金の髪が肩に流れ、

深い青の瞳は澄んでいて、

この国のどこよりも“穏やか”な光を湛えていた。


(……あの人が、俺の“母親”か)


心臓が、少しだけ温かくなる。


王妃の視線がこちらに向き、

わずかに微笑んだ。


その笑顔が、胸の奥にじんと響いた。


「レイアス=ヴァーミリオン第一王子御入場!」


近衛騎士の号令が響きわたる。


広間の視線が、一斉に俺へと向いた。


(うわ……全員、赤い目だ……)


吸血鬼の中に、血液恐怖症の俺が歩く。

地獄の始まりみたいな構図だ。


だが逃げられない。


ゆっくりと歩き出す。

足が震えるかと思ったが、不思議と身体は滑らかに動いた。


――そうだ、この体は、

前世の俺よりずっと“優雅”にできている。


それに助けられて、歩みは乱れない。


王の前まで進むと、自然と膝をつき、

胸に手を当てる仕草になった。


(……え、俺いつこんな動作覚えた?)


王族の礼らしい。

体が勝手に覚えている。


王ヴァルゼルの声が、静かに降りてきた。


「顔を上げよ、レイアス」


顔を上げる。


父王の紅い瞳が、真っすぐに俺を見ていた。

威圧でも検分でもなく――“確認する”ようなまなざし。


「十六歳の誕生を祝おう。我が息子よ」


その言葉は、意外なほど柔らかかった。


俺は……この人の息子なんだ。


その実感が少し遅れて胸に落ちる。


王妃リオネスもそっと微笑んだ。


「レイアス……よく、ここに来てくれました」


声が震えていた。

まるで、心配していた子どもが帰ってきたかのように。


(この人……なんでこんなに優しいんだ?)


理由は分からないが、この人の笑顔を見ると

胸の奥にどこか懐かしい感覚が生まれた。


そんな温かさにひたりかけたところで――


兄上あにうえ……」


横から、低い声が聞こえた。


見ると、二人の少年がこちらを見ていた。


(あれが……弟たちか)


侍女から聞いた年齢を思い出す。


・次男カーミル(14歳)

・三男ルーミエル(12歳)

・長女セリカ(10歳)

・次女ミリナ(7歳)


そのうち、今声を出したのは――

黒髪の少年、鋭い紅眼をしたカーミルだった。


兄弟なのに、目の奥が刺すように冷たい。


カーミルは一歩進み、薄く笑った。


「兄上は……“倒れない”で来られたのですね。

 それは、王家にとって喜ばしいことです」


……え?


侍女がそっと袖を引いた。


(“倒れないで来られた”?

 なに、その言い方……)


恐怖を隠しながら出席した俺を、

皮肉っているのか?

それとも、この世界のレイアスには

“倒れる癖”があったのか?


嫌な予感がした瞬間――


別の声が飛んだ。


「カーミル兄さま! そんな言い方、だめです!」


高い声。

小柄で、淡紅の瞳がくりっとした少女が前に進んだ。

第一王女セリカだ。


「レイアス兄さまは……とても素敵ですのに!」


(素敵……?)


なんかよく分からない援護だ。

でもカーミルの棘を打ち消すように言ってくれたのは嬉しい。


続いて、白銀髪の少年が駆け寄ってきた。

三男ルーミエル。

見た瞬間、不思議と胸が温かくなった。


「兄上、体は大丈夫ですか……?

 顔色が、少し……」


心配そうな目。

優しさが滲み出ていた。


(……この子、絶対いい子だ)


ルーミエルに声をかけられ、

少しだけ息が楽になる。


最後に、小さな影が王妃の背後から顔を出した。


淡い金の髪、小さな紅い瞳。

第二王女ミリナ。


ミリナは俺と目が合うなり――

びくっと震えた。


何かを感じ取ったように、胸元をきゅっと掴み、

母の背に隠れてしまう。


(え……俺、怖がられた?)


ショックだった。


王妃リオネスがそっとミリナの肩を抱いた。


「大丈夫ですよ、ミリナ。

 お兄さまは、怖くありません」


(いや、“怖くありません”ってフォロー、

 絶対俺、怖がられてるやつじゃん……)


だが、その様子を見た王の顔が一瞬だけ険しくなった。

その視線は――どこか“警戒”を含んでいるように見えた。


(……俺、何かやらかした?

 本来のレイアスが?)


そんな疑問が浮かんだとき、

広間の奥の方でフードを被った人物たちが膝をついた。


深い紅の衣をまとい、胸には血の紋章。


侍女が小声で囁く。


「血紋院の方々でございます」


血紋院。


たしか、王家の血を研究する“保守派”の中心。

その紅い瞳が、俺をじろりと見ている。


「……“無色血”の第一王子、ですか」


その囁きが聞こえた瞬間、

心臓が跳ねた。


侍女がすばやく耳元で告げる。


「レイアス様……決して、彼らに手の平を見せてはなりません」


(は?

 なんで手のひら……?

 俺の血って……)


“淡紅の光を帯びた血”。

あの気味の悪い特徴のせいか。


血紋院は俺を“異端”として見ている。


その圧が広間中に漂っていた。


王が高らかに宣言した。


「今日、この刻をもって――

 レイアス=ヴァーミリオンに《継承資格》を与える!」


大広間がどっと沸いた。


拍手の音が響く中、

血紋院の視線は冷たく光り、

カーミルは僅かに唇を噛み、

ルーミエルは胸に手を当て、

セリカは嬉しそうに小躍りし、

ミリナは母にしがみつき、

王妃はただ優しく微笑んでいた。


血と呪いと期待と、

複雑な感情が渦巻く中で。


俺は――王家の長子として立たされた。


血が怖くても。

心臓が震えていても。

逃げ出したくても。


それでも今日だけは、

王子として振る舞わなければならない。


心の奥で、父王がつぶやいたような気がした。


――“これからが本番だぞ、レイアス”。


そうして、

俺の“血に怯える王子”としての地獄は

静かに始まった。

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