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魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


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2/12

第2話 王子の朝は血の匂いから始まるらしい

深紅の刻鐘が鳴り響き続ける中、

侍女――名をまだ知らない――は静かに頭を下げた。


「それでは、レイアス様のお支度を始めさせていただきます」


支度。

そう言われても、具体的に何をどうするのかさっぱり分からない。


「……頼む」


返事をすると、侍女は軽やかに立ち上がった。

その動作は無駄がなく、どことなく舞うように優雅だ。

吸血鬼ってみんなこうなのか?

それとも、この人が特別なのか?


侍女が胸の前で指を鳴らすと、

寝室の奥から複数の侍女たちが音もなく現れた。

幽霊かと思った。


「ひっ……!」


反射的に声が出た。

全員、同じ黒い衣装に真紅の瞳。

しかも全員、こちらに深く頭を垂れる。


「第一王子のご生誕の朝、心よりお祝い申し上げます」


同時にぴたりと揃った声に、ぞわりと背中が粟立った。


「……いや、あの、そんなに一度に来なくていいから」


王子らしい余裕も優雅さもない悲鳴交じりの返しをした俺に、

侍女たちは誰一人笑わなかった。

代わりに最初の侍女――濃いワインレッドの髪の彼女が一歩進み出て、淡く微笑む。


「レイアス様は、変わらず、でございますね」


変わらず?


今の俺に“変わらず”と言える材料など一つもないはずだ。

侍女の言葉が何を指しているのか、まったく分からない。


「まずは、身を清めていただきます」


「清める? 普通に顔洗えばいいんじゃ……」


侍女は小さく首を振った。


「王家の朝の儀は“血を退けるための清め”でもございますので」


血。


その単語に、喉がつまった。


……血が絡まない行事は存在しないのか、この国。


侍女に導かれて、寝室の奥の扉へと向かう。

歩きながら、違和感がずっと消えなかった。


自分の歩き方が――変だ。


枕元から立ち上がり、数歩歩いただけで気づいた。

足の運びがやたら滑らかで、背筋が勝手に伸びる。

重心移動が軽くて、前世の自分より確実に“動きが綺麗”になっている。


(……なんだこれ。モデルウォークか?)


意図してないのに身体が勝手に“美しく動く”感じがして、逆に怖い。

16年、この体で生きてきたレイアスの癖だろうか。

でも、なんだか自分の体じゃないみたいで落ち着かない。


そんなことを考えていると、侍女が扉を開けた。


「こちらが清めの間にございます」


中は――ただの浴室だった。

ただし「ただの」とつけるのが失礼なくらい豪華な浴室。


黒曜石の床に、赤い紋様が流れるように刻まれていて、

中央には半円の白い浴槽があった。

湯面から立ちのぼる蒸気はほんのり赤い。


「それ……血?」


思わず指さすと、侍女は首を振った。


「ご安心ください。聖薔薇湯でございます。

 血ではなく、薔薇の魔香の色でございます」


ホッとした。

けど赤い湯に入るのは精神的にハードルが高い。


(いや、これ絶対“見た目、血に寄せてる”だろ……)


前世の感覚が邪魔をする。

入浴剤が赤かっただけでも無理な時期があったのに、

いきなり“赤い湯”に入れと言われても。


「レイアス様。こちらへ」


背中を押され、気づけば衣を脱がされ――。


「わっ、待っ……!」


抵抗したが、侍女たちは慣れた手つきで進めていく。

羞恥心の概念が死にかけた。


「……王子のご身支度は、我々の務めにございます」


説明されたが、理屈より恥ずかしさが勝つ。


しかし、

“自分の身体に傷がないか確認する”という工程に入った瞬間、

侍女たちの動きがぴたりと止まった。


「……相変わらず、綺麗でいらっしゃいます」


「まったくの無傷……」


「ここまで一度も傷を負われないとは……」


「さすがは《無傷の王子》……」


全員が、宝物を見るような目で俺の体を見てくる。


(ん……?)


無傷の王子?


それってどういう意味だ。


自分の体を見る。

肌は雪みたいに白く、血管すら透けないほど滑らかで、

一切の傷跡がない。


虫刺されすら見当たらない。


16年生きていてこれは、

確かに普通じゃない。


「レイアス様は、生まれてから一度も傷を負われたことがございません」


最初の侍女が静かに言った。


「刃も、牙も、爪も、毒も。そのどれもが、殿下のお身体には届かない。

 故に、人々は密かに《無傷の王子》と呼びます」


「……え、俺、そんなにすごかったの?」


「すごい、などという次元ではございません。

 “英雄”でございますよ」


英雄。


そんな称号を、前世の俺は一度ももらったことがない。

血を見るだけで倒れていた俺が、英雄?


しかし、侍女の眼差しは本気そのものだった。


(というか……これ、俺の体質が“血が怖い”ってバレないための必需品じゃないのか?)


傷を負わない=血が出ない。

血を見ないで済む。


偶然じゃなくて、運命の皮肉か。

いや、もしかして――この無傷体質こそが“俺がこの世界で生き残るための最低条件”だったのか。


そんな考えが頭をよぎる。


ともかく、見た目だけで英雄扱いされるのは正直困る。


清めの湯を素早く済ませ、

赤い香りをまとわされながら服を着せられ、

鏡の前に立たされた。


そこに映ったのは――

見た目だけなら、誰がどう見ても“王子”。


白い肌に淡紅の瞳。

中性的で、線が細く、優雅で、

どこか影を宿した表情。


(……これ、本当に俺?)


鏡の中の美少年と目が合うと、

息が詰まりそうになる。

今の自分が、自分じゃないみたいだ。


「レイアス様、お気分は?」


侍女が背後から問いかける。


「……なんとか。倒れそうだけど」


「本日はお祝いの日でございますので、

 倒れられますと、さすがに皆が騒ぎます」


それは……困る。

今の俺はとにかく“血恐怖”を隠しきらないといけない。


「廊下の供血の匂いも、まだ……きつい?」


「はい。十分に嗅ぎ分けられるほどに、

 殿下の感覚は鋭敏でいらっしゃいます」


鋭敏とかいらない。

逆に鈍くしてくれ。


侍女が軽く首を傾げた。


「レイアス様、

 本日の儀式には、殿下のご兄弟もお揃いになります」


兄弟。


心臓が跳ねた。


「……兄弟って、何人いるんだっけ」


「レイアス様、二人の弟君と、二人の妹君にございます」


(え、そんなに?)


前世でも家族は母と義父だけだった俺に、

兄弟五人は情報量が多すぎる。


「今日は、まずは皆様そろっての“お披露目の式典”がございます。

 レイアス様は王家の長子。

 今回の主役は、殿下にございます」


俺が、主役?


血恐怖の吸血鬼王子が?


「大丈夫でしょうか。お歩きになれますか?」


侍女の声がふっと柔らかくなる。

彼女の紅い瞳が、わずかに揺れた気がした。


心配してくれている。

初対面なのに。


(……この侍女、俺に好意的すぎない?)


いや、王子だからか。

そう思い直して一歩踏み出す。


深紅の刻鐘はまだ鳴り響き、

王城中が“十六歳の王子の誕生”に沸いている。


俺は深呼吸をして、扉の先――広い廊下へと足を踏み出した。


そして、そこでようやく気づく。


この先に待っているのは、

血と政治と兄弟と呪いが絡み合う王家の現実だということを。


「行きましょう。

 ――殿下のお披露目が、始まります」


侍女の囁きは、

なぜかほんの少し震えていた。


俺の未来を案じているような、

そんな声だった。

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