表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/21

第19話 黒衣の使者たち──血紋院、王城へ

ほとんど眠れないまま、朝が来た。


窓の隙間から差し込む光が、やけに白くて眩しい。

まぶたの裏に残っていた暗闇を、容赦なく洗い流していく。


「……はあ」


枕元で小さくため息をつき、上半身を起こした。


頭は重い。

身体も鉛みたいだ。

なのに、胸の奥だけがやけに冴えている。


――ドクン。


いつもの心臓の鼓動とは違う、もうひとつの拍動。


零冠が、今日もちゃんと“そこにいる”と主張してくる。


(今日、か)


王家会議の当日。


兄弟全員。

父上。

母上。

そして血紋院。


みんなが一つの場で顔を合わせる日。


どれか一つだけでも胃が痛くなる面子なのに、

豪華フルセットで来るという。


(こういう時に、現実逃避できるタイプなら良かったんだけどな……)


残念ながら、

俺は逃げたくても逃げきれない側の人間だ。


第一王子。

零冠。


勝手に貼られたラベルは、

どれも重くて鬱陶しい。


それでも、貼られた以上は、

中身までそれらしく“振る舞う”必要がある。


ベッドから足を下ろし、ゆっくりと立ち上がる。


鏡の前に立つと、

寝不足のせいか、目の下にうっすらと影があった。


吸血鬼の肌はもともと血の気が少ないが、

今日はいつも以上に白い気がする。


(体調は……最悪、ではない。

 気分だけなら、地面にめり込みたいけど)


軽く首を回し、肩を伸ばす。


眩暈はない。

足元もしっかりしている。

血の匂いも、この部屋にはない。


なのに――。


胸の奥の“冠”だけが、落ち着きなくうごめいていた。


扉の外で、控えめなノックの音がする。


「殿下、失礼いたします」


侍従の声。

いつもの朝の呼びかけ。


「入ってくれ」


扉が開き、きちんと着飾った侍従が頭を下げた。


「おはようございます、レイアス殿下。

 本日のご予定について、改めてご案内を」


「頼む」


「まず、まもなく朝食の席が整います。

 本日は王家会議がございますゆえ、

 ご家族全員でのご着席を、とのことです」


「全員」


つまり、兄弟そろって顔を合わせるわけだ。


昨日のカーミルの様子を思い出し、

胸の奥が少しだけ重くなる。


侍従は続けた。


「それと……午前のうちに、血紋院より使者団が到着いたします。

 正門での出迎えの後、謁見の間にて“来訪の儀”が行われますので、

 第一王子殿下にもご同席を、との陛下のご意向です」


「……謁見の間まで、来るのか」


予想はしていた。

していたが、

言葉にされると胃がさらに痛くなる。


血紋院。


昨日までは遠くの丘の上にある“宗教施設”でしかなかったものが、

今日、王城の中へ“入り込んでくる”。


「それから午後に、王家会議でございます。

 血紋院よりの代表者も、会議の一部に同席予定と伺っております」


(つまり――午前にご挨拶、午後に本番ってわけか)


逃げ道は、ない。


俺が黙っていると、

侍従は少しだけ声を和らげた。


「殿下、今朝のご気分はいかがでしょう。

 お顔色が、やや優れないようにも……」


「ああ、大丈夫だ。

 寝つきが悪かっただけだよ」


半分は本当で、半分は嘘だ。


でも、心配をかけたくてここにいるわけじゃない。


侍従は深く頭を下げた。


「お気分が優れないようでしたら、

 いつでも医療院にお申し付けください。

 例の件もございますので……」


例の件。


零冠の発動。

血が消えた儀式。

発作。


口にしなくても、

王城の人間ならだいたい通じる。


「ありがとう。

 ひとまず、朝食に行こう」


「かしこまりました。

 お支度をお手伝いいたします」


いつものように服を着替えさせてもらい、

髪を整えられる。


第一王子としての“見た目”だけは、

今日もきちんと整えられていく。


中身の方は、

未だに自分でも持て余しているというのに。


* * *


朝食の席は、

いつもより空気が張り詰めていた。


王の席。

隣に母上。

その左右に兄弟たちが並ぶ。


不自然に明るく振る舞うのが上手いのは、ルーミエルとミリナだ。


「兄上、今日はちゃんと眠れました?」


「……まぁ、ほどほどに」


「私は眠れなかったわよ? なんてったって“王家会議”の日だもの!」


ミリナは元気そうにそう言うが、

その手は小さくテーブルクロスを握っている。


セリカは一言も喋らないまま、

スプーンを握って落ち着かない視線をテーブルの上に泳がせていた。


カーミルは、

いつもより背筋を伸ばして座っている。


無表情。

だが、膝の上に置かれた拳には力が入っているのが

距離をおいて座っている俺にもわかった。


(……昨日の続きか)


視線を向けると、

カーミルは一瞬だけこちらを見て、

すぐに目を逸らした。


そこにある感情は、

純度の高い嫉妬でも憎悪でもない。


もっと混じり気のある、

複雑な何か。


理解できるだけに、苦い。


父上が静かにスープを口に運び、

やがて全員の食器が落ち着いた頃合いを見計らって言った。


「――まもなく、血紋院の使者団が王城に到着する」


場の空気が、わずかに冷え込む。


「謁見の間で一度、彼らを迎える。

 その後、午後の王家会議において、零冠と血の監査について正式に話し合う」


王の声は、いつもどおり落ち着いていた。


だが、その目は普段よりも鋭く、

どこか険しい。


「レイアス。

 お前は、午前の謁見にも出席する」


「承知しました、父上」


逃げ道はない。


「カーミルもだ。

 王家の現当主と、将来の柱たる者として、

 正面から血紋院に向き合うことになる」


「……はい」


カーミルの返事は、

掠れたように小さかった。


ミリナが、いつもの調子を少しだけ抑えた声で尋ねる。


「お父様、わたしたちは?」


「ルーミエル、ミリナ、セリカ、レーネ。

 お前たちも列席する。

 ただし、発言の必要はない。

 見ること、聞くこと、それだけをしていなさい」


淡々とした言葉。


だが、この場に座る全員が、

今日一日が普通ではないことを理解していた。


スープの器の底が見えたころ、

外から鐘の音が聞こえた。


低い鐘の音が、

何度か間を置いて鳴らされる。


侍従がすぐに顔を出した。


「陛下、第一王子殿下。

 血紋院使者団、王城正門に到着との報告です」


「来たか」


父上が静かに席を立つ。


「行くぞ。

 王として、そして――王家として、迎えねばならん」


俺も椅子を引き、立ち上がった。


胸の奥の“冠”が、

それまでにない強さで脈打ち始める。


(……分かりやすいな、お前)


血に反応するだけじゃないのか。

宗教勢力の匂いにも釣られるのか。


そう毒づきたくなるが、

こいつはただ、この世界の“血の理”に敏感なだけなのだろう。


俺たちは一団となって食堂を出て、

謁見の間へ向かった。


* * *


王城の謁見の間は、

いつ見ても落ち着かない造りをしている。


高い天井。

赤い絨毯。

左右には、王家に仕える貴族たちの立ち位置が決められている。


今日はその一角に、

血紋院の紋章を掲げた旗が用意されていた。


「殿下、こちらへ」


侍従に促され、

俺は父上の少し後ろ、左側の位置に立つ。


右側にはカーミル。

その後ろにルーミエル。

さらにその後方に、ミリナと妹たち。


母上は王の玉座のすぐ近くに用意された席に腰を下ろしていた。

表情は穏やかだが、

膝の上で組まれた指はわずかに強張っている。


(俺だけじゃない。

 みんな、緊張してる)


ほんの少しだけ、

その事実が救いに思えた。


やがて、扉番の声が高らかに響く。


「血紋院、使者団――ご入場!」


重い扉がゆっくりと開いた。


外の光が差し込み、

黒い影が一列になって現れる。


黒衣の法衣。

胸元には赤い血の紋章。

全員の顔は布で半分ほど覆われており、

目だけがこちらを静かに見据えていた。


その先頭に立つ男は、

他の神官たちより一回り大きな杖を持っていた。


白髪を後ろで束ね、

額にはくっきりとした紋が刻まれている。


(あれが……血紋院長、オルドレウスか)


前に見た記録画や肖像画よりも、

実物は細く見えた。


細いが、

その細さに“弱さ”はない。


むしろ、

余計なものをそぎ落として

残った芯だけで立っているような印象だった。


その少し後ろに、

見覚えのある青年の顔があった。


(ラガン……だっけ)


以前、血紋院に関する報告書の端に

その名を見た覚えがある。


若いが有望、と注釈がついていた神官。


今は、その若さをきっちりと黒衣で隠し、

冷静な眼差しでこの場を観察している。


オルドレウスが一定距離まで進むと、

ゆっくりと膝をついた。


後ろに続く神官たちも、一斉に膝をつく。


「ヴァーミリア王国、現王ヴァルゼル陛下。

 ならびに王家の皆々様。

 血紋院を代表し、挨拶を捧げます」


声は低く、

しかしよく通る。


父上が玉座から少し身を乗り出し、

重々しく答えた。


「顔を上げよ、血紋院長オルドレウス。

 遠路、ご苦労だった」


「もったいないお言葉」


オルドレウスは顔を上げ、

真っ直ぐに王を見た。


その視線が、

ほんの一瞬だけ、

俺の方へ滑る。


――その瞬間。


胸の奥の零冠が、

暴れ出した。


(っ……!)


内側から、

何かが“引きずり出される”ような感覚。


視界の端が、薄く白んでいく。


床に敷かれた赤い絨毯の色が、

どこか遠くに感じられた。


(落ち着け。

 ここで倒れたら、全部台無しだぞ)


声にならない声で、自分を叱り飛ばす。


幸いなことに、

足はまだ動いていた。


膝も、震えていない。

指先だけが冷たく湿っていく。


(血の匂いは……しない)


ここには血はない。

誰も怪我していない。

ただ、血の“権威”が集まっているだけだ。


それでも、零冠は反応している。


血の流れを管理し、

縛ろうとする組織。


その頂点に立つ男。


「……」


オルドレウスの瞳が、再び王へ戻る。


視線が外れると、

胸の圧迫感がほんの少しだけ和らいだ。


(……何なんだよ、ほんとに)


呪いか。

警報か。

それとも“敵味方を教える機能”でもあるのか。


父上が、

形式的な挨拶を交わす。


「今回の来訪は、“定期監査”の名目と聞いているが――

 血紋院が王家に求めるものを、改めてここで示せ」


オルドレウスは頷き、

杖を軽く地面に打ち付けた。


乾いた音が謁見の間に響く。


「我ら血紋院が王家に求めるものはただ一つ。

 王家の血が、“正しく在る”ことの確認です」


「正しく在る、とは具体的には?」


「血の濃度。

 血の流れ。

 血に宿る“秩序”と、“零”の気配」


零。


その単語に、

背筋が固まる。


オルドレウスは、

こちらを一瞥してから言葉を続けた。


「とりわけ――

 第一王子レイアス殿下におかれましては、

 零冠の覚醒という前例なき事態がございました」


謁見の間に、

うっすらとどよめきが走る。


昨日まで噂として囁かれていたことが、

いま、血紋院の院長の口から公式に語られた。


これで、“零冠の王子”は

王城中にとっての公然の事実になった。


「ゆえに、

 血紋院は第一王子殿下の血を正式に監査し、

 零冠がもたらす影響をこの目で確かめたく思います」


(血を……監査)


採血台から落ちた記憶が、

ぞっとするほど生々しく蘇る。


あのときの冷たい感触。

皮膚を破る針。

こめかみに上る汗。


(いやだ)


本能が即座に拒絶する。


だが、ここで首を振ることはできない。


父上は、僅かに視線をこちらに送った。

確認するような、探るような眼差し。


(……大丈夫だ。

 少なくとも“今”はまだ倒れていない)


俺は、

ほんのわずかに頷いた。


父上は、その仕草を見逃さない。


玉座からゆっくりと立ち上がり、

オルドレウスを見据える。


「血紋院の監査については、

 午後の王家会議において正式に議題とし、

 王家としての方針を決定する」


オルドレウスは静かに頷いた。


「もちろんです、陛下。

 王家のご意志に従い、我らはその場に立ち会うのみ」


「ただし――」


父上の声が、少しだけ低くなる。


「第一王子の血は、

 王家の未来そのものだ。

 それを“弄ぼう”とする者がいれば、

 血紋院であれ誰であれ、容赦はせぬ」


謁見の間の空気が、わずかに揺れる。


オルドレウスは目を細め、

ゆっくりと微笑んだ。


「王が、王家を守ろうとすること。

 それは我らにとっても望ましい形です、陛下」


その言葉に、

どこまで本音が混じっているのかは分からない。


少なくとも、

建前としては間違っていないのだろう。


父上はゆっくりと席に戻り、

謁見の儀を締めくくる。


「本日のところは、これでよい。

 血紋院の使者団には、まず旅の疲れを癒してもらおう。

 午後の会議で、改めて向き合うことになる」


オルドレウスは深く頭を下げた。


「光栄にございます。

 王家の血が、正しく在ることを願っております」


その台詞の裏に、

どれほどの“不安”と“興味”が潜んでいるのかは、

俺には読みきれない。


ただ、

胸の奥の零冠だけは――

この男を、

この組織を、

明確な“脅威”として認識しているようだった。


謁見の間から出るとき、

ふと横目でカーミルを見る。


彼は、固く結んだ唇のまま前を向いていた。


怒り。

焦り。

そして、わずかな恐怖。


その全部が、

一つの表情に押し込められている。


(……兄弟で争ってる場合じゃない気もするんだけどな)


血紋院。

零冠。

王位。


問題は山ほどあるのに、

それぞれの胸の中で、別々の火が燃えている。


午後の会議でそれらが一斉に燃え始めたら、

いったい何が残るのか。


分からない。

分からないが――。


(とにかく、倒れるなよ、俺)


心の中で自分に言い聞かせながら、

俺は会議までのわずかな時間をどう使うべきかを考え始めた。


胸の奥では、

零冠がなおも小さく――しかし確かに、

次に訪れる“血の場”を待ち構えているように蠢いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ