表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/21

第15話 王室食堂の朝──揃った家族と、ぎこちない朝食

父上との会談を終え、

重く飾られた書斎の扉が静かに閉まる。


その向こう側で父上は、

机上の書類を手に取りながら淡々と告げた。


「……私はまだ片付けがある。

 お前は先に食堂へ行きなさい」


俺は深く頭を下げ、

廊下へ出る。


書斎の扉が閉じても、

胸の奥の緊張はしばらく消えてくれなかった。


(……父上、やっぱり怖いけど……

 でも、思ってたより優しかったな)


零冠のこと。

血の恐怖のこと。

何もかもを見透かされた気がしたが、

攻められたわけではない。


むしろ――

“抱え込むな”と、あの人は言った。


その言葉に助けられた痛みが、まだ胸に残っている。


* * *


王室食堂までの廊下は、

朝の光に満ちていた。


深紅の絨毯の上を歩くたび、

靴音が小さく返ってくる。


気配の薄い廊下に、

侍従の控えめな声が響いた。


「殿下、お入りください」


大扉がゆっくりと押し開かれる。


中に踏み入れると、

すでに母上と兄弟四人が揃っていた。


父上の席だけが空いている。


(……どうやら、本当に仕事が忙しいらしい)


俺が入ると同時に、

視線が一斉にこちらに向く。


一番最初に立ち上がったのは、

予想どおり――ルーミエルだった。


「兄上!」


あどけなさの残る顔に、

真っ直ぐな心配の色が走る。


「本当に、大丈夫……なんですか?」


俺は、できるだけ“平常”を装って軽く頷く。


「ああ。心配をかけた。

 でも、もう落ち着いている」


笑って見せると、

ルーミエルは胸に手を当ててほっと息をついた。


その横で、


「昨日、倒れかけた時はヒヤッとしたわよ、兄様!」


と、勝ち気なミリナが元気よく言い、


「で、でも……本当に、ご無事で……よかったです」


セリカが袖をつまんで小声で続ける。


(……うん。

 なんというか、眩しいな)


十六年分の関係性を知らない身には、

この距離が少しだけ遠い。


俺はそっと視線を動かし、

残る一人――次男カーミルを探す。


カーミルはテーブルの端、

俺と斜め向かいの席に静かに座っていた。


目が合うと、

彼はほんのわずかに首を傾け、礼を取る。


「おはようございます、兄上」


礼儀正しい挨拶。

だが、その声音は冷たくはないが、固い。


「おはよう、カーミル」


俺が返すと、

彼はふっと視線を落とす。


(……昨日のこと、気にしてるんだろうな)


血が宙に浮き、消えた瞬間。

儀式の終わり。

俺が倒れかけた姿。

そして……庭園で母上に抱かれたところ。


カーミルがその全てを見ていることは知らないままだが、

彼が曇る理由は理解できる。


そんな空気を切り替えるように――


コン、コン。


扉の外からノックの音が響いた。


「陛下、ご入室!」


侍従の声とともに、

堂々たる足取りと影が食堂へ現れる。


父上だ。


濃い黒衣に深紅のマント。

周囲の空気すら引き締まる存在感。


母上と兄弟たちが同時に立ち上がる。


俺も慌てず席を離れ、

父上が上座に腰を落ち着けたあとに着席した。


(……これで“朝食の開始”になるのか)


家族が全員揃わない限り始まらないというのは、

王家としての作法でもあるのだろう。


* * *


食器の音がひとつ鳴ったあと、

父上が口を開いた。


「昨夜は……騒がせたな」


その低い声に、

場の空気がわずかに張り詰める。


「あのような形で儀式が終わることは、

 誰も予想していなかった」


母上が穏やかに言葉を継ぐ。


「けれど、誰も怪我をせずに済んだのは、

 あなたの力のおかげです、レイアス」


ルーミエルが力強く頷いた。


「僕もそう思います!

 もし血酒が落ちていたら、危なかったはずですし……

 兄上は、守ったんです」


胸が少し痛んだ。


(いや……俺は守ろうとしたわけじゃない。

 単純に血が怖くて、消えてほしかっただけだ)


しかし結果として、

問題は起こらなかった。


その事実だけが、

今この場では前向きに解釈されている。


ミリナが目を輝かせる。


「だって、あの瞬間……ほんとに綺麗だったのよ!

 血酒がふわっと浮いて、ぱっと消えて!

 もう二度と見られない光景だったわ!」


セリカも頷いて小さく付け加える。


「……儀式の神官様たち、

 本当に驚いていました……」


カーミルだけが、

ナイフを持つ手を静かに止めていた。


彼の瞳には、

好奇心とも不安ともつかない揺らぎがある。


その揺らぎの意味を読む前に、

父上が告げる。


「血紋院からは“注視すべき異常”と報告があったが……

 王家としては、それを“危機”とは見なさぬ」


全員が息を呑む。


「レイアスの力は王家の管理下にある。

 誰であれ勝手な判断は許さぬ」


政治的な意味を含んだ言葉だ。


王家が主導権を握る。

息子を危険視させない。


その意思がはっきりと示された。


ルーミエルが嬉しそうに息をつき、

セリカが安堵の色を見せる。


ミリナはほっと胸を撫で下ろし、

カーミルは逆に表情を固くした。


父上は続けて、俺に視線を向ける。


「レイアス。

 体調は、どうだ」


「……問題ありません、父上」


「無理に血酒を口にする必要はない。

 今日は、飲まなくてよい」


その一言で、

胸の奥の緊張が一気に解けた。


(……助かる)


血酒の匂いを嗅ぐだけで吐き気がする。

昨日の儀式は、本当に限界だった。


父上の配慮が素直にありがたい。


* * *


料理が並べられ、

ゆったりとした空気が流れはじめる。


とはいえ、

吸血鬼らしい料理が多いのは変わらない。


生肉。

血のソース。

スープに漂う鉄の匂い。


視界に入るだけで胃が縮む。


(……よく前の俺、これを“普通”に食べてたよな……

 いや、食べられなかったのか?)


どこかで克服しようとしていたのだろうが、

今の俺にはまだ無理だ。


その空気を切り裂くように、


「兄上」


カーミルの声が落ちた。


全員が振り返る。


「昨夜の……あの現象。

 “血を消す力”は……意図したもの、なのですか?」


真正面からの直球。


俺は、嘘をつかず、

かといって余計なことを言わぬよう慎重に言葉を選ぶ。


「……意図して、というよりは。

 気づいたら、そうなっていた、という方が近い」


カーミルの瞳が揺れる。


「では……

 兄上は、また同じことができるのですか?」


その問いは、

本人も怖がりながら投げているのが分かる。


「……分からない」


正直にそう言った。


「昨日のあれが、どう発動したのか。

 自分でも理解していない。

 もう一度できるかどうかも、試してみないと分からない」


カーミルはほんの一瞬だけ沈黙し――

すぐに視線を逸らした。


「……そうですか」


その声には、

安堵、落胆、嫉妬、諦め――

複数の感情が静かに沈み込んでいた。


ルーミエルが明るい声を出す。


「でも、兄上が僕たちを守ってくれたのは事実です!

 僕は嬉しいです!」


ミリナも元気に続く。


「そうよ! だってうちの家族、みんな強いんだもの!

 兄様は零冠、カーミル兄様は剣、

 ルーミエルは魔術でしょ?」


「み、ミリナお姉様……わたくし……」


セリカを腕で引き寄せながら、

ミリナが笑う。


「セリカはかわいいから、それでいいの!」


「えぇ……?」


その姉妹のやりとりに、

母上が優しく笑いかける。


「誰一人欠けてはならない子たちばかりです」


(……俺も、その“ひとり”に入ってるんだよな)


胸の奥に、

じんわりと温かいものが広がる。


* * *


食事が終わりかけたころ、

父上が静かに告げた。


「数日のうちに、

 家族全員で話し合いの場を設ける」


食卓の空気が、

一瞬で張り詰める。


「昨夜のこと。

 王家の立場。

 血紋院への対応。

 そして――お前たち一人ひとりの今後についてだ」


兄弟たちはそれぞれに複雑な表情を浮かべる。


カーミルは眉をひそめ、

ルーミエルは不安そうにし、

ミリナとセリカは小声で何か囁き合う。


父上の視線が、俺へ落ちる。


「レイアス。

 この場の中心に立ってもらうことになるだろう」


胸の奥がぎゅっと軋む。


それでも――

逃げるわけにはいかない。


「……承知しました、父上」


父上は満足げに頷いた。


* * *


食堂を出ると、

兄弟たちはそれぞれの方向へ散っていく。


ふと視線を向けると、

カーミルの背中が、

わずかに速い歩幅で遠ざかっていく。


呼び止めようか迷った。


だが――

声が出なかった。


(……タイミングが分からない)


兄弟として十六年間築いてきたはずの距離感が、

俺には分からない。


それでも――

いつか必ず、この距離を埋めにいかなくてはならない。


食堂を見返すと、

父上は侍従と小声で話しながら

別の部屋へ移動していた。


朝の光の中で、

王家の歯車が再びゆっくりと動き始める。


零冠の気配が、

胸の奥で静かに燻っていた。


その音は――

これから始まる“家族会議”の前触れのようにも思えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ