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魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


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第14話 “王と父”──レイアス、国王ヴァルゼルの前に立つ

朝の光は薄く、どこか冷たかった。


夜明け直後の王城は、深紅の石壁が淡く染まり、

廊下に並ぶ燭台の炎さえもまだ眠たげに揺れている。


その静けさの中を、

俺は侍従に連れられて歩いていた。


「第一王子殿下。国王陛下は、すでに書斎にてお待ちです」


「……ああ」


声がわずかに震えた気がする。

侍従に気づかれなかったことを祈る。


昨夜の零冠の反動のせいか、

胸の奥がじんと熱い。

それとは別に、

“父と会う”ということが、どうしようもなく怖かった。


――父王。


十六年分の記憶がない俺にとっては、

その言葉すら、どこか現実感が薄い。


昨夜、王妃に抱かれたときとは違う種類の緊張が、

喉の奥にひっかかっている。


父と息子。

王と王子。


前世の俺にはなかった立場で、

しかも“レイアスとしての過去”が抜け落ちたまま、

どう接すればいいのか分からない。


(……父親と話すって、こんなに怖いもんだったか?)


前世の父親――義父との会話は、

もっと気楽だった。


不器用で寡黙だけど、

怒鳴ったりしない人だった。

たまに「飯行くか」と誘ってくれる、

どこか照れ屋な優しい父親。


それに対して、

今から会うのは、この国最高権力者であり、

吸血鬼王国ヴァーミリアの頂点に立つ男だ。


息子への情はあるだろうが、

その奥に“王としての眼”があることも分かっていた。


(……バレないようにしないと)


何を、とは言えない。


“十六年分の記憶が欠けている”ことなのか。

“血が怖いまま生きている”ことなのか。

“前世を持ったまま転生してきた”という、本気で頭がおかしい話なのか。


どれも、言えるはずがない。


そうこう考えているうちに、

重く装飾された扉の前に立った。


侍従が静かに言う。


「ここより先は殿下お一人で」


「……分かった」


胸の鼓動が、ひどくうるさい。


鍵が回り、

扉がゆっくりと押し開かれた。


* * *


書斎は、静かだった。


広い部屋の中央に巨大な机があり、

その奥に、背の高い男が座っている。


深紅のマント。

金の刺繍が施された黒衣。

鋭い眼光。


国王ヴァルゼル――

俺の父。


彼は、俺の姿を見るとゆっくりと立ち上がった。


「……レイアス」


その声は低く、重く、

けれどどこか懐かしさを含んでいる気がした。


俺は自然と背筋を伸ばし、胸に右手を当てる。


「おはようございます、父上」


できるだけ、

“レイアスらしく”見えるように。


彼は、わずかに目を細めた。


「座れ」


促され、机の前の椅子に腰を下ろす。


父王は俺の向かい側に座ると、

しばしの沈黙が流れた。


その沈黙すら、

俺の皮膚に冷たい汗を滲ませるほどの圧を持っていた。


本来なら、

この空気に慣れているはずなんだ。


十六年間で、

何度もこの書斎で話をしてきたはずなんだ。


なのに、

今日が初めてのように感じる。


そんな俺を、

父王は表情ひとつ変えず見つめていた。


「昨夜の儀式……大変だったな」


その言い方は、

叱責でもなく、同情でもなく。


ただ“事実”を確認する声だった。


俺は、内側で跳ね上がった鼓動を押さえながらうなずいた。


「……はい。

 申し訳ありません、父上。

 血酒の匂いで……体調を崩してしまい」


言いながら、手が震えそうになる。

嘘ではないが、半分は隠している。


――血が怖かった。


それを、この国の王に、

よりにもよって“吸血鬼の王”に言えるはずがない。


ヴァルゼルは、しばらく俺を見たまま沈黙した。


その視線が痛いほど鋭い。

だが、そこに敵意はない。


探っている――

そんな感覚があった。


「……幼い頃から、お前は血に弱かった」


「……」


意図せず、

呼吸が止まりそうになる。


“幼い頃”――

俺の知らない時間。


俺には存在すらしなかった時間。


なのに、

父はそれを当然のように語る。


「訓練でも、儀礼でも……

 誰よりも辛そうだった。

 それでも逃げなかった」


逃げなかった?


前のレイアスが?


俺は自分の指を机の下でそっと握る。


(逃げなかったのか……あいつ)


震えながらも、

必死に剣を握っていたのか。


血の匂いに怯えながらも、

立ち続けていたのか。


父王は続けた。


「昨夜の“零冠”は……偶然ではない。

 おそらく、お前自身の心と血が生んだものだ」


心。

血。


あの力を、

そんなふうに説明するのか。


俺は眉をひそめたまま、

ゆっくりと言葉を選ぶ。


「……僕の、心……?」


「そうだ」


父王は、

まるで俺の胸の奥をそのまま覗くような目で言った。


「血を……恐れている」


一瞬で体が強張った。


喉がつまる。

呼吸が浅くなる。


父王はその全てを見透かすように、

いつの間にか立ち上がっていた。


机を回り込み、

ゆっくりと俺の前に立つ。


巨大な影が落ちる。

怖い。

なのに、逃げるわけにはいかない。


父王は、

俺の顎の下に手を添え、

視線を合わせるように顔を上げさせた。


「――血を見るのが、怖いのだな」


言い当てられた。


逃げ場を塞がれた。


その瞬間、

魂の奥のどこかがぎゅっと締めつけられた。


俺は声を出せず、

ただ唇が震える。


父王はため息を一つ落とし、

目をゆっくり閉じた。


「……胸を張れ、レイアス」


「……え?」


「それは、お前の弱さではない。

 お前がお前である証だ」


何を言っているのか最初はわからなかった。


吸血鬼としての弱点なのに。

王子として恥ずかしい欠点なのに。


それを、肯定するような言葉。


ヴァルゼルは続けた。


「恐怖というものは、誰の中にもある。

 そして……それを抱えたまま立つ者こそ、強い」


俺の胸がじわりと熱くなる。


父王は、

レイアスの十六年間を知っていて、

その弱さも苦しさも知っていて、

それでも受け入れてきたのだ。


(……前のレイアス。

 お前、ちゃんと愛されてたんだな)


喉がつまって、

言葉が出ない。


ヴァルゼルは、

俺の肩にそっと手を置いた。


「レイアス。

 昨夜の力――“零冠”と呼ぶそうだ」


喉が跳ねる。


父王は、淡々と告げる。


「血を消す力。

 血の未来を断ち切る力。

 それが何を意味するか、

 まだ誰にも分からない」


父王の瞳には、

王としての光が宿っていた。


「だがな」


声が低く、重く、強い。


「お前は、俺の息子だ。

 王家の第一王子だ。

 何があろうと、それは変わらない」


胸の奥が揺れる。


思わず、唇が震えた。


父王は椅子に戻りながら言う。


「お前の中には恐怖がある。

 それは良い。

 恐怖を知る王は、決して暴走せぬ」


「……父上」


声が出たことに、自分で驚く。


「ただし、ひとつだけ命じておく」


「……はい」


「ひとりで抱えるな」


その言葉は、

俺の胸の奥に深く刺さった。


「リオネスも、カーミルも、ルーミエルもいる。

 お前が頼れば、皆動く。

 それが王家だ」


そして静かに付け加えた。


「そして俺もだ」


ほんの一瞬だけ、

父王の目が柔らかく見えた気がした。


俺は、

ようやく小さく頷けた。


「……ありがとうございます。

 父上」


その瞬間、

胸の奥にあった重い石がほんの少しだけ外れる。


たとえ記憶がなくても。

たとえ血が怖くても。

たとえ別の人生を生きてきたとしても。


この男は、

たしかに俺の父なのだと感じた。


(……いつか、全部話せる日は来るのかな)


いや、まだ無理だ。

言えないことが多すぎる。


でも、

ほんの少しだけ前に進めた気がした。


父王は最後に言った。


「……レイアス。

 近日中に“家族会議”を開く。

 お前も必ず参加せよ」


不穏な言葉の響き。


家族会議――

親密さの象徴にも、

嵐の前触れにも聞こえる。


俺は深く息を吸い、

父王の瞳を正面から見返した。


「……承知しました」


その言葉を聞いた父王は、

満足げに頷いた。


「行け。

 朝食の時間が始まる。

 家族は、揃うべきだ」


**


書斎を出た瞬間、

俺は深く息を吐いた。


(……怖かった)


でも。


(父上は、思ってたよりずっと……)


優しかった。


怖いのは“王としての目”であって、

“父親”としては、

俺を見捨てる気なんて微塵もなかった。


胸に残った温度は、

昨夜の王妃に抱かれたときの温度と似ていた。


俺は少しだけ歩く速度を速め、

食堂へ向かった。


10年分の遅れを取り戻すために。

これから始まる“家族会議”の嵐に備えるために。


そして――

自分が何者なのか、

一歩ずつ知るために。


今日の朝が、

少しだけ怖くなくなった気がした。

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