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魔王様だって怖いものは怖い ~血液恐怖症の吸血鬼第一王子、無血で世界を救う~  作者: 伝説の孫の手


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第13話 王ヴァルゼル──零冠の王子と、揺らぐ王家の未来

夜明け前、王城はまだ静かだった。


高い尖塔の窓から差し込む光は薄く、

闇と朝の境界が、ゆっくりと王都の輪郭を浮かび上がらせていく。


その光景を、

王ヴァルゼルは書斎の窓辺から黙って見下ろしていた。


深紅のカーテンは半ばまで開かれ、

冷たい朝の空気がわずかに流れ込んでくる。


机の上には、昨夜遅くに届けられた数通の封書が散らばっていた。

その一番上――

血紋院からの密書だけが、まだ封蝋を割られたばかりの状態で開かれている。


『第一王子レイアス=ヴァーミリオン

 十六歳

 《零冠》覚醒

 ――血紋院としての暫定見解:“注視すべき異常”』


それが、血紋院の結論だった。


「……“異常”、か」


ヴァルゼルは低く呟き、紙を指先でなぞる。


祝福ではない。

呪いとも言い切っていない。

ただ、“正常ではない”ものとして扱うということだ。


血紋院にしては、ずいぶんと慎重な言葉選びだと感じる。


(本音では、もっときつい言葉を並べたかっただろうに)


血紋院が恐れていることは分かっている。


血を記録し、血統を紐づけることでこの王国の“正統性”を守ってきた彼らにとって、

流れた血をなかったことにできる権能など、本来あってはならない。


だからこそ彼らは、

レイアスを“観測対象”とし、

同時に自らの内部の過激派を抑え込むと宣言しているのだろう。


(……賢明と言えば賢明、か)


ヴァルゼルは椅子に腰を下ろし、背もたれに身を預けた。


昨夜の情景が、瞼の裏によみがえる。


大広間に響いた鐘の音。

血酒が満ちた銀の杯。

儀礼のためにわずかに揺らされた、あの赤い液体。


そして――

空中に舞い上がった血の滴が、

床に落ちる前に“完全に消えた”瞬間。


あの異様な静けさ。

誰も声を出せず、ただ息を呑んでいた一拍。


あの場にいた者は皆、気づいていた。


「今、なにか取り返しのつかないものを見た」と。


(《零冠》……)


古い予言が脳裏に浮かぶ。


《血の未来を断つ冠。

 冠無き王、血環を裂く者》


王族なら誰もが一度は耳にする、禍々しい文言だ。

だがヴァルゼルは、その予言をただの迷信として片付けられない立場にいる。


自らの妻リオネスが、“聖血の家系”の娘であること。

彼女の里に伝わる別系統の予言が、同じ“零”の名を持っていたこと。

そして、レイアスが生まれた夜の“兆し”。


深紅の月が、ありえない軌道で冴え渡っていた、あの夜。


(あのときから、この可能性は頭の片隅にあった)


それでも、自分の代ではなく、もっと未来の話だとどこかで思っていた。


だが現実は、想像より早く扉を叩いてきた。


「十六歳で……か」


ヴァルゼルは、血紋院の書簡の別の一節に目を落とした。


『“零冠”に類する現象がいつ発現するかについて、

 既存の文書に明確な記述はない。

 ただ、過去の断片記録から推測するに、

 “血が成熟し切る前”、

 すなわち若年の時期である可能性が高い』


血が成熟し切る前――。


十六歳は、まさにその境界にある年齢だ。


「……やはり、そういうことか」


自嘲めいた笑みが漏れた。


レイアスがこの年齢で覚醒したということは、

零冠という現象が“王になる前にその資質を示す仕組み”である可能性も出てきた。


救いか、滅びか。

どちらにせよ、その中心に立つ者を、世界は見逃さない。


(“国王として”は――)


ヴァルゼルは意識的に思考のモードを切り替える。


感情ではなく、

この王国の頂点に立つ者としての視点だ。


メリットとデメリット。

リスクとリターン。

敵と味方。


零冠を持つ王子は、この国に何をもたらすか。


戦場で流れる血を消せるということは、

味方の犠牲を最小限に抑えられるかもしれないということだ。


敵国にとっては、この上なく恐ろしい存在。


「……他国の情報網に入るのは、時間の問題だな」


儀礼に参加していたのは、王家と宮廷、血紋院、軍の一部。

外部に対する情報統制はすぐに行われるだろう。

だが、漏れない保証はどこにもない。


“血を消す王子”という噂は、

尾ひれをつけて広まりやすい。


もしそれを恐れた周辺諸国が、

この国が力を固めきる前に叩こうと考えたなら。


あるいは、

逆に取り込もうと画策する者が現れたなら。


(……いずれにせよ、“主導権”はこちらが握っておかねばならん)


零冠をどう見せるか。

レイアスをどう扱うか。

それは王家自身が決めるべきことであり、

血紋院でも、他国でもない。


「王位継承の順は……当面変えない」


ヴァルゼルは、心の中でひとつの結論を固めた。


第一王子レイアス。

第二王子カーミル。

第三王子ルーミエル。


現時点で、

レイアスを“王位から遠ざける”という選択肢は取らない。


それは弱腰の証として、

内にも外にも誤ったメッセージを送るからだ。


(そして何より――)


そこまで割り切れるほど、

自分は冷たい男ではない。


レイアスは、

あの日、この手で抱き上げた子だ。


血に選ばれたのか、

呪いに囚われたのか。

どちらにせよ、自分とリオネスが望んで授かった子であることに変わりはない。


「……そうだろう、リオネス」


昨日の夕刻、

リオネスが一人で悩んでいた、その横顔を思い出す。


彼女の胸中も穏やかではないだろう。


(“母として”は、あの子をただ守りたいだけのはずだ)


だが、彼女は王妃であり、

聖血の家系の娘でもある。


レイアスの中に何が宿っているのか、

誰よりも敏感に察してしまう立場でもある。


血紋院の文面には書かれていない情報が、

彼女の側からもたらされていた。


『レイアスが“何かを忘れている気がする”』


『儀礼や兄弟たちのことを、

 まるで初めて見るかのように戸惑っている瞬間があった』


『あの子の目が、

 “知らないことを知っている者”のようにも見える』


ヴァルゼルは、その報告に頭を抱えたくなった。


(……記憶の乱れ。

 零冠覚醒の余波か、それとも――)


聖血の里には、

かつて“魂の揺らぎ”についての古い言い伝えがあった。


死にかけた魂が、

別の器に流れ込むこと。


運命から零れ落ちた魂が、

しかるべき場所へと引き戻されること。


それらはあくまで象徴的な物語である、と

若い頃のヴァルゼルは考えていた。


だが、自分の息子の目が、

“王子の十六年”と合致していないのを見せつけられると、

その考えは揺らぐ。


(あの目は……)


昔のレイアスは、もっと子どもらしい瞳をしていた。


泣き虫で、傷つきやすくて、

それでも父に褒められたくて必死に剣を握る瞳だった。


血の気配を怖がるたびに、

悔しそうに歯を食いしばっていた。


昨夜、零冠を発動させたレイアスの瞳は――

その頃のものと、どこか違っていた。


怯え方は似ている。

血への反応も変わっていない。


だが、

“世界の見方”だけが、微妙に別物のように思えた。


(まるで……)


――まるで、“外側”からこの世界を見ている者の目だ。


そこまで考えて、ヴァルゼルは首を振った。


「……考えすぎだな」


口に出して否定しなければ、

何かが形になってしまいそうで怖かった。


転生だの、魂の入れ替わりだの。

そんなものを真剣に論じるようでは、王としての足場が揺らぐ。


必要なのは、

確かめようのない幻想ではなく、

実際に見えている事実だ。


事実として――

レイアスは零冠を発現させた。

血を恐れている。

記憶に乱れがある。

それでも王子としての責務から逃げてはいない。


それだけは、はっきりしている。


「……あの子と話さねばな」


ヴァルゼルは椅子から腰を浮かせ、

窓の外の光を見た。


東の空が、ほんの少し明るくなっている。


朝が来る。


今日という一日を、

レイアスがどんな顔で迎えるのか。


王としてではなく、

父として確かめる必要がある気がした。


同時に、

王としてやらねばならないことも山ほどある。


血紋院への返答。

軍上層部への情報共有。

他国への使節に対する指針。

王族内での“認識の統一”。


(まずは、ここだ)


ヴァルゼルは、机の上に新しい羊皮紙を引き寄せた。


血紋院への返書――ではない。


王室宛の極秘通知だ。


『第一王子レイアス・第二王子カーミル・第三王子ルーミエル

 ならびに王妃リオネス、

 王自身を含めた六名のみでの小会議を、

 近日中に設定すること』


まだ大々的な“王族会議”を開く段階ではない。

だが、家族として、王家として、

一度は全員の顔を揃えておく必要がある。


零冠をどう見るのか。

レイアスをどう扱うのか。

カーミルにどう説明するのか。

ルーミエルにはどこまで話すのか。


その方向性を、

せめて王家の中だけでもすり合わせておかなければ――

それぞれが勝手に動き出してしまう。


リオネスは、

レイアスを守ろうとするだろう。


カーミルは、

兄への嫉妬と劣等感に揺れるはずだ。


ルーミエルは、

何も分からないまま、

純粋に兄を案じるだろう。


(……それら全部を、飲み込んで進むのが“王家”だ)


ヴァルゼルは、

自分が選んだ道の重さを、今さら振り返るつもりはなかった。


血に縛られ、血に選ばれた家系。

その頂点に立つ者の責任。


零冠の王子は、

その構造を根本から揺るがす存在かもしれない。


だからこそ――

最初に手綱を握るのは、他でもない自分でなければならない。


「レイアス」


まだ誰もいない書斎で、

ヴァルゼルは息子の名を小さく呼んだ。


「お前が何者であろうと――

 この王国の“第一王子”であることに、変わりはない」


血に怯え、血を断つ力を持ち、

記憶に空白を抱えた息子。


それを“異常”と書き記した血紋院の文言に、

国王として頷きつつも、

父としては静かに反発を覚えていた。


異常であろうと、なんであろうと。

あの子は、自分の息子だ。


それだけは、

誰にも、どんな文書にも否定させない。


窓の外で、

深紅の月は姿を薄め、

新しい一日の光が城を包み始めていた。


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