動いて喋るねこのぬいぐるみがお留守番をする話。
マキさんという一人暮らしのOLさんのお宅に居候している、動いて喋るとりとねこのぬいぐるみのお話です。
詳しく知りたい方は、タイトルの上の「とりとねこ」というシリーズ名からほかの作品に飛べます。
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今年も日本にさむおがやってきました。
さむおというのは、今季最強寒波の名前です。台風や大地震などの災害には名前が付けられるのに、寒波は今季最強だというのに名前もないのです。
「今季最強寒波」というのは、言ってみれば、大谷翔平選手のことを「世界で一番野球がうまいあいつ」という名前で呼ぶようなものです。
もしもスポーツニュースで、
「さて次はメジャーリーグの話題です! お待たせしました、世界で一番野球がうまいあいつが今日も打ちました! 本塁打一本を含む三安打二打点の活躍で、世界で一番野球がうまいあいつはホームラン王争いで単独トップ、打率もリーグ二位をキープしています! 世界で一番野球がうまいあいつの勢いは止まりません!」
とか言ってるのを見たら、「うーん」と思うでしょう。
とりさんとねこくんはテレビの天気予報で、気象予報士さんが「今季最強寒波がやってきます」と繰り返すのを見て、同じように「うーん」と思いました。
そして、それはかわいそうだということで、寒波に名前を付けたのです。
ふたりにはいい名前を思いつくセンスがなかったので、「さむお」というのはふたりの居候主であるマキさんが考えてくれたのですが、今ではもうふたりは自分たちが命名したと思い込んでいます。
マキさんも、そのダサい名前が自分の考えたものだと言いたくないのか、それについては何も言いません。
こんこん、と窓ガラスが外から叩かれました。
マキさんはとっくに仕事に行っていて不在です。
窓の外、ベランダの手すりにとまっているのは、からすさんでした。
「ああ、会議のお迎えが来たね」
とりさんは、よっこいしょ、と立ち上がりました。
「じゃあねこくん、行ってくるよ」
「はーい」
とりさんはすっかりこの辺のとり界隈の名士なので、町内の鳥の代表者が集まるとり会議に出なければなりません。
とり会議はだいたい、さむおがやってくる冬の一番寒い時期に行われるのでした。
からからから、とベランダの窓を開けて、とりさんはからすさんに乗っかりました。
「夜までには帰るよー」
「はーい。いってらっしゃーい」
ねこくんはふこふこと手を振りました。とりさんはからすさんの背に乗って飛び去って行きました。
「とりさんは空を飛べてかっこいいなあ」
ねこくんはそう言うと、ベランダの窓を閉めました。別にとりさんが自力で飛んでいるわけではありませんが、ねこくんにとってはどっちでもいいことでした。
「じゃあテレビでも見ようっと」
ねこくんはクッションのくぼみにぽこりと身体を埋めると、リモコンを操作してテレビをつけました。
「あー、やってるやってる」
いつも見ているワイドショーは、芸能ニュースを終えて通販コーナーになっていました。
ねこくんが一番大好きなコーナーです。
ねこくんはいっしょうけんめいテレビを見ながら、うんうんとうなずきます。
「そうだよね、いいよねー」
「そんなことできたらうれしいよー」
「うわー。いままでのと全然ちがうよー。すごーい」
「でも高そうー」
「そうだよ、手が出ないよー」
「ええーっ!!」
「そんなお値段で会社は大丈夫なの!?」
「ええーっ!!」
「そんなものまでついてくるの!?」
「早く電話しなきゃ!」
いつもそうやって商品に感動して、リモコンを電話に見立てて、
「すみません、百セットください!」
と注文をするところまでがワンセットです。
「あー、楽しかった」
ワイドショーを見終えると、ねこくんはテレビを消してお気に入りの出窓に行きます。
いつもは物知りのとりさんがワイドショーのニュースについて独断と偏見に基づいた知識を披露してくれるので、ねこくんも「そうなんだ!」「さすがとりさん!」とびっくりする時間があるのですが、今日はとりさんがいないので、もうひなたぼっこの時間です。
ねこくんは陽だまりに座ると、ふにゃりと身体を緩めました。
そのまま動かずにぽかぽかとあったまっていると、まるでただのぬいぐるみみたいです。
しばらくして太陽の位置が変わり、陽だまりがねこくんから外れると、ねこくんは「あ、そうだ!」と言いながらふこりと出窓を飛び降ります。
「せっかくひとりだし、マキととりさんが帰ってきたときにサプライズをしよう!」
ねこくんは棚から付箋の束を持ってくると、そこにボールペンで何かを書き始めました。
夕方になって、とりさんが鳩さんの背中に乗って帰ってきました。
「ただいまー」
とりさんはベランダから部屋に入ってくると、ぶるりと身体を震わせました。
「いやー、外はさむおが寒いよ。ほら、見てくれ。鳥肌」
「ほんとだ!」
「ねこくん、ひとりで退屈じゃなかったかい」
「ふふふ」
ねこくんはベッドの上を指さします。
そこに、付箋が貼られていました。
ねこくんの字で、『お』と書かれています。
「んー?」
とりさんはベッドによじ登りました。
次の付箋に、『か』、さらにその次の付箋に『え』と書かれていました。
その続きは、布団の中に入ってしまっていて見えません。
「お、か、え……? ああ、おかえりなさいと書いてくれたんだね。ありがとう、ねこくん」
とりさんはそう言いながら、布団をめくりました。
「ええーっ!!」
とりさんは両方の手羽を上げてびっくりしました。
なんと、布団の中の付箋には『り』『な』『さ』『い』ではなく、『く』『み』『こ』と書かれていたのです!!
「岡江久美子じゃないか!!」
「びっくりした?」
「したさ!!」
「やったー!!」
サプライズが成功してねこくんは大喜びです。
「ねこくんはサプライズの天才だな」
とりさんはふっこりと腕を組みます。
「よし、マキにもやってやろう」
「やろうやろう」
「マキのやつ、びっくりするぞ」
「腰抜かすかもね」
ふたりは顔を見合わせて、くしししし、と笑い合いました。
帰ってきたマキさんが、「サプライズってそういうことだっけ……?」と微妙な顔をするのは、それから四時間後くらいのことです。