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自らの足跡を広げ世界を広げることが自らの価値を個にする

高い陽射し

果てなく続いているのではないかと見紛う荒野


時折申し訳程度の緑が疲れた目を休ませてくれる


そんな中ひたすらに、ただひたすらに道を歩き続けたナルスダリアは、もといその脚は


「(棒になる…いや、もう棒じゃないか?…棒に違いない…ということは脚はどこに行った?)」


凛とした顔の裏に隠した弱音らしいものがつい出るくらいには疲労していた


なにせナルスダリアは王室に閉じ込められている身、最近になってようやく抜け出しての外出を始めたばかり


いかに文武に優れていようと、そもそもの体力という面に関しては同年代と比べて見劣りしてしまうのも無理もない


「(これも、いざ外出してみなければ自覚できなかったことだ。甘んじて受け入れる他ない)」


昼頃にジングルを出て、そこから歩き詰め

実に3時間もの間ナルスダリアは歩き続けたのだ


その前にジングルでの調査の為に歩き回った分も合わせて考えるとナルスダリアにとって快挙と言える運動量である


しかしその自己満足で今日一日が気持ちよく終われるかどうかは別だ


「…せめて、ルーサーが見えるところまで行きたい」


目的地ルーサーは最近になって村として造られ始めた場所らしく、今はそこに住まう者達の住居を建てているところだという


そこに見張りとして雇われたというジングルの村の青年 ミリドの動向を気にして思い立ったのはいいが


ミリドは馬を借りて出ていったのだ

徒歩で行くには距離があるとなぜ思考が回らなかったのは悔やまれる所


それでも着実に歩を進めているのだ


「そろそろ何か見えてくれないと心が折れかねん…ん?」


頬を伝った汗を拭っていると視線の先に煙が上がっているのが見えた


「…あれは…焚き火の火か?」


細い煙がかろうじて見えただけがやけにナルスダリアを高揚させる


こんな場所で野原で焚き火もないだろう


つまり、何かしらの拠点であがった火ということは間違いない


そしてその拠点というのがルーサーである可能性は非常に高い、というよりそうであってくれとナルスダリアは願った


少し小高くなってきた坂道を登っていくと少しずつ煙の匂いも鼻に感じるようになってくる


それと同時に人々の話し声のようなものも微かに届いてきたことで希望が確信に変わっていった


「…人、人の声だ」


しばらく無人島で暮らしてでも居たかのように、大袈裟な喜びが浮かぶ


最後の気力、体力を振り絞りナルスダリアは駆け出すと間もなく求めていた気色が目に入ってきた


少し小高い位置から見下ろす形になっているルーサー


細い丸太を組み合わせた塀でぐると囲まれているその広さは半径50mほどだろうか


塀の中には着工して間もない家屋の骨組みが幾つか見られる、何人もの人間が同時進行で何軒かを建てている最中らしい


ざっと数えたところ10人程度の大工らしきものと塀の周りを3人の、手持ちの槍を持ったもの達が見張りをしていた


その中にミリドの姿もあり、乗ってきた馬も近くの木に繋がれて退屈そうに足元の草を食んでいる


なにか異変があるようにも見えない

あくまで見張りというのも万一の為、ということだろう


「よし…と言っても流石にこれ以上は体力がもたない。私がここに立った事実も出来たし帰ろう」


朝食以降なにも口にしていないということもあり、ナルスダリアの元々か細い体力は枯渇寸前


ルーサーへの道も開けたということで、今日の探索は終了としてナルスダリアは帰路に着くことにした


周囲に人の目がないことを確認すると、木陰にて呟く


「マカブル」


〈ザァァ〉


すぐに足元に波打つ黒い水溜まりが現れると、一瞬でナルスダリアはその中に身を投じ帰還した



____________________


その数分後


「ふぅ……」


マカブルの能力でルーサーから王室に帰還したナルスダリアは上着を脱ぎ捨てるや否や椅子に身体を預けて天井を仰いでいた


今日は朝から稼働していただけでなく、それなりの時間を移動で過ごし大幅に体力を浪費した


食事も朝食以降は飲まず食わずで補給もない状態であったため


想定以上の疲労がナルスダリアには蓄積されていた


「…まぁそれなりに収穫はあった。」


言葉遣いや声色を変化させて得た情報は、少しずつではあるが思考に選択肢を広げさせ始める


「(盗まれた金品三点…しかもその内一点は返ってきた。…そもそもが盗まれていなかったという可能性はあるがそうではなかった場合何か意味があるのか。…昨日今日では特に犯人についての情報は…いや、ならず者がいるんだったか。明日はそのならず者に会ってみるか)」


一度思考を休ませるかとナルスダリアは目を閉じてみる



〈…コンコンッ〉


「…ん?」


閉じてみるだけのつもりだったがそのまま、従者であるヴァレリ兄弟の来訪

夕食を知らせるノックの音が響くまで眠ってしまっていた



「(しまった…)」


軽く頭を振り、姿勢を正す


「入ってくれ」



「はっ、ヴィンセント・ヴァレリ、ディルミリア・ヴァレリ両名失礼いたします。」


重い扉を開け、例によってヴァレリ兄弟が夕食を代車に載せ運んでくる


「今日はなにか変わりはなかったか?」


「特にこれといって、平凡な一日でございました。」

「それとナルスダリア様に仰せつかった件ですが…」


それはジングルへ赴く前にヴァレリ兄弟に頼んでおいた近辺における盗賊などの情報収集についての報告だった


「なにか分かったか?」


「はっ」

「ここより東にジングルと言う村がございます。その近辺にて盗賊団バンデラの目撃情報があったと、こちらに情報があがっておりました」


「バンデラ…?どういう連中だ?」


「お察しの通り、蛮行に蛮行を重ねている下卑た連中であります。総員30~40名、盗賊団としては頭数だけは多く、又、強引な略奪というよりは悪魔の襲撃などの災害に紛れ盗みを働く火事場泥棒のような事を繰り返しているという話です」


「盗み、か。」


ジングルの盗難騒ぎと結びつくことは確かだが、事実ジングルでは件のバンデラという盗賊団の目撃情報があるわけではない


無関係とも取れるが、近辺で目撃情報があるということは捨て置ける事柄ではないだろう


「それで?王都に話が上がっているのならばなにか動きはあるのか?」


「その話が上がったばかりのころ、王都から番兵を数名派遣したそうですが、数日間なんの動きも見られなかった事からすでに引き上げているということです。」


「判断が早すぎるんじゃないか?王都からの援軍がある間、わざわざ盗みを働く阿呆でもあるまい。

番兵が引き上げるのを待っていることも考えられるだろう。」


「確かに仰る通りです。村には独自の門衛がいることを理由に切り上げさせたということです。」


ふぅ、と顔に手を当てるナルスダリア


「その村に番兵を派遣することはそれでよいとしても、その盗賊団に対する捜査は行っているのか?」


「いえ、どうにも手が回っていないらしく後手後手に回っているというのが我らが受けた印象です。」


父エリオン・エルリオンの思考が否が応でも頭を過ぎる


穏健と言えば聞こえはいいが、異質や変化を嫌い

安定こそが人の幸福と信じて止まない


その思考が判断したのは、攻めよりも守り

つまり盗賊の被害があってもその盗賊を捕まえるなどの判断よりも番兵などを駆使し〈王都〉を守ることを第一としている


根本の解決へは積極性に欠ける一面があった

あくまで独断ではなく他の重臣達の意見もあろうが、それでも国を担う者たちの姿勢としてナルスダリアが疑問を抱くこともあった


そのくせ、実在するかも分からない妙な〈御伽噺〉を崇拝しているという矛盾


「(待てよ…?盗賊団の規模からすると随分盗みの件数が少ないな…総員でという訳でもないだろうが…)」


「なにか気にかかりますか?」


「ああ、その盗賊団をそれなりの規模と知りながらも後手に回ることに甘んじている父やその周りのお飾り達がな。」


語気が微かに強くなる


しかしそれでも、全てに手が回るわけではないと言うことも承知し全くの手配がされていないわけではないという事実が怒りを顕にすることを留めさせる



「具体的に近辺とはどのあたりだ?」


「ジングル北部にある小高い丘に向かっていくのを見た、という目撃情報となります。しかし、実際に丘の上で見かけたという情報ではないので通過しただけという線もありますが」


ナルスダリアは記憶を辿る

あまりジングルの周囲に関してはそこまでの探索をしてはいないがそれでも確かにジングルを見下ろせる程度の丘が目に付いたことは記憶していた


距離がそこまで離れているわけでもない


「それでも調査はしないときたか…あいわかった。引き続きそのバンデラとやらの情報を探ってくれ」


「かしこまりました。」

「無論ナルスダリア様の命とあらば。」


ヴァレリ兄弟は一礼をすると、食事の載った代車を部屋に残し規則正しい動きで去っていった


湯気の立つ食事達を台車ごと引き寄せ、肉や野菜などのバランスを配慮しながら選ぶと


途端に空腹も思い出し、しばしの時間を食事に費やし


そして、再び身だしなみを整えたのちに速やかに、寝た



______________________


翌日


例によってヴァレリ兄弟によって朝食が運ばれ、そしてその際に夕刻まで人避けをせよと指示をしたナルスダリア


先日の疲れも十分な睡眠と食事によって、概ね回復したと言える状態


しかし


「(脚が…筋肉痛だ。)」


歩くのにも多少の痛みこそあるが、怪我をしているわけではない

堪えながら行動することに支障はない


むしろこの痛みは世界を知った証と思えば苦にもならない、と思うこととしながら出かける準備を始める


どこかガタツキながら立ち上がり上着を羽織った瞬間


「…?」


足音が聞こえた


「(ヴァレリ兄弟に人払いをさせているはずだが)」


軟禁状態にあるとは言え、ナルスダリアが皇女という事に変わりはなくその意思は国王に次ぎこの王城内で遵守される


にも関わらず


〈コンコン〉


とノックの音、そして


「入りますよ。ナルス」


と聞こえてきた声に慌ててナルスダリアは羽織った上着を脱ぎ椅子の背もたれにかけ


自身も即座にその椅子に腰掛ける


〈ガチャ〉


と扉を開け入ってきたのは給仕服に身を包んだ女性だった


一礼をするとスタスタと格子に近寄り、その鍵を自らが持ってきた鍵束の中の一つで解錠し中をくぐり抜けてナルスダリアに近づく


「今日は、人払いを命じていたはずだが?二ベル」


「あら、お嬢様の様子を伺うことは国王様のご指示に寄るものですから申し訳ないですが失礼させて頂きました。」


礼儀こそは当然のように持ち合わせているが、ヴァレリ兄弟と比べてどこかフランクな言葉遣い


まるで世話焼きの母のように振る舞うこの女性は


二ベル・ユードリヒ


この城の給仕の女性の一人である

確実かつ丁寧な仕事を国王に評価され、直々にナルスダリアの身の回りの世話を任せれている


ヴァレリ兄弟も同様であるが、彼らはどちらかというと監視の面が強く


ナルスダリアが女性である以上、同性のほうが理解もあり都合が良いこともある


ナルスダリアの母が早くに亡くなっていることもあり、実質的な母の立ち回りとして幼い頃から女性としての振る舞いも教示しているのだ


「(今日はその日だったか…まぁ少しばかりいいだろう)」


「と言ってもナルスは手がかかりませんからね。本棚もなにも整頓されていますし…ただ」


スっと二ベルがナルスダリアに近づくと両手で顔を挟み観察するように右に左に傾ける


皇女であっても教育係として長きに仕えている二ベルには弱い

無礼ともとれる行動にさえ文句はいえない


というよりはそこまでの間柄であるという事でもある

事実ナルスダリアの二ベルへの信頼は厚い


「少し顔に疲れが見えますね?」


「(目ざといな…)」


だからと言って部屋を抜け出し歩き回っているとは言えない


「読書が楽しくてな、ついつい夜更かししてしまったからだろう」


「それなら今日はお早めにおやすみなさってください…あら?」


何かが二ベルの目に止まり首を傾げさせている

ナルスダリアの背後にあるもの


室内の配置は頭にある

そして二ベルの立ち位置、視線から推測するとその先にあるものは


「(…ちっ、ブーツか!)」


ナルスダリアは室内では専用の履き物を使用しているが外出の際はそうはいかない


ブーツに履き替えて部屋を出ているのだ


そしてそのブーツへの二ベルの疑問がなにかなどは推測も容易い


汚れているのだ、それはささやなか土埃程度のものかもしれないが


部屋に閉じこもっているはずのナルスダリアのものとして疑問を抱くには十分な異変だ


「それで二ベル?」


だがその異変を異変と捉えるまでの思考の隙は誤魔化し得るかもしれない


強引に二ベルの視線をこちらに向けさせる


「はい?いかがなさいました?」


「…父上はこのまま私をこの鳥籠に収めて置く気だと思うか?」



多少強引な話のすり替えかもしれないが、それはナルスダリアにとって常に頭の隅にある懸念だった


国王である父と直接相対する機会は稀であり、それを訊ねることもなんとなく人伝に聞くことではないと思っていた


「…お父上はナルスを気にかけておいでなんですよ。お母上を早くに亡くしてしまったあなたが…あまりに生き写しなものだから、過保護とも取れる愛がこの鳥籠にあなたを収めておくことが大切にすることだと思ってしまっている」


「それなら私はこのまま空も知らずに…飛べもせずにいなければいけないのか?」


「まさか。お父上もこのままではいけないと思っておいでですし…間もなく動きがあると私は思っていますよ」


「…だといいがな。」


「さて…それでは私は失礼致します。読書の邪魔になってはいけませんからね」


「ああ、ありがとう。」


ナルスダリアのありがとうには、なにもお世話になっていることへの改めてのお礼ではない


鳥籠に収められている現状からの脱出の兆しを、慰めかもしれないが見せてくれたことへの感謝


二ベルの後ろ姿を見送ると、その足音が遠ざかり

消え行くまで耳を澄ませた


「…行ったか。」


ふぅ、と安堵の息を吐き出すと

再び上着を羽織りブーツへと履き替える


「危ない危ない、今度から土も念入りに払っておかないとな…」


〈トンッ〉


軽快に立ち上がるとナルスダリアはもはや恒例となった言葉を口にした


「マカブル」


〈ザプン……ッ〉



____________________


〈ザパッ…〉


今日も今日とてジングルの入口付近の大木

その陰に現れたナルスダリア


辺りを軽く見回すと、今回のタスクを頭の中で整理する


「まずは…」


ミリド親子のことが気にかかる、そしてならず者ゴープ、盗賊の一団の目撃情報


「(盗難騒ぎのことはとにかく、目下盗賊の挙動が村民の危険に直結する。自衛の門衛二人ではどうにもならないだろうが…ただの小娘である私が忠告したところで真摯には受け止めて貰えないだろうし)」


とりあえずは、と


ナルスダリアはジングルの中へと向かった


もはや馴染みになりつつある門衛達に挨拶をかわし、一旦先日顔見知ったミリド親子の家へと足を運んだ


程なく辿り着くと日差しに照らされた軒先に一脚の椅子


それに身体を預けているミリドの母ベリエだった

寝たきりの不自由な身体だと聞いていた所から、恐らくミリドが手を貸して軒先に出てきたのだろう


すぐにナルスダリアに気づくと優しい笑みを浮かべて手を振った


「おはようございます!ベリエさん」


つられたわけではないがナルスダリアも精一杯の愛嬌を浮かべ駆け寄る


「おはようナルスさん、今日は暖かくなりそうね」


「ほんとに。今日はミリドさんは?」


「さっき用事があるって出かけちゃったの。でもすぐに戻ってくるって言ってたわ」


「(まぁそれはそうか。彼が母を放り出すわけは無い)」


一瞬思考に気を取られたナルスダリアの顔を、気づけばベリエがじっと見つめていた


「?どうかしましたか?」


「…いえね。可愛らしいお嬢さんだって思ってたけど…気のせいかしら?良く似ているって思ったの」


「似ているって?私がどなたかにですか?」


「ええ、あなたは知らないかもしれないけど…あっ」


ベリエがナルスダリアの背後

2人に迫る人物の姿に僅かに顔が曇った


その表情の移り変わりにナルスダリアも後ろを振り返ると


横柄、粗暴さが外見に表れているような

そんな男性がこちらへとにやつきながら近づいてきていた


振り向いたナルスダリアの顔をじっくり眺めながら顎に手をやっている様子は、歳頃が同じであろうミリドと比べると随分下品に見える


「ようようお嬢さん、噂には聞いていたが随分良い女じゃぁないか。気に入ったぜ」


「(なにを勝手に気に入ってるんだこやつは。なんで上からなんだ?どこから見てる立場の奴なんだ?)」


思わず顔が歪みそうになるのを意識して堪えながらナルスダリアは精一杯言葉を選んだ


「えーと?どちら様でしょうか?」


「ああ、俺の噂は聞いてないか?俺はゴープ、この村のまぁ実質的なリーダーさ」


リーダー、という何とも不明瞭な立ち位置にナルスダリアはベリエの元に駆け寄り小声で訊ねる


「…そうなんですか?」


「勝手に言ってるだけよ…ただの厄介者でしかないわ」


「なるほど…」


一応のことを思い、ナルスダリアはゴープとベリエの間に立ち改めてゴープを観察した


「(うーん…人を見た目で判断するのは如何なものだが見た目以上の情報が全く伺えんな)」


早々に観察を終えたナルスダリアと違い、ゴープは未だにナルスダリアを観察する視線を走らせている


ナルスダリアは女性にしては身長が高い、しかし男性の平均身長はないにしてもそれでもナルスダリアの視線の方が高く多少見下ろすような形になっている


「それで…ええと、ゴープさん?なんの御用ですか?」


そもそもゴープを人目見ておきたいと思ってはいたが、ナルスダリアはなんだかもう疲れてしまっていた


早めに切り上げて情報を集めたいので切り上げにかかる


「言ったろ?最近このジングルにえらく美人が現れるってんで一目拝みにきただけさ、たまたま今日は時間もあったしな?


それより食事でもどうだ?王都まで足を運んで良い飯屋だってのもいい」


「(うん、面倒だな。)」


「ゴープ、ナルスさんは用事があるのよ。あんまり強引に誘わないであげてね」


気を使ってベリエが助け舟を出す


「別に強引じゃないさ?紳士的に誘ってるだろ?


それより俺の事なんて気にしてる場合じゃないだろ?」


「え?」


「聞いた話によるとミリドが働きに出てるルーサー、悪魔が出たらしいぜ?それで昨夜、重傷者が出て欠員だってさ


持ち回りの調整のために呼ばれたんだって聞いてないのか?」


「…そんなこと…ミリドは何も…」


不安がベリエの顔を曇らせていく


「大丈夫ですよ、そうだとしても危険を軽んじるような方ではないですからベリエさんを心配させるような事はしません。」


落ち着かせようと肩に手を置く


「…そ、そうよね。うん、きっとそう…」



「ま、それでもあいつはやんなきゃなぁってのも解るわけないか」


笑みを零しながらゴープが踵を返し歩き出していく


「じゃぁナルス、今度は食事付き合ってくれよな。」


と勝手な都合を押し付けながらプラプラと手を振り去っていく



「私の名前は忘れて貰えると助かるな…心が。」


そんな後ろ姿を見届けながらつい本音が漏れる

だがすぐにハッとし、ベリエを振り返ると


やはり先程のゴープの発言が気にかかっているようだった


ルーサーに悪魔が出た


その為の護衛の仕事ではあるが、あくまでその対象ら野犬や猪などの害獣が主な相手であるはずだ


悪魔などが出るとなればその危険性は桁外れに上がる

命に関わるといっても決して大袈裟ではない


「ベリエさん、大丈夫ですよ。ミリドさんはその件で打ち合わせに行ったんですよね?私も無茶はしないよう釘を刺しますから安心してください」


「え、ええ…ありがとう。本当に…無茶しないでくれれば良いのだけれどね。」


力ない微笑みには不安が隠しきれていない

これは、ベリエを宥めるよりはミリドに釘を刺す方が効果的だと感じたナルスダリアはベリエに安心するよう再度告げ、ジングルを出ることにした


目標はもちろんルーサー、というよりはミリド本人に当たることだ


早足でジングルの門を抜けるといつもの大木の元に向かう


多少門には人通りがあるが大木のお陰で視線は切れている


「マカブル」



〈ザプン…〉


こちらもナルスダリアの急いている気持ちを察してか、黒い水溜まりが素早くナルスダリアを呑み込んだ



___________________


〈ザパンッ〉


舞台の奈落から跳びあがる演者のように勢いよくナルスダリアが飛び出す


すぐさま辺りに視線を走らせる

人の姿はない


ミリドが見張りとして働くルーサーのほど近くの森林


急いでナルスダリアはルーサーを視界に入れようと走る


ほどなくルーサーを見通せるところまでくると、すぐに異変


正確に言うと異変の痕に気づく


何人かの見張りが、ある一箇所に集まりそこから周囲にどこか怯えながら視線を右往左往させている


その一箇所の地面は妙に黒ずみ、周囲にある塀にも損傷の跡が伺える


悪魔に襲われた、ということから鑑みるにその地面の黒ずみは血の跡かもしれない


「(…あの黒ずみが血痕ならば重傷というのも大袈裟ではないだろう。ミリドは…?)」


見回してみるがミリドの姿は見えない

入れ違いになったかもしれないと、再びジングルに戻ろうとしたナルスダリアだったが、すぐに戻っても今度は、まだミリドが戻っていないだろうと思い当たり周囲を散策することにした


「(悪魔の被害か…)」


城の一室に閉じ込められている間も、その手の話は耳にしていたし決して夢物語などと楽観視していた訳でもない


だが現実に、その痕を目の当たりにすると

国民が悪魔への恐怖を日常的に感じていることがありありと目に浮かび


自らの掌にふと視線を落とした


たかだ18歳の小娘の手だ、と自ら感じていない訳では無い


それでもこの手は誰かに差し伸べられるのではないかと身の丈を越えて思うこともある


まだ王位を継いでもいない

それどころか檻の中に閉じ込められていることに慣れてしまった自分でも、と唇を噛む


「(…己を恥じるべきは、このまま終わりを迎えたときだ。)」


〈パンッ〉


と自らの頬を両手で軽くはたく


「そもそも悪魔は神出鬼没という話だ、痕跡を辿るも何もないか。」


すべき事はここにはない、今は


昨夜、ヴァレリ兄弟からの報告を思い出す

ジングルの近くの丘で、バンデラという盗賊団の目撃情報があったということ


ジングルでの盗難騒ぎに関与があるかもしれない


時間がある内に、と


ナルスダリアは再びマカブルの黒い水溜まりに呑まれジングル付近に戻ることにした



_____________________


〈ザプン…〉


三度、ジングル付近の大木の影に戻ってきたナルスダリア


すぐに目的地である小高い丘へと視線を向ける


「(…丘………?山…山じゃないのか?あれを…登るのか…私が……というか…人が?)」


はっきりと自覚しているがナルスダリアは体力に乏しい

長年、自室に閉じ込められているということが起因してはいるものの


それを改善する術が無かったために仕方ないことではある


おまけにここ数日、急激な移動の疲労が蓄積こそしているものの、その経験はすぐに体力として身につくものではない


「(…いや、泣き言は本当に一歩も歩けなくなってからにしよう。せめて。うん、せめて。)」



と意を決して歩き始め数十分が経った。



「…はぁ…。」


端正な顔を盛大に歪めながら、息を吐き出すナルスダリア


思ったよりも苦ではなかったがそれでも大労働に違いなく、ここ最近では特に珍しくもない満身創痍となっていた


その成果としては


「…誰もいない。」


盗賊団の影も形も、というかそもそも人っ子1人見当たらない


それもそのはず、この小高い丘

どこかへ行く通過点というわけでもなく、迂回せずに進める道も無数にある


だからと言って登ってみての景色が壮観かといえばあくまでそれなりに過ぎない


わざわざ労力を割いてまで赴く場所ではない

と労力を枯らしてまできたナルスダリアは泣く泣く判断した


「もう…ミリドはジングルに戻ってきたかな…はぁ。


マカブル。」


嘆くように零した合図でナルスダリアは黒い水溜まりに身を落とし、三度ジングルへと舞い戻ることにした


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