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Prolog~始まりとはこれからをどう生きるか自覚したものが己に定めたスタート地点である~

これは一大陸の中

四大国と呼ばれるルグリッド公国・ハイゼン武国・ドライセン護国


そして今回の舞台となるバリオール奏国

その中で綴られていた過去の話


この世界には悪魔がいる

数百年も前から、神出鬼没に

気まぐれとも取れるほどに無作法に現れ無慈悲に

そして理不尽に人を襲い傷つけ殺める


そんな脅威に怯えながら、踏みにじられながらも

人々は涙を流し、堪え、前を向いて生きようとしている



バリオール奏国も同様ではあるが

そのような悪魔らの存在に被害を被りながらも


華やかな街並みに賑わう人々の喧騒

活気の良さがその国の豊かさを表しているならば、間違いなくバリオール奏国は豊かだろう


その中心である王都ニブルへイズ、その中央に重々しく座しながらも荘厳華美な雰囲気を纏うニブルへイズ城


最上階の王室の中

その王城の長であり、国を収める長でもあるエリオン・エルリオンは眉間に皺を寄せていた


国王ともなればその多大な業務やそれに付き纏う心労は図りしれない事であろうが、今エリオン・エルリオンを悩ませている問題はそれとは全く別にあった


豪奢な椅子、そして机を挟んだ先に立っている2人の青年へと振り返る


全く同じ出で立ち、国に仕えるものであるのならその服装は揃って然るべきではあるがその青年2人は服装だけでなく顔も瓜二つであった


一卵性双生児、つまり双子である彼らは

ヴィンセント・ヴァレリ

ディルミリア・ヴァレリ


よくよく観察すれば髪型に微かな違いがある以外は鏡写しと言っても差し支えない


若年ではあるが、その優秀な才を見込まれ国に仕えることを許されている


そのヴァレリ兄弟に向かいエリオン国王はため息を付きつつ言葉を続けた


「…それで…様子はどうだ?」


「はっ、以前変わらず書物を読み耽っておられます。機嫌の善し悪しは読み取れませんが、特に不満事を仰られることもありません。」


「そうか…ヴィンセント、わかった。変わらず様子を見てやっていてくれ、何か言伝や変化があればすぐに知らせてくれ。」


ピクリと双子の片割れの耳が極々わずかに動いた所を見ると、国王は双子を間違えて呼んでしまったのだろう


だがそれを正すことはもちろん咎める訳にもいかない


受け流すことにしたらしい双子は


「かしこまりました。国王様。」


と返事をすると、全く同じ動作で踵を返しその王室を後にした


王室を出るや否や意識している訳では無いだろうが全く同じ歩幅で揃い足早に進み始める


「国王様であっても流石にご令嬢には弱いと見える」


「それはそうだろう。あの方の器は既に国を背負うに値する、無下に扱うなどをしては親としても王としても資質を疑われてしまうさ」


小声で言葉を交わしながらヴァレリ兄弟は階下に降りる


そしてそのまま2階に降り立つと更に通路を進む

豪華な赤絨毯は足音を響かせないほどに厚く、その手入れは行き届いているようで埃一つ見られない


長い廊下を、いくつかの部屋を素通りしながら奥へ奥へと進み続ける


そして程なくして行き着いた突き当たりの部屋


同じ階の部屋のどれとも違う一際大きな扉の前にたどり着くと


双子は服装の襟を正し直し、小さく咳をするとその扉に取り付けられた金色の輪っかを握り、扉に軽く二度当てる


〈コンコン〉


と軽やかに木製の扉に金属の輪が打ち付けられる音が響く


しかし、中から返事が来ることは稀であると双子は知っているため


「失礼いまします。」


と声を掛けたのちに、ゆっくりと扉を開ける


王城の中の一室である


それはもちろん例に漏れず豪奢な部屋に違いない

違いないがあまりに異様な部屋


その部屋には扉を開けてすぐ、目の前に檻のように格子が仰々しく鈍色に存在を主張していた


檻のようにとは言ったが、事実的に檻、であった


その格子の向こうには悠々としたスペースがあり、天蓋付きのベッドや装飾が施された机や椅子


大きな本棚や、どうやら浴室や手洗いも奥の扉には備わっているようだ


その点を見れば王室と比べて遜色ないほどに豪華ではある


ただ、窓にも格子が張られ、その部屋から出ることは実質的に不可能であることは覆らない



そしてその部屋の主はというと机の向こう側

椅子に脚を組み、肘掛に乗せた手で顔を支えながら分厚い本に目を通していた


陶器のような肌に、はっきりと凛とした顔立ちは品性だけでなく知性をも感じさせる


頭の後ろで束ねられた艶のある黒髪、と一言では表せないその髪は艶により黒だけでなく妖艶な紫味がかって見えた


白いドレスシャツに黒のボトムス


華美ではないはずの配色だが、それを纏う者によってここまで華やかに見えるのかと思わずにいられないほど


その少女は、齢18ではあるがその佇まいは歳よりも大人びて凡百の大人よりも多くが見えているのではないかとまで思わしめる彼女


ナルスダリア・エルリオンは本の中整然と並べられた文字文字から目を離さずに薄い唇をかすかに開いた


「ああ…お前達か、ヴィンセントにディルミリア」


そこまで声量を出してはいないはずの声はよく通り、室内に訪れたヴァレリ兄弟の背筋を揃って伸びさせた


「はっ、ナルスダリア皇女!」

「応答を待たずの入室をお許しください!」


「良いさ。それで?父上から何か命じられたか?」


「お変わりなく、ナルスダリア様の動向に気を配れ、とのことです。」

「…このような部屋に閉じ込めて動向もないでしょうに」


どうやらヴァレリ兄弟は国王エリオンよりも、皇女ナルスダリアへの忠誠のほうが強いことがこの一瞬で伺える


彼女の境遇に不満を抱えていることも


「まぁ、そう言うな。父上にも考えがあってのことだ、私がこの待遇に不満を持っている訳ではないしな」


「お考えと申しますが…我々にはナルスダリア様の器を恐れているだけとしか思えませぬ」

「ナルスダリア様の才覚など誰が見ても明らか、それを知れば国民の注目はエリオン国王よりもナルスダリア様に注がれることは時間の問題です」

「でなければわざわざ皇女が病に伏せているなどという嘘で国民を誤魔化すなど…」


「落ち着け」


感情的になったか、早口になり始めた兄弟の言葉をピシャリと遮る


「お前達には話しただろう。私の問題を…それを未だに危惧しているのさ。」


「…杞憂であるとは思いますが、それではナルスダリア様はいつになれば自由になれるのですか」


「この檻のことか?こんなものは些末なものさ、それに…私は誰よりも自由さ。


それより、頼まれてくれ。」



「はっ!」

「いかように!」


「これより夕刻まで如何なるものもこの部屋への接近を許すな。興味深い本を見つけた、私は静かに読書に耽りたいのでな」


先程まで読んでいた厚い書物を掲げ揺らす


「かしこまりました。」


同じく顔の双子は同じくタイミングで同じ言葉を返した


そして、すぐに


「それでは我らも失礼いたします。」

「また夕刻頃、食事をお持ち致しますので」


と簡潔に挨拶を済ませ、やはり同様に同じ動きでその部屋を後にした


〈カチャ〉


と静かに部屋の扉が閉じられる音が響いたのち

室内には静謐な時間が流れ始める


程なく


その室内はもちろん、周囲の廊下

その階全体にも物音が響かなくなっていく


国王の勅命で動き、それに従ってそれなりの権限を与えられているヴァレリ兄弟が手を回したのだろう


耳を澄ますように目を閉じていたナルスダリアがゆっくりとその瞼を上げる


「さて…お楽しみだ。」


スっと椅子から立ち上がると傍に掛けていた上着を流れるように羽織った


立ち上がると女性にしては背が高い事、そしてヒールがやや高い靴を履いていることも相まって脚の長さやそのスタイルの良さが際立つ


だが外出の用意をすれど、目の前の格子や同様に固められた窓を突破できるような腕力はとても持ち合わせていないだろうとも取れる


しかし、まるでそんなもの意に介さないようにナルスダリアは静かに言葉を零した


「行こう、マカブル」


その言葉を発した途端


〈ドプン…〉


とナルスダリアの足元に黒い水溜まりのようなものが瞬時に現れた


すぐにそれは深いぬかるみのように、底なしの沼のようにナルスダリアの身体を沈めていく


重力に素直に従い落下するように

あっという間にナルスダリアの身体はその黒い水溜まりに呑まれ


〈ザパン…〉


少し揺れたその水溜まりも幾つ瞬きをする暇もなく、跡形となく消えた



____________________



〈ザプン…ッ〉


王都ニブルへイズの入口

その一つである正門の外、大きく一本そびえ立つ木の影に黒い水溜まりが現れる


そしてその中からせり上がるようにゆっくりと姿を現したのは


艶のある黒髪を揺らし腕を組んだまま薄く目を開いたナルスダリア・エルリオン


このバリオール奏国の国王エリオン・エルリオンの後継であり皇女であった


慣れた様子でその黒い水溜まりから脚を踏み出し辺りをゆるり見回す


この国の中心であるニブルへイズ

流石に人の往来は多く、正門を出入りしているものも数多い


しかし、木陰に突如現れた皇女に気付くものはいないようだった


「…さて、まずは入口を作るかな。」


ナルスダリアは歩き始めた

その進路は東、見つめた方向にはこれといってめぼしいものは見当たらない


客観的に考えるとニブルへイズという華やかな王都内、それも王城に居を構えるナルスダリアにとって何があればめぼしいに該当するのかとも思える


だが、その実ナルスダリアは王城から出たことはそう多くない


それも単独となれば、その回数は0にさえなる


皇女という立場であれば不思議では無いが、ナルスダリアにとって常に周囲に人が居るという状況は窮屈を極めていた


それもナルスダリアは


10歳になったばかりという頃

己の中にもう一人の人格を感じ始めていた


それは程なく確信に代わり、ナルスダリアはもう一人の自分を完全な一として捉え共に過ごしていた


だがある日それを無邪気に父に話した際、それを異端と捉えられてしまう


幻覚・幻聴、弱さが生み出す幻影だと決めつけられそれを抹消させるまでと暗い部屋に投獄された過去を持つ


それを犠牲とし、もう一人の自分と決別することを贄としたことで悪魔「マカブル」を宿すこととなった訳だがそれは誰の知る由もない


とかく、そのような過去のこともあり現在も半ば牢獄のような部屋で過ごすナルスダリアにとって自由とは最も尊いものであった


黒い水溜まりを介し様々な場所を行き来できるそのマカブルの能力はその心の表れでもあるのかもしれない


ここで先程のナルスダリアの「入口を作る」という発言の意図を説明すると


黒い水溜まりを造り、それを介して悪魔「マカブル」は自身とその主であるナルスダリアを行き来させることができる


行き来させるものに制限はなく自身らはもちろん他者や物質でさえその対象とすることができる


だが、行き来する場所には条件が存在する


それはナルスダリア、あるいはマカブルが行ったことのある場所に限られるのだ


つまり行ったことのある場所には自由に行来できるが行ったことのない場所には行けない


入口を作るとは、未踏の地を踏むこととイコールである



「確か地図で見たところによると、村があるはず。」


スタスタと早足で歩を進めていく

王城の分厚い絨毯よりも固く砂を踏みしめる感覚が心地いいとさえ感じるが



そのまま、なるべく人と接しないように小一時間ほど歩いたところ


出発した時刻は正午

日も高く、太陽は惜しみなくその輝きを放っている


「…ふぅ、やはり運動不足というのは否めないな。今度は馬でも用意しよう…」


振る舞いにこそ疲労は見られないが、自身でその体力の消耗に気づいてはいるらしい

日常の移動範囲が室内しかないということが体力面に影響していることは言うまでもない


「マカブルに乗って移動もできるが目立ちすぎる。…うん?」


砂を蹴る音がナルスダリアの耳に届く

チラと振り返ると馬が荷車をひきつつこちらへと駆けてきていた


行商人だろうか、よくよく見ると老人が手綱を握っているのが見えた


「…ふむ。」


ナルスダリアがさりげなく口角をあげたその数分後




「それじゃぁお嬢さんは、旅人ってことかい…?」


馬の手綱を繰りながら老人が驚いたように荷台を振り向く


荷台には野菜や異類などの荷、そして木箱に腰掛けたナルスダリアが道の起伏に合わせて揺れていた


「ああ、困ったことに脚というものが棒になる一歩手前だった。善意に感謝するよ」


「なぁに、若い娘さんを見過ごせないのは年寄りの性さ。それに…」


人の良さそうな笑顔を浮かべ前に視線を戻すと懐から新聞を取り出し、荷台に腕だけを回し差し出す


「…ん?」


ナルスダリアが新聞を受け取ると、木箱に再び座り直しそれを広げた



「盗賊…いや…山賊?」


顔を顰めるナルスダリアに老人が笑いかける


「まぁ噂にしか過ぎんがなぁ…記事書きが面白がって取り上げてるだけとは思うよ。」


「どんな噂だ?」


「ワシも詳しくは知らんがそら、今向かってる村ジングルっつうんじゃが…そこで盗賊だか山賊だかを見かけたって話が出たらしい。


村の中だけじゃなく、村の近くだったり目撃情報もはっきりしんのだが」


「だが火のない所には、だろ?」


「そうは思うがそれからその村が襲われたなんて話はついぞ聞かんままひと月も経つってもんじゃから。噂は、噂ってことじゃろう。ま、どっちにしろ若い娘さんが歩くなんて物騒物騒」


「なるほどな。襲うなら既にということか。」


「それに王都だって遠くない。この距離で騒ぎを起せば悠々と逃げおおせるという訳にもいかんことぐらい盗賊の頭でも理解できるじゃろう」


「…ふむ。?」


どこか納得いかないような雰囲気ではあるが視界の奥に村の輪郭を捉えた


「あれがジングルか…」


「ああ、そうじゃ。ワシは通り過ぎるがお嬢さんはここに用があるんじゃろ?」


「ああ、近くで降ろしてくれればいい。」



そして程なくして村の入口の近くで馬車はゆるやかに停止した


老人が荷台を振り返ると既にナルスダリアは荷台を降りているところだった


「ご老人、本当に助かった。心より貴方の善意に感謝を申し上げる」


深々とお辞儀をしたナルスダリアに老人は軽やかに笑いかけた


「なぁになぁに、べっぴんさんと旅路を一緒に出来たんだ良い自慢話ができたさ。」


手を振りながらその場を後にする老人の駆る馬車


ナルスダリアの座っていた木箱に金貨が一枚挟み込まれていることに老人が気づくのは十数時間も後のことだった


〈ジャリ〉


馬車を見送ったナルスダリアは村の中に入る前に周囲を見回すとその中にそびえ立つ一番大きい木の元へと歩いた


これは一度自分が行ったことのある場所としてマカブルにマーキングさせるためである


「これでよし、と。夕刻まで…2時間といったところか。それなら少し村を探索しても良さそうだな」


馬車で脚を休められたこともあるだろう


しかしそれ以上に未知への探究心に心踊るナルスダリアは軽やかに村の入り口へと歩き出した


「この国を治めるには、まずは己が背負うものを知ること。


ふ…なかなかどうして、胸が高鳴るな。」

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