美しさの飛行
男が一人歩いていた。会社の帰りか何なのかは知らないが、疲れたような風体でだらだらと。
町には冷たい風が到来して、無知ゆえの情熱さえも冷やしていた。夜が町を包んだ。
男は考えていた。これからの人生をどうしようかと。誰もが考えることを男は二十五になって初めて考えていた。
つまらないこの人生をまだ生きるべきか。後何年生きなくてはいけないのか。逆算することのできない寿命を必死に捉えようとしていた。
楽になりたかったが、自分の意思では楽になりたくなかった。より大きな力が自分とその他諸々を破壊してくれることを望んでいた。何かの意思が突発的に自分を楽にするのを信じていた。
男は自分の家を通り過ぎた。より遠くに居場所があるような気がした。ひたすらに足を引きずった。つま先は寒さか痛みかで感覚を放棄していた。
酔っ払ってなどはいない。酔っ払えるほどまともではないのだ。苦しみを忘れることすら男には苦痛だった。
男は公園に立ち寄った。久々にブランコに乗った。男は自分があまりにも悲劇を演じていることがおかしくなった。そして、春夜の鞦韆院落夜沈々を思い出した。
男は塞いだ気分のまま、また歩き出した。
歩いて行くと折り紙の飛行機が足下に飛んできた。なんでもないただの折り紙だった。男はそれを拾って投げた。投げた飛行機の元まで行って拾ってまた投げた。
投げて、それを追いかけて、拾って、また投げた。何度も何度もそれを繰り返した。何百回と繰り返した。もう寒くなかった。夢中だった。周りに人がいようがそんなことは気にかけなかった。自分でも何故こんなことをしているのか分からなかった。ただそうしていたかった。
気がつけば、砂浜の辺りに来ていた。男は何処とも分からなかったが、飛行機を飛ばし続けた。空気はより冷えて澄んでいた。冬の新鮮な寒さだった。砂浜に男の足跡が、残されている。
男はありったけの力を込めて紙飛行機を飛ばした。紙飛行機は吹いた風に乗って、飛んだ。飛行機が意思を持ったように、高く高く上り何処かへ。紙飛行機は一つの生命となって飛び去った。男は力尽きて、その場に横たわった。波打ち際の柔らかな砂が彼の頬を冷やした。男は目を瞑った。
瞼の裏に眩しさを感じ、男は目を開けた。水平線に上る暁が眼を焼いた。流れるままに涙を流した。
立ち上がったが、また蹲った。体が震えていた。立ち上がることすら難しかった。
より美しいものをみようと思った。美しいと感じるために生きたかった。