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アリスターの日記 序章  作者: きてつれ
第一部 出会いと日常
7/30

<7話> 教会の聖職者 634年5月17日

 アリスター、コールム、トオム、ユーナの四人は誰も何の約束も交わしていないのにも関わらず、不思議と酒屋に集まっていた。昼下がりの心地いい風が外から入り込む。


「そうだ。トオムよぉ。この町に住むんなら、居住者登録しなきゃよ。あとあと面倒なことになるかもしれねぇぜ」


 コールムがほろ酔いの中でトオムに言った。


「市役所があったんですね。どこにあるんですか?」


「ああ、町の中心にある。ここは元々、城塞都市として機能していたから、中央に大きい城があるだろ? そこだ。今は城主もいない。中央広場を挟んで向かいにあるのが、教会だ。トオムは何か宗教に入っているのか?」


 アリスターがトオムに聞いた。トオムは「いや、特には」と答え、立ち上がった。すると、ユーナが


「ならせっかくだし、案内を含めて、みんなで城と教会に行こっか?」


といい、四人は酒屋を出て、町の中央へ向かった。


 ベンタハ城は昔、グロイア国の内戦そして旧敵国のバルタ王国との戦争の際に使われた。交通の要所でもあったここベンタハは、敵としても攻略すべき要所であり、それを防ぐために城塞都市化した経緯がある。王国による統一、バルタ王国との友好条約を経て、要塞としての機能を必要としなくなり、今ではその当時の名残があるのみであった。


 トオムは城を見上げていた。


「おぁあ! おっきいですね。遠目からでは、意外と大きそうには見えなかったんですが。こっちの教会もデカいですね。それにきらびやかですね」


「ここはちょっとだけ。土地が低いからね。……じゃ、早めに登録しちゃおう!」


 ユーナがそういうと四人は城へ入った。


 城の内部は、幾らかの改装工事が行われていて、すべてを見ることはできなかったが、城塞都市の城ともあって、かなり入り組んでいた。迷路のような道を辿り、そして住居者登録受付に着いた。数人が並んでいたが、登録自体は何も特別な証書を必要とせず、簡単なテストを受け、身体検査を行い、スムースに登録が完了した。登録証をまじまじと見つめているトオム。


「皆さんもこれ、持ってるんですよね。これで僕もここの住人なのか……」


「あー、俺っちのどこにやったかな? タンスの裏だったか……」


「俺もどっかにやったかもな。まぁ、探せばあるか……」


「私は商人用のだから、また別だね。許可証ならいつも携帯してるよ」


「……そうなんですか。意外となくても生活できるんですね」


 四人は城を出た。中央広場は人で賑わっていた。お菓子売り屋や大道芸人がパフォーマンスを行っている。人混みを避けながら、四人は対面にある教会へ向かう。


 その最中、ユーナが一人の少女とぶつかる。金色の綺麗な髪だった。


「おっ、と。ごめんよ」


 少女が尻もちを付き、ユーナは手を差し伸べる。


「こちらこそ、すみません」


 少女がユーナの手を取り、立ち上がる。ただ、しばらくユーナの手を放さなかった。


「? 何か? どっか怪我でもしたの? (意外と固い手だ)」


「い、いえ。大丈夫です。そちらもお怪我はありませんか?」


「うん。大丈夫だけど」


 ぺこりと頭を下げ、そそくさと逃げるように離れていった。ユーナはその金色の後ろ髪をしばらく眺めていた。


「ユーナ? 大丈夫か?」


「アリスター。大丈夫よ。ただ、あの子、見ない顔だなーって思っただけ。あんなにきれいに整えられた髪を持った子、この町に居たっけ?」


「最近来たんだろ。大丈夫なら、行くぞ」


 アリスターがユーナの手を取った。ユーナもその少女のことをすぐに忘れ、教会へ入った。


 教会内部は、豪華絢爛の一言で言い尽くせない程だった。色とりどりのステンドグラスに、細微な装飾品、祭壇には深紅色に染色したカーペットが敷かれ、祀られる偶像もきめ細かく、表情も立ち振る舞いも再現されていた。トオムにはそれが、自分の知っている女神などではなく、盛りに盛った姿であった。そして、壁には自分たちの印でもある渦巻く螺旋に一筋の光を差し込んだシンボルが堂々と飾られてある。


「すごい教会ですね。もっと質素なものだと思ってました。僕の世界でもここまでのは、あるにはあるんでしょうけど、見たことはないですね。それに、異様に広いですね」


「まぁ、ここは緊急時の避難場所だからね」


 ユーナが静かに言った。しばらく、トオムが教会内を熱心に眺めていると、奥の方から司教らしき人物がやってきた。


「どうですか。この美しき教会は。これも、バンディア・アン・ヴァースのご加護の賜物です。愛しき我らの女神様、という意味ですよ。どうです? あなたもご興味ありませんか?」


「あー(あのバヴァが、ねぇ。あ、これ言うと怒るんだよな。女神様)、別に見てるだけなんで、大丈夫です。それにしてもやっぱりすごいですね」


 司教は自慢げに語り始めた。


「そうでしょう? 何と言っても、バンディア・アン・ヴァースに捧げるべく作り上げたものたちですから。この長椅子は、スリーブ山で採った神聖な樹木から作られています。それにこの装飾は、フィオール聖教国が有する選ばれし技工士たちに彫らせたものです。それに見てください。あの真っ赤な絨毯を。あれはスレイモフ・テモラ山脈近辺に生息する羊からとったものです。それに――」


 トオムの隣で聞いていたコールムはうとうとと眠ってしまった。司教の自慢は止むことを知らず、トオムは聞き続けていた。一方のアリスターとユーナは、二人きりで長椅子に座っていた。


「あの色の入ったガラスを作ったのは、私だよ。まぁ、設計は向こうの指示だったけど」


 ユーナはステンドグラスを指した。


「ああ、あれが硝子か。……今度、コールムの窓もああやってやれば?」


「えぇ……。確か石投げつけられるんだよね? すぐ壊れるよ?」


「それもそうか」


 一人の聖職者がユーナに近づいて、軽くお辞儀した。


「ユーナ様、この間の依頼はどうも。司教様もあのように、お喜びになっています」


「そう。それはよかった。……随分と金払いが良かったからね。こちらとしても、依頼があればいつでも」


「ふふふ、そうですね。本国の方ではかなり信者も増えたようですから。ここ最近の話ですが」


「そう。火遊びでもなさそうだね。ま、私には関係ないけど」


「……それにしても、司教様。いつもああやって自慢ばかりしてらっしゃるから、この町での信者の増加があまりよろしくなく、それが余計にから回って、全く。我々の本分を忘れてらっしゃる」


「フィオール聖教国の大司教の一人、知ってるやつがいるけど、紹介してあげようか?」


「ふふふ、それはそれは。有難い話ですが、私としましても、この町でゆっくり過ごしたいだけですので。それこそ、司教様にその話を」


「嫌だよ。あんなんばっかだもん。中央は。ごめんね。長話して?」


「いえいえ。また暇があれば」


 聖職者はそういうと、すたすたと去っていった。アリスターは何が何やら分からなかった。


「ごめんね。別の人と話しちゃって」


「別に構わないが、何の話だったんだ? ていうか、フィオール聖教国に知り合いがいたのか?」


「ああ、知り合いと言ってもね、魔法を教えてもらった奴がいるだけ。性格も行動原理も魔法の考え方も最低最悪な奴だよ。見た目はものすごくきれいだけど」


「魔法の考え方? 魔法は魔法じゃないのか?」


「うん。そうだよ。魔法は魔法だ。じゃあ、魔法は手段なのか? 目的なのか? 願いを叶えるための、思考を実現させるための、手段なはずだ。多くの見習いは、魔法が使えるようになることを目的とする。一方で、実際の魔法使いは単なる手段として使う。その手段、もといその思考が、邪悪な人間。それが奴だってこと」


「そうなのか……」


 アリスターは下を向いた。そして続けて言った。


「ユーナはそうじゃないんだな。……思考を善に。いや、違うか。そうだな。ユーナはどんな魔法が好きなんだ? たぶん、これだろ? 魔法を魔法たらしめる原点」


 ユーナは目を見開いた。その瞳には優しくも熱い光を宿して。そして嬉しそうに微笑んで答えた。


「私は風の魔法が好き。どこまでも自由で、それでいて優しくもあり、時には厳しくもある。風の匂いも、色も、私をどこまでも心地よくしてくれるから」


 そんな嬉々として語るユーナにアリスターは見惚れていた。


 長々とした司教の解説から解放されたトオムとコールムが二人の元へやってきて、そうして四人で教会を出た。酒場へと向かい、語り合ったのであった。 


――――


 ベンタハの町の外、道から離れた木陰にて。


 金色の髪をした少女が、三十代くらいの男に近づく。黒いローブで全身を隠していた。


「レーム隊長、報告します。ベンタハの町の構造及び住人のおおよその数が分かりました。偵察を続けますか?」


「いえ、もう大丈夫でしょう。ところで、アリス。その汚れは? 綺麗な髪が台無しですよ?」


「これは、中央区に居た時に、女の人とぶつかって転んだ時のです。……その女の人、魔法を使えるようでした。おそらく、聖職者の一人でしょう」


 その男ことレームは少し黙った。


「アリス。その女の詳しい情報を。些細なことでも構いませんから」


「はい。水色の髪で、帽子をかぶっていました。身長は私より少し高いくらいです。ただ、正面でぶつかったのにもかかわらず、私だけ倒れたので、体重かあるいは魔法を使っていたと思います。服はローブなのか、内は、ここらへんの人間とは違った、ボタンの付いたものでした。それに靴も、かなり綺麗な黒色の皮のもので、スカートではなく、身近なズボンだった、と思います。すみません。大事な人間だとは思わず」


「うーん。そうですね。……大した人間ではありませんよ。警戒する必要もないでしょう。それで、近くには知り合いの男はいませんでしたか?」


「わかりません。人混みだったので」


「わかりました。では、引き続き、偵察を。アリス隊員」


「はっ」


 そういって下がろうとするアリスをレームは引き留める。


「アリス。この任務が終わったら、空いている日はありますか? 大事な話があるのですが」


「いつでも、です。レームさん」


 頬を赤らめるアリスの頭を撫でてから、レームはアリスを見送った。姿が見えなくなったところで、一人呟く。


「すみません、上がバカで。……おそらく、か」


 雲の動きを見て、明日が雨であることを確認する。湿っぽい風が吹く。


「あれが、ユーナ」


最後まで読んでくださってありがとうございます。

あの二人は一体……

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