<6話> 川遊び 634年5月16日
アリスターは昨日の農作業による筋肉痛のためか、昼前までずっとベッドに転がっていた。特に腰回りと足がひどく痛み、歩く時には生まれたての小鹿のように足を震わせていた。そんな中、ユーナが訪れてきた。
「アリスター、いる……って、また痛めたの? 普段から鍛えてないからそうなるのよ?」
「……ユーナか。痛くて動けん。この痛みを治してくれ」
「嫌よ。治したら鍛えられないじゃない。骨とか筋とかを痛めたわけじゃなさそうだし。成長のためには必要なの。それに――」
ユーナは長々と説教を始めた。アリスターはいつものことながら、その説教を子守歌のように、睡眠の導入に使いうとうとと眠ろうとした。そうこうして、眠りに落ちる寸前で勢いよくコールムが入ってきた。
「おう! アリスター! いるか? 川に釣りしにこうぜ!」
後ろにはトオムの姿もあった。コールムはアリスターの姿とユーナを見ると、
「おっ、邪魔したな。トオム、しばらくどっかで油でも売るぞ」
とすぐさま後ろを向いた。
「えっ? もう行くんですか? ちょっと、コールムさん押さないで……」
アリスターが声をかける前にコールムとトオムは出ていってしまった。ユーナが微笑んで言った。
「誤解されちゃったね」
「あのバカ。早めに追いかけないと」
アリスターが立ち上がるも、痛みで上手く歩けなかった。そんな情けない姿を見て、ユーナも「しょうがないな」と言って、痛みを和らげる魔法をかけてくれた。
アリスターはゆっくりと歩いているコールムとトオムを見つけ、すぐさま弁明した。が、コールムは「ああ、ああ。わかってるぜ。結構な運動をしたんだな。筋肉痛になるほどの」と聞く耳を持たなかった。アリスターも諦めて、話題を変え、家に来た用事を聞いた。
「おう! 川で釣りでもしようぜ!」
「相変わらず、元気な奴だな。トオムも大丈夫なのか? 痛むところとか、ないか?」
「はい、大丈夫です。ちょっとは痛みますけどね」
「ちょっと? 私は入れてくれないの? 今日は特に用もないけど」
「おう! ユーナも来るか。じゃあ、四人でいくか」
そうして四人は道具を揃えて、西門から川へ向かった。川辺に荷物を下ろしていると、コールムが
「誰が一番多く魚を釣れるか勝負しようぜ!」
と言った。全員が承諾し、釣り勝負が始まった。ユーナのためのルールとして、魔法の使用は禁止となった。そのため、全員に平等なチャンスがあった。制限時間は三時間。各々、離れて釣りをする。
アリスターは一番初めに釣り上げた。こういう時ほど、器用に魚を釣り上げていく。水桶がいっぱいになるくらい多くの魚を釣った。結果は12匹。
コールムも初めの方は調子よく魚を釣っていた。二時間くらいまでなら、アリスターよりも二匹多く釣っていたが、残りの一時間が驚くほど釣れなかった。結果は10匹。
トオムは釣りをした経験がなかった。そのため、初めの一時間半はほとんど釣れなかった。が、後半に差し掛かるほど調子を上げていった。結果は8匹。
ユーナは全く釣れなかった。場所としても、方法としても間違ってはいなかった。それでも、全く魚はかからず、機嫌が斜めになっていた。結果はボウズ。
アリスターたちが先に戻って、釣れた魚の数を数えているときに、ユーナがとぼとぼとしながら戻ってきた。桶に一匹も魚が入っていないところをみて、三人が気を使って慰める。
「この川が悪いんだ。一旦、蒸発させて、それから魚を捕まえても……」
ユーナが不穏な事を言って、川の方へ行こうとした。それを三人で止めて、どうにか落ち着かせることができた。が、完全に拗ねていた。ぶつぶつと魚への恨み言を言いながら作業をしていた。焚火を作り、火をじっと見続けていた。
魚を焼き終える。その頃にはユーナも機嫌を取り戻していた。皆で談笑をし、満腹になった。
片づけをしている最中、トオムがうっかり川に落っこちて、ずぶ濡れになった。コールムは笑った。それにつられ、アリスターもユーナも笑い、トオムも笑った。コールムが川へ飛び込み、トオムに水をかけた。アリスターとユーナが二人の光景を見ている。徐にユーナがアリスターの手を握ったかと思うと、そのまま二人の方へと走り出して、一緒に川へ入った。四人は日が暮れるまで一緒にずぶ濡れになって遊んだ。
辺りが暗くなった頃ようやく岸に上がり、焚火を囲んだ。流石に寒かったのか、四人とも震えていた。が、笑っていた。身体を温めてから、荷物を持ち帰路に着いた。丁度、新月の星空が一面に見える日だった。空には幾つもの星が燦燦と輝いていた。肌寒さなど、思考の彼方に置き去るほどに。
「きれいな星空ですね。見たこともないくらい。こんなんだったんだ。昔の人のは」
トオムは空を見上げ、星の美しさに見惚れていた。
「前にいた所じゃ、見えなかったのか? まぁ俺たちでもやっぱり綺麗なのは違いねぇが」
コールムが言う。トオムは生返事をする。それほどまでに、心を奪われていた。
「コールム。トオム君は見惚れてるのよ。邪魔は無粋というもの。そうでしょ」
「まぁな。言葉を失うほどとはなぁ。俺っちも、ってアリスターもか?」
「なに言ってる。……まぁ、いざしっかり見てみると、やっぱり壮大だな。星というのも」
ベンタハの町へ続く道には四つの人影があった。楽しそうにワイワイと話が盛り上がっている。この時だけ、たったこの時だけが四人にとっての永遠なる時間であった。誰にも邪魔されず、誰も割り込めない、幸せな時間。星たちが見守るこの四人だけの時間は、町に着けば終わりを告げる。風がやさしく吹き抜けた。
四人はそれぞれ家へと帰った。その日の夢では、きっとこの楽しくて幸せな時間をもう一度体験したのだろう。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
幸せな日常ですね