<1話> 出会い 634年5月12日
日が高く昇り、正午ごろになったものの、冷涼な風のせいか外はまだ肌寒くあった。
アリスターは街中の大通りを一人歩いていた。不精髭を手でなぞりながら、目的もなくただぶらりぶらりと彷徨っていた。
そんな中、一人の大柄な男がアリスターに声をかけた。
「よぉ、アリスター。今、暇だろ? 一杯どうだぁ?」
強面でスキンヘッドの彼の名はコールム。アリスターの友人である。
「そうだな。ちょうど暇してたんだ。行こうか」
コールムは腕を上げて、その大きな筋肉を見せつけた。アリスターは気にも留めず、酒屋のある西門に続く道へと歩き出した。
「相も変わらずその半袖と短パンなんだな。まだ、寒いだろ」
「筋肉のない奴はみんなそういうな。俺っちはいつも暑いもんさ」
アリスターの服装は、薄い茶色の長袖に黒い長ズボン、といった具合で周囲の人間と同じような恰好をしていた。街はそこそこの賑わいで、近くの川で獲れた魚や森で獲れたイノシシの肉が、それぞれの店前に並んでいる。
「年々冷化しているってのにな。絶対やせ我慢してるだけだろ」
「へへ、問題なし! もし寒くなっても、酒を飲みやいいのよ」
「それもそうか」
レンガと木で造られた二階建ての家屋が連なるその一つに、小さな木の看板を引っ提げた酒屋があり、二人は意気揚々と入った。木の板に書かれているのは、『ようこそ、ベンタハ内一番の酒屋へ』だった。
二人がいつも座るカウンター席には、見知らぬ若い黒髪の男が一人で座っていた。アリスターは怪訝な顔をしたが、コールムは構わずその男の左隣に座った。アリスターもコールムの左に座る。店主にいつものように果実酒を頼む。出された酒を一気に飲み干すと、コールムがその男に話しかけた。
「見ねぇ顔だな。兄ちゃん。名前は?」
「トオム、です」
「おぉ、トオムってんだな。俺っちはコールム。よろしくな!!」
コールムは手を差し出した。トオムは一瞬、戸惑った表情をしたが、すぐにコールムの手を強く握った。コールムはニッと歯を見せて笑う。アリスターはそっぽを向いた。
「んで、どこから来たんだ? ここらの人間の恰好じゃねぇな」
お前もだろ、とアリスターは無言でコールムの服を横目で見る。
「えっと、その…………」
「なんだぁ? 言えねぇのか? まさか、ギリア帝国の野郎じゃねぇだろうなぁ!」
「いやいやいや。違いますよ! ……トウキョウから来ました」
聞いたこともない地名にコールムは黙って考えてしまった。トオムは何かと申し訳なさそうな顔をしている。
「聞いたこともねぇな。なぁ、アリスター」
「そうだな。聞いたこともない。遠い場所なのか?」
「ええ、まぁ。すごく遠い場所ですね」
トオムはお酒を口に含んだ。
「なら兄ちゃんは放浪者か旅人ってとこか。なんでこんなところに来たんだぁ?」
トオムは少し俯いた。言ってしまっていいものか迷っているように、もじもじとしている。アリスターはコールムの無意識であろう質問攻めに内心笑っていた。が、トオムの様子を見て「言えないなら言わなくてもいい」と言おうとしたその時に、トオムは話し始めた。
「とある魔物を倒しに来ました」
「「魔物?」」
コールムとアリスターは口を揃えて言った。そして、二人して見つめ合ってから、コールムが噴き出して笑った。アリスターも心配していた気持ちが吹き飛び、くすくすと笑いだした。
「だっはっはっはー! そりゃあ、おとぎ話か神話か? それともなんかの比喩か? だはははは! それにしても傑作だ! こりゃあ、酒が美味い!」
笑いすぎて涙が出ているコールムに対して、トオムはその笑われ様に恥ずかしさを感じて顔を赤らめた。店主もまた笑っていた。ただ、トオムが引き下がらずに質問した。
「あ、あの。その、この世界には『ゴブリン』とか『オーク』とかそういったものはいないんですか?」
「ん? なんだその『ゴブリン』や『オーク』ってのは?」
いまだに笑っているコールムを横目にアリスターは言った。そして、ちょっとうるさかったのか、肘でコールムの脇腹を小突く。
「いえ、知らないならいいんです……」
トオムは残念そうに言った。
アリスターはトオムの云うことを信じてはいなかったが、興味深そうにその魔物とやらについて詳しく聞いた。トオムは淡々と自身が知っている魔物について話した。アリスターやコールムにとっては、魔法という言葉以外は全て聞いたことすらないものばかりであり、現実味のない話にしか聞こえなかった。
「それで、その魔王っていうのがこの世界を支配しようとしているから、それを防ぐために、ここに来たということ、か」
「俺っちには分からねぇが、そりゃ何かいけないことなのかねぇ」
「もとは人間らしいのですが、今は魔の道に落ちているんです。人類を淘汰してくるでしょうね」
アリスターとコールムは自分とは全く関係ない話のように認識していた。しかしそれは、火事がまだ対岸にあると思い込んでいるに過ぎないからだった。特にアリスターはこの火事を対処しなければならない運命にあるが、まだ自覚していなかった。
3人ともお酒が進んでいき、順調に酔ってきていた。
「ところで、その剣は何でできているんですか」
「おっ、こいつか。こいつは鉄でできてる。逆に俺っちは鉄以外を知らん」
「ミスリルとかオリハルコンとかは?」
聞きなじみのない言葉にコールムは首を傾げ、剣を机に立てかけた。アリスターも何か対抗しようと蘊蓄を言う。
「最近になって、硝子ってものが流入してきたらしい。透明できらきらと輝く宝石のようだそうで、それを作るために魔法を上手く使える奴をみんな探してる。今それが一番稼げる。よく考えるもんだ」
「ガラスって窓とかに使われるやつのことですか?」
「知ってるのか。窓に使われるのかは知らんが、最近の流行りは硝子だ」
トオムはそう言ってから、店内の内装を見回し、はっとなって下を向いた。酔った様子のコールムがアリスターに絡んだ。
「そういやよぉ、俺っちの家の窓がよぉ、ガキどもに石投げつけられて留め具が壊れちまって、今はもう開きっぱなしな訳よ。そこでよぉ、その硝子?ってのをよぉ、窓に付けりゃ、寄ってくんのがガキから美女に変わるんじゃねぇーかって思った訳よぉ。つまり俺っちモテモテって訳。うらやましいだろう? んで、その硝子ってのをよぉ、お前んとこのユーナに作らせりゃ、いいんじゃねぇかって思った訳よ!」
「女が寄ってくるなら、美女に限った話じゃないだろ。婆さんからガキまで来るぞ。それに、ユーナは俺のものじゃない」
「だっはっはっはー! 俺っち人気者じゃねぇか! ならどんなに石投げつけられてもかまいやしねぇな!」
「(たぶん石を投げられたら割れると思うけどな)」
酔っ払いを横目に、まだそこまで酔っていないトオムは店主とも話していた。アリスターの目には、自信を持って生きている気さくな青年の姿が映り、どこかうらやましく感じていた。
日が沈みかけてきた頃になると、アリスターは気持ちよさそうに寝ているコールムのツルっとした頭を引っ叩いて、お金を置き、帰路を歩いて行った。コールムは眠い目を擦りながらアリスターの後を追っかけて走る。
茜色の空の下を昼間より一層強い風が吹いていった。
最後まで読んで下さってありがとうございます。
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いや、やります。しっかりやります。