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「ひかり」に未来を託して

作者: 海山 里志

 光の速さは、秒速約30万キロメートル。遥か遠い恒星から、何よりも速く、真っ直ぐに、私の瞳に届く。

 「ひかり」はその速さから、1964年、新幹線という全く新しい乗り物の看板列車の名前に使われた。

 私自身この「ひかり」には大変お世話になった。というのも私の故郷は静岡。関東に出るにも関西に出るにも「ひかり」が便利で、幼い頃の家族旅行でも使ったし、学生時代や社会人になってからの帰省にも必ずと言っていいほど使った。

 さて、故郷には両親の他にもう一人残してきた人がいる。幼馴染で今は彼女の相川恵(あいかわめぐみ)だ。幼馴染といっても、別に家が近所で、とか、保育園のクラスが一緒で、とかそういうわけじゃない。少し彼女との馴れ初めを話したい。

 出会ったのは保育園の廊下でである。長く下ろした黒髪、くりくりとした瞳、ふっくらした頬ーーそれこそその時の私にとっては、目から脳に稲光でも走ったかのような衝撃を受けた。今声をかけないともう二度とチャンスはないーーその時私はそう思った。事実、その時お互いに独りだった。話しかけるには絶好のタイミングだったと思う。

「あの!」

「うん?」

 彼女は答えてくれたーー目を合わせるためにしゃがんで。

「おねーちゃん、すき!」

「え、わたしのこと?」

 彼女は困ったような顔を見せた。当然だろう、見ず知らずの年下の男の子にいきなり告白されたのだから。それでも彼女は笑顔を作ってこう返してくれた。

「じゃあお友達になろうか! 私、相川恵。ボクは?」

稲葉竹光(いなばたけみつ)

「じゃあ竹光くん、よろしくね!」

 嬉しかった、恵がそう言って優しい笑顔を向けてくれたのが。恵が私より一つ年上だと知ったのは、恵の卒園が近づいた頃のことだった。

 それからというもの、恵は私の目標であり続けた。小中は何もせずとも同じ学校に入ることになったが、高校入試の時、そして高校に入ってからも、恵の入った学校に入るべく猛勉強した。そんな私を見て、時たま困ったように恵は言うのだ。

「竹光くん、私に会いに来てくれるのは嬉しいけど、自分の将来は自分で考えないとダメよ?」

 その度に私は答えていた。

「僕は恵と一緒ならそれでいいんだ」

 その後ため息を吐かれてチョップをくらうまでがお約束となっていた。

 恵は明るくて人望もあり、いつも周りに誰かしらーー女子だけではなく男子もーーいた。そんな光景を見ると心に淡く黒いものが渦巻いた。それが何なのか、そしてどうしたら解消できるのかは知っていた。だがーー。

「竹光くん、どうしたの?」

 恵はどんな時でも、私の姿を認めると笑顔で駆け寄ってくれる。そんな関係を壊したくなくて、なんでもない、と私は曖昧に笑うのだ。

 さて、優秀な恵は東京の大学の工学系の学部に進んだ。私はというと、無論懸命に勉強した。だが数学が如何ともし難いほど苦手であることが分かった。リソースは有限だ。私は得意の文系科目を極めることとし、恵の入った大学に入ることを優先した。

 そして合格発表の日、恵はわざわざ駅まで迎えに来てくれ、一緒に掲示場所まで向かった。一年間の空白、お互い積もる話もあった。最初に話を切り出したのは恵の方だった。

「受験勉強お疲れさま、竹光くん」

「ああ。本当は恵のいる学部に入りたかったんだがな」

「もう、竹光くんはいつも私のことばっかり。自分の人生なんだから、自分で考えないとダメだよ」

「そうだな。これからは否が応でもそうせざるを得なくなるんだろうな」

 わずかに流れる沈黙。そう、大学こそ同じであれ、学年も学部も違うのだ。繋ぎ止めておくものが必要だと感じた。

「「あの」」

 言葉を発するのは同時だった。それから少しの譲り合い。そして最初に話し始めたのは恵の方だった。

「竹光くん、私のことどう思ってる? 竹光くん自身の言葉で聞かせて」

 幼馴染ーーそんな都合のいい関係でいつまでもいられるはずがないと、私自身分かっていた。だってそれはあまりにも不誠実だし、不本意だからだ。深呼吸一つ、それから恵に向き直って言った。

「小さい頃から好きだった。友達として付き合ってるうちに、どんどん好きになって、ずっと一緒にいたいと思うようになった。恵、僕と恋人として付き合ってください!」

「ありがとう。嬉しい。これからよろしく、竹光!」

 そう答えて恵は私を抱きしめてくれた。私も彼女の背に手を回す。やがて私たちは手を繋ぎ、合格発表の会場へと足を向けた。

 受験番号はすぐに見つかった。私たちはファミレスで合格祝いをした。

 学生時代はお互い努めて会うようにしていた。大学に入っても恵は優秀だった。だから私もつりあうよう努力し続けた。

 恵は無事に一年先に卒業した。地元の工業系の企業に技術職で就職したそうだ。私はなんとかそこの企業に入れないかと総合職で受験したが、落とされてしまった。私は焦った。私の思いは、恵のそばにいたい、ただそれだけだった。逆に言えば、それ以外の思いはなく、まして志望動機なんて薄っぺらいものしかなかったのだ。当然の如く届くのはお祈りのメールばかり。不憫に思った教授が東京の企業を紹介してくださった。恵の近くにという思いが、かえって自分と恵を引き離すとはなんという皮肉だろう。そして内定が出てしまった。私は複雑な思いで卒業し、入社した。

 長くなってしまったが「ひかり」の話に戻ろう。学生時代はそれこそ長期休暇の時にしか乗らなかったものだが、社会人になってからは月一で乗るようになった。無論恵に会うためである。

 そんな生活を数ヶ月続けていると、恵から嬉しい知らせが届いた。

「できちゃったみたい」

 その知らせを目にするやいなや、私はタクシーを東京駅まで走らせ、「ひかり」に飛び乗った。その速さは光には遠く及ばないけれど、想いだけは光さえも追い越してゆく。名前は、そうだなぁ……、男の子でも女の子でもいいように、「光里(ひかり)」なんてどうだろう……などと、気の早いことばかり考えてしまう。

 宵闇を切り裂いて「ひかり」は行く。一人の幸福な青年を乗せて。

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