5話 日記帳
一年以上更新していませんでしたが、やはり完結させたいと思ったので再開しました。
悩み続けていたって意味はない。
最終的には彼に私の正体を打ち明けなければならない。でも、打ち明けたところで私はどうなってしまうのかと考えるだけで体は情けなく震えてくる。
この世界に呪術師とか占い師はいるけれど、果たして魂の行方までみてくれるのか……そもそも、魂という表現であっているのかもわからない。私がこの世界に来た理由もわかっていないし、知ることができるならそれも知りたい。
どうにかして接触をしたいところだけど、今の私では動くことができない。屋敷から出ようとすれば怪しまれてしまうだろう。
「すまない、少しいいだろうか?」
ドアからノック音と共に、アーサーの声が聞こえた。
震えている体を必死に抑えながら、声を張って「どうぞ」と返事をした。
「どうかなさいましたか?」
「いや、少し時間があったから会いにきた。ダメだった?」
「いえ……」
まずい、足が少しだけ震えてしまっている。
緊張なのか、恐怖なのか、もはやどちらで自分が震えているのかはわからない。でも、震えているのが足だけでよかった。ドレスのおかげで足元は見えないし、もし気づかれて指摘をされたらヒールに慣れていないと言い訳ができる。
レイラの記憶を辿れば、彼女は高いヒールを履いたことがあまりない。社交界に出たこともなければ、家庭内でもちゃんとしたドレスを着ることやヒールを履いたことはなかった。あるとすれば、古いドレスに使用人が履くようなヒールのない靴だけ。ろくなご飯も食べていなかったせいで筋肉の発達も他の人に比べれば少ない。
「何か不便はない? ほしいものもない?」
「先日もお伝えしましたが、大丈夫です。十分すぎます」
ここ数日で分かったことだが、ドレスは一日に何回も着替えられるほどの数があるし、部屋も豪華だ。食事だって栄養が考えられていて、ボリュームもあるし私の世界でいうフルコースレベルの食事が出される。ここには私の世界にあるような化学物質や添加物が使われていないから健康的だ。ただ、便利な調味料があるわけではないため、素材の味がダイレクトに伝わってくるのがたまに厄介だが、それでも美味しい。生活における不便は全くない。
「そうか……そうだ、今度お酒をお土産に買ってこよう。君は甘いお酒の方が好きだろう? 果実や蜂蜜が使われているのはどうだ?」
「私なんかに、いいのでしょうか」
「もちろん」
にこりと笑った顔にときめいてしまう。
本当に顔がいい。自分ではなく、レイラのための笑顔だと分かっていてもときめいてしまう私を許してほしい。オタクがすぐに推しのことを嫌うことなんてできない。
ただ、同時にすごく虚しい気持ちになってしまう。何度も頭の中で繰り返しているけど、私はレイラではない。外見は完璧にレイラだけれど、中にいるのは現代人の井ノ原真希だ。
このまま隠し通せばいい、と自分の中にいる悪魔が囁く。でも、そんなことは根本的な解決にはならないし本物のレイラだってどこにいるのかを探さなければならない。今は私の中にいる天使の声の方が大きい。
「君と過ごす時間はあっという間だな。そろそろ仕事に戻るよ」
「わかりました」
「じゃあ、また夕食の時に」
寂しそうに眉を下げながら手を取られ、手の甲にキスが一つだけ落とされる。
それにびっくりしていると、彼は小さく笑いながら部屋を出ていった。
(というか、アーサーはなんでレイラのことを溺愛しているんだろう)
原作で描かれていないところだから、と言われたらそれまでだけど、レイラを溺愛する理由が彼女の記憶を辿っても見つけることができない。
レイラは常に劣悪な状況から抜け出したいと思い、神に祈ったり願い続けたり、時には想像という世界に逃避をしていた。気づけばアーサーと結婚をすることになって、今に至るけれど……記憶が曖昧の部分もある。記憶なので覚えていないこともあるだろうが、私がこの体になる前の直近とも言えるような記憶がまるっと抜けているように感じる。
思い出そうとしてもノイズがかかったような、ブラックアウトされているような感じでその記憶を引き出すことができない。
このままでは結婚をする日も近づいてきてしまう。
本物のレイラと接触ができるならしたいし、私の体もどうなってしまったのか知りたい。とはいえ、アーサーにバレないように呪術師のような人と連絡を取れるのか……手紙ならと思ったけれど、手紙だって確認をされたら厄介だ。でも、この時代に携帯電話やインターネットがあるわけではないので、やはり手紙しか手はないだろう。
とはいえ、どの呪術師にお願いをすれば良いのか。
作品の登場人物を思い出すがヒロインの近くにいる占い師はアーサーを毛嫌いしているから、婚約者であるレイラのことも無条件に嫌うだろう。一応、アーサーの側にも呪術師はいるけれど、そんな人にお願いなんてしたらすぐにアーサーにバレてしまう。ここは慎重にならなければならない。
考えてみれば、屋敷内での私の動きはきっと筒抜けだ。手紙がいい案だなんて思ったけど、結局は専属侍女のマリアだって雇い主はアーサーだ。手紙を書こうとした時点で中身を見られてしまうだろうし、怪しまれるに違いない。
「……どうもできないじゃん」
結局、ここまで頭を悩ませたのも無駄だった。
自分の正体を正直に話すか、もしくはこの先の一生をレイラとして過ごし、自分が井ノ原真希であることを死ぬまで隠すしかないのだろうか。
転生したいとか、彼のお嫁さんになりたいとか騒いでいたくせに現実になった途端これだ。いや、井ノ原真希のままだったらこういう天性みたいなことがあっても良かったのかもしれないけれど……人の体をもらうのはあまりにも非道すぎる。
レイラもそうだけど、アーサーのことも傷つけているに違いない。
時間が経てば経つほど、言いにくくなっているのはわかっている。なのに、結局は自分が可愛くて可哀想で、怖くて言えない。
(……そういえば、日記みたいなのがあったような)
立ち上がり、レイラの荷物を探る。他人の荷物を探ることに抵抗はあるけれど、許してほしい。
彼女が持ってきた荷物は少ないからすぐにノートのような、ボロボロとも言えるような紙の束を見つけることができた。彼女の記憶の中にあるもので、これは日記帳に間違いないはず。日記帳だなんて人のプライベートをのぞいてしまうことに申し訳ない気持ちが出てくるけど、彼女の記憶も知っていて体にいる時点でもうプライバシーも何もないだろう。
ごめんなさい、と心の中で言葉をこぼしながら彼女の日記帳を開いた。
ろくにインクも持っていなかったのだろう。文字が掠れていたり、字の癖が少しあったりで読みにくさはあるけれど、内容は読んでいて心が痛くなるものばかりだった。
『今日も散々だった』
『死んでしまいたい』
『もっと違う人なら』
『なんで生きているのだろう』
『気持ち悪い』
『早く死にたい』
『怖い。何しても無駄』
『こんな人生じゃなければ』
『いいことなんてない』
『死ぬしかないのか』
『お腹がすいた』
『なんで、どうして』
『もっとほしい』
『神様、私は何か悪事でもしましたか? 私が生きる意味はなんですか? こんな命、ない方がマシでしょう』
『死にたい』
『死にたい……死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい』
「ひっ……!」
赤黒い色で書かれており、荒々しくページいっぱいに書かれたその言葉に怖くなって日記帳から手を離してしまった。
レイラが追い詰めていたことは記憶を見てわかっていたけど、わかった気でいただけだった。こんなに病んでいたなんて……。
それなら尚更、アーサーとの結婚は嬉しかっただろうに。
落としてしまった日記帳を拾い、薄目で続きを見ていくがしばらくは荒々しいページだらけだった。
最近の日付を見つけると、ようやく落ち着いているように見えた。
『結婚が決まってしまった。私はなんて可哀想なんでしょう。死ぬ勇気もなかった私が悪いのですか? 悪名高きフォーゲル家に嫁ぐことが決まってしまった。何をされてしまうのでしょう……この家を離れることができるのは喜ばしい事ではありますが、フォーゲル様に何をされるのか……ああ、怖い』
この文章を見る限り、レイラは結婚を望んでいなかった?
というか、さっきまで可哀想だと思っていたけど、この子って何かと悲劇のヒロイン気取りだったりする? いや、家族からの虐待や性的被害があればこうなってしまうのも当然か。レイラからすればアーサーの姿も知らなかっただろうし、噂だけを聞いていれば怖くて恐ろしい人だと思ってしまうに違いない。
変なことを考えてしまった、と思いながらページを捲ると心臓が一際大きな音を立てた。
「え……?」
読み込んでいくうちに冷や汗が背中を伝っていき、手が震えてしまう。一体、どういうことなの。
そこには、こう書かれていた。
『アーサー様は思ったよりも素敵な人だった。私の密かな願いを知られていたことに驚いてしまったけど、彼も望んでくれたので呪術師を手配してくださった! 私が、この家に来ることは運命だったのかもしれない。こんなに素敵な日が来るなんて思ってもいなかった。早く、儀式の日にならないかしら。どうか、一日でも早く違う私になれますように』
そこで日記は途切れていた。
違う私、ってどういうことなの。レイラとアーサーは何をしたのだろう。この日記帳を解る形で置いてあったのもなんで……。
日記帳を手にしたまま、そこに立ち尽くすことしかできなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。のんびりかもしれませんが、書いていきます。
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