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3話 お出迎え


 自然と目が覚めた頃にはもう陽は沈みかけ、夕方になっていた。

 起き上がれば、寝過ぎたとき特有の体の重だるさを感じる。


「……喉、乾いたな」


 ベッドからゆっくりと降りて、部屋を見渡すがマリアがいる様子はない。確か、ベルで呼べばいいとか言われていたような気がする。

 すると、ベッドの横に小さなベルが置いてあることに気づいた。なんだか漫画でよく見る、お嬢様とかが用を頼む時のベルみたいだな、なんて思いながら数回振った。


「レイラ様、お呼びでしょうか」


 近くのドアから出てきたマリアは、なんの驚きもせずに現れた。すぐに出てきたところを見ると待機をしていたのかもしれない。そう思うとなんだか申し訳ない気持ちになる。


「喉が渇いてしまって……お水はどこから持ってくれば良いかしら」

「そんな! レイラ様はここでお待ちください、私がすぐにお持ちしますので!」


 そう言った瞬間、マリアは颯爽と部屋を出ていき、あっという間に部屋から消えてしまった。


(そうか、ここでは自分で何かをする必要はないのか……)


 手持ち無沙汰だな、と思いながら待つこと数分。水差しとグラスを持ってマリアが戻ってきた。

 注いでもらった水を一口飲んで、少しの違和感を覚えながらも飲み干した。

 当たり前だが、自分が住んでいた日本とは違った水だ。飲めなくはないけど、慣れるまでに少しだけ時間はかかりそうだった。


「そろそろ着替えましょうか。用意したドレスも何着かあるので、好きに選んでください」


 他の侍女たちがドレスを抱えて部屋に入ってきた。あまりにも豪華絢爛なドレス達に口を開けてしまいそうになった。

 色もデザインも豊かで、こんなにも豪華なドレスを着る意味は果たしてあるのだろうか。寝る前の記憶では、アーサーを出迎えるだけのはずだ。それなのに、わざわざこんなドレスに着替える必要性とは。

 ”レイラ”の記憶にも、こんなに豪華なドレスを着た記憶などない。

 彼女が普段から着用していたドレスというのはどこの店で買ってきたのかわからない古いものだった。そんなにお金をかけたくないという考えだったのか、レイラが与えられてきたドレスや家具、さまざまなものはボロボロで、古いものが多かった。

 だから私からしても、このようなドレスを着る意味はあまりわからない。舞踏会やパーティーに行くならわかるが、ただのお出迎えに着る意味は理解ができなかった。

 正直、現代を生きていた私からするとどれも「豪華で綺麗だなあ。でも動きにくそうだな」という感想しか出てこなくて、好きに選んでも良いと言われてもわからない。


「……これにするわ」


 並べられたドレスを見るが、正直どれもピンとこない。

 ドレスなんて人生で着たこともないし、どれもピンとこなかったため、てきとうに真ん中にあるドレスを選んだ。薄い緑色の淡い色のドレスで、散らばっている小さな宝石が控えめに輝いていて綺麗だった。原色系のドレスよりかは抵抗がないだろうと思って選んだが、ドレスを着ること自体が小さな頃に憧れていたお姫様、という感じがしてなんだか気恥ずかしい。

 マリアや他の次女に手伝ってもらいながら着替える。

 一人で着替え始めようとしたら全力で止められてしまった。着替えすらも侍女の仕事らしく、着替えるだけだというのに気疲れしてしまった。

 化粧台の前に座り、髪の毛も整えられる。鏡に映るのはやはり自分ではなく、レイラの姿だ。今でも卒倒しそうではあるが、ここまできたら「仕方のないこと。どうしようもないこと」と諦め始めている。

 しばらくすれば、綺麗に髪の毛をまとめられた自分の姿が映し出されていた。


「レイラ様は美しいですから、私としてもやりがいがあります!」


 少し興奮気味にマリアは話すが、どうも納得はいかない。”レイラ”というのは確かに美人……というよりかは、とてもかわいい。鼻筋は綺麗で余分な肉がないからぱっと見不健康そうではあるが、そのおかげで目はぱっちりとしていてタレ目なため、愛らしさが増している。彼女がいた家では食事は出されていたものの、両親や兄が食べていた豪華な食事と比べれば質素で、味が薄いものばかり。栄養が足りていないせいで髪の毛はパサつき、肌も若干荒れてはいるが、時間が経てば解決するだろう。きっと、規則正しい生活と食事をしっかりと摂れば間違いなく可愛らしいお嬢様だ。

 本当に、不思議な気分だ。自分の体だけど、自分じゃない。

 井ノ原真希だった頃の自分なんて意識下にしかないのに、自分の顔じゃないことに若干の拒絶をしている。昔は「めっちゃ可愛くてアイドルになれるくらいの顔面になりたーい!」とか騒いだことあったけど、実際に自分の顔ではない顔や体になったところで受け入れるわけがない。受け入れるには、もうしばらくの時間が必要だろう。


「そろそろアーサー様が帰宅されるので、一緒に行きましょう」

「わかりました」


 まだ屋敷内の間取りを把握していないため、マリアの後ろについていきながら玄関へと向かう。

 どこも綺麗に整えられていて、とんでもなくお金持ちであることがわかる。こんな時にオタク心が出てしまうのもおかしい話だが、推しの家の間取りをこうやって把握することになるとは。原作では一部しか見えなかったし、隅々まで見ることができるのはなんとも嬉しい。

 長い廊下を歩き、これもまた長い階段を降り、また少し歩けばようやく玄関が見えた。やけに遠い玄関に疲労を感じながら、マリアの隣に立った。

 こうやってみると、玄関だけでも相当広い。これだけで私が住んでいた部屋くらいの部屋はありそうな広さで、ここが玄関だと言われても違和感がある。


(……まって、今更だけどここでアーサーを出迎えるのよね。それって全夢女子が喜ぶシチュエーションでは? だって、好きな推しに「おかえりなさい」っていうわけでしょ? 待ってそれってだいぶオタクのキャパを超えるんじゃ)


「アーサー様のお帰りです!」

「「「おかえりなさいませ、アーサー様!」」」


 私が一人であれこれと考えているうちに他の使用人達も集まってきていて、執事の声に合わせて皆が出迎え、頭を下げている。それに比べ、私はどうしたら良いのかわからず、あたふたとするだけ。

 その間にアーサーは玄関へと足を踏み入れ、レイラの姿を見つけると駆け寄ってきた。


「お、おかえりなさいませ……?」

「ああ、ただいま」


 優しく微笑み、レイラのことを見つめるアーサーの目というのは愛しい人にしか向けないような目で、つい目を逸らしてしまった。アーサーがここまでレイラにベタ惚れな理由もわからない。もはや、呪いの類でもかけられているんじゃないかと怪しんでしまう。


「そのドレスも似合っているな。僕の目に狂いはなかった」

「え、このドレスを……?」

「ああ。僕が選んだんだが、気に入ったか?」


 期待に満ちた目で見られる。

 あそこに並んでいたドレス達は、アーサーが選んだドレスたちってこと?

 ということは、何着かあった原色系のドレスも彼のセンスということだろうか。思い返せば自分が着るのに原色系を選ばなかっただけで、デザインはとても良かった。いまいち自分がこの時代の美的センスに追いついていなかっただけで、きっとアーサーはセンスがいいのだろう。新たな発見に嬉しいと思いつつ、これを選んだのは”レイラ”のためだと考えると胸の奥が少しだけ痛んだような気がした。


「……気に入りました。ありがとうございます、アーサー様」

「アーサーでいい。これから僕たちは夫婦になるんだからな」

「夫婦……」


 夫婦、と言われると実感はない。

 というより、結婚をまだしていないのだったら自分の正体を伝えた方が良いのではないか。

 でも、自分がレイラではなく、違う世界から来た人間だと聞いて受け入れてくれるのだろうか。もし受け入れたとして、私がレイラではないことがわかれば彼は婚約破棄を伝えてくるかもしれない。そのあとでこの体にレイラが戻り、自分も元の世界に戻ってしまったらどうする? 私は元の世界でも不便なくやっていけるかもしれないけど、レイラは一人で生きていくか、元の家に戻るしかないだろう。彼女の記憶を引き継いだからだろうか。あの家に戻ることだけは私も、きっとレイラ本人もしたくないに違いない。

 あれこれと心配や不安は現れるというのに、解決につながる方法が見つからない。

 不安が顔に現れてしまっているのか、アーサーが心配そうな顔をしながら覗き込んできた。


「顔色が悪いが……大丈夫か?」

「え、ええ……ごめんなさい、まだ色々と慣れていなくて」

「それもそうだよな。一緒に食事でもどうかと思ったが、難しそうか?」


 せっかくドレスも用意してもらって、誘いもあったというのにここで断るのは失礼になってしまうかもしれない。

 食事が喉を通る気はしないが、控えめに頷きながら「大丈夫です」と伝えれば、アーサーは嬉しそうに「そうか」と答えた。

 一瞬、彼の手が腰に回りそうだったがすぐにその手は離れた。


「では、行こうか」

「はい」


 どうやら外に行くらしい。

 玄関を出て、少し歩けば門の前には馬車が用意されていた。


(断らなくてよかった……)

 

 控えめに出された彼の手を借りて、馬車に乗り込む。この世界に来てから、初めての外出だ。どこか落ち着かない、と思いながらも馬車に揺られることとなった。

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