表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1話 まさかの転生



 目が覚めたら、知らない場所でした。

 なんて、そんなよくラノベ小説で見る言葉を使うことになるとは思わなかった。

 いつもと違う感覚に違和感を感じて起き上がれば、そこは教科書や漫画とかでしか見たことのない煌びやかな内装の部屋。自分の服装を見れば上質な生地だとわかるネグリジェに、傷みを知らない綺麗で長い髪。


「い、一体何が起こってるの……⁈」


 夢かと思って頬をつねった。まさか、こんなありきたりな行動をすることになるなんて思いもしなかった。

 痛みはあるし、何よりも夢を見ているような感覚ではない。完全に生きているような感覚に混乱しながらもベッドから降りる。

 ふかふかな絨毯に足を下ろせば、ちゃんとそのふかふかな感覚が足を通って脳に伝わる。間違いなく夢ではないことに恐怖を覚えながら部屋を歩き回る。


(えっと、昨日は確か……)


 寝る前の自分を思い出す。

 仕事が終わって、金曜日であることに喜びながらスーパーでお酒とかおつまみ、週末に食べるものを買い込んで帰宅した。そしてご飯を食べてお風呂に入った後に晩酌を始めた覚えがある。そして、たらふく食べた後はいつものようにベッドに寝っ転がってゴロゴロとしながらゲームをしたり漫画を読んだり、二次創作を読んだりしていたはずだ。

 でも、寝た後の記憶はない。

 いつものように寝た後、今に至る。って感じである。

 あまりの展開に頭がついていかない。

 一度深呼吸をしてから、また部屋の中を歩く。


(……鏡だ)


 歩いているうちに見つけた化粧台。

 そこには鏡があるが、それを見ても良いのか悩んでしまう。自分の姿を確認したほうがいいのは間違いないのに、それでもそれを見てしまえば急に現実を感じてしまいそうで怖かった。

 心臓がドクドクと鳴る中で、化粧台に少しずつ近づこうとしたその時。ドアの方からノック音が聞こえた。


「レイラ様、失礼します」


 ドアの向こうから名前を呼ぶ声が聞こえた。そのあとすぐに入ってきたのはロングメイド服を着用した女性だった。


「おはようございます。身支度を手伝うために参りました」


 急に現れた人物に驚いていると、メイド服を着ているその女性は疑問符を頭に浮かべながらも立ちっぱなしでいる私に化粧台の前にある椅子に座るように促した。

 鏡を見るのが怖いと思っているのに、早く正体を知りたいと思ってしまうのも人間のさがなのだろう。ゆっくりと化粧台へと向かい、鏡を見ないようにしながら椅子に座る。

 一つだけ深い呼吸をしてから鏡を見れば、そこに映ったのは知らない顔だった。でもその顔は、きっと誰が見ても美人と称えるような顔。艶々としている長い髪、肌荒れ知らずの綺麗な肌、整った容姿。あまりにも想像とかけ離れた顔に驚いていると、頭が急に痛くなった。


「いっ……!」

「レイラ様、どうかなさいましたか?」

「レイ、ラ……?」


 さっきも呼ばれた名前だ。

 妙にしっくりとくるその名前は、間違いなく()の名前だ。

 鋭い痛みと同時に頭に流れてくるのは過去の自分の記憶だった。間違いなくこの体が体験したことで、自分の素性やどんな生き方をしてきたのかが映像で流れ込んでくる。

 あまりの情報に追いつくことができず、私はその場で倒れてしまったらしい。

 遠いところで何度も『レイラ』と呼ばれるが、そのまま深い闇に堕ちるような感覚で眠ってしまった。


 (……まさか、転生?)


 流れてくる映像はまるで夢を見ている時のようで、そこにはどこか冷静な自分がいた。

 転生という言葉は何度も聞いたことあるし、そういう話を読むのは好きだった。だけど転生というのはファンタジーなもので現実ではあり得ないことだ。なのに、いま体験していることは間違いなくこの体の持ち主の記憶を遡っているところだ。

 このまま夢であれば、目が覚めた時は井ノ原真希(いのはらまき)に戻っているはずだ。

 でも、もう井ノ原真希(いのはらまき)という人物に戻れないのはなんとなくわかる。きっと私は、これからの人生は『レイラ』として生きていくのだろう。


 流れてくる記憶は、正直散々だった。

 母親には存在を無視するかのように扱われ、父親からは罵詈雑言を浴びせられる日々。使用人たちからも忌み嫌われ、家ではずっと独り。唯一の兄には最悪なことに、性的被害を受けていた。記憶と共に流れてくるその時の感触は吐き気を催すもので、逃げたくても逃げられない感覚に恐怖を覚えた。

 なんの助けもなく、精神がすり減っていくような日々を、この体にいたはずの“レイラ”は体験していた。それを疑似体験するような感覚だったが、これを直接経験したレイラの存在を考えるだけで体は震え上がるほどだった。

 

 ふとした時に、記憶の流れが止まった。

 体にはその記憶が染み込んでいて、まるで引き継ぎが終わったかのようだった。

 ゆっくりと目を開ければ、最初に見た天井と同じだった。


「よかった、目が覚めたんだな……」

「……え?」


 ガタッ、という音がした方に顔を向ければそこには心配そうに顔を覗き込んでいる男性がいた。

 ぼんやりとしていた視界がはっきりとした頃、私は大きな声で彼の名前を呼んだ。


「アーサー・フォーゲル⁈」

「……急にどうしたんだ?」


 間違いなく、目の前にいるのはアーサー・フォーゲルだ。

 私が愛してやまない作品の悪役で、私の最推しだ。

 彼は公爵家の当主だが、元を辿れば貧民だった。民に対して政策を行わない王族に対して怒りを覚え、幼い頃から努力を重ね、公爵といった最高爵位にまで上り詰めた。それまでに汚い手を使うことも何度もあったため、好き嫌いが分かれるキャラクターではあるが、彼の努力家なところや有言実行をするところ、まっすぐと目標に向かう彼の姿が好きだった。

 

(……え、いやそれにしてもおかしくない? そんな都合の良い展開がこの世にあるわけなくない?)


 レイラの記憶を辿ってわかったことは、彼とは婚約関係にあるということ。

 いや、確かに作品の最終回ではアーサーの隣には髪の長い女性が隣に立っていた。当時、それを見た私は「アーサーが結婚しちゃったああああ」と泣き叫んで、しばらくの間立ち直ることができなかった。隣に立っていた女性の顔は見ることができず、最終回だったということもあって名前の情報すら一切なかった。だからまさか、今の私が、彼の隣に立っていたキャラクターだなんて……。

 流れてきた記憶によると、レイラが公爵家に嫁ぐことになった際、家族からは「ようやく娘を手放すことができる」という言葉をもらい、レイラはそんな家族から離れられることに喜びを感じていた。

 アーサー・フォーゲルと結婚することになったレイラは先日、アーサーの家に少ない荷物を持ってやってきた。だが、その日はアーサーに会うことはなく、その後もいくら経っても彼と会うことはできてなかったはずだ。

 そして今朝起きたら、私がこの“レイラ”の体になっていた……。

 ということは、レイラとアーサーは初対面のはず。

 でも、初対面であれば現在はどのタイミングになるのだろうか。最終回で見た二人の姿は腕を組み、誰がどう見ても夫婦仲が良さそうだった。

 そもそも、なぜ初対面である“レイラ”にこんなにも愛おしいものを見るような目で見つめてくるのだろうか。

 

「ようやく帰ってこれたと思ったら君が倒れていたと聞いて驚いたよ。顔色も良さそうで安心した」


 頬に手を添えられ、つい心臓がドキッとした。

 間違いなく初対面なのに彼の声は優しく、すでに愛を伝えたくて堪らないような雰囲気だった。


「え、えっと……」

「ああ、申し訳ない。自己紹介を忘れていたよ。僕は君の夫になるアーサー・フォーゲルだ。君の今までのことは全部聞いている。ここではそんなひどいことをする人はいないし、僕もするつもりはない。安心して過ごしてほしい」


 そう言って彼は私の手を取り、手の甲に小さくキスをした。


「む、むり……」


 最後にその言葉を言い放った私は、また意識を失った。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ