隣の水はきれいに見える
東京の下水道で。
一粒の水素原子が、自分の境遇をぼやいていた。
「はぁ、なんで自分はこんな臭くて汚いところにきてしまったんだ。こんなはずじゃなかったのに。」
すると、隣にいた酸素原子が言う。
「そんなことでいじけてたってしょうがないだろ。そんなの偶然なんだから。」
「偶然?」
「あぁそうさ。お前がたまたまそこにいて、たまたま近くにいた俺と結合しただけ。確率的な事象だよ。」
いたって正論だ。反論する余地はない。でもさ、と水素原子は続ける。
「それじゃあやりきれないよ。」
「やりきれない?どうして。」
「どうしてって、だって自分がこうして下水で惨めな思いをしている一方でさ、四万十川の清流でおいしい思いをしている水素原子がいると思うとさ。そんなのはやりきれないよ。不公平だ。そうだろう?」
「そうかな。」
「そうだよ。」
まぁでもさ、と酸素原子が慰めるように言う。
「水爆にされたやつよりはマシだろ。俺たちと違って、あいつらはもう動けないんだから。」
それを聞いて、水素原子はしばらく黙った後、そうかもな、と答えた。
「...いつかは-。」
ぽつりと水素原子が言う。
「なんだ?」
「いつかは、自分も四万十川になれるかな。」
酸素原子は答える。
「なれるさ。いつかきっと。お前は水素なんだから。」
「確率的な事象ってやつ?」と、水素原子はからかうように言う。
「そういうこと。すべては確率的な事象なのさ。だから、いつかきっと。」
「あぁ、わかった。いつかきっと。」
東京の下水道で。
一粒の水素原子は、少しだけ自分の境遇も悪くないと思った。




