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時計の針のその先で  作者: 原案・著:露 脚本:岩永明
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第3話

 次の日、伊万里は白駒隊のリーダーの元へ連れて行かれた。リーダーという割には若い、二十代前半であろう男だ。

「こちら、検体番号841。今日から貴殿らに面倒を見てもらう」

 白駒隊のリーダーの男は伊万里を一瞥(いちべつ)した。

「わかりました」

「さ、行け」

 軍の男は伊万里の背を押す。

「お兄さん」

 伊万里はリーダーの男に話しかけた。

「何だ」

「お兄さんはクレープくれますか?」

「何を言っているんだお前は……」

 軍の男は呆れていた。

 リーダーの男は顎に手を当て何かを思案した後こう言った。

「お前の働き次第」

 伊万里は縮こまった後思いっきり両手を挙げ喜びを全身で表現した。

「わーい!お兄さんは優しいね!私、一生懸命働くよ!」

「それはなにより」

 リーダーの男は薄く笑った。


「では、私はこれで失礼する」

 軍の男は去って行き、そこには伊万里とリーダーの男だけが取り残された。

「お兄さん」

「俺の名前は真賀浜 陸人(まがはま りくと)だ。真賀浜隊長と呼べ」

「じゃあ陸人隊長」

「何で下の名前の方なんだ……。『真賀浜隊長』だ」

 陸人はため息をついて手で顔を覆った(おおった)。

「だって陸人隊長の方が親しみやすいじゃん。真賀浜って言いにくいし」

「クレープやらんぞ」

「真賀浜隊長!」

 伊万里はぴしりと直立して敬礼した。

「意味も無く敬礼するな」

「へへっ」

 陸人は伊万里に注意するが伊万里は笑って受け流す。

「マガハマたいちょー、私はこれから何をすればいいの?」

 伊万里のもっともな質問に陸人は答えた。

「先ず各施設の案内。それから皆との共同生活。軍での訓練。そして実践」

 陸人の言葉に伊万里は瞳を輝かせた。

「訓練って何するの?実践って何?」

「何だお前、戦いたいのか?」

「うん!戦うの好き!」

「そうか……」

 陸人は伊万里の言葉に何かを思案した様だった。

「真賀浜隊長?」

「!」

 伊万里はそんな陸人の顔を覗き込んだ。

「どーしたの?」

「何でもない。それより、目上の者には敬語を使え」

「むむぅ……はぁい」

 伊万里は不服そうに返事をした。

「ねえねえ真賀浜隊長」

「何だ」

「真賀浜隊長は何をして白駒隊に来たの?」

「……」

「私、さっきのお兄さんから聞いたよ。『お前が行く所は軍法違反者の成れの果てだ』って。真賀浜隊長はそんな事する様な人に思えないなー」

「……」

 陸人は伊万里の言葉に暫し(しばし)黙りこむ。

「言いたくないの?」

「……俺は、ただ部下を……」

「うん」

「部下を見捨てられなかっただけだ。命令に逆らって部下を助けた。それを何度も繰り返しているうちにここにやって来た」

「そっか。真賀浜隊長らしいね」

「お前は俺の何を知っているっていうんだ……」

 陸人は呆れていた。

「勘!」

「そうか……。お前らしいな」

「へへっ」

 伊万里は陸人の皮肉に笑って答えた。


「ここが食堂」

 伊万里は軍の施設の案内をされていた。

「わー!おっきいね!ご飯いっぱい食べれる?」

 今まで牢屋に閉じこめられていた伊万里にとって食堂は大きな部屋なのだろう。

「それなりに」

 今は食事時ではないから人は少なかった。唯一真ん中の方に背格好の似ている陸人と同い年くらいの二人がたむろっていた。

「兄さん、暇だね」

「また『入れ替わる』か?」

「そういう気分じゃない」

「そうかー」

 陸人はそんな二人に声をかけた。

「利垣 進(りがき すすむ)!利垣 心(りがき こころ)!」

「あっ、真賀浜隊長、何ですか?」

 陸人の声に応えてこちらを見た二人の顔は瓜二つだった。

「双子ー?」

 伊万里は口に人差し指を当てて首を傾げた。

「そうだよ。君は?」

 双子の片割れ、柔和そうな雰囲気を持った方が聞いてきた。その問に伊万里はぴしりと姿勢を正して敬礼をしながら言った。

「はっ!今日付けでこちらに配属になりました検体番号800……えっと800~」

「841だ」

 しどろもどろになった伊万里に陸人が付け足した。

「そうそう!841です!よろしくね!」

「実験の失敗作か」

 双子のもう一人の方が言った。

「そうで~す!失敗作だから白駒隊でちょっとでも役に立ってこいって!」

「まったく軍も酷い事するね。こんな小さな子を……」

「ううん、私、戦うの大好きだから願ったり叶ったりだよ!」

「そう?」

「うん!ところでさ!」

「なぁに?」

「進君と心君は何で白駒隊に来たの?」

「おい、誰にも彼にもそんな事聞くな」

 伊万里の好奇心を陸人は制した。

「真賀浜隊長、大丈夫ですよ」

 そんな二人に柔和な彼は微笑み、伊万里と目線を合わせた。

「あのねぇ、僕達は見ての通り双子でしょ?だから昔から『入れ替わりごっこ』をしてたんだ」

「『入れ替わりごっこ』?」

「うん。僕が兄さんに、兄さんが僕に成りすますの。みんなそれで騙されちゃうから面白くて!それを軍に来てからもやってたの。軍の受付係の僕を兄さんが、隊員の兄さんを僕が。そしたらそれがバレちゃってこの有り様。僕何てただの受付係だったのに白駒隊の情報伝達係にされちゃって……」

「何言ってんだ。入れ替わって隊員の仕事をきっちりこなしてたお前が」

 兄の方が弟の方にツッコミを入れた。

「ははっ。で、まあそういう訳」

「へぇ~!面白いね!」

「人の不幸を面白がるな」

 陸人が伊万里を嗜める(たしなめる)。

「大丈夫ですよ、真賀浜隊長。えっと、841ちゃん?これからよろしくね。僕は利垣心」

 心が手を差し出してきた。

「よろしく!」

 伊万里はその手を掴んで縦にぶんぶんと振った。

「あはは、元気がいいね」

「ありがとー!」

 伊万里は笑顔だ。

「841……841かぁ……」

 兄の進は何やらぶつぶつと呟いている。

「?」

 伊万里はそんな進の様子に首を傾げた。

「ヤ、ヨ、イ……うん、ヤヨイだな!おい!俺は今からお前の事ヤヨイって呼ぶわ!」

 進は勢い良く『ヤヨイ』の方を見た。

「わー!お名前もらったー!でも何でヤヨイなのー?」

「841って呼びにくいだろ?だからそれをもじってヤ、ヨ、イ!」

「おい」

 そんな進を陸人が呼び止めた。

「何すか?」

「実験台とあまり仲良くし過ぎるな」

「えー良いじゃないっすかー名前くらいー。それに、俺らは明日とも知れない身。好きにさせて下さいよ」

「……」

 進の言葉に陸人は黙りこんだ。

「ヤヨイかー。兄さんにしては良い名前だねー。僕もヤヨイって呼ぼー」

 心はにこにこと笑っている。

「ヤヨイ!俺は利垣進!これからよろしくな!」

 進もまたヤヨイに手を差し出した。

「うん!」

 ヤヨイが進の手を取ると勢い良く縦にぶんぶんと振られた。

「あはははは~」

「まったく……」

 陸人はそんな三人の様子を呆れながら眺めていた。


 利垣兄弟との会話を終えた二人は廊下を歩いていた。

「次に行く所はお前が世話になる所だ。……と言ってもあの人は……」

「?」

「いいや、何でもない」

 そう言いながら歩いて行くと一つの部屋の前にたどり着いた。『研究室』と、ある綻びたプレートの上に紙にマジックペンで『神林 悟様の崇高なる』と書かれた物が貼ってあった。

「『かんばやし さとるさまの……』えーっと……」

「『すうこうなる』だ。」

 陸人はため息を一つつくと扉をノックした。

「真賀浜陸人だ。実験台を連れて来た」

「ん?ああ、そういえばそんなもん連れて来るなんて言ってたな。まあとりあえず入ってよ」

 扉の中の声に従い陸人達は部屋に入る。中には雑多な実験機器達と三十代半ばらしきの男と二十代半ばらしき女がいた。

「あー、実験台の失敗作か。面倒だな」

 男は何かの作業の合間にヤヨイを一目見るとまた作業に集中した。

「こちらで面倒を見てもら……」

「嫌だね。これ以上僕の研究時間を減らされたくない。まったく、こっちは研究者だってのに前線に立たされて迷惑してるんだ。君が面倒見てよ」

 男は陸人が喋るより早く言葉を放った。陸人は項垂れ顔に手を当てると大きなため息をついた。

「……わかった」

「じゃ、用が無いなら帰ってよ。こっちは忙しいんだ」

 男はしっしっ、と手で追い払う仕草を見せた。

「ああ、了解……」

「ねえねえ!お兄さん、お姉さん!お名前何ていうの?私はヤヨイだよ!」

 陸人が喋るより早くヤヨイが横から割り込んできた。

「おい、行くぞ」

 陸人はヤヨイの首根っこを掴んだ。

「やだやだ~!お兄さん達とお喋りする~!」

「研究長はお前に興味無……」

「ん?ヤヨイ?君は以前の記憶が無いのだろう?ああ、841だからか。誰に付けてもらった?そこのエリート君かい?いや、君はそんな事するたまじゃあ無いね。自分で付けたのかい?」

 男は陸人の言葉を遮り、早口で捲し(まくし)立てた。

「進君に付けてもらった!」

「進君……ああ、あの双子の片割れの……ふーん」

 事の究明が終わると男は興味を失くした様でまた作業に集中し始めた。

「ねえねえ!お兄さん達のお名前は?」

 だがヤヨイはなおも突っかかる。

「神林 悟(かんばやし さとる)。以上」

 悟は簡潔にそう述べた。

「お姉さんは?」

 ヤヨイは悟の横で作業をしている女性に聞いた。

「雪(ゆき)」

 雪という女性も簡潔に答えた。

「ねえねえ、悟君達はどうして白駒隊に来たの?」

「自分の作りたいもんばっか作ってたらいつの間にか連れて来られた」

「私は神林研究長の後を追って……」

「ふーん、雪ちゃんは悟君の事が好きなんだ!」

 ガチャッ……

 雪はそう言われると動揺したかの様に触っている機器を取りこぼした。

「雪君、それ壊したらお仕置きだからね」

「は……はい……」

「?私、いけない事言ったかな?」

「もう行くぞ」

 ヤヨイは陸人に首根っこを掴まれながら研究室から出ていった。


「さ、一通り施設の説明はした。お前の面倒は俺が見るから常に俺の側にいるように」

「えー!お風呂も一緒ー!?」

「部屋は別だ……」

 陸人はこれから襲いかかるであろう苦労を想像して手で顔を覆った。



「ヤヨイ、今日もお仕事お疲れ様。顔に返り血が付いてるよ」

 心はヤヨイの頬を指差す。

「えへへ~。頑張った証!あのね!今日頑張ったら真賀浜隊長がクレープくれるって!」

 ヤヨイは血塗れ(ちまみれ)の顔で満面の笑みを作った。

「ヤヨイ~!良かったな~!」

 いつの間にか隣にいた進がヤヨイの背中を叩く。

「えへへ~」

「ヤヨ……841」

 今日の任務の報告をやり終えた陸人が戻って来た。

「隊長ももう『ヤヨイ』って呼んじゃって良いんじゃないすか~?」

 進が陸人の事をからかう。

「……」

「ん~?黙ってるって事は隊長もヤヨイって呼びたいんじゃないすか~?」

 進はからかいながら陸人の顔を覗き込む。

「う、うるさい……」

 陸人は顔を赤らめながら幼稚な悪態をつくのが精一杯だった。



「なあ心~」

「なあに?兄さん」

「お前ヤヨイの事好きだろ~」

 進はニヤニヤしながら心に言う。

「そうだね。でもヤヨイには真賀浜隊長がいる」

「あれは雛鳥の刷り込みっていうか実験台として世話人の側にいなきゃいけないからだろ?」

「それもあるけど、それだけじゃない」

「どうしてそう思う?」

「男の勘、ってやつ」

 心は眉を下げて悲しげに微笑む。

「……そうか」

 そんな心に進はそうとしか言えなかった。

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