第2話
「きゃっ……!」
「綾!」
「こいつを殺されたくなければ大人しく投降しな」
軍の男は綾の首元に刀を突きつけた。
「綾を放せ」
伊万里は軍の男に刀を持って突っ込んでいった。
「な……!」
男は予想外だったのだろう、一瞬の内に切り捨てられた。
「綾……!」
「伊万里ちゃん!」
綾は男の束縛から解放された。……だが
「ちょっと後ろがお留守なんじゃねぇの?」
「……っ!」
綾を助けた伊万里は後ろから来た軍の男から首元に刀を突きつけられた。
「さぁ、こいつを殺されたくなければ大人しく投降しな、ってな」
「……!」
綾は伊万里を助けたかったが、綾の持っている武器は手榴弾に拳銃。どちらも伊万里を巻き込みかねない武器だ。
「……綾、逃げろ」
「伊万里ちゃん!?何言ってるの!?」
「綾の目的は何?軍を潰す事でしょ。こんな所で捕まって良い訳無い」
「逃げればこいつは殺すぞ」
男は伊万里の首元の刃を近付ける。伊万里の首から少量の血が流れた。
綾は考えた。自分が逃げる事で男は伊万里をどうするか。
殺すより伊万里を有効活用出来るもの……。伊万里からレジスタンスの情報を引き出す事だ。
伊万里を辛い目に会わせるかもしれないが、きっと殺されない。
「……伊万里ちゃん……、必ず助けに行くからね」
綾はそう言うと踵(きびす)を返して逃げ出した。
「おいっ!」
男は綾に呼び掛けるが、綾は止まらない。
「……チッ、今回の成果はガキ一匹か……」
男は綾の予想通り伊万里を『有効活用』する様だ。
「がはっ!」
「ま~だ吐かないのかな~この子は。吐いたら楽になれるよ~」
「(誰が……吐くものか……。綾を……真央を誰が危険にさらすものか……)」
数日後……
「あ~も~この子全然吐かないよ~」
「ならもう諦めて『実験台』送りにすれば良いじゃないか」
「そ~だね~」
「実……験……台……?」
ボロボロになった伊万里は端から血の流れた口を僅かに動かした。
「あ、喋った。あのね軍は戦争の駒だけじゃなくて実験台も欲しいんだ~。研究室に実験台の申請しなきゃ~」
~明くる日~
伊万里が牢屋の中で項垂れて(うなだれて)いると軍の男がやって来た。
「来いっ」
男は伊万里の手錠を引っ張り無理やり立たせると何処かへと連れて行く。とある部屋の前まで来ると男は足を止め扉をノックした。
「はーい」
扉の中から返事が聞こえると男は扉を開ける。
扉の中はフラスコやらビーカーやらから何だかわからない電子機器やらがそこかしこに置かれていた。正に「研究室」と呼ぶのに相応しい(ふさわしい)装丁だ。
「新しい『実験台』を連れて来た」
男はそう言って掴んでいた伊万里の手錠を前に出した。
「ああ、その子。今回の実験台は随分幼くて可愛い子だね」
「何か文句があるか?」
「いいや。実験台は実験台。平等に扱うさ」
「ならとっとと始めろ」
「はいはい。君はせっかちだね。……じゃ、腕を出させて」
「ほらよ」
伊万里は抵抗したかったが度重なる拷問の末、もうそんな気力は残っていなかった。研究員の男はそんな伊万里の腕に注射を刺した。薬が伊万里の体内へと流し込まれる。
「薬が効いてくるまで君が何の実験をされているか話してあげようか。僕からのサービスだよ。君は今『本人の人格を保ったまま都合良く洗脳出来るか』っていう実験のモルモットさ」
「……」
「つまり軍の手先に都合良く出来るか、って実験。くくく……これが成功したら反政府組織のお友達に刃を向ける事になるんだよ!楽しみだねぇ~!」
「なっ……」
今まで大人しくしていた伊万里が初めて反応した。
「もう遅いよ。わかるだろう?内側からじわじわと侵食されていくのが」
研究員の男がそう言った瞬間、伊万里はがくりと膝を着いた。
「あ……あ……」
「そろそろ薬が効いてきたかな?今度は成功するかな~」
数十分後……
そこには床に横たわる伊万里の姿があった。
「うーん、倒れてから起きないねぇ~」
「失敗か?」
「えーそんなー!もう!起きてよー!」
研究員は伊万里を足で小突いた。
「ん……」
「お?」
「んん……」
伊万里は身動ぎするとむくりと起き上がった。
「成功かな~?」
「んん……ここ……どこ……?お兄さん達誰……?」
「……これは……失敗かな」
結果から言うと実験は失敗だった。伊万里には薬剤投与以前の記憶は無く、更には人格も以前の人格とは程遠かった。
「お兄さーん!お腹空いたー!ご飯頂戴ー!」
「さっきやっただろうが」
「あれじゃ足りないよぅ!クレープ頂戴!」
「ある訳無いだろう」
「うーん、失敗かー。しょうがない。失敗は成功の母、次へ活かそう」
「こいつはどうする?」
「あー、もったいないから『白駒隊』にでもやっといてよ」
「白駒隊って……」
「そ。軍法違反者の成れの果て。危険な状況や用件を打開する為に殉職前提で戦況に送り込まれる白兵戦に特化した戦闘部隊。この子は今真っ白な状態。一から軍への忠義を叩き込めば何かしらには使えるでしょう」
軍の男は苦笑いをしながら言った。
「あなたもなかなか酷い事をする」
研究員は笑いながら言った。
「貴方達程ではないよ」