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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蟹三昧

作者: 蜘蛛茶


 昨晩、悪夢を見た。

 あまりにリアルな夢だったものだから、“ヤツ”が現れるまで現実だと疑いもしなかったよ。


 その悪夢は、母が、僕と父を起こす場面で始まった。


 母が慌ただしく休日出勤したあと、父と二人で用意されていた朝食を食べていたときだ。


 窓ガラスが割れ......現れた巨大蟹が、鋏で父の首をちょんぱ。

 その光景はスローモーションのように見えた。


 足がすくんだ僕は、その鋏に捕らわれ、じわじわと、じわじわと意識が遠のいていく。


 生命の危機を覚え、慌てて飛び起きると、母の顔が眼前にあった。


 汗びっしょりでうなされていたから、と起こしてくれたらしい。

 悪夢のリアルさ故か、首には鋏の跡が青黒く残っていた。

 加えて、そこだけ汗で濡れている。

 気味が悪い。

  




++++++++++




 そして今、僕は食卓を凝視しながら、首の跡をさすっている。


 蟹! 蟹! 蟹!


 あれは何かの予知夢だったのか?

 一家食中毒の暗示とかだったら......




++++++++++




 結局、用意されていた分の全てを美味しくいただいてしまった。


 頑張った甲斐があって昇給したのよ、と笑顔を見せる母に、根拠の無い不安なんて言えないよ......


  蟹を好物とする父の皿には、三人前程盛り付けてあったのだが、1人で完食してしまったのには驚かされた。


「母さん、また食べたいね」


「嬉しいわ。これからは家計に余裕ができる頃だろうし、月一で取り寄せようかしら」


「そりゃいい! 父さんも仕事がんばちゃうぞ」


「頑張るのはいいけど、パチンコで増やそうとか言い出さないこと。良いわね? また痛い目を見るわよ」











++++++++++











 父が死んだ。


 あれから6回目の蟹料理の日、その晩に他界した。

 心臓病......不整脈による急死だ。


 母と二人でワンワン泣いた。


 その晩、母は食卓に蟹を出した。

 父と一緒に、蟹料理の腕前の上達を絶賛したことを思いだし、また泣いた。


 父の席にあるはずの皿が無い。

 そのことに気付き、またまた泣いた。




++++++++++




 半月後、僕は母とキッチンに立っていた。


 僕の前では気丈に振る舞う母だが、あれから毎晩蟹料理であることを考えると、まだショックから立ち直れていないのだろう。


 かくいう僕も、最近は息切れをよく起こす。

 自覚は無くとも心の傷は深い、ということだろうか。


 兎角、母が心配なので、可能な限り1人で行動させないようにしてる。

 夕飯の準備もその一貫だ。

 といっても僕の負担は水を張った鍋に蟹を入れるぐらいのものだけどね。


 蟹の調理を母の隣で眺める中、ショックを感じさせないほどの手際に安心することはできたのだが、一つ不可解な点があった。


 母は毎晩決まって、茹であがった蟹の半数に謎の液体を注射するのだ。

 それも、凄絶な笑みと共に。

 僕はその点について、母の精神的不衛生を感じずにはいられなかった。


 不安になって、それとなく液体の成分を聞いてみたのだが、調味料だよ、と流されてしまうばかり。

 口に入れることに抵抗があったものの、母の気持ちを慮って食べてしまうのがいつものことだった。



++++++++++




 その夜、息苦しさを覚えて目を覚ました。

 おかしなことに、鼻が詰まった訳でもなければ、口が覆われていた訳でもない。

 呼吸自体は至って正常なのだ。


 しばらくして、異常を来しているのは呼吸ではなく、血の巡りであると気づいた。

 心の拍が遅いのだ。

 それ故酸素が体に行き渡らず、息苦しさを感じたと思われる。


 ふと、父の亡骸が脳裏を過った。

 安らかと形容することが憚られる、苦悶に満ちた顔。

 父の寝室で発見されたときには喉を押さえた状態で硬直しており、寝具は乱れに乱れていた。


 そう、彼の死因は不整脈であった。

 背中がいやに濡れてくる。


 突如、母がノックもなしに寝室へ侵入してきた。

 その顔には、蟹へ注射したときと同じ凄絶な笑みを浮かべ、手にはビニールの手袋をはめている。


 理解し難い光景に驚き、勢いよく咳き込んでしまった。

 いよいよ酸素が欠乏してきたのか、僕の四肢は意思に反して暴れ始める。


 一層母の笑みが深まった。

 ヒタ、ヒタ、ヒタとこちらに歩み寄り、僕の頬に手を添え、恍惚を浮かべた瞳で僕の歪んだ顔を見下ろす。


 普段なら困惑してしまうだろう、奇怪な状況にありながら、不思議と冷静でいる自分に気づく。

 母の行動を理解しようと頭を巡らせ、やっと得心がいった。

 母は僕らに愛想が尽きたのだ、と。

 

 奥歯が音を鳴らす。

 頭の芯が燃えるように熱い。

 

 このまま終わるなんてまっぴらごめんだ。

 せめて、奴から笑顔を奪ってやる。


 眼前の表情を真似るように恍惚の笑みを浮かべ、奴の心に永遠の楔を打つべく、告げた。


「お母さん、いままでありがとう。これからもよろしくね。ずっと、ずっと」










++++++++++











 あれから四日後、あの寝室に大勢の警察官が詰めかけていた。

 彼らが撮った写真には、幸福そうに糞尿を撒き散らし果てた少年の上で、悪鬼のごとき表情で舌を噛みしめ続ける女性が写っている。


 リビングの書類棚から発見された遺伝子検査の結果報告書には、以下の内容が記されていた。


—-----------------------------------------------

 両者に血縁関係は認められなかった。

 両者ともに、心臓病、特に不整脈に高いリスクが認められた。

—-----------------------------------------------


 県警は、この事件について、父親の死亡と関連性ありとみて捜査を進めている。



 

 


 

  


 


いかがだったでしょうか。

初めて形にした作品でしたので、至らぬ点も多々ありましたでしょうが、気に入っていただけたのならブックマークと評価をいただければ幸いです。


追記

誤字報告ありがとうございました。報告が遅れてしまい申し訳ありません。

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