第1節 第2話 再開
「き、気持ち悪い……」
「大丈夫か?」
【ノースウェイランド】への直行便である高速輸送船に乗船したリヒテルだったが、その揺れに耐えきれず甲板で一人苦しみの声を上げていた。
その声に覇気は感じられず、ただただ耐えに耐えているそんな様子であった。
ケントはそんなリヒテルを介抱するように背中をさすっていた。
「あとどれくらいで到着予定……うっぷ……」
「あぁ~ほら、無理に話すな。全く……あと1時間もしないでつくから。」
少しでも早くこの苦痛から解放されたいリヒテルは気が気でならなかった。
苦痛に歪むリヒテルを介抱するケントもまた早くついてくれと願わずにはいられなかった。
そんなこんなでやっとの事たどり着いたのは、【ノースウェイランド】の玄関口、古代遺跡群【ボクスビルド】である。
古代遺跡群とは名ばかりで、今や建設ラッシュの真っただ中である。
本来は遺跡の保全を中心に行うべきであろうが、それよりも生活圏の確保を優先したためにこういった状況となっていた。
歴史学者が卒倒したのは言うまでもない。
よろよろと船を降りるリヒテルは、陸に足を付けたとたん地面にへたり込んでしまった。
よほど陸地が恋しかったのか、手を地面につけて愛おしそうに撫でていた。
そんな壊れたリヒテルに呆れつつも、自分にも身に覚えのあったケントは何も言えずにいたのだった。
それほど時間は立たなかったが、リヒテルは何とか立ち上がることが出来たので、次の行動に移ることとした。
すでに船の中で何とか会話を成立させ、今後の予定についてはケントと話し合い済みである。
まずは防衛隊の隊所へ出頭しそこで復隊届の提出。
それが終われば狩猟者連合協同組合で狩猟免許証の休止申請の取り消し手続きが待っている。
正直面倒だとも思っているリヒテルだったが、それがないと立入禁止区域への立ち入りが出来なくなるので仕方がないとため息をついていた。
大通りを進むといくつかの標識を目にした。
標識には狩猟者連合協同組合や討伐隊隊舎の方向も書かれており、特に迷うことなく進むことが出来た。
そして港からしばらく歩くとそこには真新しい建物が出来上がっていた。
さすがにコンクリートで建築するには資材が足りなかったようで木製の建物であったが、それでもなおその大きさはリヒテルが見てきた中でもトップクラスの大きさを誇っていた。
そしてそれを誇示するかのように〝狩猟者連合協同組合【エウロピニア帝国】本部〟とでかでかと看板が付けられていた。
それを見たリヒテルは一瞬ためらったが、ふと後ろから声をかけられて振り返ると、そこには懐かしい顔があった。
「リヒテルか?」
「佐々木隊長……」
外への買い物帰りか荷物を持った辰之進であった。
「お帰り。」
柔らかな笑みを浮かべる辰之進に、リヒテルはやっと実感がわいてきた。
自分は帰ってきたんだと。
「立ち話もなんだ、とりあえず中に入ろう。それとケント……無事の帰還を歓迎する。」
「どうも。」
リヒテルに声をかけた辰之進は、チラリとケントへ視線を向ける。
それに気が付いたケントは軽く会釈をしただけだった。
リヒテルはそのやり取りに少しだけ違和感を感じたが、今は再会の喜びが増しておりその違和感はすぐにどこかへ行ってしまった。
「おかえりなさい佐々木総隊長……って、リヒテル!?」
辰之進の案内で隊舎のエントランスへ入ると、レイラが気怠そうに受付カウンターに着席していた。
辰之進が戻ったことに気が付いたレイラが入口へと視線を向けた。
そしてそこに居たリヒテルを見つけると、勢いよく席を立ちあがると……
ゴン!!
とても鈍い音がエントランスに響き渡る。
そしてその音の主は頭を抱えて悶絶していた。
レイラは身を乗り出しながら立ち上がると同時に、カウンターの上部の梁に頭頂部を思いのほか強かにぶつけてしまったのだ。
リヒテルはそんなレイラをなんとも言えない表情で苦笑いを浮かべていた。
「ただいまレイラ。」
「おかえりリヒテル。って、そうだ、兄さんも呼んでこないと!!」
そのまま慌てたように席を離れたレイラは、バタバタとカウンターの奥へと走っていってしまった。
「すまないなリヒテル。研究所を出たのは聞いていたんだが……。レイラもそんなに慌てなくていいのにな。とりあえず執務室で話を聞こうか。」
「はい。」
リヒテルとケントは辰之進の案内で隊舎の奥へと進んでいく。
隊舎は3階建てでその最上階に辰之進の執務室が設けられていた。
中は辰之進らしいと言えばらしいのか、無駄なものは一つもなく質素にまとめられていた。
「座ってくれ。」
「失礼します。」
辰之進に促されると、リヒテルたちはソファーに腰を下ろした。
そして何から話せばいいかとリヒテルは考えていると、辰之進から質問投げかけられた。
むしろ辰之進の一番の心配事でもあった。
「まずは改めておかえり。それと身体の方は大丈夫なのか?」
「はい、今のところは……とういう前提条件付きですが、封印は問題なく行われました。今回の封印は自身で限定解除すら出来ない程の物ですから、基本定期には問題ありません。その代わり、戦力としては3割減といったところでしょうか。使えてランク3までの魔石が限界でした。無理をすればランク4も行けますが、あまり進めないとの話でした。それとこれを……」
リヒテルはカバンから一通の手紙と箱を一つ取り出して、テーブルの上にそっと置く。
辰之進はそれを受け取ると、手紙を開封し中身を確認していく。
時折唸るように眉を顰めてはいるものの、怒り心頭というものではなかった。
すべてを読み終えた辰之進は、さらにテーブルの箱に手をかける。
ゆっくりと蓋を開けると、中には緑色のアンプルが3本入っていた。
そのうちの一本を取り出し、ゆっくりと眺めていく。
「これがそうか……。リヒテル、君も持っているってことでいいのか?」
「はい。」
リヒテルは説明は不要と考え、簡単に答えただけだった。
「そうか、これが機械魔不活化薬【機械魔抗生剤】……。これが対機械魔の霧襞になり得るのか。で、これはどれほど製造が始まったんだ?」
「本格的にはこれからです。平さんは1年以内にはラインに乗せて見せると言ってましたが……ただ、欠点もあります。自分が立ち会った実験ではランク2までは抑えることが出来ました。ですが、3以上になると極端に効力が落ちます。」
リヒテルの説明に辰之進は考え込んでいた。
欠点を差し引いても魅力あるものだったからだ。
これが大量生産出来ればランク2までの機械魔は脅威ではなくなるということだからだ。
本来は戦えないであろう人たちも、スタンビードが発生した際に護衛をつけることで低ランク機械魔の討伐を行える。
本国で起こったスタンビードの時にこれがあればと悔やみきれない思い出いっぱいだった。
「ところでリヒテル、これからどうするつもりだ?ここへ来たってことは原隊復帰ってことでいいのか?」
「はい、そのつもりでいます……ですが、今まで通りってわけにはいかないでしょうね。」
リヒテルは自分が隊長を務められるとは思っておらず、どこかの小隊に配属されるのかと考えていた。
ふと気になっていたことを辰之進に確認した。
「ところで、リチャードとメイリンはどうしたんですか?確か帰還できたんですよね?出来ればみんなの話を聞きたかったんですが。」
リヒテルの質問に、辰之進は暗い表情を見せていた。
リヒテルはその表情を見て何やら嫌な予感だけが膨らんでいったのだった。