第1節 第1話 船出
「少しは落ち着いた?」
「あ、あぁ……」
リヒテルとケントは狩猟者連合協同組合に併設されていた酒場で一息ついていた。
リヒテルはよくよく考えると、朝食すらとっていないことに気が付いた。
それを聞いたケントはならばと酒場に誘い、昼飯を取ることになった。
ケントはメニュー表を見ながら迷わず注文を進める。
しかしリヒテルはそこに書かれているメニューについて知識がないため、どれを頼むのが正解か分からずにいた。
「だったらこれとこれを頼むといいよ。」
見かねたケントは、リヒテルの持つメニュー表にあるいくつかの写真を指さした。
その先にあったのは【特選海鮮丼】と【魚の塩焼き】であった。
じゃあそれでとリヒテルはその指示に従うことにした。
しかし注文しようにも店員が見当たらなかった。
リヒテルはあたりをきょろきょろと見回すも、カウンターでグラスを磨くバーテンダーくらいしかいなかったのだ。
「あぁ~、そっか。注文の仕方も知らんよな?だったらこれだ。」
ケントはリヒテルの前に一つの置物を差し出した。
それは真ん中に押しボタンが付いた物であった。
ケントが押してみてと進めたことで、リヒテルは恐る恐るそのボタンを押してみた。
ピンポーン
押したボタンからではなく、カウンター奥の部屋からその音が聞こえてきた。
すると中から一人の女性が姿を現した。
その女性はさも当たり前のようにリヒテルたちのテーブルへとやってきた。
「おねぇさん。今日の海鮮丼って何が入ってるの?」
「今日は鯛とヒラメ。あとはカンパチね。それと【ノースウェイランド】で漁が再開されたおかげで、ウニとかホタテもいいのが入ってきているわよ。」
ケントは慣れた様子でその女性に質問を投げかけた。
すると考えるそぶりすら見せずに女性は即答した。
その答えにケントはやったと喜びを爆発させた。
そしてケントはリヒテルと同じものをたのむことにして、注文を終えたのだった。
「【ジャポニシア】だと今の注文スタイルが主流になってるね。ほかにも前払い制だったり店員がテーブルを回ったりもあるけど。」
リヒテルが疑問に思っているであろうことをケントは先回りで答えてくれた。
それを聞いたリヒテルは納得したようにうなずいていた。
「アッ!!」
ふとリヒテルが気を緩ませたとき、ケントが突然大きな声を上げた。
何事かと思いケントに視線を向けると、なぜかリヒテルへケントが頭を下げた。
「ごめん!!生モノ食べられるか聞くの忘れてた!!」
「マナもの?」
リヒテルはそれが何を意味しているか分からなかった。
ケントはリヒテルに刺身などの説明を行った。
【エウロピニア帝国】ではあまりなじみがなく、カルパッチョみたいなものかと一応の納得を得たようだった。
ケント的には〝違う!!そうじゃない!!〟と言いたそうだったが、それはリヒテルには伝わらなかったようだった。
そして少しの時間をおいて目の前に並べられたのは、色とりどりの海産物が乗った見事な海鮮丼。
取れたての魚の刺身に、貝類の取り合わせ。
ケントからすればそれは宝石箱のように輝いて見えた。
しかし、リヒテルはその未知の食べ物に困惑の色を隠せなかった。
「ケント……これ食べれるんだよな?」
「当たり前だろ?うまいから騙されたと思って食べてみなって。」
躊躇しているリヒテルをよそに、小さな声で頂きますというと箸を手に取り食べ始めるケント。
一口……また一口と口の中へ運んでいく。
その手はどんどん加速していき、最後は掻き込むようなしぐさでどんぶりを手にして食べていた。
その食べっぷりにリヒテルも感化されたのか、決意のこもった視線をどんぶりへとむけた。
だがここでリヒテルはある問題に直面したのだ。
ケントが使っている箸についてリヒテルは知識を持ち合わせていなかった。
エウロピニア帝国にいた時もそうだったが、研究所にいた時も所員たちが気を利かせてカトラリーセットを用意してくれていた。
しかし目の前には木の棒が二本あるだけだった。
見かねたケントはまたもボタンを押すと、やってきた女性にスプーンをお願いした。
女性も慣れたもので、すぐにスプーンを準備してくれたのだった。
リヒテルは二人に礼を述べると、恐る恐るどんぶりにスプーンを差し込む。
救いあげると、白いご飯と刺身がきれいに重なり合い、うまい食べ物だと本能的に感じ取っていた。
意を決して口に放り込むと、リヒテルは動きを止めてしまった。
ケントは無理だったかなと一瞬思ったが、それも杞憂に終わったと次の瞬間感じていた。
リヒテルは手を止めることなく、次から次へと海鮮丼を口の中に放り込んでいく。
そして口の中に広がる幸せの味に目を輝かせた。
それを横目で見ていたケントは少しだけ微笑むと、またそのどんぶりに夢中になっていった。
それからあまり時間もかからずに食事を終えた。
ふたりの目の前にはきれいに空っぽになったどんぶりが仲良く並べられていた。
そのあまりの食べっぷりに店員の女性も笑みをこぼすほどであった。
「ごちそうさまでした。お姉さん、これマジでうまかったよ。」
「お粗末様でした。お口にあったようで何よりよ。あなたもなかなかの食べっぷりね。」
ケントの言葉に屈託のない笑みを浮かべる女性。
その女性を見ていたリヒテルは何か懐かしく感じた。
ふと、自分の母親が重なって見えたのだった。
「おいしかったです。この店に入って正解でした。」
リヒテルもまたお返しとばかりに屈託のない笑顔を向ける。
なんともすがすがしい空気が二人を包み込んでいた。
「お代はこれで。」
ケントはそういうとカウンター脇にある料金支払い所に伝票とお金を置くとそのまま店を出てしまった。
リヒテルも後を追うように店を出た。
だがここでリヒテルはあることに気が付いた。
お釣りをもらっていなかったことにだ。
それを察したのかケントは何食わぬ顔で、【エウロピニア帝国】でいうところのチップであると伝えた。
そういわれれば納得できてしまったリヒテルは、また一つ【ジャポニシア】を知ることが出来て喜びを隠せずにいた。
「それじゃあケント。腹も膨れたことだし北を目指したいんだけど、移動にどれくらいかかるかわかる?」
リヒテルは膨れた腹を幸せそうに撫でながら、ケントに状況の確認を求めた。
リヒテル的にはケントならなんとなく知ってそうな気がしたからだ。
「そうだな。徒歩だと1か月以上かかるけど、高速船が出てるはずだから……。ってとりあえず乗り場に行ってみるのが一番だな。ほら、ここから見えるだろ?」
「ほんとだ。行ってみるか。」
二人はそんなゆったりとした会話をしつつ、目的の船着き場を目指した。
その場所はほどなくして現れ、行先に合わせた看板がいくつも並んでおりどれに乗ればいいのか一目瞭然だった。
だがそんなことよりもリヒテルはその壮大さに目を奪われていた。
リヒテルは基本内陸部で生まれ育ったためにそれほど大きな船を見たことがなかった。
最後に見た船も脱出用の新造船【ヴァルキリー】であった。
しかも旅客用のタラップからではなく、荷物搬入口からの搭乗であったためにいまいちそのサイズ感が分からなかったのだ。
だからこそ、目の前にいくつも並ぶ大型船に目を奪われてしまっていたのだ。
「ちょっと待ってな……うん、あれだな。リヒテル、あの船が【ノースウェイランド】への直行便だ。」
「え?直行便があるの?それならそれに乗っていけばいいってことか……。じゃあ、行こう!!」
リヒテルは一人駆け出すと、のりま~~す!!と大きな声で手を振りながら進んでいく。
ケントはその行動に呆れつつもなんとなく弟を見るようにあたたかな目をしていた。
「ちょっと待ってリヒテル!!おいてくなっての!!」
そしてケントもまた駆け出したのであった。




